イタリア・クレモナの病院屋上で演奏したバイオリニスト・横山令奈、世界中で話題を集めたパフォーマンスの真相に迫る
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横山令奈 (C)Pro Cremona
世界各国で新型コロナウイルスが感染拡大した4月。イタリア北部クレモナを拠点に活動する日本人バイオリニスト・横山令奈は、患者の治療最前線である病院の屋上から演奏を披露した。医療従事者への感謝の気持ち、そして患者たちが再び音楽を楽しめる日が来ることを祈って披露された演奏の模様は、配信も実施され、世界中の人々を元気づけることになった。日本でも多くの報道機関で紹介され、その名前は広く知れ渡ることに。クレモナ・バイオリン博物館で展示・保存されている楽器の公開演奏者であること、大阪箕面出身であることなど、彼女のプロフィールに注目が集まった。そんな横山令奈が2021年1月17日(日)に愛知県芸術劇場コンサートホール、23日(土)に山口県・渡辺翁記念会館、24日(日)に大阪・豊中市立文化芸術センターで来日公演を開催する。日本での単独公演は2019年4月以来。今回は、待望の来日公演を控えた「時の人」、横山令奈に病院屋上の演奏のことなどについて話を訊いた。
横山令奈
ーー病院屋上からの演奏は報道やSNSなどで世界中に知り渡りましたね。
ありがたいことに、それをキッカケに今はいろんな街から演奏のリクエストが来たり、テレビ局から出演のオファーがあったりします。ローマの国会に招かれて演奏することも決まっていますし、規模が広がっている実感があります。
ーーご近所さんから声をかけられることも増えたんじゃないですか。
スーパーで買い物をしていても、気づいた人から「写真を撮らせてほしい」、「演奏してくれてありがとう」とお声がけいただくことが増えました。それだけ皆さん、ロックダウン中は心の拠りどころを求めていらっしゃって、私の演奏をキッカケに張り詰めていたものが楽になったのかなと思います。こういった状況のなかで音楽や芸術は間違いなく必要なものであると感じました。
ーー横山さん自身はロックダウン中、どういったものを気持ちの支えにしていましたか。
私はお笑いが大好きなんです。今でも時間があればYouTubeでずっとお笑いを見ています。大好きなのは、NON STYLEさん、オリエンタルラジオさん。あと、カジサックさんのYouTube番組もよく観ています。
ーーノンスタ、オリラジは音楽的というかテンポ感のあるネタが多いですもんね!
そうなんです。私たち演奏家も、一緒に演奏する人との息の合わせ方なんかは、お笑いコンビに近いかもしれません。私がやっている音楽グループ「TRIO KANON」も、メンバーと何年も一緒に弾いているから、本番でのアドリブやタイミングなどが直感で分かるんです。そして演奏が終わってから「さっきはありがとうね」と言い合ったりして。
ーー2021年1月24日の大阪公演で組むピアニスト・杉林岳さんとは初共演ですよね。演奏家同士の呼吸面で変化が出るんじゃないですか。
どういう息の合い方になるのか、楽しみです。演奏家としてのタイプも違うはず。ただ、杉林さんは室内楽もたくさん経験していらっしゃるので、綺麗に息が合うだろうなと思っています。逆に室内楽をやっていない人と組むときが大変なんです。それって、ピン芸人の方にいきなり「コンビで漫才をやれ」と言っているようなものなので(笑)。
ーークラシックとお笑いにそんな親和性があったなんて! そういえば、病院屋上での演奏で横山さんがクローズアップされましたが、今では妹の横山亜美さんにも脚光が向いています。亜美さんは話のおもしろさから「喋るバイオリニスト」として話題ですね。
妹はものすごく喋るんですよ! もう、私どころではなくて、聞いていてヒヤヒヤするくらい。なんでも昔、よしもとさんから「お笑い芸人になりませんか」とお誘いがあったらしいんです。私はクラシック1本でやってきた音楽家ですが、妹はピアニストとユニットを組んでゲーム音楽をアレンンジしてYouTubeにアップしたり、マリオの仮装をしてテーマ曲を弾いたり。私とは違うスタイルでクラシックのおもしろさを広げていますね。
横山令奈 (C)Pro Cremona
ーー病院屋上での演奏についてお伺いしたいのですが、パフォーマンスするキッカケとなったのは、その前におこなった「トラッツオ」と呼ばれる高さ112メートルの鐘楼からの演奏なんですよね。
トラッツオは大聖堂の横に立っている鐘楼で、町でも一番高い建物。煉瓦造りの建物としてはヨーロッパでも一番高いそうで、クレモナの人たちの誇りなんです。普通は教会の鐘楼に名前は付かないけど、トラッツオは別。車で遠くから町に帰ってくるとき、トラッツオが見えると誰もが「家に帰ってきた」と実感するくらい愛されているんです。
ーー大阪でいうと通天閣みたいな?
そうそう、みんなが親しんでいる建物ですね!
ーーただ、すんなりとトラッツオで演奏できたわけではないですよね。
もちろんいろんな市の許可などが必要なのですが、それよりも当時の状況や気持ちの面がもっとも気になるところで。「やりませんか?」とお話がきたときは、すぐに「やります」と即答しました。だけど、3月上旬から4月3日までロックダウンで買い物に出かけても誰も町には出ていないという異様な状態が続いたなか、楽器を持って外に出る行為自体が「悪いことをしているんじゃないか」という感覚に襲われました。世の中的には「必要のない行動」なので。この異様な事態に慣れきってしまい、不安がありました。
ーー外で音楽を鳴らすことが罪のように感じられると……。でもトラッツォでの演奏、病院屋上での演奏に対する世界中の反応をみると、先ほども横山さんがおっしゃられたように音楽は必要なものであると実感しますね。
自分の結論としては、音楽は絶対に必要……というか、自分にとって必要なんです。私から音楽を取り上げてしまうと生きていけません。トラッツオでの演奏、病院屋上コンサートの映像の反響が届いたとき、自分がやったことは間違いではなかったと確信しました。もっとも多かったメッセージは、「演奏を聴くまでは泣けなかった」というもの。医療関係者の方をはじめ、みなさん、ロックダウン中は気持ちが張り詰めすぎていて涙を流すこともできなかった。でも私の演奏を聴いて緊張がようやく和らぎ、泣けたそうなんです。こういうことのために音楽はあるんだと感じました。
ーーそれにしても、高い場所から演奏するのって気持ちが良いものなんでしょうね。
あの雰囲気は、映像ではすべてを表せないものがありました。自分が出した音が輪のようになって町に広がっていく。町は静まり返っているので、音も遠くまで届くんです。
ーー一方で難しさもあったんじゃないですか。
トラッツオは鐘楼なので天井があって反響するから自分の弾いた音が分かるけど、病院の屋上は天井がないから音が掴めないんです。演奏家としては大変なシチュエーションでした。トラッツオでは寒さの問題がありました。病院屋上コンサートのときは少し温かくなっていたけど、トラッツオの演奏時はすごく寒くて、手が震えていましたから。
横山令奈
ーーそこから話題が広がって、『日立 世界・ふしぎ発見』(TBS系)に出演されましたね。しかも、リモートという形でミステリーハンターに抜てきされました。
小さいときから観ていた番組ですし、驚きました。だって、まさか自分がミステリーハンターをやることになるなんて、想像できないじゃないですか(笑)。当初は単に「クレモナを紹介してください」ということだったんじゃないかなと。だけどこういう状況なので、日本からスタッフさんたちもイタリアへ渡ることができませんし、そこでミステリーハンターに選ばれたんじゃないかなと思っています。私自身、番組に出演させていただいて、クレモナのことを日本のみなさんに紹介できて嬉しかったです。
ーー横山さんをキッカケに多くの方がクレモナについて知ることになったと思います。
私はずっと音楽の環境のなかで育ったので、クレモナがバイオリンの町であることをずっと知っていました。スタジオジブリの映画『耳をすませば』(1995年)の主人公たちの会話のなかにも、クレモナが出てきますし。でも意外とそれが一般的な感覚ではないと気づいて。だから、番組を通して少しでもクレモナに興味を持っていただけたんじゃないかなと。
ーーさらにカンテレが、1月に横山さんの来日コンサートを企画するという。
本当に光栄なことです。海外で活動をしていると、日本でコンサートを開くのはすごく大変なんです。イタリアと日本はコンサートを企画するシステム自体に違いがあるんです。イタリアには音響の良い古い建物も多く、教会なども会場として無料で貸してくれるところがたくさんある。日本は、どうしてもしっかりとしたホールを借りてやらなければいけません。だからカンテレさんに、こうやってコンサートを企画していただけて本当に嬉しいです。
ーー横山さんのコンサートを初めて生でご覧になる方も多いはず。
私を含めて、クラシック音楽家の多くは、ライブ配信やビデオを通して何かをするというより、生演奏に賭けてきていたんです。でもコロナの影響もあって、従来の考え方にとらわれず「オンラインでもやっていこう」と変わってきて。そのやり方でも演奏家として思いを伝えることが出来てきたのであれば、生の演奏ならもっと受け取ってもらえるものが大きいはず。同じ場所、同じ空気のなかで音の振動で伝えること、それが私にとってベストな表現なので、日本の方に私の音色を生で届けたいです。
取材・文=田辺ユウキ
公演情報
杉林 岳 Gaku Sugibayashi(ピアノ)