二兎社『私たちは何も知らない』主演・朝倉あきに聞く~「新しい平塚らいてう像を生み出せたらうれしい」
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朝倉あき 撮影:宮川舞子
夜の闇が白々と明け始める朝に溶け込んでいくような時間帯、あの澄んだ空気と朝倉あきの淡々と抑えたトーンの語り口がとても心地よい。彼女が平日の早朝にパーソナリティを務めるJFNの番組「Memories&Discoveries」を時おり聞く。「ラジオ深夜便」とか「走れ歌謡曲」とか、あの時間帯には名番組もあるけれど、朝倉あきの声が、1日の終わりと始まりの“あわい”の豊かさを感じさせてくれる。もちろん演劇はいろいろな要素が必要なわけだが、見るものをどこか異世界に連れていってくれる魅力ある声は重要だ。朝倉あきが2016年の『書く女』以来、永井愛主宰の二兎社に出演する。平塚らいてうを中心として雑誌「青鞜」編集部を舞台にした青春群像劇『私たちは何も知らない』だ。
「私、リスナーさんにお会いするの、初めてかもしれません。時間帯もあって聞いてくださる方が限られてしまっている番組なので。いつもありがとうございます。すごくうれしいです」
見えないところで、拳を握って力を込めてみる。もっとも朝倉あきの声が素敵であることは、スタジオジブリの映画「かぐや姫の物語」などですでに証明済みなのだけれど。
今風の映像などメディアを駆使した作品をのぞけば、演劇らしい演劇への出演はG2プロデュース『江戸の青空 弐 ~惚れた晴れたの八百八町~』、二兎社『書く女』に続いて3本目だ。テレビや映画では、清楚で、儚くて、どことなく幸薄そうな役が多い気がする。TBSで放映中の「グランメゾン東京」の蛯名美優も初回こそ、理想の彼女っぽさを見せて男としてはきゅんきゅんしたのだが、その後はどうも雲行きが怪しい。果たして幸せになれるのか……。
ところが『江戸の青空 弐 ~惚れた晴れたの八百八町~』ではチャキチャキの江戸娘、『書く女』は樋口一葉の妹・くに役で、木野花演じる母・たきとともに、明るく面白く朗らかに貧乏を嘆き姉を応援する。
朝倉あき (撮影:宮川舞子)
オファーいただいたことでやっと自信が湧いた
朝倉 永井さんから天然だってよく言われるんですよ。『書く女』のときも本当にあなたは天然よねってしみじみと……
――映像で見ているとものすごくしっかりした方かなと思ったんですけど、
朝倉 そうですよね!
――いや、劇団の制作さんによれば、永井さんは決してそうは思っていないらしいですよ。むしろ、朝倉さんの面白いところを生かしたいそうです。
朝倉 いやいや、もう永井さんにはすべて見抜かれてしまっているんでしょうけど、私は自分では天然ではないと思っているんです、、、たしかに映像は役のイメージに合わせた演技の切り取られ方をすることが多いんですけど……。『書く女』はオーディションを経て出演させていただくことになりましたが、その後で永井さんからはオーディションのときとイメージが違うとよく言われましたねえ(笑)。私が永井さんがすごいと思うのは、私自分でさえ気づいてないところを見抜いて、それに賭けようとしてくださるところ。そこが永井さんのかっこ良さ。今回も内心はビクビクなんですけど、全面的に信頼しています。ということは、私ってやっぱり面白いのかなあ(笑)。
二兎社『書く女』朝倉あき(右)と黒木華
二兎社『書く女』朝倉あき(左)と黒木華
――二度目の永井さんの脚本・演出です。しかも主演です。きっと前回のときに、何か永井さんの心に爪痕を残せたのかもしれませんね。
朝倉 まったくないです! 正直あのときはとても落ち込みました。それこそ憧れの黒木華さん(樋口一葉役)とご一緒できるのがうれしくて飛び込んだものの、自分はこんなにできないんだって思い知らされました。オーディションでも何か残して来れるだろうと頑張ったんですけど、稽古や本番のときにはいったい自分は何を以てしてこの場にいられるんだろうとずっと思い悩み、必死になって駆け抜けた感じでした。終わった後は本当に、すべてが足りなかったんだなと痛感しました。だから、いつか自分が成長したときに永井さんにまた声をかけてもらえるようになれればいいなあと今までやってきたんです。ですから去年、出演のオファーをいただいたときは信じられないという思いがありましたけど、お声がけいただいたことで十分自身がつきました。絶対大丈夫だと思っています。やり遂げます。
朝倉あき (撮影:宮川舞子)
二兎社の新作『私たちは何も知らない』のあらすじはこうだ。
平塚らいてう(本名は平塚明=ハル)を中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した雑誌「青鞜」は、創刊当初は世の中から歓迎され、らいてうは「スター」のような存在となる。しかし、彼女たちが家父長制的な家制度に反抗し、男性と対等の権利を主張するようになると、逆風やバッシングが激しくなっていく。やがて編集部内部でもさまざまな軋轢が起こり──
「青鞜」は平塚らいてうが首唱し、保持研子、中野初子、木内錠子、物集和子の5人を発起人とした文学集団青鞜社の機関誌であり、月刊の女性文芸誌だった。与謝野晶子、長谷川時雨らが後援し、後に野上弥生子、岡本かの子、伊藤野枝らも参加。1911年9月~1916年2月に、途中2回の休刊がありながらも52冊が発行された。舞台では、青鞜の創刊から廃刊あたり、平塚らいてう25〜30歳くらいが描かれる。とはいえ、ビジュアル的には時代を踏襲するのではなく、衣裳など現代風のままだそうだ。
朝倉 らいてう役だと聞いたときは、もう勉強しなきゃって思いましたね。教科書に出てくる平塚らいてう像しか知りませんでしたから。先日、永井さんにもお会いして作品について伺ったんですけど、独自の視点で主人公のハルさんを切り取ろうとされている。私は歴史にすごく興味があるんですけど、聞いているとハルさんについて私にはないイメージがどんどん出てくるんですよ。きっと暴かれたくない何かを暴かれていくお話になるんだろうなあ。ハルにとっては見さえしなければ苦しまずに生きていけるという部分を、永井さんは愛をもって暴いちゃうんだろうなって思っています。
朝倉あき (撮影:宮川舞子)
――「元始,女性は太陽であった」という有名な言葉がありますね。
朝倉 言っちゃいますよねー。すごいですよね、あの言葉。ハルさんの文章を読ませていただくと、すごくご自分に自信のあった方なのかなと想像できるんですけど、その一方で素顔はおとなしく、穏やかで、とても声の小さい女性だったようです。すごく不思議な方ですよね。もっともっと著書を拝読して、ハルさんであり、らいてうのしゃべり方、言葉遣いを自分の中に落とし込みたいと思っています。そして自分らしさと相まって、新しいらいてう像、ハルさん像が生まれたらいいなと。言葉をすごく大事にされていた方ですから、「ワタクシ」とかそういう言葉の選び方一つ一つにハルさんらしさがにじみ出てくるものがあるんですね。もちろんなりきることはできませんから、しっかり自分の中で咀嚼して、どんどんどんどん発していきたいです。
――時代的に言えば、男尊女卑の時代。そこを立ち上がっていく強さであり、外では見せない弱さも見せたりするのかなと思いますね。
朝倉 そうですね。実は私もけっこう気が強くて、頑固なので自信あります(笑)。言葉を書くときは激しさが出てくるんですけど、でも話をするときは必ず「ワタクシは」と言う、決して勇ましいタイプではなかったらしいんですよ。つまり私が私がというタイプではなくて、ごく普通に私はこう思うということを、周りがびっくりしてしまうようなことでも、彼女にとっては自然に、淡々と主張していく。そこがかっこいいと思いますし、そうやって発信するだけの自信があったんだと思うんです。私自身がこう思うということをハルさんの想いに重ねながら、力むことなく役に近づいていければいいなって思っています。
朝倉あき (撮影:宮川舞子)
永井愛にはそれこそ青鞜に影響を受けた女学生たちを描いた『見よ、飛行機の高く飛べるを』、大逆事件をめぐり、政権に近い官僚としての立場と、表現の自由を重んじる文学者の立場の両方を持つ森鴎外の葛藤を描いた『鴎外の怪談』と、この時代を描いた名作がある。演劇界を見回しても、この時代はドラマティックな題材であるためか良作が多い。きっと『私たちは何も知らない』も名作の仲間入り、朝倉あきの代表作になる予感がする。というか、なってほしい。
朝倉 『書く女』をやらせていただいて、その上での永井さんの新作ですから、楽しみな気持ちが大きいです。どれだけ叱られるか、それに自分がどれだけ応えられるのか。また『書く女』もそうだったんですけど、同世代の若い俳優さんばかりですから、コラボレーションで何が生まれるのか、そしてツアーも含めて時間をかけて一緒に深めていくのが楽しみです。
そしてどうやら、先輩たちのおかげもあって演劇の醍醐味である舞台の後のお酒、特に「日本酒」も今ではすっかり楽しみになってきたとか。「同世代の若い俳優さんばかりですから、(座長でもありますから)私から勇気を持って誘いたいと思います。いいお店がありましたら教えてください!」と朝倉あき。じゃあここはいかが?
取材・文:いまいこういち
ポートレイト撮影:宮川舞子
公演情報
<e+貸切公演/SPICE優良舞台観劇会>
■日時:2019年11月30日(土)18:30の回
■会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
■申込み:https://eplus.jp/sf/detail/3029640002
■公式サイト:http://nitosha.net/nitosha43/