タフすぎる奴らの攻防戦!血まみれだけど笑っちゃう『とっととくたばれ』#野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第八十一回
(C) WHITE MIRROR FILM COMPANY 2018
TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
毎年10月、スペインにて、SF、ホラー、サスペンスなどのジャンル映画に特化した『シッチェス・カタロニア国際映画祭』が開催される。この映画祭に出品されたものの中から、厳選された作品を日本で上映するのが、『シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション』である。個性的な映画が並ぶ同企画から、今回はなんともパンチのあるタイトル『とっととくたばれ』を紹介しよう。
(C) WHITE MIRROR FILM COMPANY 2018
恋人の依頼を受け、マトヴェイは彼女の父親アンドレイを殺害することに。意を決して実家に乗り込んだアンドレイだったが、凶器のハンマーをうっかり落としてしまい、怪しまれてしまう。鋭い観察眼を持ち、自らの手を汚すことも厭わない悪徳刑事のアンドレイは易々と殺される男ではなかったのだ。一触即発、二人の対決はやがて血みどろのバトルへと発展していく。
痛そうなのに笑ってしまう描写
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この作品、主人公・マトヴェイとアンドレイが殴り合いを始める最序盤のシーンからグッと引き込まれる。アンドレイは、マトヴェイにすぐ殺されてしまうのかと思いきや、逆に喧嘩をふっかけてゆく。バトルが始まっても、返り討ちにする勢いで応戦し出すほどの殺意の強さを感じた。
ところが、殺る気満々のアンドレイと、頼りなさげに戦うマトヴェイという、冒頭の関係性を覆す展開が開始数分でやってくるのだ。旧式の大きなデスクトップパソコンをぶん投げたり、ハンマーで股間を狙ったりと(ここは女の私でもヒヤヒヤした!)、室内のあらゆるものを武器とし、優勢・劣勢が入れ替わり立ち替わる二人の戦いは、先が読めない。この時点で互いの気持ちは、すでに、「とっととくたばれ」なのではないか。邦題ではあるものの、まさにタイトル通り。
本作は、殴り殴られのバイオレンスや、血しぶきまみれのゴア描写が満載だが、それらをポップな音楽に乗せて描いており、アニメのような映像演出やコミカルな表現で痛々しさを感じさせない。『初恋』(20)の三池崇史監督作品のように、凄惨なのにどこか笑ってしまうようなシュールさを伴う面白さがある。
作品の礎になった監督の想い
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本作を観ている間、私はずっと、マトヴェイが終始冷静なのが気になっていた。命の危機に晒されながらも、目の前の出来事を冷めた目つきで見て、時には馬鹿にするように鼻で笑ったりもする。何故こんなにも余裕があり、覚悟が決まっているのか不思議だった。しかし、メガホンをとったキリル・ソコロフ監督が、「女友達から、幼少期に身内に虐待された話を聞いて、この物語を思いついた」と語っているのをインタビューで読み、ハッとした。「そして、こうした話を聞いて、復讐に立ち上がる男の話を書きはじめたんだ」と監督は続ける。ちょっと深読みかもしれないが、監督は、「悲惨な体験をした女性たちを救いたい」と願った自分自身をマトヴェイに重ねたのではないか、と。劇中でマトヴェイは愛する人のために命を賭け、暴力的な恋人の父親を排除しようとする。さながら虐げられてきた女性たちを救うヒーローだ。
監督はこうも語る。「虐待的な男の話は、笑えない」「でも、この映画をできるだけ面白いものにしたかった。だから、漫画のような血を流し、現実味を減らすことで、『映画を観ているんだ』と思い出してもらい、笑わせたかった」と。アニメっぽい映像演出や、間欠泉のように血が吹き出るゴア描写も、エンタメに昇華するためだと考えれば納得だ。現実に起こった酷い体験を非現実的なバトルに落とし込むことで、実生活と切り離して楽しんでもらいたい。そんな監督の想いが込められているのだろう。
エドガー・ライト監督の『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(07)のようなブラックユーモアたっぷりながらも、実はその奥底には監督の想いがきちんと込められているのか……。と、真面目な部分にも着目してみたが、ともあれコメディスリラーとしてめちゃくちゃ面白いのでオススメだ!
とにかく死なない。「あんたたちどんだけタフなんだよ!」とツッコミたくなったが、ジップラインから落ちても骨折すらしなかった自分の体を思うと、人間というのは案外丈夫なものかもしれない。
『とっととくたばれ』は、公開中。