温泉街を楽しい切り絵で表現した絵本『城崎ユノマトペ』~城崎温泉に行かないと買えない本、第4弾リリース

2020.6.9
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tupera tupera『城崎ユノマトペ』

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2020年2月、兵庫県豊岡市の城崎温泉にうかがった。ちょうど「本と温泉」という、城崎温泉旅館経営研究会が立ち上げたレーベルから出版されたばかりの絵本、tupera tuperaの『城崎ユノマトペ』について、旅館「泉翠」の若旦那でNPO法人「本と温泉」理事長・冨田健太郎さんにお話を伺うことができた。この原稿、サボって寝かしていたわけではない。新型コロナウイルス感染症のせいなのだ。でも緊急事態宣言が解除され、ようやく観光が動き出しそうだから書ける日がやってきた。なぜなら「本と温泉」の出版物たちは、城崎温泉に行かなければ購入できないから。では改めて。tupera tupera『城崎ユノマトペ』は、志賀直哉『城の崎にて』、万城目学『城崎裁判』、湊かなえ『城崎ヘかえる』に続くレーベル第4弾だ。

城崎温泉の街並み

――実は「本と温泉」のファンなんです。今回は城崎国際アートセンターに用事があったんですけど、「本と温泉」についてもお話を伺えるということで、ありがとうございます。

冨田 今はちょうど「仕立て屋のサーカス」さんが来てますね。

――お詳しいですね。城崎温泉の旅館の方々は城崎国際アートセンターで何が行われているか把握されているのがすごいです。では、せっかくなので「本と温泉」の成り立ちから教えてください。

冨田 志賀直哉が城崎に来て100周年だった2013年に、私も所属する城崎温泉旅館経営研究会では何かやらなければいけないと考えていたんです。城崎温泉には「歴史と文学と出湯の町」というキャッチフレーズもあるんですが、正直、文学をどう扱っていいのか、発信していいのか僕らもまったくわからなかった。ほかの団体は朗読会をやったりモニュメントをつくったりしていましたが、一過性のものではなく、城崎の新たなコンテンツになるものをと立ち上げたのが「本と温泉」でした。田口幹也さん(現・城崎国際アートセンター館長)を通じてブックディレクターの幅允孝さんを紹介いただいて志賀直哉の『城の崎にて』を解説付きの2冊セットにして出版するところからスタートしましたが、最初はまったく自信がありませんでした。本なんか売ったことありませんから。何より幅さんに「この街には文学の匂いがない」と言われたのを今も覚えています。当時の理事長はよく本を読まれる方でしたが、私はなんなら活字を見ると眠くなってしまうタイプで、「大丈夫かな、本当に売れるんかなあ」と不安が大きかったですね。

冨田健太郎さん(城崎文学館にて)

――本は形があるだけに、完成したときはうれしいですけど、積まれていると憂鬱になります。

冨田 そうそう。つくったはいいけれど、売れないと悲しいですよね。相当ビビってました。街の人たちも今でこそ「よしゃ! 売ってやる」って感じですけど、当時は「売れるんかい? 素人が何やっとるだ」みたいにちょっと冷ややかな視線もありました。ですが、そこが城崎のいいところでもあるんですけど、街ごと一軒の宿、共存共栄の中で「まあまあ、そう言わんと一緒に売ってくださいな」とお願いすれば、「じゃあやるわ」と皆さんが一生懸命に協力してくださったおかげで話題になっていきました。

――「本と温泉」で書いていただく作家さんはどのようにして決められるんですか?

冨田 それは幅さんとどういう本をつくりたいかをご相談する中で決まっていくんですよ。万城目さんは幅さんからご紹介いただきました。『プリンセス・トヨトミ』は大阪、『鹿男あをによし』は奈良、『偉大なる、しゅららぼん』は滋賀、『鴨川ホルモー』は京都と、万城目さんは近畿を舞台に小説を書かれていましたが、ご相談した当時は兵庫県はまだ書かれていなかったんです。そして白樺派、志賀直哉を好きでいてくれはったこともあってご縁をいただけて。実際に城崎にお越しいただいて、お泊まりになって、外湯にも入っていただいた中から『城崎裁判』が生まれたわけです。万城目さんは『城崎裁判』をご自分の名刺のように大事にしてくださっています。自己紹介のときに見せると「これなんですか!」みたいなところから初対面の人とでも盛り上がれるとおっしゃってました。湊さんは万城目さんともともと交流がおありになったそうで、何かの機会に、万城目さんが「実はこれ書いたんです」とおっしゃったところ「持ってます。というかなぜ私より先に書いているんですか、私の方が城崎に行ってますよ」という話になったとか。実は湊さんは毎年、年末に来てくださっていた。それで万城目さんが湊さんとの縁をつないでくださいました。

tupera tupera『城崎ユノマトペ』

tupera tupera『城崎ユノマトペ』

――最新作『城崎ユノマトペ』のtupera tuperaさんの場合はいかがですか?

冨田 やはり幅さんと相談をさせていただいている中で、「次は絵本がやりたい」ということでご紹介いただきました。僕も子どもがいるのでtupera tuperaさんのことは存じていましたし、「大好き」という理事さんもいて、「最高じゃないですか」とお願いしました。tupera tuperaさんも実際にお越しいただいて、泊まっていただいて、あの絵本をつくってくださいました。

――下駄をデザインした装丁がなんとも楽しいですよね。

冨田 『城崎ユノマトペ』では強烈に城崎の街が表現されているんですよね。温泉街を楽しい切り絵にした絵本で、下駄の表紙を開くとジャバラになっていてワクワクしますし、「あの橋で写真を撮ったなあ」「あそこの湯には入れなかったけど、今度は行きたいなあ」というふうに、それぞれの思いを巡らしていただきたいです。完成お披露目会をやったときもお客さんは満員でした。tupera tuperaさんはエンターテインメント性が凄まじいというのもありますけど、子どもはもちろん、大人たちも子どもに帰ったように大声で笑ったりすごく楽しそうでした。私も文学にはこういうパワーもあるんだなって気づくことができましたね。

志賀直哉『城の崎にて』

――城崎でしか買えないというのは時代とものすごく逆行しているじゃないですか。でもそこが楽しくて、また宿の若旦那の皆さんがお客とすごく近い関係だからまた行きたくなるんですよね。

冨田 ありがとうございます。お客様もここでしか買えないことを喜んでくださいます。各本の装丁が一番の特徴になっていると思うんですけど、「これなんですか?」という驚きから会話が始まるんですよね。私たちも本というよりは、お土産を売っているという思いが強いので、城崎でお買い上げいただいて、お帰りになって「城崎でこんなことしたなあ」「外湯、気持ちよかったなあ」「蟹、美味しかったなあ」というふうに思い出していただけるとうれしいです。

 そして、たしかなことは万城目さんも湊さんも、今回のtupera tuperaさんにしても城崎を応援したい、城崎がこれからも良き街であり続けてほしい、と応援してくださっている。お会いするたびに「城崎のことを愛してくださっているんだな」ということが伝わってくるので、それが一番ありがたいですね。作品もそういう姿勢で書いてくださっていますから、僕らも非常に愛着が湧きます。また書いて終わりではなく、その後も城崎に来ていただいて楽しんでくださっていますし、「どうも、どうも」みたいな感じで人間関係が続いています。幅さんもよく「『本と温泉』は出版規模はものすごく小さいけれども、一つ約束するのは僕の目が黒いうちは絶版にはしない。売り続ける」とおっしゃってくださっています。だからこそ城崎でしか売らない、そこは大事にしていきたいんですね。

万城目学『城崎裁判』

湊かなえ『城崎ヘかえる』

――『城崎ユノマトペ』が4冊目ですね。「もう4回来たよ」というお客さんにはお会いしましたか?

冨田 残念ながら僕はまだ出会ってないんですよね。でも「これを買いに来ました」というお客様はいらっしゃいますし、新作が出るたびにそのほかの本も動くんですよね。まとめ買いされるお客様も多いです。

――「本と温泉」では2年に1冊のペースで出版をされていますよね。ということは、そろそろ仕込まないといけないんじゃないですか?

冨田 うふふ。まだ言えないんですけど、僕も会議で「こういう作家さんがいるんです、城崎にも合いそうだし、いいと思うんです」とは提案はさせていただいています。万城目さんにも相談したら「いいじゃん、行っちゃいなよ。協力しますよ」と言っていただきました。でも作家さんとやりとりするなんてすごく緊張するじゃないですか。何を話していいかもわからないし、いつも汗だくになります。著書を事前に読んでおかなければいけないのも大変です。でもそういうきっかけを与えてもらったのはありがたいと思います。

 焦らずに、仲間と相談しながら、これまでと同じベクトルに向かってやっていけたらいいなって思います。繰り返しになりますが、本を売っているんだけど、お客様に城崎のことをいつまでも思っていていただきたいですし、そのきっかけとして最初に「なんですかこれ?」という反応が得られるようなものに今後も挑戦していきたいです。

冨田健太郎さん(城崎文学館にて)

取材・文:いまいこういち 

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