176(un-sept-six アン・セット・シス)山中惇史、高橋優介インタビュー 「二台ピアノでしかできない音楽を届けたい」

2020.2.5
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クラシック

(左から)山中惇史、高橋優介

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ピアニストとしてのみならず、作曲家、編曲家としても多彩な活動を続けている山中惇史高橋優介が、新たにその名も「176(un-sept-six アン・セット・シス)」というユニットを組み、2020年3月31日(火)紀尾井ホールで、二台ピアノによるコンサートを開催する。この日演奏されるのは、二人の編曲によるレスピーギのローマ三部作、交響詩「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭り」ピアノ二台版で、栄えある世界初演となる。この演奏会はライブレコーディングが決定しており、また、カワイ出版から発売される「ローマの祭り」の楽譜は、当日会場で先行発売されるなど、あらゆる意味でかつてない演奏会となる。
その176(un-sept-six アン・セット・シス)本格始動であり、「ローマ三部作」二台ピアノ版世界初演であるコンサートを前に、山中惇史と高橋優介がユニットを組むに至る互いの出会いから、二台ピアノという演奏形態への思いや可能性を語ってくれた。

言葉にしなくても、お互いにやりたいことがわかる

ーーお二人は既に一度ご一緒に演奏されていると伺っていますが、ユニットを組まれることになられた経緯から教えて頂けますかか?

高橋:それはまず大先生の方から(笑)。

山中:お互い存在は知っていたのですが、サクソフォンの上野耕平君とそれぞれが一緒に演奏していたんですね。それで上野君経由で、僕も作曲と演奏を両方やっていて、高橋君もそうだという話を聞いていました。その後、仙台クラシックフェスティバルの時にたまたま楽屋が隣同士になったんです。そこで初めて対面して一気に意気投合して。二台ピアノで、しかも我々にしかできないことをやりたいねという話になって、去年の7月にレスピーギの「ローマの祭り」だけを一緒にやる演奏会を企画したのがはじまりです。

山中惇史

ーーその時にお互いに感じた手応えというのは?

高橋:すごくあって……って、あ、ここ、僕から話してもいいですか?

山中:別に好きに話せば良いよ!(笑)

高橋:僕が一番嬉しかったのは、作曲や編曲をする時には常に一人の作業だったんですね。曲を差し上げる方の顔は見えていますが、それでも作る作業としては一人で。それが同時進行の作業になるのが嬉しかったのと、やっぱりピアノを触りながら話し合って進められるというのが何より楽しかったです。本番も楽しかったのですが、それ以上に作っていく段階の、特に追い込み作業がものすごく楽しくて。

山中:一人で悩んでいたことも音楽上のアイディアが二つになっていくので、面白かったですね。どうするのがベストなのか? という局面になった時に、色々な考えを出し合って最善のものを選べるというのが、こんなに刺激的なのかと感じました。

ーー作曲もそうでしょうが、ピアノという楽器はどうしても一人の作業が多くなりますよね。

高橋:そう思っていたのですが、全然そんなことがなかったので!

山中:また我々は人とアンサンブルをするということを日常としてやってきていたのですが、彼と演奏する時のバランス感覚が、僕にはものすごくしっくりくるものがあって。

高橋:あ、嬉しい!

山中:もちろん演奏する時に自分のパートだけではなくて、二つのパートを同時に見ていなくてはなりませんが、それを瞬時にするのは特にピアノのソロ活動だけをされている方にとっては結構難しいところがあるんです。どうしても自分の演奏に集中するので。でも高橋君とは例えば音響上の設計だったりとか、ここは僕が強調したいという時には高橋君は控えてくれているし、二人で織り交ぜたいという時にはそういう感覚で弾けるんです。しかもそれをいちいち「ここはこうだから、こうしたいよね」と言葉にしなくても感覚的に、欲しいところで欲しい音色がくるので、何もストレスなく演奏することができました。

ーー所謂「あうんの呼吸」的な?

高橋:そうですね! 僕の方からこういうことを言っては失礼かも知れないのですが、既存曲を演奏した時にお互いに「ビビッ」とくる和声などが全く同じなんです。普段なら一人で弾いて一人で「良いなぁ」と笑っていて「なんで笑ってるの?」みたいなことを(笑)、共有できるのが人生で初めてだったので。

ーー感性でわかり合えているということですね!

山中:そうなんだなと思います。

(左から)高橋優介、山中惇史

意外に開拓されていないからこそ可能性を感じる二台ピアノ

ーーそんなお二人で、二台のピアノによる演奏をやりましょうという時にレスピーギを選ばれたのは?

山中:まず誰もやっていないものをということで色々曲を考えました。その中でレスピーギの「ローマの祭り」は昔から大好きな曲だったのですが、よく考えてみると二台ピアノの演奏会で聞いたことがないな……と思い調べたところ、やはり世界のどこにも例がなくて。というのはたぶん打楽器がものすごい数出てくるので、それをピアノに消化できないのではないか? と思って皆書かないのかなと思いました。でも二台ピアノならそれを色々な技を使って超えていけるのでは? と思いました。最初はラヴェルの「ダフニスとクロエ」も候補にあげたんですけど、それは既に編曲されたものがあって、それではつまらないと思って。しかも今後僕たちが演奏するだけではなくて、出版も見据えて……結果としてもう出版して頂けることも決まったのですが、書いた時点からそれは頭にあって、僕たち以外のピアニストがレパートリーにし得るもの、演奏会で弾けるものをということも考えました。その時にやっぱりこの曲は華やかだし、演奏効果も抜群だし、第一弾として最適なのではないかと「ローマの祭り」に取り組みました。そこから「ローマの噴水」「ローマの松」を今回の演奏会の為に書くことになりました。

ーーそれはやはり「ローマの祭り」の手応えがあってこそ、三部作にという流れに?

山中:そうです。これはさらに深めていきたいなと。

高橋:意外とレスピーギの曲って長く伸ばす音などがオーケストラでやるからこそ鳴っている部分が多くて、ピアノスコアに直してみるとびっくりするくらいシンプルになるんです。僕が最初に想像していたのは、オーケストラって膨大な数の楽器があるから、二台ピアノにする時には音を削る作業になるんじゃないかということだったのですが、意外と音を増やす作業の方が多くて。やはりピアノの音というのは減衰しますから、それをどう伸ばしていくかというのと、一人でソロを弾いているところもあれば、70人からいるオーケストラがトゥッティ(全部という意味)で演奏するところを二人で表現するのをどうするか? ということを考えました。音域で考えれば僕らのピアノは、70人のオーケストラの楽器全ての音域をカバーできるんですけど、山中さんは楽譜でそれを示していたので、最初に山中さんから譜面を頂いた時に、その譜面を見た段階で鳥肌が立ちました。

ーーそうした作業の中で、オーケストラ曲をピアノで演奏するならではの良さというのはどうですか?

高橋:意外とクラシックの二台ピアノの曲って少なくないですか? 特に現代になってからは。

山中:そうだね、ラフマニノフ、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」、モーツァルト。

高橋:思い浮かぶところってそこですよね。しかも「ラ・ヴァルス」に至ってはオーケストラのリダクション版(初演はこちらのが先ですが)になっていて、意外と二台ピアノのための純粋な芸術的な作品って多くないんです。

高橋優介

ーー一台がオーケストラの代わりを務めているというものも多いですね。

高橋:例えばコンチェルトの伴奏とかですよね。だから意外と開拓されていないジャンルだったんじゃないかな、と僕は思っていて。

ーー逆にそこに可能性を感じる?

山中:そうですね。今回レスピーギを三つやりますけど、「ローマの噴水」と「ローマの松」には本人編曲のピアノ連弾版があるんです。でもすごく簡素で、初心者でも弾けるのでは、というくらいなので。

高橋:スケッチ(短く描写的なピアノ曲のこと)じゃないかな? と思いますよね。

山中:うん、そういう感じだよね。それを二台のビアノでやりますし、特に「ローマの松」は金管楽器が活躍しますから、そこをピアノでどうクリアしていくのかが大変な作業になりますが、それを超えてピアノで演奏するからこその醍醐味を感じて頂きたいです。

二人でなければ成立しない音楽ばかりのコンサート

ーー「176 アン・セット・シス」としての活動から得られるものをどう感じていますか?

高橋:二台ピアノを経験するからこそ勉強できることがあるなとすごく感じていて。この間山中さんが「二台ピアノだと一人ずつ弾く時間、二人で弾く時間、二人共何も弾かない時間」という四つのバリエーションがあって、それを使えば多彩な色が出る」とおっしゃって。覚えていらっしゃいます?

山中:うん、覚えてるよ。

高橋:それって本当にそうだなと思っていて、そういう考え方はピアノと他の楽器のアンサンブルでも言えるはずなので、これを経てまた新たなものが得られる。僕自身にフィードバックされるものもとても多いので、この活動は本当に意義深いし、楽しみです。

山中:編曲しながらオーケストレーションも勉強できるよね。さっき高橋君が言った通りで、レスピーギの交響詩を二台ピアノに編曲したらもっと複雑な楽譜になると思っていたけど、決してそうではない。おそらく、レスピーギの頭にあったのは今僕らが弾いているメロディの楽譜で、それをどう飾りつけ、味付けしていくかがオーケストレーションだったんだと思います。そのレスピーギのただひとつの旋律に対して、様々な楽器が組み合わされていく、レスピーギ自身が持っているオーケストレーション、オーケストラの音の色彩の広さには脱帽しました。我々の二台のピアノの楽譜には、音としてはその情報がすべて入っているんです。でもそれをレスピーギ以外の作曲家に、この楽譜を渡してオーケストレーションをしてもらったとしても、ここまで多彩なオーケストラの色彩は生まれないんじゃないかと想像します。ですからレスピーギの持っている音色感覚の果てしなさを感じさせられるので、作曲家の魅力も新たに再発見できましたし、そこから得るものもとても大きいです。

(左から)山中惇史、高橋優介

ーーお話を伺っていても、お二人がとても良い関係を築かれていらっしゃることが伝わりますが、こうして共に活動されているお互いの魅力についてはどうですか?

山中:やはり僕はさっきもお話しした「言葉にしなくてもやりたいことがわかり合える」というのが一番なんですけれど、あとは僕は物事を真剣にやると鬱々してしまうタイプなのですが、こちらの方には(笑)そういう要素が全くないので、元気がもらえます! 全部「大丈夫ですよ!」みたいな感じなので(笑)。

高橋:大事なことですね!(笑)。

山中:だからマイナスとプラスでバランスが良いなと思っています。

高橋:でも僕もわりと神経質になるタイプなんですよ。(山中に)きっと信じられないと思うけど(笑)。

山中:あぁ、まあね(笑)。

高橋:それは山中さんが僕の良さを引き出してくれているんです。僕の良さを100%引き出してくれる、僕をこんなにも使いこなしてくれる方ってあまりいらっしゃらなかったので!

山中:使いこなしてくれるって(笑)。

高橋:言葉が合ってるのかわからないけど(笑)、でも僕にとっては本当にそういう感覚なので、すごく嬉しいです。おそらく、山中さんの悪いところと僕の悪いところって似てるんだと思います。

山中:へ~どんなところ?

高橋:僕も鬱々としたところってあるんです。だから山中さんの話を聞いていると「こういう自分、僕の中にもいるな」という感じがするから、逆に対局に動けると言うか。そういう意味で、さっき言って下さったバランスが良いという感じに自然になれていると思います。だからきっと良いところも似ているんじゃないかな~って。

ーーそういうお二人での活動に期待が高まりますが、最初に戻る質問のようですが「176 アン・セット・シス」というユニット名の由来は?

山中:これは非常に単純で、ピアノの鍵盤、88鍵×2です!

ーーあ! そうなんですね! 言われてみればでした!

高橋:そうでしょう?(笑)

ーーでは、その176鍵で奏でられる演奏を楽しみにしていらっしゃる方達にメッセージをお願い致します。

山中:誰も聞いたことがないものが弾ける楽しみと、今回ライブレコーディングもするので、熱気や臨場感もすべて収録されます。その時、その場所でしか生まれ得ないものを体感して頂けるので、この演奏会は楽しめること間違いなしです。また「ローマ三部作」以外にも、アンコールとして我々が書いた曲も演奏します! ですから、この二人でないと成立しない音楽ばかりのコンサートになりますから、その特別な時間を共有しにいらして頂きたいと思います。

高橋:オーケストラファンの方であればレスピーギの「ローマ三部作」というのはよく目にするプログラムだと思いますが、ピアノファンからすると初めてのものだと思います。専門に勉強していてさえも、ピアノ科の人間にとってはレスピーギってあまり馴染みのない存在なので、ピアノコンサートとしては結構特殊なものになると思っています。そのプログラムをピアノ二台のコンサートで実現できることが僕にとっても嬉しいことで、このコンサートの場を企画して頂けたことにも感謝ですし、聴きにきて頂けることも本当に嬉しいので、頑張りますから是非楽しみにして頂きたいです。

ーーライブレコーディングということは、観客の皆さんの熱気や空気感も共に録音されるということですね。

山中:そうなんです! 皆様の声援によっては、アンコールも長くなるかも知れませんので(笑)。是非楽しみに会場にいらして下さい!

(左から)高橋優介、山中惇史

176(un-sept-six アン・セット・シス)山中惇史、高橋優介 よりメッセージ

<プロフィール>
■山中惇史(やまなか あつし)
1990年生まれ。愛知県岡崎市出身。 東京藝術大学院音楽学部作曲科を経て、 同大学音楽研究科修士課程作曲専攻修了。在学中、指揮科、弦楽科ティーチングアシスタントを歴任。作曲を糀場富美子、 安良岡章夫、鈴木純明に師事。第18回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲一般の部第3位。東京藝術大学木曜コンサート(室内楽作品)及びモーニングコンサート(オーケストラ作品)に選抜される。2013年、ユーロアジア国際コンクール課題曲として作曲した「Danza」がコンテスタントによって初演され、公式伴奏者も務めた。
「JR岡崎駅イメージソング」(2013)「岡崎市立翔南中学校校歌」(2014)「祝典行進曲」(2016 岡崎市制100周年記念、岡崎市スクールバンド協議会委嘱)等、出身地である岡崎市への楽曲提供も数多く行う。器楽、室内楽、合唱など多数がヤマハミュージックメディア、カワイ出版などから出版されている。ピアニストとしては、上野耕平、漆原朝子、 漆原啓子、川井郁子、ゲルノット・ヴィニッシュホーファー、清水高師、ピエール・アモイヤル、寺谷千枝子、三縄みどり、松本 蘭をはじめとする国内外のアーティストと共演を重ねている。
2014年小川響子とのデュオで第2回デザインK国際音楽コンクールにてグランプリ受賞。編曲の分野に於いても担当したアーティストはクラシックからポップスまで幅広い。ピアニスト、作曲家、アレンジャーとして参加した各CDはレコード芸術誌にて特選盤、 準特選盤に選出されている。メディアでは、NHK-FM『リサイタル・ノヴァ』 、TBSラジオ『文学の扉』、NHK『クラシック音楽館』、『ムジカ・ピッコリーノ』、日本テレビ『嵐にしやがれ』等に出演。現在、 東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻に在学し研鑽を積む。これまでにピアノを森 陽子、山泉 薫、菊地裕介、白石光隆、 安野直子、江口玲に師事。

■高橋優介(たかはし ゆうすけ)
1994年生まれ。千葉県出身。‬‪高校から大学までの7年間、上野学園で学ぶ。大学卒業後、上野学園音楽専攻科にて1年間学習する。座右の銘は、一期一会。‪第10回東京音楽コンクールピアノ部門第1位及び聴衆賞受賞。NPO法人 芸術・文化 若い芽を育てる会第5回奨学生。これまでに、指揮者の飯森範親、梅田俊明、円光寺雅彦、大友直人、下野竜也、高関健、山下一史の各氏と、ヴァイオリンの前橋汀子、矢部達哉、ヴィオラの今井信子、メゾソプラノ歌手の波多野睦美、クラリネットの谷尻忍、サクソフォンの上野耕平、彦坂眞一郎、ピアニスト・作曲家の山中惇史の各氏と共演。上野学園大学管弦楽団、千葉交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、山形交響楽団と共演。ソルフェージュを佐怒賀悦子、和声学を西尾洋、高畠亜生、室内楽を矢部達哉、今井信子、原田禎夫、村上曜子、彦坂眞一郎、ピアノを齋藤由里子、横山真子、宮本玲奈、横山幸雄、久保春代、川田健太郎、草冬香の各氏に師事。

取材・文=橘 涼香 撮影=荒川 潤

公演情報

『176(un-sept-six アン・セット・シス)』
日程:2020年3月31日(火)
会場:紀尾井ホール 
 
出演:
山中惇史(ピアノ、作曲・編曲)、高橋優介(ピアノ、作曲・編曲)
 
曲目・演目:
レスピーギ(山中惇史・高橋優介編):交響詩「ローマの松」「ローマの祭り」「ローマの噴水」
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