オレンヂスタの挑戦作『黒い砂礫』が名古屋で~結成10周年を迎え、さらなる高みを目指す
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前列左から・松竹亭ごみ箱、大脇ぱんだ、宮田頌子、伊藤文乃、今津知也 中列左から・俊平、暁月セリナ、坂本あずき、本田歩夢、菊池綾 後列左から・作・演出のニノキノコスター、スズキカズマ、喜連川不良、ステージング担当の堀江善弘
名古屋を拠点に活動を続け、2019年に結成10周年を迎えた劇団〈オレンヂスタ〉が、旗揚げを行った名古屋・大須の「七ツ寺共同スタジオ」にて、3月14日(土)から8日間12ステージの新作セミロングラン公演を行う。
オレンヂスタ『黒い砂礫』チラシ表
前作『ドミノノノノノノノハラノ』から1年半ぶりの本公演となる本作『黒い砂礫』は、作・演出を手掛けるニノキノコスターが、いつか上演しようと長年思い描いてきたという、“登山”をテーマにした作品だ。主人公の女性登山家が挑むK2(Karacorum No.2)は、パキスタンと中国の国境にまたがるカラコルム山脈に位置する標高8,611mの山で、高さこそエベレストに次ぐ第2位ながら、人里離れた奥地にあるため19世紀末までほとんど存在を知られることのなかった、世界で最も登頂が難しいとされている山だ。ちなみにタイトルの『黒い砂礫』とは、テュルク語・モンゴル語におけるカラコルムの意だとか。
パキスタン側の風に身を縮ませる前地悠子/彼女はエベレストに次ぐ標高を誇る世界最難関の山・K2ことKaracorum No.2の西南西壁に取り付いている最中だ/その近くで単独行を見守るのは大学登山部同期の屑木和伸/ごく最近までのこの山に登頂し生存している女性登山家はいなかった/5人中3人は下山中に死亡し/残りの2人も他の8000メートル峰で遭難死している/なぜ女性は登れないのか/それはヤマがオンナだからなのか──。
近年は身体表現やオブジェクトパフォーマンスを取り入れながら、社会問題を織りまぜた作品を展開してきた〈オレンヂスタ〉。今作でも、8,000メートル峰では前人未踏の冬季登頂、女性単独無酸素という無謀な試みに挑んだ末に行方不明となった登山家とその周囲の人々の姿を通して、現代社会における承認欲求、社会や家族との繫がり、男女の性差、女性の社会進出における障害などを多角的な角度から描いている。“登山”というテーマに興味を抱いた経緯から、これまで以上にシリスアスな作品に挑んだ動機、劇団創立10周年に対する思いなどを、ニノキノコスターに聞いた。
── (通し稽古を拝見して)すごい大作ですね(笑)。
こんなことになるとは。
── 「七ツ寺共同スタジオ」での上演は第6回公演以来、5年半ぶりということですが、登場人物も多く、段差のある大掛かりなセットは舞台ギリギリの幅になりそうで大変ですね。
サイズ感がちょっと。K2が舞台なので、イメージとしては利賀芸術公園みたいな空間にしたくて、なんとか室内でも山が見えるような雰囲気を作りたいなと(笑)。
── そもそも登山の話を描こうと思われた経緯というのは?
もともと登山というモチーフがずっと気になっていて、いつかやりたいと思っていたんですけど、前作の『ドミノノノノノノノハラノ』では「海と命」というテーマで書いたので、今回は「山と命」にしようと思ったんです。なんでかと言いますと、私は小説よりも漫画をよく読むんですけど、「神々の山嶺」という夢枕獏さんの小説を漫画化したものとか、有名な山岳漫画の『岳』とか、新田次郎さんの小説を漫画化した『孤高の人』とか、命を描いた漫画が好きで、いつか山の芝居をやってみたかった、というのがきっかけですね。
稽古風景より
── 宮田頌子さんが演じる主人公の女性登山家・前地悠子には、実在したモデルがいらっしゃるとか。
そうです。無茶な登山を続けて、7回エベレストに挑戦し続けたんですけど全部敗退して、8回目の挑戦で登頂せずに亡くなった栗城史多(くりきのぶかず)さんという方がいて、最初その人をモチーフにしました。ネット配信とかしていた人ですけど、私この人大嫌いで。いろんな情報を集めても、登る気がないとしか思えなかったんですよ。それで最初は前地悠子という人物もそういう風に描いてたんですけど、栗城さんの経歴を調べていた時に、あるところでこの人が壊れ始めたんだな、と気づくきっかけがあって、もしかしたら自分では止められない他人からの期待というものを背負いすぎて死んだのかな、と思った時に、初めて人間として愛おしく思えて。なんかそういう、別の切り口からいろんな側面が見えて来るような話が書けないかな、と思って考えた感じですね。
── 執筆の方はすんなり進んだ感じですか?
途中で(大脇ぱんだ演じる)田部淳子という登場人物が増えたんですよ。最初の構想の時点では山の話だけじゃなくて、山男が癒される場所がストリップ劇場しかなかった、という話も入れて男女の性差を描こうとしたんです。それで女性性について描かなきゃいけない、と思っていたんですけど、ストリップは違うなと思って。じゃあ女性性を描くにはどうしたらいいんだろう? と思った時に、まだ未婚の人、産休から戻ってきて山を目指す人、この先自分も子どもを育てながら山を登っていこうと目指していたのに死んじゃった人とか、いろんな女性のあり方があった方がいいな、と思って田部という人物が現れて、幅が広がった感じですね。
稽古風景より
── リリースにも記載されていたように、ジェンダーや個人の承認欲求だったり、現代社会の様相や問題なども織りまぜながら描かれたんですね。
そういう感じですね。山の話なんですけど、「演劇論みたいなもんだね」ってみんなで話してるんですよ。辞める人もいれば、男女の肉体差が埋まらなかったり。あと、小劇場の女優さんは、産休前に仕事=演劇だった人は戻ってくるんですけど、趣味=演劇だった自分たちの同世代の子たちはもう全然戻ってこられてない。だからそういう子たちにも、今は演劇山に登ることはできなくても、自分の子どもを育てていくのも一個の山だから、みんな一緒に必死こいて登って行こうよ、みたいなエールを送りたかったんですけど、今回の新型コロナウイルスで休校になったんで、子育て中の母世代が観に来られないんですよね。
── そうでしたか。タイミング的にとても残念ですね。劇団10周年という点に於いては、意識されたり特別に力を入れた点などはあありますか?
創り方としては、前回もその前もオーディションをして本当にいろんな人と創ってきてたんですけど、今回は知人の俳優さんだけに声を掛けたんです。そうすると演出的に制約が少なくなるので。何をやるにも既に共通言語がある人たちなので、創り方をみんなで模索してクリエーションして、ということが出来る。それがいつもとは違った挑戦をしている感じですかね。
── 登山に関する専門用語を使ったり、衣装や小道具を揃えるのも大変だったと思いますが、プロの方に取材されたりしたんでしょうか。
これが台本を書くのが遅くて、ある程度書き上げたら「日本山岳会」に持って行こうと思ってたんですけど、行けなかったんです。ただもう、とにかくネットで調べて映像も見まくって、K2がどういうルートなのか、どういう登り方するのか、山岳用語とかもどんな使われ方するのかっていうのを、登山家の方たちが結構ブログとか書かれていたりするのでそういうところから引っ張ってきたりして。あとは「K2みたいな崖登り系だとこうなる」とか、俳優たちが各部署で調べてくれて。そうやってみんなの知恵を合わせました。
稽古風景より
── 8000メートルを超えた時の皆さんの演技とか、リアルな感じでした。
8000メートルになると、なかなかもう動画も文章もなくて。英語のものは多少あるんですけど、ただフィクションで漫画では描かれていたりするので、その辺りもとにかく共有しました。あと、寒さの共有だけはしようと、名古屋市科学館の「極寒ラボ」というところにみんなで行って、「これがマイナス30℃だ!」って(笑)。
── そういう体験も大事ですよね。
どれだけ想像で埋めていくか、っていうところがありますね。K2レベルの山になると、試しに登ってみよう、も出来ないので。脳内で自分をトランスレーションして登りました(笑)。小劇場演劇って、たぶんハイキングや趣味で登れる国内の山なんですよね。K2はオリンピックレベルの人しか行けないところだから、それを演劇に例えると本当に遠い頂で、日本だと野田秀樹さんとか。そういう人たちがどういう風なのかを知ることは自分たち自身を成長させることにもなるだろうとか、そんな目論見とかもあってですね。
── ニノキノさんにとっても劇団にとっても、高みを目指した作品なんですね。
そうですね。登れるかはどうかは別として、K2を目指すことは目指した方がいい、やっていかないと、という感じですね。
稽古風景より
── 今回はロープを使った演出も特徴的ですが、オブジェクトのひとつとして用いられているのでしょうか。
いつもはもっと人形劇的なオブジェクトの使い方をするんですけど、今回は演劇の見立てに近いやり方になるので、お客さんに、これは絆の意味なんだなとか、重荷の意味なんだなとか、へその緒なんだなとか、救いの糸なんだろうなとか、そういうのを感じてもらいやすいだろうな、と思ってやっています。でも、あのロープが大変で、ギュッと引っ張り合うと皮膚が溶けちゃうので、ここからまた本番までに紐と仲良くなって戦わないと。
── セットも舞台いっぱいで迫力がありそうですし、シリアスな内容なので、「七ツ寺共同スタジオ」の空間で観ると、より緊迫感や臨場感が感じられる芝居になりそうですね。
暗くてギュッとした空間になるので、そうですね。ただ、コロナ対策のこともあるので、客席については余裕を持たせて組んでいく予定です。
── 吹雪のシーンなど、ドラマティックな音楽はオリジナルなんですよね。
そうです。曲は坂野嘉彦さんに作っていただいたんですけど、台本がまだ全然ない状態で私が構想をバーっと話したら、すごく壮大な「白い巨塔」みたいな曲が届きました(笑)。
── 結構重厚で、〈オレンヂスタ〉の作品としては珍しい感じかなと。
そうですね。今まで4~5回ぐらいご一緒してるんですけど、ここまでザ・オーケストラみたいな曲をお願いしたことはなかったので新鮮です。俳優が負けちゃわないように頑張らないと(笑)。
オレンヂスタ『黒い砂礫』チラシ裏
取材・文=望月勝美
公演情報
■作・演出:ニノキノコスター
■出演:今津知也、宮田頌子、伊藤文乃、スズキカズマ(以上、オレンヂスタ)、松竹亭ごみ箱(afterimage)、大脇ぱんだ(劇団B級遊撃隊)、喜連川不良(てんぷくプロ)、藤原孝喜(演劇組織KIMYO/名古屋プロダクション)、中居晃一(スタジオB-ST/NTC事務局)、菊池綾(テアトルアカデミー/劇団Wonder Party)、俊平(劇団Wonder Party)、本田歩夢(名古屋大学劇団新生) Wキャスト◇坂本あずき(劇団わに社)、◆暁月セリナ(オレンヂスタ)
■日時;2020年3月14日(土)14:00◇・19:00◇、15日(日)15:00◆、16日(月)14:00◆・19:30◇、18日(水)19:30◇、19日(木)19:30◆、20日(金・祝)14:00◇・19:00◇、21日(土)14:00◇・19:00◆、22日(日)15:00◆ ※17日(火)は休演。16日(月)14時の回、20日(金・祝)19時の回、21日(土)19時の回の各回終演後にはアフターイベントを開催予定。詳細は公式サイトで要確認
■会場:七ツ寺共同スタジオ(名古屋市中区大須2-27-20)
■料金:一般/前売2,800円 U-24(24歳以下)/前売2,300円 高校生以下/前売1,800円 ◉リピーター割(2回目以降の観劇)各券種より300円引 ※当日券販売なし。来場予定日の前日23:59までに要予約。予約数に合わせて客席の間隔を調整するため、キャンセルの場合も事前連絡のご協力をお願いします。U-24、高校生以下の方は当日受付にて年齢確認のできる証明書を提示
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「大須観音」駅下車、2番出口から南東へ徒歩5分
■問い合わせ:オレンヂスタ 090-6090-8973 orangesta@yahoo.co.jp
■公式サイト:https://orangesta.wixsite.com/index