湯木慧宇田川カフェグループ3店舗とのコラボ企画HAKOBUne個展番外編『-渡航-』で彼女がクリエイターとしての苦悩の中導き出したものとは?

2020.12.13
レポート
音楽

湯木慧

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シンガー・ソングライター湯木慧が、11月2日~15日の2週間、所属事務所LD&Kが運営する東京・渋谷にある宇田川カフェグループ3店舗とのコラボ企画・HAKOBUne個展番外編『-渡航-』を開催した。昨年11月に開催した初の単独個展『HAKOBUne-2019-』が大きな注目を集め、今年も単独個展の開催を検討していたが、コロナの影響により個展会場での開催が危うくなっていた中、“このような機会をチャンスに何か新しい事は出来ないだろうか”と湯木が発案し、実現。企画は走り出したが、しかし実はその裏で湯木はクリエイターとしての苦悩に包まれ、もがいていた。個展を終えた彼女のインタビューを交え、今回の『-渡航-』をレポートする。

 

9月12日に横浜・1000CLUB行ったワンマンライヴ『選択』を終え、さらに様々な仕事と向き合い、湯木が『-渡航-』に向け頭の中を切り替え、作品を描き始めたのは10月に入ってからだという。この時点で本番まで約1か月。この期間に絵を10点書き下ろさなければいけなかった。

湯木慧

「10月頭からデザインを始め、絵を描きました。前回の『HAKOBUne-2019-』は、自分が守りたいもの、失くしたくないものを舟に乗せ、でも今回はそうではなく、来て下さるみなさんが一つひとつの動く"舟”でした。渋谷の街を渡航して、絵画作品やコラボカフェメニューを楽しんだり、それぞれの店舗でスタンプやオリジナルコースターを集めて、自分だけの舟で周って欲しかったんです。『渡航』というタイトルにはそういう意味を込めました。正直に言うと、去年とは違う気持ちで絵に向かっていました。恐れずに言うと、感情がなかったのかもしれない。弱音と捉えられても仕方ないですけど、ここ4年間、常に“やらなければいけないこと”が頭の中にあって、完全な休息時間がなく、気持ち的にもいっぱいいっぱいになっていました。前回は何かをやりたいという欲と、伝えたいという強い感情があったけど、今回はコロナ禍の中でアーティスト活動が思うようにできなくて、でも何かやらなければいけなくて、延命的に創作をした感じです」と、今回の企画について正直な思いを吐露した。

湯木慧

久々の有観客ライヴ『選択』で神経を集中させ、ありたけの思いをぶつけた。そしてまた“次”へと向かい、湯木は気持ち的に追い込まれていた。それは音楽、絵など一つひとつの創作に対して命をぶつけ、全力で熱を注入していくというやり方ゆえ、いくつも並行して何かを作るということができない、純粋という意味の、不器用なタイプの人間だからだ。所属事務所が運営する宇田川カフェグループも、コロナ禍の中で飲食業全体がそうであるように、苦戦していた。だから事務所のために何かやりたかった。「前からカフェとコラボして何かやりたかったというのと、事務所のために何かやりたいというところから、今回の企画は始まりました。私にとって、とても大切な存在のゆきんこ(ファン)にわくわくしてもらいたくて、パンフレットもコースターもスタンプのデザインも徹底的にこだわったのですが、遠くから来れない人がいたので、それは申し訳なかったです」。

湯木慧

隠れ家のような一軒家の「宇田川カフェsuite」、オフィス街のオアシスのような佇まいと雰囲気の「桜丘カフェ」、そしてビビッドなピンクの店内が印象的な「FLAMINGO」と、全く違うカラー、空気感がある3軒のカフェ。「宇田川~」は“植物”、「桜丘~」は“魚”、「FLAMINGO」は“動物”とそれぞれコンセプトを決め、絵を描き始めた。同時に3店舗用のBGMも作り始めた。

宇田川カフェsuite

桜丘カフェ

FLAMINGO

 

「まずそれぞれの店舗の方と密に話をして、それぞれのカフェのコンセプト、そこに飾られている絵、普段どんなBGMを流しているのか、そういうのを全部聞かせてもらいました。

正直難しかったです。だからこそ絵を描き下ろしたいという気持ちがあって、その店舗に展示された時に映えるような色を考えました。そのお店にいかにして馴染み、いかにして目立たせるか。店舗との共存です。どこかタイアップという作業に似ているかもしれません。それぞれの店舗で流れる音楽もプロデュースして、2時間のプレイリストを作りました。曲調とメロディとサウンドがその店舗に合うかどうか、考えに考えて作りました」。

湯木慧

真っさらな場所に自分の感性を息づかせる個展ではなく、営業中の店内のそのままの雰囲気を生かした、まさにコラボレーションの妙を追求した。「それぞれの店舗の店長さんやスタッフの方が好きだから、それが創作の原動力になりました。ライヴでお客さんの顔を見た時、それがまた創作意欲になってどこまでも動けるように、とにかくお店の人達が好きだから、今回の絵を描くことができました」。

湯木慧

どの店舗でも入ってすぐ目が行くところに、お気に入りの作品を置いていたという。例えば「宇田川~」では『winter tree』と名付けられた枯れ木を描いた、でもどこか温かみを感じる絵が目に留まった。「冬だけど温かい色を使いたくて、下地に赤を入れていて、紅葉みたいな赤なので冷たい感じがするかもしれないけど、そうやって色で遊んだものが今回は多かったです。前までは意図して下地を塗ってから絵を描いたりはしていなかったのですが、今回はそんぼやり方で描いてみました」。

湯木個展:宇田川カフェsuite

湯木個展:宇田川カフェsuite

「FLAMINGO」には、その名も『Flamingo』と名付けられたフラミンゴの大きな絵が鎮座し、その他にも『kujyaku』『シカノメ』『フクロウの秘密』など力強さと神秘性を感じさせてくれる絵が、派手な店内で生命力を放っていた。

湯木個展:FLAMINGO

湯木個展:FLAMINGO

「桜丘~」では様々な青が印象的な魚と水を描いた絵が光を放っていた。そして6月にLINE LIVEで4日間に渡り生配信した『ライブペイントで選択の心実ツアー』で描いた6枚の絵(『Others』『Human』『Decay』『Grace』『Ambiguous』『me and me』)が、一枚の“7枚目”の絵となり、圧倒的なパワーを放熱していた。「改めて壁に飾ってみると、あの時とはまた違う感じを感じました。『HAKOBUne-2019-』で飾っていた絵と同じくらい力強さがあると思います。何かを伝えたくて一枚一枚描いた絵。一番制作時間が短いはずなのに、力を感じます」と、自身も改めてあの絵からパワーを感じていたようだ。

湯木個展:桜丘カフェ

湯木個展:桜丘カフェ

「ここで出し切りました。出そう思って出すものは、もう私の中には残っていません。でも何もしなくていい状態になったら逆にたくさん出てくると思う。それが欲しい。休み初日から何かを作っているかもしれない。作りたくない、作れないのではなく、何も考えずただ歌いたい、ただ絵を描きたいだけ。だからこれからできあがる作品が楽しみです」。

湯木慧

湯木はホッとした表情でそう語り、『桜丘~』のスペシャルメニュー「赤い金魚と青のソーダフロート」のアイスクリームを美味しそうに頬張った。

 

取材・文:田中久勝  Photo by:菊池貴裕

 

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