実力派ヴァイオリニスト、米元響子が語る デビュー20周年リサイタル―手稿譜で臨むイザイ
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米元響子
日本を代表するヴァイオリニストのひとりとして、充実した演奏活動を展開している米元響子。1997年のパガニーニ・コンクール(イタリア)で史上最年少となる13歳で入賞して以来、日本音楽コンクール、モスクワ・パガニーニ・コンクールでも優勝を飾るなど、確かな歩みを進めてきた。近年では、オランダのマーストリヒト音楽院で教授として後進の指導にも当たっている。今年、デビュー20周年を迎えた彼女は、来春3月2日(土)に浜離宮朝日ホールで『デビュー20周年記念 米元響子 ヴァイオリン・リサイタル』を控えている。
今回のプログラムでは、ベルギーの作曲家イザイとモーツァルトをメインに据えた。イザイといえば六つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタで有名だが、今回は米元がイザイの故郷リエージュで出逢った自筆譜を基にしたバージョンを聴かせる。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタでは、2002年にモーツァルト国際コンクールで優勝し、随一のモーツァルト弾きと評判の菊池洋子を迎える。国際的に活躍する2人が、挑戦と好奇心の息づいた「一期一会」を約束する。リサイタルに向けた意気込みを米元に聞いた。
デビュー20周年記念リサイタルを迎えて
ーーデビューされたのは14歳。中学生だったんですね。20周年という節目を迎えられたお気持ちを聞かせてください。
あっという間の20年。デビューリサイタルの時は、2時間のプログラムを練習して披露すること自体が難しく、大きな冒険でした。節目を迎え、新しい出発への思いを込めて、デビューリサイタルを行った原点ともいえる浜離宮朝日ホールを選びました。
ーーデビュー以来、ヨーロッパで研鑽を積まれてきましたね。
フランス、ベルギー、オランダで学びました。異国の地で勉強したことの全てがアドベンチャーでした。特に最初の一年間は大変なことばかり。例えば、挨拶するときに互いの頬を軽く合わせて“ビズ”をすることや、“イエス”、“ノー”をはっきりと相手に伝えること、言葉の壁など……。日本とは異なった慣習や環境に慣れるのに苦労しました。そういう時期を経て、周りの理解を得つつ、少しずつ順応していったのだと思います。
米元響子
ーーマーストリヒト音楽院で後進の指導にも当たられていますね。
教える立場となって早6年が経ちました。コーディネーターになった気分で、一人ひとりの演奏や個性を見て、その子をどうやって輝かせようかと考えながら教えています。教師としての引き出しも少しずつ増やせていけたらと思っています。
ーー今回、どのようなコンセプトで20周年記念リサイタルの選曲を進めたのでしょうか。
今までは、様々な作曲家の作品を選ぶことが多かったのですが、今回は、イザイとモーツァルトという二人の作曲家に焦点を当てシンプルにしてみました。
ーーモーツァルトでは、同じく国際的に活躍されている菊池 洋子さんをお迎えしますね。
菊池さんと一緒にリサイタルができたら……と思っていたので、念願が叶いました。多くの共演者と弾いてきましたが、菊池さんとなら本番中に予想できないようなことが起こるんじゃないかという、ワクワク、ドキドキがあります。“型”を決めず、その場の雰囲気に応じて変わるフレキシブルで大らかな演奏が彼女の魅力ですね。
ーー今回、演奏されるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタについて教えていただけますか。
今回、取り上げるモーツァルトのソナタは3曲。それぞれの雰囲気は全く異なっています。幕開けは華やかにしたかったので、最初に「ヴァイオリン・ソナタ 第32番」(ヘ長調)を置きました。一方、リサイタル後半では第40番(変ロ長調)と第42番(イ長調)を演奏します。どちらもヴァイオリンとピアノの両方が対等な関係で演奏される作品です。私は第40番の第2楽章がとにかく大好きで……あんなに綺麗な曲はないですよね! ずっとやりたかった曲でもあります。第42番は、全体として明るく、3楽章はピアノの協奏曲のようなところも聴きどころですし、2楽章には転調してふと現れる計り知れない悲しみ、孤独なども感じられます。でも、そのような時間が長く続く前に表情がころころと変わっていくのがモーツァルトらしいですね。
米元響子
イザイの手稿譜との出会い
ーーモーツァルトの演奏に挟まれる形で、イザイ作品が演奏されますね。
イザイは、ヴァイオリニストであると同時に教師であり、作曲家でありました。バッハ、パガニーニはもちろん、同世代で交流があった仲間からも大きな影響を受け、その中で自分の作品を新しく創り上げていきました。4番は伝統的な部分を踏襲しつつ、ノスタルジーを感じながら、イザイの新しい美的感覚がバランスよく入り込まれています。そういった点でモーツァルトとのタイムラグはあまり感じられないと思います。また、二人で始めたリサイタル、次はヴァイオリン一本で演奏する対比もかなりはっきり出ると思いますし、一人で挑む音楽というものもまた楽しんでいただけるのではないかと思います。
ーー来年2月には、「イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲」(キング・インターナショナル)のCDリリースが予定されていますね。
ええ。ヴァイオリンのレパートリーは豊富なので、あえて、一人の作曲家の作品に集中して勉強するという機会はあまりない。ですが、今回は巡り合わせがあって、イザイの無伴奏を録音することになり、作品をリサイタルでも取り上げたいと思いうようになりました。
ーーイザイ作品の聴きどころを教えてください。
リサイタルの2曲目として先ほども挙げました「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番(ホ短調)」を、3曲目として「ポエム・エレジアック」をお届けします。「ポエム・エレジアック」は、一番低い弦であるG線の調弦を一音下げるという特殊な調弦で、暗い雰囲気が助長されます。リサイタル前半の締めくくりにもってきました。
リサイタルの後半では「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番(ホ長調)」を演奏します。技巧的で華やかさに溢れた一曲です。イザイが、自らの編み出した新しいテクニックを惜しむことなく詰め込んだという感じがします。スペインの名ヴァイオリニスト、マヌエル・キロガに献呈された曲ですが、残念ながら彼が初演することは叶わなかったそうです。
ーー今回はイザイの自筆譜を使って演奏に臨まれると聞いています。
ちょっとお見せしますね。(楽譜を見せる)イザイの生まれたリエージュで、この自筆譜に出逢いました。ここには、出版された楽譜よりも前の段階での構想が書かれています。鉛筆書きで、とてもきれいに書かれています。ミスもなく、几帳面。
ーーこの自筆譜をみると、作品に対する見方が変わりますね。
ええ。180度変わりました! 彼がどういうところで苦心したのかが分かりますし、あたかも自分が100年程前にタイムスリップしたような感覚を覚えます。スケッチの中には、イザイが「このアイディアをもっともっと進めなければならない!」と書いていたページもあります。自分を奮い立たせたのでしょうね。
ーー読み解きながら演奏するのは、とても楽しそうですね。
当初はこうだったのに、ここを省いた……そうすると一つの楽譜では考えつかないようなヒントをもらえ、想像が膨らみます。本当に楽しくて、一人で「ムフフ……」とか言って見ているわけです。身近に感じてきた作曲家ではありませんでしたが、この手稿譜との出逢いがイザイとの距離を近づけてくれたように感じます。自筆譜から自分なりに音にしていくというプロセスは、とても貴重な時間です。
ーー最後に、読者の皆さんに、公演に向けてのメッセージをいただけますか。
まずは、菊池さんとのデュオを楽しみにしていただきたいですね。二人ともモーツァルト愛に溢れています(笑)。イザイの作品はどの曲も素敵ですが、第6番はライブでしかできないバージョンにするつもりですので、楽しみに足をお運びください。
米元響子
取材・文=大野 はな恵 撮影=岩間 辰徳
公演情報
一音一音の響きから紡ぎ出される これまでの軌跡、現在、そして未来
■協力:キングインターナショナル