開幕直前! 田中麗奈が主演を務め、福士誠治が演出を手がける『おっかちゃん劇場』通し稽古の様子をレポート
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『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
2020年12月23日(水)より東京・下北沢の本多劇場にて、舞台『おっかちゃん劇場』が上演される。本作は、俳優の福士誠治が演出を手がける2作目の作品であり、脚本の金沢知樹とは『幽霊でもよかけん、会いたかとよ』から4年ぶりの再タッグとなる。キャストには、福士が出演を切望していた主役の田中麗奈をはじめ、近年多くの話題作で存在感を発揮する若月佑美のほか、劇団プレステージの向野章太郎が初参加。前作に引き続き、駿河太郎、おおたけこういち、清水優、いのさわようじ、渡辺哲が名を連ね、同じ長崎の街を舞台に繰り広げられる新たな家族の物語にも注目が集まっている。
母と子に刻まれる在りし日の記憶と、ひとつの家族を取り巻く人々の想いとは……。本番を間近に控えた熱のこもった稽古場から、その通し稽古の様子をレポートする。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
物語は雨音とともに幕を開けた。舞台は長崎の田舎町。商店街にある小さなレストラン「二重丸」から聞こえてくるのは、母の声だった。
夫の写真に向かって明るい声で話しかけるのは、レストランを切り盛りしながら女手一つで娘を育てる菊枝(渡辺哲)。そこに娘の好香がランドセルを揺らしながら帰ってくる。
娘が描いた絵を嬉しそうに眺める母のお腹の中には新しい命が宿っていた。学校での出来事を話しながら無邪気に笑い、時にふてくされる娘の純真な表情と、どんな悩みごとも吹き飛ばす母の優しく強い声が夕方の店内を包む。
「大丈夫ばい、大丈夫ばい」
在りし日の母と子の、さりげなくも愛おしい等身大の時間がそこには流れていた。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
時は経ち、二重丸の厨房には大人になった好香(田中麗奈)の姿があった。若年生アルツハイマーを患った母に代わって、店の中でも家族の中でもその中心となって懸命に日々を支えていた。ハナと名づけられた妹(若月佑美)は大学を卒業し、社会人として奔走している。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
歳の離れた妹を娘のように想う姉と、心の中では姉を気遣いながらも素直になれない妹。互いを想えば想うほどその気持ちがもつれて衝突してしまう不器用な姉妹の姿に、流れた時間とそれとともに変わった家族の形を思い知らされる。
潑剌と店に立つ好香に引き寄せられるかのように、一人また一人と街の住人が馴染みの客として集まってくる。一癖あるが、その一癖がなんとも憎めない幼馴染みたちだ。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
好香の小学校からの同級生で防具屋の後を継ぐ康弘(駿河太郎)、中華屋で腕を振るう元ヤンの渉(向野章太郎)、一風変わった近くの寺の住職・永雲(おおたけこういち)、自らを街の情報屋と豪語する春樹(福士誠治)、叔父の祐志(渡辺哲)とともにコロッケ屋を営む従兄弟の光太(金沢知樹)と雷太(いのさわようじ)。みながそれぞれの形でこの場所にただならぬ想いを寄せながら、思い出話に花を咲かせる。そこに見慣れない客人(清水優)がやってくる。
「見らん顔やなあ……」
たちまち店中の視聴率を一点に集めたこの青年の登場で事態は一変することになる。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
場面は変わって、食卓で母と娘が向き合っている。1枚のレコードと、あたたかい料理。
長らく会話ができなかった母に突然変化が現れる。思い出という名の記憶を巡る、“おっかちゃん劇場”の始まりだった。
あらゆる想いを抱えながら、掌をギュッと握って涙を飲みこむようにそこに立つ娘の横顔と、変わってしまった姿の中に変わらないまま在った母の心。流れた時間の中に秘められた母娘の想いが交錯し、その交点が浮かび上がった時、思わず胸がいっぱいになって視界が曇った。この家族の秘密を劇場で見届けてほしいと願わずにいられなかった。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
この曲を聞くと必ず思い出すあの風景、これを食べると思い浮かぶのはあの人の顔。
音とともに呼び起こされる風景や、思い出の味が導く温かく懐かしい気持ち。
そんな追憶に心を抱きしめられるような瞬間は誰しもの中にあるものだろう。
それは、ふと心細くなった時、小さくなった気持ちをぎゅうと結び直すように人知れず唱えるおまじないのようなものかもしれない。
忘れたくないことを両手に抱えながらも、いつかは忘れてしまう私たち人間には、少しずつ色の違った記憶を分け合いながら一緒に生きてくれる人が必要なのかもしれない。
小さな街の暮らしの中、人と人との間で過去を抱きしめながら生きる人たちを見てそう思った。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
一つの机を囲みながら、誰かが冗談を言って、誰かがそれに突っ込んで、そうしてみんなが笑っている時にもあの人はあの人を見つめていて……。
街のレストランでは、人々の「今日」という時が家族の思い出とともに刻々と刻まれている。そんな今日も明日には昨日となり、いくつもの過去の記憶の一部として重なっていく。セリフの奥に揺れる追憶に心を動かされ、セリフのない時間にもまた言葉にならない気持ちが沈黙や鼻歌となって、目の前に流れるその時を包んでいた。
「ここは、一瞬本当に時が止まったような感じで」
「そのセリフをもっと生かしたい」
「ここで、指を差す動作も足してみましょうか」
小さな仕草や言葉の奥にあるものを見つめながら緻密に加えられる演出と、自分の出番ではないシーンの返しを見つめながら涙ぐむキャスト陣の姿にまた胸が熱くなる。
換気が行き届いた稽古場には、冬の本番を知らせるような12月の風が吹いていた。
『おっかちゃん劇場』稽古場より 撮影:田中亜紀
冷たい風と街の賑わいの中にクリスマスソングが流れる時、ああ今年ももう終わるのだと、季節が一巡りするのを感じる。楽しかった日々と辛かった日々が一つの環になる時。ふと、誰かに名前を呼ばれたように後ろを振り返り色んな記憶を巡らせる、そんな年の瀬になるべくたくさんの人にこの物語に出会ってほしい。そんなことを思いながら、劇場でこの街の人々と再び出会えるその日を指折り数えている。
取材・文=丘田ミイ子
公演情報
記憶は―――色あせず 消えない…
いつからだろう。
母が私を私だとわからなくなったのは。
母は病気をわずらった。 忘れていく病気。
そんな歳でもないのに。
ある日それは突然はじまった。母が急に誰かと話し始めた。
まるで母が演じる一人芝居のようだった。
今作は痴ほう症になってしまった母を軸に、
その母を通して姉妹が改めて自分を見つめ直す物語となります。
現代で頻繁に話題になる素材を舞台化することで、介護にあまり縁のない世代に、
介護とは、人の尊厳とは、 そして家族という共同体について考えるきっかけになる作品
でありながら、人間関係を緻密にそしてリアルに描く福士誠治の演出で、
観客が共感し、笑い、泣ける人情喜劇となります。