『攻殻機動隊 SAC_2045』は新たな時代の人間像を描けるか。「2045年」と「ポスト・ヒューマン」が示すもの

2020.4.30
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士郎正宗原作『攻殻機動隊』のアニメ最新作『攻殻機動隊 SAC_2045』がNetflixで全世界に向けて配信開始となった。

今回の舞台は2045年。経済を持続的に回していくため、大国が「サスティナブル・ウォー」と呼ばれる戦争を開始。しかし、全世界同時デフォルトにより各地で紛争が勃発、公安9課はすでに解散しており、草薙素子たちは傭兵として世界を転戦しているという設定だ。そして、突然変異で驚異的な能力を手にした「ポスト・ヒューマン」と呼ばれる存在が台頭、これに対処するため、再び公安9課が集められる。

シリーズ初のフル3DCGで製作された本作。キャラクターデザインも一新され、神山健治監督は、全身義体である草薙素子に関して「明らかに作り物であることを表現した」と語る。

現在、シーズン1の12話までが配信されており、すでにシーズン2の製作も発表されている。物語はまだ完結しておらず、全体の評価は難しいが、本作が何を描こうとしているのか、作中に登場した重要ポイントを挙げて考えてみたい。キーワードは「2045年」と「ポスト・ヒューマン」だ。

2045年に何が起きるのか

本作はタイトルにもある通り、2045年を舞台にしているが、この年に設定したことには大きな意図があるはずだ。2045年はシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れる年であると言われているからだ。

これは人工知能研究の世界的権威、レイ・カーツワイルが自著『シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき』の中で予言したことで、彼曰くシンギュラリティとは、「人間の生物としての思考と存在が、みずからの作り出したテクノロジーと融合する臨界点」だ。シンギュラリティに達した時、人間は現在の生身の肉体と脳の限界を突破し、身体的にも知能的にも今より数兆倍も強力な存在になるとカーツワイルは主張している。

神山健治監督もインタビューで「企画がスタートしたときにこの言葉があちこちで取り上げられていて、『2045年ならAIが人間を追い越している』『人間が想像していなかった世界が来るんじゃないか』と言われていた」と答えており、カーツワイルの「予言」を意識していたことを示唆している。本作が2045年を舞台にしているのは、そのシンギュラリティが起きた後の社会はどうなっているのか、そしてその中で生きる人間たちはどう変わるのかを描こうという意思の現れではないか。

シンギュラリティ以後の世界についてカーツワイルは、「人間と機械 、物理的な現実と拡張現実(VR)との間には 、区別が存在」せず、ロボットは人間の「進化の後継者」であり、「われわれの精神の子ども」なのだと上述の著書で語っている。ロボットと人間の区別がつかない世界とは、人間と機械の境界線はどこにあるのかを問い続けてきた『攻殻機動隊』の世界そのものであり、本作はその議論が現実のものになると予言される2045年をキーワードに、改めて本シリーズのテーマを深めようとしているのではないだろうか。

「ポスト・ヒューマン」は人間の敵か、子孫か

本作で草薙素子たち公安9課が戦う相手は「ポスト・ヒューマン」と呼ばれる、突如強大な力を持ってしまった存在だ。身体的に強化され電脳戦も強く、ツワモノぞろいの公安9課でも手を焼く存在として描かれている。

この「ポスト・ヒューマン」という言葉もカーツワイルの著書に出てくる言葉であるが、一般的には「人間以後」あるいは「脱人間」と訳され、テクノロジーの進化で生身の人間を超えた存在を指す。

本作において、「ポスト・ヒューマン」がどんな条件で発現するかは明らかになっていないが、人の脳がネットワークに繋がれ、何らかの要因で指数関数的な成長を遂げた存在ではないかと推察する台詞は登場する。

カーツワイルも人工知能がネットワークに繋がれ、指数関数的に成長して人間の脳を超える時代が来ると語り、人間の脳や身体が非生物的なものと融合し、生物的部分よりも優位になれば、人間の能力も爆発的に成長するだろうと主張している。

そのように強力な能力を獲得した存在は、従来の人類から見れば脅威となるだろう。本作においても、「ポスト・ヒューマン」はシーズン1においては、人類を脅かす存在と位置づけられており、様々な事件を起こし、公安9課がこれに対処する形で物語が進む。

しかし、このまま「ポスト・ヒューマン」が単純な敵として描かれるかどうかはわからない。「ポスト・ヒューマン」はたしかに人間以上の能力を持った存在だが、それは人間の発明である機械文明の発展がもたらしたものであり、正当な人間の進化とも言えるからだ。

カーツワイルもテクノロジーが常に人間に幸福をもたらすわけではなく、「破滅に至る栄光を転げ落ちる危険性をはらんでいる」と一応の危惧を表明しつつも、「ポスト・ヒューマン」もまた、人間の文明の一部であると語る。そもそも、人間と機械の間に明確な境界線を引くことはできないと彼は主張する。人工心臓をつけた人はまだ人間なのかという問いと、全身サイボーグは人間なのかという問いは、本質的に区別できないはずだ。

『攻殻機動隊』シリーズの価値観に沿って言うなら、ゴーストの囁きが聞こえる限り、どんな能力を持った存在だとしてもそれは人間だ。「ポスト・ヒューマン」が機械文明の発展がもたらした結果だとすれば、全身義体の草薙素子のような存在の延長線上にいるものと言えるだろう。シンギュラリティに達する2045年には、我々はそのような新しい人間といかに共存するのか、あるいは自分がいかにそのような人間になるのかを考えなくてはならないかもしれない。その時、人類は何を持って人間を定義するのだろうか。『攻殻機動隊 SAC_2045』は、そんな未来を予言する作品になることを期待したい。

(神山監督コメント出典 アニメ!アニメ!『「攻殻機動隊 SAC_2045」フル3DCGだからこそ描けるSF表現とは? 神山健治監督×荒牧伸志監督インタビュー』より)

放送情報

Netflixオリジナルアニメシリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』
 
Netflixにて、全世界独占配信中(※中国本土を除く)
メインキャスト
草薙素子:田中敦子/荒巻大輔:阪 脩/バトー:大塚明夫/トグサ:山寺宏一
イシカワ:仲野 裕/サイトー:大川 透/パズ:小野塚貴志/ボーマ:山口太郎/タチコマ:玉川砂記子
江崎プリン:潘めぐみ/スタンダード:津田健次郎/ジョン・スミス:曽世海司/久利須・大友・帝都:喜山茂雄/シマムラタカシ:林原めぐみ
 
原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社 KCデラックス刊)
監督:神山健治 × 荒牧伸志
シリーズ構成:神山健治
キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
音楽:戸田信子 × 陣内一真
オープニングテーマ:「Fly with me」millennium parade × ghost in the shell: SAC_2045
エンディングテーマ:「sustain++;」Mili
音楽制作:フライングドッグ
制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
製作:攻殻機動隊2045製作委員会
(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
 
◎公式サイト https://www.ghostintheshell-sac2045.jp
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