イッセー尾形、文豪シリーズの一人芝居について大いに語る~「明治から現代に至るまでの、普通の人たちの日本史です」

2019.3.14
インタビュー
舞台

イッセー尾形。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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マーティン・スコセッシの映画『沈黙』や、NHKの連続テレビ小説『まんぷく』など、数多くの映像作品に出演する一方、普通の都市生活者たちの姿を描いた一人芝居で、絶大な支持を得ている名優・イッセー尾形。一時期一人芝居を休止していたが、夏目漱石の小説群を題材にした『妄ソーセキ劇場』で待望の復活。そして今年の『「妄ソー劇場」~文豪シリーズ その2~(以下妄ソー劇場)』では、漱石以降の文学作品を原作として取り上げる。その小説の主人公ではなく、脇役の人々にスポットを当て、そこから一般的な日本人像がいかに変化してきたかをたどっていくシリーズ。「今や第一の故郷」だと言う、大阪の[近鉄アート館]での公演を前に、イッセーがその内容を語った。


今回上演する作品のほとんどは、昨年の大阪公演で「プラス1」という日替わりネタとして初演されたもの。今回もまた、レギュラーの5作品&プラス1(新作)の計6本のオムニバスという構成だ。

太宰治『斜陽』より。 [撮影]野村佐紀子

『妄ソーセキ劇場』では、漱石さんの小説の脇に出てくる市井の人たちの日常を描きました。そして今回は、漱石さんの次の時代の文豪たちの作品をカバーして、また普通の人たちの日常を私なりに描こうと思います。だから言ってみれば、明治から現代に至るまでの、普通の人たちの日常の日本史をやってるんだなあ、結構壮大なことをやってるんだなあと、さっき気が付きました。こういう大きな風呂敷を広げると、結構やる気が出てくるので、これを一つ(宣伝の)文面に載せていただきたいです(笑)

レギュラー作品5本は、佐多稲子『女店員とストライキ』、横光利一『機械』ニコライ・ゴーゴリ『外套』川端康成『浅草紅団』太宰治『斜陽』(上演順は変更あり)と、知られざる名作や外国の作品まで様々。そしてプラス1では、さらに後の世代の作品を取り上げる予定だという。

横光利一『機械』より。 [撮影]野村佐紀子

『女店員……』はプロレタリア文学の作品なんですけど、舞台を現代のコンビニに変えて、コンビニでストライキはあり得るのか? ということに、ちょっと挑戦してみます。『機械』は工場を舞台にした陰惨な話で、原作にチョロっと出てくる、作業員たちの味方のオバちゃんを主人公にしました。これ、一度東京で上演した時に、作業員の方をやったんですけど、どうもお客さんと乖離(かいり)してて、ピッタリ来なかったんです。でも大阪でお好み焼きを食べてる時に、すっごく生命力のある大阪のオバちゃんの声がワッと聞こえてきて。“あ、これだ!”と思って、大阪のオバちゃんに変えました。

『外套』は、ほぼそのままやります。慎ましく暮らす庶民の夢と挫折を描いた話ですけど、それとユーモアを一緒にして舞台に上げて、悲惨な運命を優しく包みたいなあと。『浅草紅団』は、何が言いたいのかよくわからない小説で(笑)。怪しげな昔の浅草の世界と、エロティシズムみたいなものが混沌としている。その物語を立体紙芝居にして、怪しげな世界を子どもたちに見せているおじさんを登場させます。『斜陽』は、原作の舞台から40年後、おばあちゃんになった主人公の和子が、北国で小さなパブを開いてるという。そこで“没落とはどういうことよ?”という歌を歌うという、歌ネタになっています。

ニコライ・ゴーゴリ『外套』より。 [撮影]野村佐紀子

プラス1は、サルトルとかカフカとか、洋モノの不条理な作品を主に考えています。不条理小説って、主人公以外の人がみんな強気なんですね。“なぜそこにいる!”“これをやれ!”って、絶対話しても仲良くなれない人たち(笑)。日本人ってどっちかというと、強気というより“あ、いいですよ”って引く人が多いから、そこで“引かない日本人”という描き方をしたら、面白いものができるかなあと。でも昨今は、人の揚げ足を取る人が増えてるから、強気とまではいかなくても、その一歩手前にいるのかもしれない。だから一つ、現代と関わりのあるネタになると思います。

……こうやってしゃべってると、漱石さんとはやっぱり時代が変わったなあと思うんですね。もっと庶民の意識が(明治時代より)自由になったからこそ、その責任を取らなきゃいけなくなったり、足を引っ張るものが出てきたりとか、そんな気がしないでもないですね。こうやって説明すると理屈っぽいけど、深刻に扱うんじゃなくて、面白おかしく演じたいです。難しいことを考えて、面白い舞台をやるんだ(笑)

イッセー尾形。

多くの人が悠々自適な生活を送るような年令になってもなお、ライフワークとして一人芝居を続けている理由を問われると「人間を知りたいから」という力強い答えが。さらに、現実とバーチャルの境界が曖昧になったと言われる昨今において、舞台というリアルこの上ない空間で表現することの重要性も、年々感じているそう。

やっぱり人間に生まれた以上ねえ、人間のことを知りたいんです。もうどこまでも知りたい。オギャーと生まれて、それなりの人生を送って亡くなっていくという、ただそれだけのものなんですけど、その中に“それだけのもの”だけでは言い表せないものがいっぱい詰まってる。それが本当に不思議で尊いし、まさに僕もその一人だし。で、それを舞台に上げないともったいない。やっぱり舞台でねえ、人間を出さないのは本当にもったいないと思いますよ。(一人芝居は)なかなか特殊な方法だと思うけど、一人でやれば他人に迷惑をかけないからね(笑)。

佐多稲子『女店員とストライキ』より。 [撮影]野村佐紀子

今って嘘がリアルになったとか、現実がひっくり返ったとか言われてるけど、そのことをもう一度疑いたいんです。(かたわらのペットボトルを触りながら)この手触りのあるものは、本当になくなったのか? って。その手触りを、もう一回探していこうとする作業でもあるような気がします。“リアルって何なのか?”という目で、もう一度漱石さんから現代にたどり着くと、いやどっこいどっこい、リアルはまだまだバーチャルには負けてないよ、って。だからそういう、リアリティのうっちゃりを求める旅のような感じがしますね。そのうっちゃりが何かっていうのを、一つひとつのネタで具体的にしたいなあと思います

また今後の『妄ソー劇場』では「より現在に近づきたい」と言いつつも、完全に時代を逆行して、シェイクスピア作品に挑むかもしれないという、驚きの野望を。

イッセー尾形。

現代まで来ると、現代の作家(が考えたこと)なのか自分が考えたことなのか、あやふやになってくると思うんですけど。でも“(近代と違って)こんな人が出てくるんだ”みたいな、何かそういうリアリティを表現したいですね。あと今僕は『MONKEY』という雑誌で、シェイクスピア・カバーの小説を書いてるんです。『妄ソー劇場』と同じ立ち位置で、たとえば『マクベス』の殺し屋とか『ロミオとジュリエット』の乳母の話を、モノローグ形式で書くということをしていて、それを一人芝居にするという夢が、今膨らんでおります。

この“カバー”という言葉は『MONKEY』さんからいただいたんですけど、今やってる『妄ソー劇場』も、カバーっちゃカバーで。カバーって言葉は、単に何かをアレンジするというだけじゃない、何か広がりを持ってるんですよね。だから今、すごく自分を生かしてくれる言葉です。“さあ、今日は風呂敷を広げよう”という感じですから(笑)

川端康成『浅草紅団』より。 [撮影]野村佐紀子

また公演会場の近鉄アート館については、こんな愛情あふれる言葉も。

完成したものを見せるというより、“こんなことを試したんですけど……”という実験ができる空間。お客さんも“ここには何かある”と肯定的に観てくれるから、その眼差しや息遣いを頼りに、お客さんと同時進行で確かめていける。そういう実験を続けていける劇場だと思います。昔は東京([渋谷ジァン・ジァン])で生まれたばかりのネタをここで育てるという、第二の故郷みたいな所だったんですが、今は([ジァン・ジァン]がないので)むしろ第一の故郷になりましたね。大阪で新ネタを作って、それを全国に広めるという。

僕はもういい歳ですけど、もう一回こうやって冒険して、海のものとも山のものともわからないものを披露できる。こんなに若々しくなれる場所はないです。ぜひ足を運んで見届けて、一緒に(作品を)作ってください

前回の『妄ソーセキ劇場』では、日本人の価値観が大きく変わった明治→大正期に、己のアイディンティティや立ち位置を探して苦悩奮闘する一般庶民たちの姿を、ニートな若者からおせっかいな中年女性まで、振り幅広く演じることで生き生きと描き出したイッセー尾形。今回もまた、老若男女を柔軟に演じ分けながら、大正→昭和の激動の時代を生きた人々の姿を通して「人間とは何か」「リアルとは何か」を、問いかけてくるような舞台を見せてくれるに違いない。

イッセー尾形。

取材・文=吉永美和子

公演情報

『イッセー尾形の「妄ソー劇場」~文豪シリーズ その2~ 日替わりプラス1』
■出演:イッセー尾形
■日時:2019年4月4日(木)~7日(日)  4・5日…19:00~、6・7日…14:00~
■会場:近鉄アート館
■料金:前売5,000円、当日5,500円
■問い合わせ:06-6622-8802(近鉄アート館)
■公式サイト:http://issey-ogata-yesis.com/

一人芝居『妄ソー劇場 文豪シリーズ』その2!
■出演:イッセー尾形
■日時:2019年6月29日(土)19:00開演(18:30開場)/30日(日)15:00開演(14:30開場)
■場所:練馬文化センター小ホール(つつじホール)
■演目:ゴーゴリ「外套」、横光利一「機械」、川端康成「浅草紅団」、太宰治「斜陽」、佐多稲子「女店員とストライキ」
※演目は変更になる場合がございますので、予めご了承ください。
料金:全席指定 5,000円
■公式サイト:https://www.neribun.or.jp/event/detail_n.cgi?id=201901151547545410
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