三谷幸喜が手掛けた“爆笑文楽”がPARCO劇場に凱旋公演 人形遣いの吉田一輔に聞く~三谷文楽『其礼成心中』
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三谷文楽『其礼成心中』
三谷幸喜が手掛けた文楽作品『其礼成心中』が、2020年8月13日(木)~8月20日(木)に新生PARCO劇場で上演される。
2012年にPARCO劇場で初演された後、日本各地で再演を重ねてきた本作の待望の凱旋公演となる今回は、PARCO劇場オープニング・シリーズ「三谷幸喜三作品三連発公演」の三作品目として登場する。元禄16年を舞台に、この年に初演された近松門左衛門の代表作「曾根崎心中」の大ヒットに翻弄される市井の人々の姿を人情喜劇として描いた本作は、人形遣いの吉田一輔が三谷に「文楽を書いて欲しい」と掛け合ったことで実現した。初演から8年、今回も饅頭屋の半兵衛の主遣いとして出演する一輔に話を聞いた。
吉田一輔
自粛期間中は体力を維持するため毎日5km歩いた
ーー今回は新生PARCO劇場での凱旋公演となります。今のお気持ちをお聞かせください。
だいぶ再演を重ねてきていますので、緊張感を持ちつつ慣れた部分はうまく利用しながら、よりよい舞台にしたいです。今回は新型コロナ感染症のことがありますので、様々な心配ごとをクリアしてみんなで力を合わせてやっていけたらなと思っています。
ーーこの状況下ということで、お客様が会場に足を運ばれるのも決して容易ではないですし、もちろん演者もスタッフも細心の注意を払って対策をしながらの公演になると思います。
文楽も3月から全く公演がない状態が続いていまして、まず先陣を切ってPARCO劇場で行われる三谷文楽、それに続いて9月の国立劇場小劇場での東京公演がやっとやれそうな状況になってきたので嬉しいなと思っているところです。しかし、やはりお客様の中にも劇場に足を運ぶことを躊躇される方が多くいらっしゃると思います。僕たちとしてはぜひ見てもらいたいという強い気持ちはありますので、お客様に安心して来てもらえるような状態で準備万端やれたらいいなと思っています。
ーー公演のなかった期間はどのように過ごしていらしたのでしょうか。
ほとんど家から出ずに過ごしていましたが、人形遣いは重たい人形を持つので足腰が大事ですし、体力勝負なので体力は落とさないようにしようと思い、近所を1日最低でも5kmくらいは歩くようにしていました。
文楽初心者の方でも聞き取れるものを作りたい
三谷文楽 『其礼成心中』舞台写真 撮影:尾嶝太
ーー今作が誕生したきっかけは、一輔さんの方から三谷さんに依頼されたとお聞きしました。
そうですね。三谷さんが文楽公演に足を運んでくださったとき、共通の知り合いが「ぜひ一輔さんと繋ぎ合わせたい」ということで紹介してもらって、「三谷さんに文楽をやって欲しい」というお話しをさせていただきました。三谷さんも以前から文楽には興味を持ってくださっていたので、そこから驚くほどトントン拍子で「やりましょう」という形になりました。
ーー作品の内容に関しては、一輔さんの方からいろいろアドバイスされたのでしょうか。
三谷さんは本を書くことについては本業なので何の心配もありませんが、三谷さんの方から「これは文楽で可能なことなのか」といった相談を受けたりしていました。あと浄瑠璃は七五調が基本なので、作曲の鶴澤清介さんに台詞を少し直していただいたり、そういった部分は三谷さんと相談しながら創り上げていきました。
ーー今作と古典文楽はどういったところが違うのか教えてください。
古典芸能というと敷居が高いと感じる方がたくさんいらっしゃると思いますが、この三谷文楽はある意味別のジャンルだと受け取ってもらったらいいと思います。本来、浄瑠璃の台詞回しは非常に長いものですが、今作では三谷さんのこだわりで、文楽初心者の方であっても聞き取れるものを作りたいということで、普通に会話しているようなテンポで進めてほしいという希望がありました。そのあたりは、非常にこだわってわかりやすく聞き取りやすいような語り口で行っていますので、普段から文楽を観ている方からしたら「すごいテンポの速い台詞回しだな」という感じだと思います。基本的には文楽に沿った近い形のものを作っていただいていますが、台詞回しの部分が一番古典文楽と違うところかなと思っています。
ーー文楽初心者の方に文楽の魅力を伝えるとしたら、一輔さんはまずどういった点を挙げられますか。
まずは物語を語る太夫さんの義太夫節です。それから三味線の音色。皆さんが普段よく耳にするのは恐らく細棹の三味線の音色だと思うんですが、文楽は太棹という一回り大きな三味線で、細棹よりも重厚で迫力があると音色も異なります。そして人形は一体を3人で操って、時には人間以上の表現ができる点が魅力です。太夫と三味線と人形、この3つがひとつになって作り出す芸能なので、そのへんが一番文楽の魅力かなと思います。
引くに引けなくなって生まれた新たな人形の動き
三谷文楽 『其礼成心中』舞台写真 撮影:尾嶝太
ーー今作を作るにあたり、三谷さんの方から文楽についていろいろ質問されたと思いますが、そのやり取りの中で改めて気付いた文楽の魅力や特殊性などはありましたか。
僕は人形遣いなので人形の話になりますが、人形が演じるにあたってどんなことができるのか、逆にどんなことができないのか、という話になったときに、僕も引くに引けなくなって「人間にできることは何でもできます」と言ったんです。「じゃあこれをやってみてください」と言われた動きが、文楽にはないものだったので、やったこともなかったんですけど、できると言った手前もありますから、人形遣い3人でちょこっと打ち合わせしてやってみました。そうしたら三谷さんが「面白い、それ使えますね」と言ってくださって。今まで古典の中でやったことがない動きでも、やってみればできるんだな、といろいろな可能性が広がりました。
ーーそれは具体的にどんな動きだったのでしょうか。
泳ぐ動きです。古典の中でも平泳ぎのような動きはあるんですけれど、クロールとかバタフライとか背泳ぎとか、それを一通りやってみてくれ、と言われてやってみたらそれなりにちゃんと見えるということで台本に取り入れて、そんな感じで創り上げていきました。
ーー人形遣いとして舞台上にいらっしゃるときは、お客様の反応というのはどの程度伝わってくるものなのでしょうか。
特に今作は主遣いの人も含め全員が黒衣頭巾をかぶって行うので、お客さんの表情は全く見えないのですが、笑い声で「ここでこんなに笑ってもらえるんだ」と感じながらやっていたりします。やはりお客様の反応で気持ちが乗ってきたりというのはあります。
初演から8年 若手の成長を師匠も見てくれている
三谷文楽 『其礼成心中』舞台写真 撮影:尾嶝太
ーー初演のときに、師匠にあたる吉田簑助さんから「どんどんやりなさい」と応援されたとうかがいました。
初演から8年くらい経ちますので、僕も含めた出演者たちはだんだん責任のある立場に上がって来ていますし、三谷文楽が始まったときには一番若かった子たちも、ちゃんと育ってくれていますので、多分師匠も安心して見てくれていると思います。当時、この世界に入ってすぐでまだ足もそんなに遣えないような状態だった子も、今はもう立派に足を遣ってくれていますし、僕が遣っている半兵衛の足遣いは、その頃、既に足遣いとしてベテランの位置にいた人ですが、今作は本当に少人数でやっていますので、再演ごとに人を入れ替えるのはなかなか難しくて。出演者はほとんど変わらずにやってもらっていますので、普段の公演ではもう足遣いをやっていないような人でも三谷文楽では足遣いをやってもらわなければならなかったりもします。いろんな経験を積み重ねて成長していくことを喜んでくださっていると思います。
ーー文楽関係者の間でこの作品はどのように評価されているのでしょうか。
いろいろな方に観に来ていただいて、好評価をいただいています。鶴澤清介さんたちの師匠にあたる三味線の鶴澤清治師匠が観に来てくださったときはものすごく緊張したんですが、「本当に面白かった」と言って帰られたと聞いて嬉しかったです。
ーー自粛期間などを経て、今作で久しぶりに劇場に足を運ばれる方も多くいらっしゃると思います。お客様へのメッセージをお願いできますか。
こんなときなので、舞台鑑賞や劇場から離れていた方がたくさんいらっしゃると思います。僕らも久しぶりの舞台になりますので、一生懸命勤めたいと思っています。三谷さんが「爆笑文楽を書きたい」と言って作ってくれたお芝居ですので楽しんで観て頂きたいです。
ーーお客様の入った劇場というのは、演者の方にとっても特別な空間ですよね。
やはりお客様の反応というのは演者としてもそうですけど、僕も観客として芝居を見ているときに回りの反応で自分の気持ちが高ぶっていくこともありますし、それはコンサートやスポーツの観戦にも言えます。雰囲気で楽しむという部分もあると思いますし。僕たちも対策を万全にして皆様をお待ちしておりますので、諸々気を付けていただきつつ、ぜひ足を運んでもらえたらと思います。
取材・文=久田絢子
公演情報
日程:2020年8月13日(木)~8月20日(木)
作・演出:三谷幸喜
出演:竹本千歳太夫、豊竹呂勢太夫、豊竹睦太夫、豊竹靖太夫、鶴澤清介、
鶴澤清志郎、鶴澤清丈'、鶴澤清公、吉田一輔、吉田玉佳、桐竹紋臣、
桐竹紋秀、吉田玉勢、桐竹紋吉、吉田玉翔、吉田玉誉、吉田簑太郎、
吉田玉彦、桐竹勘介、吉田玉路、吉田簑之、吉田簑悠
囃子:望月太明蔵社中