脚本・演出の福山桜子が語る、井出卓也一人芝居『BLACK SHEEP』
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福山桜子
幼少期から芸能活動を続け、近年ではラッパーとしても活躍する俳優・井出卓也が、オリジナルの一人芝居に挑む。タイトルは『BLACK SHEEP』。脚本・演出を手掛けるのはこの夏上演された舞台『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』で翻訳・演出をつとめた福山桜子だ。本番に向け、『BLACK SHEEP』上演に至った経緯や自身のアクティング理論などを福山に聞いた。
ーー福山さんと井出さんの出会いは、福山さんが演出を担当された2013年のミュージカル『黒執事~千の魂と堕ちた死神~(以下『黒執事』)』。当時の井出さんの印象は?
井出卓也
話が通じなくて、手こずった思い出があります。俳優としてどこまでプロでやっていけるか、出会った時点では決めていらっしゃらなかったようですね。
ーー俳優としてのキャリアも長く、経験も豊富だったと思いますが。
2013年の時点では俳優としてはそこまでキャリアは積まれていなかったと記憶しています。井出さんはやりたいことがはっきりしていて、何事も納得しないとやらない方。アーティスト活動やタレント活動の楽しさは十分ご存知だったと思いますが、演技に対しては明確な答えがなく苛立ちがある感じでした。俳優さんとしてとても可能性がある方だと思ったので、『黒執事』が終わってからワークショップにお誘いしました。
ーーそこで疑問や苛立ちの種が解消されたんですね。
そうですね。定期的に参加してくださって、ある時「やばい、演技面白い」っておっしゃって。それからずっと、時間を作ってワークショップに来続けていらっしゃいます。今や井出さんは私のワークショップでコーチもしています。目覚ましい成長を遂げられました。以前から「一人芝居をやりたいね」とは話していました。今年の4月からニコニコ生放送の『井出卓也チャンネル』でコメントを拾いながら、見てくださっている方を相手役とする一人芝居をスタートしたこともあって、今回いよいよ劇場でやろう、となりました。
ーーでは本作もそうしたインタラクティブで即興性を重視したステージに?
いえ、かっちりと台本があるストレートプレイです。私は一人芝居を書くとき、まず登場人物全員のセリフを書きます。もちろん舞台に立っているのは一人だけれど、舞台には他の登場人物も見えてくるようになると思います。
福山桜子
ーーストーリーのテーマは? チラシには“black sheep 厄介もの、変わりもの”とあります。
私は子どもの頃からBLACK SHEEP的な、ちょっと悪目立ちする子どもでした。別に小学生から金髪だったわけではないんですけど(笑)、思ったことを素直に言うと、どうも相手を怒らせることが、よくありました。学生時代、仲間外れにされた時も、直接リーダー格の子に「すごい怒らせているみたいだけど、何が原因?」と聞いて「そういうとこだよ」と言われたり。そうなると、もうどうしたらいいのか全く分からない(笑)。みんなと普通に仲良く楽しく青春したいのに、意図せず一人になってましたね。自分の考え方がマイノリティなのか、何故人を怒らせてしまうのか、よく分からないまま生きてきました。井出さんも表現者として仕事をしていく中で、正直に振舞っているだけなのに、“それ誤解されるよ”と指摘されることがあったようです。
ーー個人的には少なからず似た経験をしているので……その感じ、とてもよくわかります(笑)。
最近でもありますよ、こまごまと(笑)。そして、結果的に怖い人とか難しい人とか言われる(笑)。でもそれは、別に井出さんや私に限ったことではなく、みなさんも日々、“これを言ったらどう思われてしまうんだろう”……という気持ちと戦っているのではないでしょうか。誰しも“受け入れられたい”と思って生きています。特に日本の方々は、独りになることへの恐怖と、周りを意識しすぎて自分ではなくなることとの葛藤が強いと思います。なので、井出さんと創る最初の作品は「たとえ独りになっても自分の道を進む」というテーマにしました。
ーーお2人のことも伝わり、お客様の心を開くことができそうですね。
とはいえ、こちらが言いたいこと、やりたいことをお見せするというより、この舞台を通じて、果たして自分は自分の人生をちゃんと生きているのか? これが本当になりたかった自分なのか? と疑問を抱えている人たちの心に響くモノをお見せするのが一番の目的です。
ーー観劇後、ちょっとファイティングポーズをとれるようにつついてあげるという感じ。
劇場を出た後に、“こんな自分もいいな”と思っていただけると嬉しいです。
ーー福山さんは作品を創る際、必ず出演者全員で事前のワークショップを行われるそうですが、アクティングコーチとしての福山さんについてもお聞かせいただけますか?
私がやっているシステムは日本では一般的ではないと思います。俳優が “訓練”するという考え方があまり定着していない。映画なら大部屋があったり、演劇なら劇団で下積みをして先輩たちに教わるという歴史はありますが、それとはシステムが違っていて、理論が最初に来ます。まずはベーシックの理論とそれに基づいたエクササイズをやって、セリフに触っていきます。理論があるというのが大事ですね。理論があれば、何かあってもそこに戻れば答えがある。例えば、中学生がキャッチボールをしていたらたまたまカーブが投げられて、野球部にカーブが投げられる押さえのエースとして入部したとします。高校に行って甲子園に出場し、ではプロに……という時突然、カーブが投げられなくなった。その時、理論がないと、どうしたらいいか分からなくなってしまう。しかしボールの持ち方、成長の過程で変わっていく身長や筋力、それに合わせた力の入れ方、重心の置き方など、「なぜボールが曲がるのか」が分かっていれば、状況に応じた投げ方に変えて対応できます。理論があると、また投げられるようになる。演技も同じです。いい演技ができた、人を感動させられた、はまり役だった。それで終わらずに「なにをしたからいい演技ができたのか」「自分の演技のどこにお客様は感動したのか」「なぜその役が自分のはまり役なのか」、言語化できないまま突き進んでいくと、自分がやっていることが客観的に分からなくなりますし、応用が効かなくなることもあります。そこで必要になるのが、アクティングの理論だと思います。
福山桜子
ーー自分をコントロールするための“装備”ですね。
よく“感情を作る”と耳にしますけど、そもそも感情は作れない。湧くもの。脳のシステムなので、自分では感情をコントロールできない。ではどうするかというと、感情が湧くシステムを理解して、湧くようにすればいいんです。一番分かりやすい理論で言うと、“ラストドロップ”というのがあるんですけども。
ーー“最後の一滴”。
例えば私が仕事でバタバタしてやっと家に帰ってきた。すごい疲れている。お腹も空いている。買い物もして料理を作ろうとしたら、テレビを見ている弟と食べ終わってそのままの食器。そこで「使い終わったら片付けてって言っといたよね」と言うと、「ああ」と返事がくる。部屋に行って着替えて戻っても、弟はまだテレビを見ている。もう一度「ちょっとこれ片付けてくれない?」「ああ」。その次の瞬間、弟がテレビのくだらない芸人のギャグに「ハハハッ」と笑ったのを見て、プチッときて「あのさ、テレビ見て笑ってるんだったら先にこっちやってよ!」と大きな声をあげてしまう。これが感情が湧いた瞬間です。しかし、それを誰かに話す時に「弟が食器を片付けていなかったから怒っちゃって〜」で済ませてしまいますが、それは役者として、演出家として、その状況を把握する繊細さがない説明です。
ーー確かにイライラが増幅していく過程が抜けていますよね。
“表面張力しているコップに最後の一滴が落ちて水が溢れる様子”を想像してください。この溢れる水が感情です。弟が「ハハハッ」と笑ったのがラストドロップで、コップから溢れた感情が怒り。脚本上で“なぜこの時にこの人は泣いたのか、怒ったのか”。──どれがラストドロップなのか? ということをしっかり認識してから、そのコップに水を溜めていく経過も構築していく。全然関係ないそこまでの1日の出来事の積み重ねでも、水は溜まっていきますからね。仕事がうまくいかなかった、非常に頭が痛い、外が大雨、恋人にフラれた……。
ーーメールの返信が全然来ないじゃん! とか。
それ、溜まりやすいですよね(笑)。しかしコップに余裕があれば、またか、くらいで済みますけど、次第に水が溜まっていけばいくほど、感情が湧くラストドロップの瞬間に近づいていきます。
ーーそこへ向けて芝居を逆算しておく。
そうです。このキャラクターのコップには何が溜まっていって、どこで表面張力を張っておくと必要な場面で感情が湧くのかということを、脚本から探し、丁寧に組み立てていきます。また、舞台なら出番のない間、映画でも必ず順に撮るわけではないので、自分の役が今どういう状態かその都度理解していないと、前後が繋がらなくなってしまいます。そうならないためにも、あらかじめ考え、準備しておきます。
ーー面白いです!
ロシアのスタニスラフスキーから始まり、ニューヨークですとそこからニューグループができて、リー・ストラスバーグ、ステラ・アドラー、マイズナー、ウタ・ハーゲンという理論家が登場し、それぞれのアクティング理論のスタジオがあります。日本では、演技は習うものではない、という考えが根強いですね。私も演技を教えるのではなく、あくまでもコーチです。私のワークショップは理論のことを“武器”と呼んでいて、いまやっているカリキュラムを全部通してやると、40種類くらいの武器が揃います。武器が手に入れば、“ここは6ステップス。ここは3ステップス使って、ここはラストドロップで。ここはインナーとインスタントを決めて”と、設計図のように台本を読み解けます。
福山桜子
ーー福山さんのワークショップは作品ごと以外にプロの俳優に向けたものもあります。どんな方が参加されているのでしょうか。
10名程度の少人数で行いますが、経験が少ない方もいますし、長い間第一線で活躍されている方もいます。経験が少ない方でも御本人が演技をやりたいと考えているのであれば、必ず伸びます。逆に長いキャリアをお持ちで大きな仕事をなさっている方でも、「こういう理論が分かっていれば、もっと早くいろんな役にチャレンジできたんだろうな」と、言ってくださる方も多いです。もっともっとコーチングが根付いて素敵な役者さんが増えてほしいですね。
ーー『BLACK SHEEP』では、トレーニングを受けた俳優の演技を観ることができるということですね。内容について、井出さんから要望などはありましたか?
お任せですね完全に。自分は役者に徹するので、脚本・演出は桜子さんに、と。もちろん稽古が進めば話し合いながら構成を整えたり、セリフの流れを整理したりといったことは一緒にやりますし、あと彼は“言葉”に非常に敏感なので、そこも精査していくとは思います。プロジェクトとしては“2人しかいない劇団”、みたいな感じです。ここをスタートに、継続して作品創りをしていきたいと思っています。
ーーではこのプロジェクト以外に、ご自身は日本の演劇界、エンタメ界で今後どういうお仕事をしていきたいとお考えですか?
原作モノも楽しいけれど、私はもともと物語がものすごく好きなので、舞台やドラマのオリジナルの脚本をやりたいですね。今はなかなか難しいご時世ではありますが。
ーー『BLACK SHEEP』も意欲あふれるオリジナル作品です。最後に改めて本作の見どころをお聞かせください。
一人芝居はシンプルなだけに敬遠されがちです。たしかに舞台に立つ俳優はたった一人。でも、演劇はお客様の想像力で完成するもの。お客様の想像力でたくさんの人がそこにいるように見えるのが、一人芝居の醍醐味です。なので芝居好きな方が良質な一人芝居を観ると、“演劇っていいな”と思えます。私たちは今回、そんな芝居を創りたいです。また、テーマは誰しもが思う“受け入れられたい”という思い。日常生活の中で感じる“自分だけではない”と“自分だけだ”という両方の側面について、この作品がみなさん自身のリアルとして様々なことを考えるきっかけになるのではないかと思っております。どうぞ楽しみにしていてください。
取材・文=横澤 由香 撮影=安西美樹
公演情報
一人芝居『BLACK SHEEP』
会場:Woody Theatre 中目黒(東京都目黒区上目黒2-43-5キャトルセゾン B1F)
脚本・演出:福山桜子
全席自由:前売 7,000円 当日 7,700円
お問い合わせ:ticket@4drecordsjapan.com
企画・製作 HIPPO-CAMPUS