松室政哉、EP「ハジマリノ鐘」を通してどんな状況でもポジティブな曲を作り続ける理由に迫る
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松室政哉 撮影=渡邉一生(SLOT PHOTOGRAPHIC)
杏子、山崎まさよし、スキマスイッチらが所属するオフィスオーガスタから2017年11月にメジャーデビューし、自分の感情を素直にこめたポジティブなメッセージソングで支持をあつめている松室政哉。3月11日にリリースされた3rd EP「ハジマリノ鐘」も、そんな松室らしいカラーが色濃くあらわれている。タイトルトラックとなる「ハジマリノ鐘」は、松室が上京した2012年頃に制作。前年に起きた東日本大震災で社会は混乱し、世の中は先が見えずつらいムードに包まれていた。一方、松室自身も東京での生活になじめず、その日を生きることで精一杯だった。「ハジマリノ鐘」はそんななかで作られ、以降、彼にとって大切な一曲として育まれてきた。制作から8年。なぜ今、この曲を音源として出すことにしたのか。今回はその想いについて松室に話を訊いた。
――「ハジマリノ鐘」は、松室さんの上京時の感情をもとに作られた楽曲とのことですが、当時はどういった不安や葛藤を抱えていたのですか。
もともと大阪でずっと音楽をやっていて、一度ゼロからやってみようと東京に出たわけですが、音楽事務所に入ることが決まっていたわけでもなく、就職先があったわけでもなかったんです。何もないなかで東京へ来たので、朝から夜までバイトをしていました。自分は音楽をするために東京へ来たのに、何をしているのかという葛藤がありました。
――将来への不安もありましたか。
若さ故の根拠もない自信があったので将来への不安はそれほどなかったのですが、現状に対して焦りは強かったし、自分へのいらだちがありましたね。それから今の事務所にデモテープを送ったのですが、そのなかにこの「ハジマリノ鐘」が入っていたんです。そして事務所から声をかけてもらえて、ようやく自分のなかで「音楽を始めることができる」と思えるようになったキッカケの曲でもあります。
――8年前に作った曲をなぜいまリリースすることにしたのですか。
8年間ずっとライブで歌っていて、ある意味、ライブの中で完結していた曲だったんです。ただ2018年のファーストアルバム『シティ・ライツ』(2018)を、映画のカメラの位置から登場人物をとらえているような俯瞰した歌詞の世界で作り上げ、すごく満足ができて。「次はどういう視点で作ろうか」と考えたとき、そのカメラを自分の内面に向けるような感じでやってみようと。シンガーソングライターって、自分が何を考えているのか伝えることを、よく求められる気がします。いざそれをしようと考えたとき、『ハジマリノ鐘』がぴったりだなと思いました。
――つまり今回はセルフドキュメンタリーのような感覚ということですね。
『シティ・ライツ』までの僕はストーリーテラーなんです。でも今回はモノローグ。今まではそういうことをやってこなかった。なぜなら、自分のことを歌うのってめちゃくちゃパワーが必要で、いろんなものを削らなきゃいけないから。だから一歩踏み切れないところがあったんです。
――どういうものを削らなきゃいけないのですか。
自分の人生のことだったり、恋愛や友だちのことだったり、それを不特定多数の人に言う状況ってあまりなくて。知っている人にはそれができるけど、見知らぬ人間にやるには力がいるし、身を削っているような感覚なんです。
――でも一方で、今は多くの人がSNSで自撮りをアップしたり、自分語りを投稿したりしていますよね。疲弊するかもしれないけど、でも今はみんな自分のことを喋りたいという風潮もあると思います。
なるほど。でもみんな自分のことを喋っているけど、果たしてそれが、本当の自分なのかという疑問もあります。本質は隠したいはずだと思っていて。東京にはたくさんの人がいるけど、心まで触れ合えているかどうか分からない。東京という街で暮らし始めて、それをすごく感じました。もちろん自分も、どれだけ人に対して心を開くことができているのか分からないし、もしかすると、全然、開いていないかもしれない。
――今作の特徴はそういう部分ですよね。自分と他者との関係性。「僕」から観た外側の世界の物語です。そんななかで<生まれ変わっても僕でいい 僕がいい>という歌詞に関しては、「こういうことを言えるのってすごいな」と感じました。
これは、「<生まれ変わっても僕でいい 僕がいい>と言いたい」という叫びにも似た願いなんです。僕も本心では、生まれ変わっても自分がいいなんて、そのままの言葉通りには言えない。ただそう言いたいし、そういう人生でありたいし、そういう生き方をしたい。
――2019年リリースの「僕は僕で僕じゃない」も自分の理想像を追い求める曲だし、先ほどのセルフドキュメンタリーの話にも通じますが、自分を見るということに興味があるのでしょうか。
それはあるはずです。心が病んだとして、それを癒せるのは自分しかいないと思っています。この人と喋っていたら心が晴れる、ということはもちろんあるけど、誰と喋るかを選択するのは僕自身。自分が自分のためにどうしてあげられるか、それを考えているし、そういう気持ちを曲にしています。
――どういうときに心が病むのですか。
たとえばネットでもいろんな情報が飛び交っていますが、それを見ると、病むというよりパニックに陥ることがあるんです。まあ、寝たら直るんですけど(笑)。
――でもネガティブをポジティブに変える感覚は曲からすごく伝わってきます。というか、全体的にすごく前向きですよね。<ため息を深呼吸に変える>という歌詞とか。なかなかそうやって前向きに物事をとらえられないじゃないですか。
どんなに落ち込んでいたり、悲しんでいたりしても、自分の心を自分で守ってあげることが大事。もちろん、その解決策を見つけられないことだってある。でも、それになんとかして気づけるか、気づけないかだと思います。
――<さよならでしか掴めない未来もある>という言葉もまさに象徴的ですよね。
卒業式とか、そういう感じですよね。世の中にはたくさんの別れがあるし、自分もいろいろと経験をしてきた。でも、それらは次のステップになって、ちゃんと前に進んでいける。さよならでしか掴めない未来って、本当にある。いや、未来は必ず目の前にある。嫌でも明日はやってくる。それを事実としてとらえることで、「さよならって、悲しいだけじゃないんだ」ということに気づいてほしいです。
――松室さんはこれからどんな自分を見せていきたいと思っていますか。
自分の好きなものですね。映画でも、どういうシーンで泣けるか、笑えるか、憤りを覚えるか、どういうものがあって僕の感情がうねったのか、そういったことを共有したいんです。その時々の自分を、曲として表現していきたいですね。
松室政哉
取材・文=田辺ユウキ 撮影=渡邉一生(SLOT PHOTOGRAPHIC)