ピアニスト吉見友貴が語る、いま届けたい音楽 ソロリサイタル開催&配信への思いから素顔に迫るエピソードまで
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吉見友貴
2017年、最年少で日本音楽コンクールのピアノ部門を制したピアニストの吉見友貴。
2020年7月23日(木・祝)に開催される東京・浜離宮朝日ホールでのリサイタルを前に、コロナ禍でのステージ開催と自身初となるイープラス・Streaming+でのオンライン配信決定への思いを聞いた。
ブレのない集中力で王道をひた走る吉見は、実は多彩でユニークな貌を持つ。
20歳のピアニストの素顔と、巨匠的な風格すら漂うそのピアニズムを支える“精神性”に迫る――。
■中止になった公演分も、東京のコンサートに全力を注ぎたい
――2017年に日本音楽コンクールを制覇して、この3年間で環境や心境的な変化はありましたか?
まず、心の持ち様が大きく変わりました。コンクール一位という肩書きが自分自身を一番成長させてくれたと思います。すばらしい音楽家の皆さんと一緒に音楽をする機会もたくさん与えて頂いて、吉見友貴という人間の内面の成長に大きく影響したと思いますし、僕自身の音楽にも深みを与えてくれたと感じています。
――プレッシャーみたいなものはなかったですか?
プレッシャーは感じないタイプみたいです。つねに平常心、自然体を持ち続けることが僕自身のマインド的な秘訣だと思っています。
演奏前はお客様に少しでも良い音楽を届けたいという思いがあるので、もちろん心構えとして、それなりの緊張はします。むしろ「緊張の中でこそいいモノが生まれる」という期待を自分自身に持たせつつ、「その中で、いかに自分自身の一番いいモノを出し切れるか」と発想を変えてコンディションを整えています。
『吉見友貴ピアノリサイタル2020』チラシ
――7月下旬に、東京、名古屋、大阪、高知での初の4都市ツアーが予定されていましたが、結果的にコロナウイルスの影響で東京(浜離宮朝日ホール)以外の演奏会は中止になってしまいました。吉見さんご自身、この現実をどのように受け止めていますか?
僕にとっては初めての本格的な国内ツアーでしたし、地方での公演もとても楽しみにしていました。お客様に申し訳ない気持ちもありましたし、名古屋では三井住友海上しらかわホール、大阪では住友生命いずみホール、高知では高知県立県民文化ホールと、憧れの場で弾く機会を頂いていましたので、中止が決まった瞬間、正直、無気力になったところもありました。
でも、こういう状況の中で、同じ思いを抱いているのは僕だけではないと思い直し、ようやく現実として受け入れることができました。そして、中止になった3公演の
――7月23日(木・祝)の東京演奏会の模様は後日Streaming+でオンデマンド配信されますね。
中止になってしまった各地公演を楽しみにしてくださっていた方々や新型コロナウィルス感染拡大のため外出を自粛されている方々にも演奏をお届けしたいという気持ちが僕自身の中に強くありまして、今回ストリーミングでの配信が実現しました。
■プログラムは、演奏家からお客様へのメッセージ 配信には特典映像も
――今回の演奏会は、吉見さんらしさ満載の聴きごたえあるライアンアップになっていますね。プログラムはすべてご自身で構成されたのでしょうか。
もちろんです。実をいうと、今回の曲目はすべてゼロから挑戦したという曲ばかりなんです。大きなプログラムを作る際、正直、弾き馴れた曲をいくつか入れておこう…みたいな時もあるのですが、今回は(4都市すべて)大舞台で弾くチャンスを頂いていましたので、真っさらなところから挑戦してみたいという思いが強くありました。
今年はベートーヴェンイヤーというのもあり、前半部分では、以前から演奏してみたかったピアノ・ソナタ 第21番 「ワルトシュタイン」に挑戦します。後半は大好きなロシアン・プログラムです。間に小品を挟んでいますが、僕自身、三拍子系の曲が大好きなので、特にスクリャービンのワルツでは、そんな思いを感じ取って頂けたら嬉しいですね。
――前半冒頭に置かれているベートーヴェンの「アンダンテ・ファヴォリ」と「ワルトシュタイン」という連続した組み合わせも粋ですね。
「アンダンテ・ファヴォリ」は、個人的に大好きな曲の一つです。元々、「ワルトシュタイン」の二楽章になるはずだった曲が、独立して一つの曲になったという説もあって、「“ワルトシュタイン”と組み合わせるのであれば、これしかない!」 と思いました。
吉見友貴
――プログラミングや演奏する際、曲の生まれた背景や歴史の流れなども、つねにリサーチしていらっしゃるんですか。
僕自身、プログラムは“一つの作品”だと考えています。演奏家からお客様への贈り物でもあるし、大切なメッセージでもあるんです。なので、「これも弾きたい、あれも弾きたい…、あれを入れよう、これを入れて…」、という取っ散らかったプログラムには絶対したくないんです。お客様が曲目を一目見て、「このピアニストは何かを意図してこういう選曲をしたのか…」と、感じ取って頂けるのが理想だと思っています。
その為には、すべての作品の文脈的な流れを理解することも必要ですし、作品一つひとつの背景や作曲家の思いなどを必ずリサーチするようにしています。ちなみに、今回の後半プログラムでは調性のつながりにこだわっています。他にも、珠玉の小品を間に挟むことで、大曲をより引き立てられたらと考えて全体の配置や構成をしました。
――今回のストリーミング配信では、本番プログラムの後に続いて、20分くらいの特典映像があるという情報を耳にしたのですが。
はい、本当です! 実は僕は派手な曲を弾くのが何よりも苦手で、どうしても渋い系になってしまうんです…。特典映像でもかなり渋めなプログラムですが、本編とは違う一面もご覧頂けたらという思いもあり、フランスものの小品などを集めてみました。
――具体的な曲名は配信当日まで秘密ですか?
ドビュッシーやラベルの小品etc…、というところにしておきましょうか(笑)。一連の本プログラム後に、そのまま舞台で収録するので、皆さんに楽しんでもらえるように頑張ります! 特典部分だけ聴いて頂いても面白くなっていると思います。
吉見友貴
■実はベートーヴェン大好き! 今後の目標は?
――今回の演奏会は別として、現在の吉見さんとしては、どのような作曲家を一番演奏したい心境ですか?
実は、ベートーヴェンが永遠のマイブームなんですよ。と言っても、以前はスゴく苦手だったんです。それが、ある日、「熱情」(ソナタ第23番)を弾く機会が与えられまして、内心、「えー、堅苦しいのの中でも一番デッカイのが来ちゃったよ…」と思ったんです。
でも、曲の分析は好きだったので、取り組むとなったら徹底的にやろうと決めたんですね。それで、少しずつ分析を始めてみたら、「ベートーヴェンてスゴイんじゃね」って、ようやく気づいたんです。「こんなにも構築された曲があるんだ!」って。
それ以来、彼の言おうとしていることが明らかにメッセージとなって見えてきました。難解で見えにくい部分も、諦めずに分析して探っていくと、「もしかして、こういうことを言いたかったのかな」、「こういうことがしたかったのかな」ってわかるようになったんです。
――これからのキャリアについてどのようなビジョンを描いていますか?
正直無いんですよ。よく、将来はどういうピアニストになりたいかと聞かれるんですが…。もちろん、大きいコンクールでタイトルを獲って、世界的に活躍できるピアニストになりたいと言えばそれも確かなんですが、やはり、今を大事にしたいという思いが一番です。大人びた演奏をしようと思うのではなく、今のこの年齢だからこそできる最大の表現、音楽、ピアノというものを突き詰めていきたいですね。
――直近の具体的な目標についてはいかがですか?
実は9月からボストンのニューイングランド音楽院に留学する予定です。コロナの影響でどうなるかわからないのですが、大学一年から入り直すので、4年間、異文化に揉まれて色々なことを吸収できればと思っています。
あと、コロナの影響で一つ延期になってしまったコンクールがあるので(ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクール)、これを機会に、結果はともあれ、ヨーロッパで自分の音楽が演奏できれば嬉しいです。
――アメリカは、音楽大学のカリキュラムやシステムが充実しているので、吉見さんなら音楽やピアノの他にも多くの事を学ぶ機会があるのではないでしょうか。
アメリカを選んだのは、まさにそういう理由からです。音楽学生でもいろいろな教科を勉強しなくてはいけないので、それなりに厳しいと思いますが、僕自身、いろいろなことを勉強するのが好きなので、ワクワクしています。特にピアノの演奏に必要な言語学や西洋史を深めてみたいです。何でもルーツを探るのが好きなんです(笑)。
吉見友貴
■意外な素顔も! ピアノ以外にハマっていることは……
――普段の生活では、ピアノ以外にハマっていることはありますか?
実は、フィギュアスケートがメチャクチャ好きなんですよ。テレビで放映されないB級大会はライブストリーミングで全部見るほど、もうスケオタっていうレベルです。
どれくらい好きかっていうと、試合後に各選手の採点表を見ながらもう一度、最初から見直すんですよ。ジャンプの種類はもちろん、フリップとルッツのエッジエラーや、ターンやステップの種類も見分けることができます。
――解説者も審査員も両方できますね。
そうなんです。見て分析するのがたまらなく好きなんです。
――羽生選手のためにラフマニノフやショパンを演奏する日が来るかもしれません。吉見×羽生のコンピレーションCDのリリースも夢ではないですね。
そうできるように頑張ります。もしかして、それが僕のピアニストとしての目標かもしれません(笑)。
――最後にファンの皆さんにメッセージを。
時節柄、不安の中でのコンサート開催ですが、僕はコンサートホールというのは一種の宇宙空間だと思っています。お一人おひとりの中に、非現実的な未知の体験との出合いというものが絶対にあると思うんです。そのような雰囲気の中で演奏を楽しんで頂けたら嬉しく思っています。
取材・文:朝岡久美子 写真=過去公演より(オフィシャル提供)