ホテル×演劇、新プロジェクト「泊まれる演劇」が始動! キーワードは”インタラクション” その内容は?
泊まれる演劇『MIDNIGHT MOTEL(ミッドナイト・モーテル)』
2020年6月、京都で“ホテル×演劇”の新しいプロジェクトが生まれる。それが、東九条にあるブティックホテル・HOTEL SHE, KYOTOで行われる泊まれる演劇『MIDNIGHT MOTEL(ミッドナイト・モーテル)』だ。2000年代にロンドンで誕生した”体験型演劇作品”イマ―シブ・シアターによる新しい宿泊&演劇体験で、NYの人気アクティビティ『Sleep No More(スリープ・ノー・モア)』にヒントを得、「日本でも新しいものを」とHOTEL SHE, KYOTOでプロデューサーを務める花岡直弥が指揮を執りスタートしたという。
3階建て+屋上のHOTEL SHE, KYOTOを架空のモーテルに見立て、ホテル1棟をまるごと舞台としてストーリーが展開。観客は宿泊客として実際にそのホテルに宿泊し、ホテルのいたるところで行われる演劇を、自らの足で歩きながら、ときに役者と対話しながら、その物語の中のいち登場人物になったような体験が味わえる、イマ―シブ(没入型)シアターだ。近年では、観客投票によってエンディングが決まるマルチエンディングなど観客参加型のステージも増えているが、それとはまた違い、チェックインからチェックアウトまでたっぷりと物語に滞在できる新しい宿泊体験でもある。
HOTEL SHE,KYOTOを運営するL&G GLOBAL BUSINESS Inc.は、若き経営者・龍崎翔子が率いホテル業界に新風を起こす、業界注目度も高い企業だ。ホテル発の演劇プロジェクト「泊まれる演劇」どういった内容になるのか。東京に来ていた花岡に話を聞いた。
花岡直弥
■ハコを持っている側からのアプローチが今の演劇には必要だと思った
―ーL&G GLOBAL BUSINESS Inc.さんは全国5軒のコンセプトホテルを展開されていますが、演劇に絡めてイベントをされるのは今回が初めてだと思います。どういう経緯で始まったのでしょうか?
一般的にホテルというとベッドやシャワーの良さを売りにすることが多いのですが、僕たちは宿泊以上の体験を売りたいと考えているんです。HOTEL SHE, KYOTOでも、これまで元号が変わるときには平成を彩った名曲をオールナイトで流す「泊まれる音楽フェス」をやったり、ちょうど今は最果タヒさんという詩人の方とコラボしてコンセプトルームをやっていたり、ホテルを使ったイベントを開催してきました。そういった延長線上で、なにか新しく、面白い宿泊体験をつくりたいと思っていたんです。
資金が潤沢であれば屋上に新しくバーをつくりましょうとかできるんですが、予算は限られている。じゃあその中で何ができるかと考えたとき、ホテルを使って演劇をつくりたいなと思ったのが最初でした。そのとき『Sleep No More』を知って、どうせなら泊まって、一晩中物語に没入できるようなものがあったら面白いんじゃないかと。
HOTEL SHE, KYOTO外観
―ーわたしも『Sleep No More』を体験したことがあって、全く新しい体験でした。
衝撃的ですよね! 僕は最初、面白そうだし、日本ではなかなかないよなと思って、「ないなら作ろう!」って気持ちだったんです。でも、上海に体験に行ってみたら、その面白さに衝撃を受けると同時に、これは日本ではできないんじゃないかと思ったんです。なぜかというと、日本で新しく演劇をしようとすると、まず劇場を借りるだけで精一杯な役者や劇団が多い。だから『Sleep No More』のように建物一棟を借りて内装を整えて、と考えたら準備だけでとてつもない資金が必要で、とてもできないと。だけど、考えてみたら僕たちは幸いホテルというハコを持っている。だから、これを実現するためには、ハコを持っている側からアプローチしなければならないのではと考えたんです。そこからはもう使命感みたいな感じで。僕たちがやらないともう一生できないんじゃないか、となんとなく思ったんですよね。それが自分たちの強みにもなるだろうし、自分たちにとってもいいんだろうなと。
■深夜のモーテルで起こるストーリー
―ー今回の内容について、言える範囲で構いませんので構想をお聞かせいただけますでしょうか。
そこですよね(笑)。まず、お客さんは宿泊客のみになります。チェックインからチェックアウトまで、ずっと一つの物語の中に、まるでその登場人物になったような体験ができる仕立てになっています。ほんというと、チェックインする前から物語が始まる演出もあるのですが、それは当日のお楽しみで(笑)。
HOTEL SHE, KYOTOは「最果ての旅のオアシス」というコンセプトがあります。京都駅から歩いて10~15分くらい、いわゆる中心地からはすこし外れた場所にあるホテルのロケーションをポジティブに捉えられるよう考えたもので、アメリカのルート66とかにぽつんと佇んでいるようなモーテルをイメージした内装になっています。たとえば1階がアメリカのダイナー風のカフェになっていたり、各部屋にレコードプレイヤーを置いていたり。だから今回も、深夜のモーテルでおこるストーリーです。深夜のモーテルってどんなイメージされてます?
―ーちょっと怖い感じもするような。
暗い印象ありますよね。僕のイメージはアメリカのドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス』。あれ、ミッドセンチュリー(1900年代(20世紀)の半ば)のアメリカの世界観だと思うんですが、あのような世界観です。足元もちょっと危ういくらい、うす暗い。音響や照明にもこだわって演出します。普通のホテルでやると苦情がくると思うんですけど(笑)、その日だけは、いつもの「HOTEL SHE, KYOTO」とは全く違う世界になっていると思います。
ーーホテル自体のコンセプトは80年代のアメリカですよね。物語もその時代なんですか?
そこはあえてあまり言っていなくて。いきなり「ここは80年代です」って言われても、「いやいや、2020年だから」みたいな感じになっちゃうので(笑)、お客さんからしたら現代の延長線上でもあるようにはしています。室内が全部黒電話とかそういうのはないですし、Wifiもあります。
■キーワードは「インタラクション」 役者と観客の境界をいかに壊せるか
―ー今回は脚本・演出にSCRAPのきださおりさんが参加されています。
きださんとはもともと知り合いで、今回イマーシブシアターをつくるということでお声かけしました。イマーシブを作るって、脚本上でもステージ演劇とは異なってくると思うんです。特に今回の場合は、同じタイミングでいろいろなフロアや部屋でいろんなことが起こっていて、その先に、このタイミングでAさんとBさんが次に出会う、とかそういう脚本になっているので、きれいな時系列ではないんですよね。きださんは、ご自身も何度もNYやロンドンに行かれてイマーシブを体験していますし、なによりイマーシブへの熱量がすごい。きださんがいなければ今回できなかったと思います。もしかしたら謎解きと思われている方もいるかなとは思うんですが(笑)。
―ーそうですよね、SCRAPというと(笑)。
謎解きではないんですよ。一応ミステリーではあるのかな。でも、謎解きのように紙とペンは必要ないし、解けたから脱出成功とかではありません。謎解きが得意じゃない人も楽しんでもらえるし、逆に演劇を見たことがない人でも楽しんでもらえるものになっているんじゃないかなと思います。
―ー『Sleep No More』はセリフがないですよね。今回は?
「泊まれる演劇」はセリフがあります。『Sleep No More』は結構アート性が強い作品ですよね。僕正直最初ストーリーあんまりわからなくて(笑)。日本でやるにはもう少しストーリーがわかる方がいいかなとも思って、なるべくわかるようにはしています。
今回大切にしたいのは、「1対1」の体験なんです。『Sleep No More』にもキャストと1対1で部屋に連れ込まれる体験があったと思うんですが、僕はあれがとても印象的だったんです。演劇というと、客席と舞台が完全に分かれていて、それによってお客さんが安心して見られるという側面があると思うんですが、それでは没入感を出すことができない。そこの境界線を壊すためにはどうしたらいいのか。ただ建物の中で演劇をすることで没入感がでるわけではないと僕たちは考えているんです。僕たちが目指す没入感は、例えばキャストからなにか物を渡されたり、部屋に連れ込まれたり、お客さんが主体的に参加できるインタラクションがあることによって、物語の中に入ったような感覚を持つことができるんだと思っています。だから、『Sleep No More』と同じように歩き回って演劇を見るというのは前提としてありつつ、もう一歩踏み込んで、キャストとのコミュニケーションとか、観客のアクションでキャストに変化がある。そういったことを目指しています。お客さんをステージにあげているような感覚に近いですね。映画で言えば、ずっとエキストラとして作中に存在してるような。「演劇」とは名付けたものの、“鑑賞”という言葉には収まらない、演劇であって演劇でない、新しい体験をしてもらえるのではと思います。
ーー『Sleep No More』も、たしかに最初は暗くて怖い印象があって、でもキャストを追いかけているうちに時間も忘れるような感覚でいつの間にか夢中になって世界に入り込む感じがありました。今回は一応公演時間というのはあるんですよね?
そうですね、本編というか、その時間は決まってはいて、ここからここまでが本編だなとわかるとは思うんですが……でもそこからすぐ寝ちゃうともったいないだろうなっていう(笑)。終わってももう少し起きてた方がいいよ、とは言っておきます(笑)。
■場所ありき、キャストありきで作り上げられるその日限りの体験
―ー今回の「泊まれる演劇」のためにホテルの改装などもされたんですか?
いえ、客室や内装はホテルそのまま。少し照明位置のために壁に穴をあけたりはしているんですけどね(笑)。基本は、ベッドがあるからできる演出、シャワーがあるからできる演出とか、その場所だからこそできることをしています。うち共有キッチンとかもあるんですけど、そういうところとか。
―ー場所ありきで制作されているんですね。
場所ありき、どころかキャストありきですね。キャストさんがこういうことができるからこういうストーリーにしようみたいな。たとえばマジックができるならマジックの演出を入れようかとか。HOTEL SHE, KYOTOと今のメンバーでしかなかなか難しいようなストーリーになっているのではと思います。
―ーキャストは今回オーディションで選ばれていますね。脚本とキャスト、どちらが先だったのかなと、その制作過程も気になるところでした。
メインで必要なスキルや、何歳くらいが何人必要とかはもともと決まっていたのですが、どちらかというとキャストありきで細かい演出が決まっていますね。
キャストは、アドリブ力というか、引き出しをたくさん持っておくことが必要になります。基本的にはセリフは決まっているのですが、先ほどお話したように「インタラクション」を大切にしているので、お客さんに話しかけられることもあれば、本来いるはずのお客さんがいないとか、そういう想定外のことも起こるんです。お客さんも動き回りますから。だから、ほんとうにその人にあったキャラクター設定でないと、世界観やクオリティを担保できない。逆に言えば、たとえキャストの素が出てしまってもそのキャラクターがあるくらいの、キャストとキャラクターの近さを目指しています。
■新しい宿泊体験、演劇との接点を作りたい
―ー今後の展開についてはいかがでしょうか。別の場所でも「泊まれる演劇」のプロジェクトを広げていこうとか。
うちは今回舞台になる京都のほかに、北海道に2つと、大阪、湯河原(神奈川)にホテルがありますが、場所を変えてやったりはしていきたいと思いますね。ほんとに将来的にいうと、東京のラブホテルとか買い取ってできればいいなと思っていて(笑)。
―ーなるほど!確かに雰囲気ありますね(笑)。
そうなんですよ。どこか崩れかかっているものでもいいので誰か提供してくれないかなと思ってるんですけれど(笑)。まあ、ずっと先の話ではありますけれどね。
違う作品や同じ作品を別のところでやっていくというのは、やっていきたいと思っています。それから、逆に僕たちのホテルを使って演劇をしたいというのも歓迎です。宿泊だけではないホテルの見せ方ができれば、ホテル業としてもいいなと思っています。
―ー今後の展開、ますます楽しみです。今回のプロジェクトに寄せてお考えのことやメッセージがあればいただけますか?
そうですね、僕たちがやっていることに社会的意義とかはなくて(笑)。僕たちにとって、来てくださる方にとって面白くて、興奮してもらえればいいなと思っています。
ホテル側の想いとしては、僕たちのこうした動きを通してホテルの見え方が変わるといいなと。例えば今までは京都へ行くなら、嵐山なり清水寺なり行く場所を決めてその近くのホテルを探すという感じだと思うんですが、そうではなくて、ホテルが一つの観光地、旅の目的地になるような見え方をつくっていきたいと思っています。その一つの取り組みとして今回こういうことをしているので、今回「泊まれる演劇」に来て、ホテルって面白いなと思ってもらえたら、ほかにも面白いホテルは日本中にたくさんあるので、興味を持ってもらえると嬉しいなと思います。
―ー演劇側では?
演劇側の想いは、今回のコラボレーションが演劇の面白さをより伝える助けになるといいなと。僕はこのプロジェクトをするまで全く演劇に触れていなかったので偉そうなことは言えないんですが、今回一緒にやってくれるキャストと話したりするうちに、新しく劇場に人を連れてくるというのはなかなかハードルが高いなと感じました。特に小劇団とかだと友達同士でを売り合うような感じもあって、そもそも、中身がわからない小劇場に自分でを買って入るのってハードな体験なんじゃないかって。そこを越えるためには、演劇が劇場に閉じこもっているのではなく、外に出ていかないと難しいと思うんですよ。今回はホテルですが、こうしたコラボレーションによって、演劇に興味を持っていなかった人がなんだか面白そうだから行ってみようかとか、演劇に興味を持つきっかけになってくれるのではないかと思うんです。これはキャストも共通した思いです。僕自身今回をきっかけに演劇を観に行くようになって、やっぱり演劇って面白いなと思ったひとりなんですよね。
ーー最後に、楽しみにされている方、興味を持ってくださった方へメッセージをお願いします。
謎解きファン、演劇ファン、キャストファン、おそらく来てくださる全員が思っているものとは少しずつ違うものを作っていけるかなと思っています。体験としての新しさは際立っていると思いますので、そこは楽しんで、物語の登場人物になるつもりで来てほしいです。ちゃんと物語の登場人物になれるような準備、細かな演出などはみなさんが来る前から、僕たちがたくさん仕込んでいく予定ですので、その日はHOTEL SHE, KYOTOではなく、潰れかけのモーテルに来る気持ちでいらしていただけたら、より物語に入ってもらえるんじゃないかなと思います。
あ、それからもう一つ。「泊まれる演劇」は、見るシーンや行く場所によっても見え方が変わるので、人によって違う体験になります。たとえばペアで来て2人で別々の行動をしたとしても絶対に全部を知ることができないと思うので、お客さんはみなさん泊まりますし、バーも夜まで開いていますので、それぞれの体験をお客さん同士で語り合ってほしいなと思います。
取材・文=yuka morioka 写真=オフィシャル提供
イベント情報
時間:19:30~ チェックイン/20:30~ 開演/~翌11:00 チェックアウト
1部屋1名様利用の場合[ダブルルーム]一部屋 20,000円~(税込)
1部屋2名様利用の場合[ツイン / ダブルルーム]一部屋 25,000円~(税込)
特別体験付 VIPルーム[ダブルルーム 1日3部屋限定]一部屋 30,000円~(税込)
脚本・演出:きださおり(SCRAP)
CAST:
飯嶋 松之助、植田 順平、江村 修平、小西 智、鈴木 ぱんだ、中村 るみ、細川 唯、まえだ ゆかり
とある繁華街の外れにたたずむ一棟のモーテル。真夜中になると人が集いだすその姿から“ミッドナイトモーテル”と呼ばれてきた。そんなモーテルも少しずつ客足は遠のき、ついに閉館の日を迎える。今晩は、最後の一夜を祝うクロージングパーティー。常連客に加え、最後にモーテルを一目見ようと大勢の人が集まってきた。みなが思い思いにパーティーを楽しみ、お開きになろうとしたその時。一人の若い女が声をあげた。
『みなさん、このモーテルの例の噂を忘れてはないですよね?』
女の一声で、華やかな雰囲気は一転。モーテルに不穏な空気が漂い始める。素性の知れない宿泊客に、彼らと決して目を合わせようとしないコンシェルジュたち。ほのかなネオンの下、あなたはモーテルに隠された真実を目の当たりにするー。