勅使川原三郎が愛知県芸術劇場の芸術監督に2020年4月より就任~記者会見レポート 

2020.3.9
レポート
舞台

「愛知県芸術劇場」の芸術監督に就任する勅使川原三郎

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世界的に活躍するダンサーで振付家、演出家の勅使川原三郎が、2020年4月1日から愛知県芸術劇場 の芸術監督に就任することとなり、2020年1月末に名古屋と東京で記者会見が行われた。任期は2024年3月31日までの4年間だ。

名古屋市中心部の栄に位置する愛知県芸術劇場は、本格的なオペラやバレエ公演が上演可能な〈大ホール〉、国内最高水準のパイプオルガンも有する、クラシックを中心とした演奏会専用の〈コンサートホール〉、演劇や舞踊をはじめ多様な表現の場としてさまざまな舞台形式に対応可能な〈小ホール〉などから成り、1992年に開館した愛知芸術文化センター内にある。

そんな愛知県芸術劇場初の芸術監督として就任する勅使川原三郎は、クラシック・バレエを学んだ後、1981年から独自の創作活動を開始して’85年にダンスカンパニーKARASを設立。呼吸を基礎にした独自のダンスメソッドをもとに、美術・照明・衣装や選曲なども自ら手掛け、世界各国で作品を発表してきた。2013年には劇場・スタジオ・ギャラリーを有する活動拠点「カラス・アパラタス」を開設。’07年に芸術選奨文部科学大臣賞、’09年に紫綬褒章、’17年にフランス芸術文化勲章オフィシエを受賞するなど国内外での受賞歴も多い。

愛知県芸術劇場と勅使川原の関わりは古く、開館直後の1993年にダンス公演『NOIJECT』、2014年にダンス公演『睡眠ーSleepー』を上演。’16年には〈あいちトリエンナーレ2016〉のプロデュース・オペラ『魔笛』の演出・美術・照明・衣装を手掛け、’19年には同劇場のアドバイザーも務めている。会見には、勅使川原と、愛知県文化振興事業団の菅沼綾子理事長、丹羽康雄館長が登壇した。

左から・菅沼綾子理事長、勅使川原三郎、丹羽康雄館長

まず菅沼理事長は、芸術監督の新設と勅使川原に依頼した経緯について、「これまで以上に自主事業を充実して、国内外で一層、創造発信力を強化していくために、このたび新しく芸術監督を迎えることと致しました。勅使川原さんは愛知県芸術劇場におきまして、1993年と2014年にダンス公演、そして2016年には〈あいちトリエンナーレ〉でオペラ『魔笛』の演出などをしていただき、いずれも高い評価を得ております。今後、当劇場が展開いたします自主事業の方向性、また年間ラインナップの作成、そして監督によるプロデュース公演の実施などに携わっていただくことになりますが、当劇場の特性を生かした事業展開を行っていただくことにより、この地域全体の芸術文化のさらなる発展への貢献と、当劇場の国際プレゼンスの向上に寄与していただけることと期待しております」と述べた。

続いて勅使川原は、次のように意気込みや展望を話した。

「2年近く前に館長の丹羽さんから、新しい職があり、それに勅使川原を考えている、というお話を伺いました。劇場のトップのような役職の経験がなかったので少し驚きましたが、作品を創る演出家、ディレクターとしての仕事は何十年もやってきました。つまり現場の経験はあるんですが、こういう役職のようなことは自分はあまり得意ではないと思っていたんです。しかし、私は丹羽さんのお仕事ぶりに対してとても尊敬を感じていたので、丹羽さんが言ってくださるんだったらこの仕事は受けるべきだろう、と感じました。丹羽さんは舞台芸術に対してさまざまなお仕事をなさってきて、特に舞台の技術面、いわゆるスタッフをよくご覧になっている方なんです。その方が現場のことを統合する菅沼さんとコンビを組んで、劇場という場で新しい力を生み出そうとするエネルギーを感じたんですね。そこで新しい役職が出来ることに魅力を感じたということは確かです。

愛知県芸術劇場では前例がない職なので、これは仕事を作るということだろうと思いました。開館以来28年やられているそれぞれの事業の、私はひとつのバトンを受け取って仕事を継続させていく、という任務を受けた上で、これから何をするか、ということを問われていると感じました。直裁に言えば、私は新たに何かを開拓しようとは考えてはいません。大事なことは、積み重ねてきたことと今生きている我々の時代の精神…つまり人間がさまざまな行動、表現をしてきた歴史的な事実とその経験を踏まえた上で、例えば劇場でしたら表現の積み重ねという努力を踏まえた上で、いま今後のために何が出来るか、という実行力が試されるのだろうと。新作を創ります、或いは再演を行います、しかしその場で終わるんじゃなくてそれを育てていくという継続性が必要だ、ということを何度も考え直し、それだったら私にも出来そうだと思いました。

私はいつも何かをする時に必ず、今をきちっとスタートしないと将来はやって来ない、と考えます。ですから4年あとの仕事に役立つようなスタートを切りたい。一年間のアドバイザーという立場から見聞きしたこと、体験したことは、この芸術劇場には優秀なスタッフがいるということです。現代音楽、クラシック音楽、それから演劇、ダンス、劇場で行われるさまざまな分野、それらが融合する表現もあるでしょうが、各自が孤立しているのではなく、プロデューサー同士の連携や協力体制が出来ているということに、訪問者だった当時の私は驚きました。そして今、同じ仲間として考えれば心強く、尊敬を感じています。スタッフワークが出来ている、機能的に人間が組織化されているということが一番自信を持って言えることで、それが魅力なのだということをアピールしたい。もちろんそこには上演されるべき良質の作品、公演、企画などがあるので、実行力が伴わなくてはなりませんが、スタッフがしっかりしていればそれを実行でき、次に繋がる良い結果が出来る。それに対して私は自信を持っています。

個別のプロジェクトに対しては、さまざまなことを考えています。例えば、教育的なこと、或いは地域、愛知県の芸術家、特に私はダンスが専門でありますが、バレエ団の方々、数多くの方々と協力して新しいプロジェクトを立ち上げようと思っています。今までなかったかもしれない、困難かもしれないが必ず立ち上げたい、実現したいと思っていることが幾つかあります。それから海外のアーティストの招聘もあるし、国内のアーティストとのコラボレーション公演もあります。末広がり、というのは下に広がりますが、手を上に広げるような、富士山みたいな展望を抱いています。

そして最後にもうひとつ。私は創作家ですが、そのことと芸術監督ということを混同しない、すべきではないと考えています。表現者であることの立場をきちっと自分で意思を貫く必要がありますが、芸術監督としての考え方は、私の趣味を芸術監督という仕事に反映させよう、投影しようとは思っていません。芸術監督というのは、劇場スタッフ、或いは今日来てくれたプレス、メディアの皆さんと一緒に愛知県芸術劇場の価値、それから認識、理解されることを含めてそれを高めていく、その役割に従事することだと思っているので、創作者、表現者としての勅使川原と分けた考え方を持っています」

記者会見の様子

引き続き行われた質疑応答での「芸術監督の職種と権限は? 」という質問に菅沼理事長は、「館長は愛知県芸術劇場というものを総括していく者でありますけれども、芸術監督につきましては、自主事業の方向性ですとかラインナップの作成、またプロデュース公演、いわゆる劇場の芸術性を担保し、向上していただくことを期待しております」と回答。

また、今後のラインナップについての具体的な構想を尋ねられた勅使川原は、「細かく言いたいことは多々あるんですが、もう少し正式に固まってからプレス発表という風にした方が良いと思う。と言いながら、少しだけお話します。教育プロジェクトは、もう既に演劇の方でもダンスの方でもワークショップ的なものをやられているし、時間を掛けて創作するということもやられているようです。そういう意味では、それを継続的に行うということ。それが結局重要だと思うんですね。

私が客観的に感じたことは、これだけの機構がある場所をもっと有効に使えないだろうか、ということ。場所としてだけじゃなくて内容を含めた機能的な、そこで立ち上がって何かが生まれて、そして生まれたものが継続的に存在して、別な形で育っていく。劇場という場所は、具体的な創作物、制作物、公演、作品というものを創って終わりではなくて、創ったからには努力が必要で、どのようにそれを再演するか、その価値を高めていくということはまるで植物が育つようなもので、命のようなものなんです。活動が止まったら、その創作物は死んでしまうわけですね。映像とかフィルムで残るものじゃなくて、ライブで行うものこそ持続する活動の場を保証されないと、鑑賞者がいなくなったら終わってしまう。

私の任期は4年ですが、退任した後でも続けられるようなプロジェクトを組みたいと思います。つまり、私の趣味が反映されたもので私がいなくなったらそれが全部無くなってしまうんじゃなくて、退任した後でも価値があるものを今からやってみたい。そういう意味の継続性で、そういう意味での教育的なもの、或いはそういう意味で地元に根ざしたもの、という風に考えています」と語った。

そして最後、丹羽館長は、勅使川原さんに期待することは? との問いに対して、「勅使川原さんと私が一緒にお仕事させていただいたのは、2014年の『睡眠ーSleepー』からですが、僕が一番すごいなぁと思ったのは、空間の使い方が素晴らしくて綺麗なんです。なかなかこういう美しい作品を創る人はそうはいないだろうなと思っていた時に、次の〈あいちトリエンナーレ2016〉でオペラを創ろうという話になりまして、これはもう絶対に演出は勅使川原さんだろう、と思ってお願いしました。その時も大変評価をいただいて嬉しく思っていたんですが、今回、芸術監督を置くという話になった時にも、もちろん勅使川原さんしかいないと。それとやはり私共の劇場は、もちろんオペラもクラシック音楽も演劇もいろいろな分野の公演をやりますが、ひとつの特徴としてダンス公演に力を入れているという面もありますし、そういう意味ではやはり世界的な評価をいただいている勅使川原さんに芸術監督になっていただければ、劇場としての力も上がるんではないか、ということでお願い致しました」と答え、会見は終了となった。

初めての芸術監督・勅使川原三郎を迎え、「愛知県芸術劇場」で今後どんなラインナップや取り組みが展開されていくのか、その動向に注目していきたい。

取材・文=望月勝美