スローレーベルが挑戦するソーシャルサーカス、ディレクターの金井ケイスケに聞く
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金井ケイスケ (撮影:いまいこういち)
ヨコハマ・パラトリエンナーレ2017 「sence of onness とけあうところ」 第2部 不思議の森の大夜会でのサーカスパフォーマンス (撮影:加藤甫)
■「僕らは今、障害ある人を対象にしているけれど、近い将来、日本でも必要になる」
「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」など年齢、性別、国籍、障害の有無を越えた人びとと、アーティストやスペシャリストによるさまざまな芸術活動をプロデュースしているNPO法人スローレーベル。彼らがここ数年力を入れているプロジェクトの一つが「ソーシャルサーカス」だ。
ソーシャルサーカスはサーカスのメソッドを使って社会課題の解決を目指す取り組みで、ヨーロッパで始まり、カナダや南米でも広く実践されている。スローレーベルでは2017年からこれをテーマに掲げ、海外とのネットワーク構築、講座やワークショップを重ね、2019年4月にさまざまな事情で社会に出ることが難しいと感じている人を対象とした支援プログラム「SLOW CIRCUS SCHOOL」を、同11月に普及・実践するカンパニー「SLOW CIRCUS PROJECT」をスタートさせている。
ディレクターとしてこれを牽引するのは、日本人で初めてフランス国立サーカス大(CNAC)へ留学し、帰国後はパフォーマンスグループ「くるくるシルクDX」などで活躍する長野県松本市在住のサーカス・アーティスト、金井ケイスケ。その取り組みについて話を聞いた。
SLOW CIRCUS PROJECT introduction video_200404
■目標は社会参加できるようになったり、社会の中でリーダーシップを取れるようになること
――金井さんはフランス留学もされ、その後、フランスを拠点にサーカス活動を展開されていたわけですが、ソーシャルサーカスは当時からご存じでしたか?
はい。社会的な活動としてのサーカスがあるのは知っていました。ただ「ソーシャルサーカス」という名前がついたのは90年代後半だったかと思います。実は個人レベルではかなり前からやられているんです。日本でも活躍しているジュロ(フランス人フラフープ&バランス芸アーティスト)の友達が90年代にブラジル・ツアーをしたときに貧しい村で教え始めたのが南米で広がったきっかけだと聞いています。また組織だって、社会貢献活動として取り組んだのが、あのシルク・ドゥ・ソレイユなんです。
――シルク・ドゥ・ソレイユは日本以外では自主興行をしているので、その流れで「ソーシャルサーカス」による社会貢献活動もしているそうですね。「ソーシャルサーカス」の定義を教えていただけますか。
言葉にすると「社会貢献サーカス」ですよね。さまざまな事情により社会に出ることが難しい若者に対し、サーカスの練習や習得を通じて、協調性・問題解決能力・自尊心・コミュニケーション力などを総合的に育むプログラムです。ですから最終目標はアーティストになることではなく、社会に積極的に参加できるようになったり、社会の中でリーダーシップを取れるようになることなんです。
Circo del Mudo(チリのソーシャルサーカス)
Circo del Sul(アルゼンチンのソーシャルサーカス)。金井さんの右側にいるのが栗栖良依さん。
Circo del Sul(アルゼンチンのソーシャルサーカス)
たとえばシルク・ドゥ・ソレイユのカリキュラムでは、参加者の成長が5段階のレベルに分けられています。円滑にコミュニケーションが取れない、ファシリテーターの援助がないとワークに参加できない状態の人たちがお互いに知り合うところが最初のスタート。「レベル2」はグループワークに自分から積極的に参加できるようになること。ドロップアウトして社会に参加していない人には、参加すること自体がすごいハードルなんです。「レベル3」はファシリテーターと対等に意見が言えたり、自分の意見を持ったり、自ら発信できること。「レベル4」はファシリテーターの仕事をワンコーナー任せられる、参加者自身が積極的にリーダーシップを取ってワークショップを進められるようになること。そして「レベル5」は独立できるだけのスキルが身についた状態です。
――金井さんはスローレーベル代表の栗栖良依さんらとソーシャルサーカスの調査のために海外にも行かれてますが、出会った事例を教えていただけますか。
僕自身は10カ国くらい出かけているのかなぁ。シルク・ドゥ・ソレイユの拠点であるカナダにも行っています。カナダは移民を積極的に受け入れていることで有名ですが、そのことで起こる問題も抱えている。ケベックで僕らがインタビューした中に、アジアからの移民の若者がいました。モントリオールという都会で育ったけれども、中学くらいからストリートチルドレンになって、周りの仲間は麻薬売買など犯罪で小遣い稼ぎをしていたそうです。彼はサーカスのパフォーマーと出会い、教えてもらったファイアー・パフォーマンスでなんとか生計を立てながら各地を転々とするうちに、ケベックでソーシャルサーカスを知るんです。そこで自分と同じように苦しんでいる人、苦しみから立ち直った人たちに出会ったことでソーシャルサーカスに参加し、ファシリテーターに進み、自分も何らかの協力をしたいと今ではリーダーになっている。さらに仲間と共同運営するサーカススタジオ「キャラバンコープ」を立ち上げ、地域のお祭りを手伝ったり、サーカス・フェスティバルを企画したり、パフォーマーの派遣などを行なうようにもなった。彼はソーシャルサーカスに恩返ししたいという思いで活動しているんです。
僕らがカナダで出会ったのは、どん底から這い上がった人たちばかりでした。しかもほとんどが30代。社会の中で相手にされていなかった人たち、荒れた社会の中で育って社会に救われた経験がなかった人たちが、ソーシャルサーカスに出会い更生したことで、今度は苦しんでいる人たちを救う側に回ろうとしている。それがある種のサクセスストーリーなんです。そんな彼らを、シルク・ドゥ・ソレイユの社会貢献部門がフォローもしている。またヨーロッパや南米などの国際的なネットワークとの交流によって彼らの世界や活動がさらに広がっている状況です。
■危険や責任ある役割を経験することが日常であまり得られない成功体験になる
その日のメニューがホワイトボードに紹介されています。これ大事なんです。
自己紹介の後で自由に歩き回って、すれ違う瞬間にハイタッチ!
身体の一部をくっつけあうワーク。
身体の一部をくっつけあうワーク。
全員集合で足先を合わせます。
カラフルなジャグリングの道具がたくさん置いてありました。 (撮影:427FOTO)
ジャグリング用の道具で自由に遊びながら参加者が自然に交流する時間も。
――スローレーベルのソーシャルサーカスでは障害のある人を対象にされています。実践を通して気づかれたことなど教えてください。
スローレーベルはこれまで、障害ある人と一緒にものづくりや芸術活動を行なってきて、独自に実績やノウハウを蓄積してきていますからね。僕らはソーシャルサーカスのメニューを障害のある人たち向けにアレンジして展開しているんですが、海外では障害ある人を対象にした取り組みは珍しいんです。たとえば僕らのワークショップを通じて姿勢がまっすぐになった、転ばなくなった、人とコミュニケーションが取れるようになった、目が合わせられるようになった、しゃべれるようになったなどなど、参加者それぞれの精神的、身体的成長、変化をすごく感じています。でもこれは一緒にやってみないとわからない。なぜならワークショップでは、基本的に親御さんや支援者の方の見学はご遠慮いただいているんです。参加者がそちらを気にするあまり集中できなかったり、甘えが出たり、あるいは逆に親御さんが「こうやりなさい」と指示しに来たりすることもあるからです。
責任ある役割を経験できるピラミッドというワーク (写真提供:スローレーベル)
ピラミッドの完成形! (写真提供:スローレーベル)
たとえばピラミッドというメニューがあります。ベーシックなところから丁寧に丁寧に進めるんですけど、知的障害や精神障害の子がちゃんと土台をやってくれる。時には車椅子の人が加わることもある。ある時、人といることがストレスで、いつも隅っこにいってしまう子が土台をやってくれたんです。親御さんや支援者の方からしたら積極的に参加していることが信じられないわけですよ。障害のある子は、普段の暮らしの中で責任を持たされる場面があまりないのかもしれない。危険や責任ある役割を経験させること、そして誰かがやっているのを目の当たりにすると自分もできるかもと思えるんですね。やりたがる子がどんどん出てくる。それがまた大きな成功体験になる。そうした積み重ねが少しずつコミュニケーションを取れることにつながっていくんです。
――取り組みを重ねる様子を何回か拝見するなかで、スタッフの皆さんの成長をすごく頼もしく感じたんです。
あぁ、僕自身も変わりましたよ(笑)。たしかに最初のころは僕もどこまでやっていいのか、おっかなびっくりでした。僕がやろうとしていることに周りもおっかなびっくりで、「それ、やるんですか?」みたいなこともありました。変われたのは、みんなが限界だと思っていることを超えていかないことには僕もスタッフも成長ができないからです。そういう意味では、今とてもチームとしていい状態だと感じています。そしてピラミッドのような少し危険なプログラムが入ると、参加者の成長の度合いが大きいんです。もちろん事故が起きないようにスタッフは常に目を配っています。
ワークの最後のメニュー「ソレイユ」。 (写真提供:スローレーベル)
何本もの紐の中心にボールをのせ、みんなで呼吸を合わせて少し離れたポールへ運びます。 (撮影:427FOTO)
■日本で広げるためには、僕らの成長が何より重要
――改めて、日本でのソーシャルサーカスの可能性をどんなところに感じていますか。
スローレーベルで六本木の学校を訪問する機会がありました。生徒の多くが外国人なんですよ。しかも多国籍。でも先生は日本語しかしゃべれない。新入生を迎える若い先生が、移民の子供たちと、文化を乗り越えてどうやってコミュニケーションをとるか。教科書通りやってもうまくいかないんです。でもソーシャルサーカスでは先生も参加者ですから、先生と生徒という関係が崩れ、生徒とコミュニケーションを取りやすくなったり、教えるという立場からは見えないことも見えてきたり、移民の子たち同士が言葉のあまりいらないコミュニケーションをするような可能性も出てくる。今は六本木の問題としてお話しましたけど、これから日本中で起こる可能性があることなんです。ほかにも世代間ギャップの問題も今以上に出てくるでしょう。社会が高齢化するなかで社会からはみ出してしまう人はもっと増えるんじゃないでしょうか。そうした人びともフィジカルに関係を持つことで壁が取り除けると思うんです。
一本のロープをみんなで持ち、お互いを信頼しながらロープに体重を預けてみます。 (撮影:427FOTO)
慣れるとロープの上を人が歩けるくらいピーンと張れるとか。 (写真提供:スローレーベル)
エアリアルティシューをつかってみたスクールの様子。 (写真提供:スローレーベル)
――日本ではソーシャルサーカスは広がりますか?
広げていかないといけないでしょう。そのためにはいい意味でスローレーベルのメンバーが独立していくことも必要かもしれません。時間はかかるでしょうけどね。東京2020オリンピック・パラリンピックは延期されてしまいましたが、オリ・パラが終わったらそこに取り組んでいきたいと思います。
僕たちが今やっているのは、シルク・ドゥ・ソレイユのメソッドで言う「レベル1」です。各国の事例を見ていくと、どこもどんどんレベルアップして、アクロバティックな難しいテクニックにもチャレンジしているんですよ。僕らがやらなければいけないのは、日本でソーシャルサーカスの文化を根付かせつつ、僕ら自身のスキルをレベルアップさせていくこと。なかなか難しい課題ではありますけど、そうじゃないと「もっとやりたい、もっと続けたい」という参加者の希望に応えられなくなってしまいます。僕らのチームはもっと先を見据えてやっているんです。
スローレーベル代表の栗栖さんがサーカスに可能性を感じてくれたおかげで、ソーシャルサーカスプログラムは、僕らにとっても、ほかではできない特別な出会いや経験が積める場所になっているんです。
金井ケイスケ (撮影:いまいこういち)
取材・文:いまいこういち
INFORMATION
ヨコハマ・パラトリエンナーレ
■プレ会期:2020年夏
■本会期:2020年11月12日(木)〜11月28日(土)
■場所横浜市役所アトリウム(新市庁舎)/神奈川県民ホールギャラリー/みなとみらい本町小学校/ほか
■公式サイト:https://www.facebook.com/paratriennale