代官山が世界とつながる! 10人のピアニストによる国内外11都市の映像&生演奏+オンラインライブ 『ピアノDEトラベル』~黒田亜樹&須藤千晴に訊く
-
ポスト -
シェア - 送る
『ピアノDEトラベル』
国内外で活躍する女性ピアニストチームによる音楽と映像のオンライン・プロジェクト『ピアノDEトラベル』。東京・代官山の蔦屋書店のステージに置かれたピアノと巨大プロジェクターを駆使し、臨場感あふれる演奏と映像を配信。視聴者はピアノの演奏を楽しみながら、同時に世界各地にいるピアニストのナビゲートによるバーチャルツアーも楽しめる新感覚イベントだ。
企画の発案者でもあるミラノ在住のピアニスト・現代音楽家の黒田亜樹、そして、当日演奏するピアニストの一人、須藤千晴に、新たなイベントにかける思いと意気込みを聴いた。
海外発⇒東京を目指せ――今じゃなきゃできない企画を!
――『ピアノDEトラベル』は、黒田さんご自身によるプロデュースということですが、どのような思いから生まれたのでしょうか。
黒田:コロナウイルスがイタリアやヨーロッパで猛威をふるった春の第一波の時、私は、諸々の事情から日本に戻っていました。その際、初めて気づいたのですが、イタリアに住んでいると言うと、メディアを通してのイメージからなのでしょうか、多くの方々から、「かわいそう……」という感じで見られてしまうんですね。
実際には、報道と現実の間には乖離があるように感じましたし、NYや他の都市に在住しているピアニストの仲間たちも同じような思いを抱いていました。それで、日本から見ると、やはり「海外は遠いんだな」と感じました。実際、日本に滞在していて、私自身もイタリアをすごく遠く感じたんです。
黒田亜樹(ミラノ自宅にて息子さんの撮影)
そんな経緯から、海外で生活している私たち、日本人の生の声や映像を、芸術家・演奏家目線でリアルタイムに日本に伝えられたらと思い始めたんです。音楽をテーマに、それぞれが住む都市や地域をフィーチャーし、日本に向けて発信する企画ができるのではないかと。
そうこうしているうちに、夏を越して、イタリアでもイベントやコンサートが復活する兆しが見え、ミラノに戻ったのですが、数週間で再び再ロックダウンになってしまいました。NYもベルリンも、ロシアなどの都市も、ほぼ一斉に第二波が来て再ロックダウンに近い状況になったこともあり、夜な夜な、仲間たちとオンラインで連絡を取り合っていました。そんな中で、「本当に何かやろうよ!まず、動画アップしてみる?」みたいな感じで始まった企画なんです。
――今回の企画は、東京・代官山の蔦屋書店を起点に世界の都市と結び、世界の各都市で収録された映像が東京の会場でライブ演奏とともに紹介されるという、空間制限の壁を超えた興味深い内容ですね。
黒田:今まで、私たち音楽家は、西洋の文化を実践しているのだから、少しでも日本から飛び出て海外へ、ということを目指していました。それが今、本当に難しくなってしまったわけですよね。なら、「この状況じゃないと、できないことをやろう」と。そう考えているうちに、海外→東京へという構図が見えてきたんです。(海外在住の)私たちも、美しい都市にいながら、観光名所などは、意外と見てなかったりするものなんですね。しかも、これからは、オンライン演奏活動がデフォルト(ノーマル状態)になるなら、根本的に、「その場所にいても、いなくてもいい、どこにいてもいい企画をやってしまおう!」ということになったんです。
マントバフェスティバルにて/大好きなカルテットプロメテオのメンバーと組んでいるピアノトリオの演奏写真
――今回参加するのは、女性ピアニストばかりですね?
黒田:なんとなくそうなってしまいました(笑)。ネットワークには男性のピアニストもいるのですが、今回は女性だけということで。女性って、結婚しても、子どもを持っても逞しくやっていますよね。皆さん、それだけにストーリーもあると思うんです。今回は、特にコロナ禍の中でも逞しく生きるという象徴的な意味合いもあって、世界で頑張っていて、素敵な女性ばかりを集めたら、あっという間に10人になってしまいました。
彼女たちは、私にとって後輩でもありますが、同じことを目指してやってきた仲間たちです。NY、ベルリンから参加の越(加奈恵)さんと保屋野(美和)さんは、残念ながら帰国できないので、当日、現地から東京の会場と映像をつなぎます。後の皆さんは、普段はロシア、ザルツブルク、日本各地などの都市で活動していますが、今回、東京・代官山の会場に集まってくれる予定です。
――当日、会場で10人のピアニストの演奏とともに流される各都市の映像は、ピアニストご自身の目線で撮影されたものなのでしょうか。
黒田:はい。「普段、歩いているところで、一番紹介したいスポットを撮って送ってね」と伝えています。会場やPCの前に集う皆さんも、まだ海外旅行は気軽に行けない状況ですから、旅行気分を味わって頂けますし、代官山のTSUTAYAはトラベルに関する書籍コーナーが充実しているので、ちょうどいいかなと。
会場となる代官山Session:イベントスペース
会場となる代官山Session:イベントスペース
――演奏される曲目も、各都市にちなんだ作曲家の作品なのでしょうか?
黒田:はい。現在、それぞれが置かれている状況をイメージして、それにちなんだ作品か、それぞれの都市に縁のある作曲家の曲をリクエストしています。私の場合は、家から電車が通っているのが見えるので、列車の曲にしたんです。流す映像も、ミラノの自宅から撮影したような他愛もない風景なんですが、結構、映像にすると素敵に見えるんですよ。
――プロデューサーとして、オーディエンスにどのようなメッセージを伝えられたらと願っていますか?
黒田:オンラインでのイベントというと、今までは、“やむを得ずの代替公演”みたいな感じで、何となく「かわいそう」というイメージがあったように思うんですね。特にミラノでは、オンラインイベントの
私自身、もともと現代音楽をやってきたので、映像とのセッションには慣れていますし、しかも、海外と日本をつねに行ったり来たりしていたので、遠隔でのリハーサルも普通でした。それに、クラシック音楽以外のジャンルでは、オンライン映像配信的な試みや企画はごく普通のスタイルですよね。
今回は、加えて、代官山の舞台上のピアノを通して、“世界にいる日本の子どもたち”ともつながれたらと思っています。今までも、映像を通して世界各地の外国人の子どもとつながる企画はあったと思うんですが、世界にいる日本の子どもたちにはそこまで光があたっていないんじゃないかと気づいたんです。
ピアノdeトラベルミラノ編 Rossini , Un petit train de plaisir comico-imitatif
――なぜ、日本人の子どもさんたちなのでしょうか?
黒田:私自身、子どもたちをミラノの日本人学校に通わせているので、どうしても世界の同じ状況にある子どもたちに想いがいってしまうんですね。実際に、今までご縁があって演奏させて頂いたテヘランや他の都市の日本人学校のサイトを見ると、先生だけ残っていて10人もいるのに、子どもたちは3人しかいない、など悲惨な状況になっていまして……。事情があって、日本に帰りたくても帰れない子どもたちもいますし、彼らも、本当は日本とつながっていたいみたいなんです。そんな様々な事情や状況を超えて、「ピアノの鍵盤を叩くと、東京の代官山とつながれる!」というような感じで、ポジティブに楽しめたらいいなと思っています。
――具体的にどのような試みになるのでしょうか?
黒田:先日、仲間たちと意見を出し合いましたら、「やっぱり、『上を向いて歩こう』でしょ!」ということになりまして。でも、各地の子どもたちとリモートで声を合わせてと合唱するというようなかたちではなく、各地の子どもさんに、あらかじめ、好きな曲を演奏した動画や録音を送ってもらって、そこから私が一音一音ずつ取りだして、手作業でコラージュし、一つの詞、一つの曲に完成させられたらいいな、というように考えています。
集める音源は、ピアノの演奏でなくても、椅子を叩く音でも、手拍子でも何でもいいんです。それこそ、携帯で録った生活音でいいんです。ベースのメロディは私が作っておいて、完全アナログの彼らの音を、効果音的に一音一音コラージュしてゆく。最終的には、何らかのかたちで、一曲の「すき焼きソング」になることをイメージして、今、動いているところです。
――では、ここで、今回の企画に東京代表として参加されるピアニストの須藤千晴さんにも加わって頂き、お話を伺います。須藤さんは、この企画への参加の依頼を黒田さんから頂いた時、どのような思いを抱かれましたか?
須藤:私自身も、今年の2月頃から軒並み演奏会がキャンセルになり、新しい音楽の楽しみ方を考えなきゃいけない時代なのかな……と思いを巡らせておりました。ちょうど、そのような中でのお誘いでしたので、とても嬉しく思いました。私たち演奏家は、常日頃から、多様な作曲家の作品を演奏することで、さまざまな国や文化を身近に感じ、思索するというような生活をしています。それこそ、旅するような感覚です。今回の企画は、現在、まだ日本から出られない状況において、集う方々にも、私たちが日頃、体感しているように、自由自在に旅感覚を楽しんで頂ける魅力的な企画だと思いました。
須藤千晴(利島にて)
――今回、須藤さんは、ご自身が作曲された「Camellia(カメリア)」を演奏される予定ですが、なぜこの作品を選んだのでしょうか。
須藤:以前、撮影で伊豆の利島(としま)に行く機会がありまして、そこに咲いている椿にインスピレーションを受けて書いた曲です。椿は、枯れて花が落ちるのではなく、美しく花開いたまま、地面に落ちていきますね。まるでその情景が椿の絨毯のように感じられました。地面に落ちても、なお咲き誇っている。でも、何となく、はかなさを湛えている椿の姿が、強く生きる女性のイメージと重なりました。今回の企画には、東京代表として参加させて頂くので、東京都の利島で出合い、しかも、女性の強くしなやかな姿を感じさせてくれた椿の姿から生まれたこの作品を選びました。
――須藤さんご自身、実際、当日はどのような映像をご紹介する予定でしょうか。
須藤:東京のツバキの名所や、現在の銀座の街並みなどをご紹介したいと思っています。銀座も従来の、華やぎのイメージからは少し変化してきてしまっているので、そのような状況もお伝えできたらと思っています。もう一つ、私自身、9月に第二子を出産したばかりなのですが、コロナ禍において、東京での子育ての状況もかなり変わってきていると思います。仕事を続けながらも、日々、頑張っている女性への応援となる映像もご紹介できたらと思っています。
利島のカメリア
アーティストとして、旅人として
――再び、黒田さんにお伺いします。芸術家目線で、ミラノの一番好きなところは?
黒田:ミラノは意外にも、とても伝統的で保守的なんです。イタリアは、全体的にそうなんですが、イタリア人は、世代を超えて、自らの国や文化が持つ伝統をとても誇りを持っているんですね。伝統が土台にしっかりと根付いているからこそ、やんちゃなことができるというのでしょうか。みんなで大切なことは共有財産として守って、その上で何をやっても自由でしょう、と。むしろ、そういう意味では、個性重視というものを超えて、自然体な感覚なんでしょうね。
イタリアの中でも、ミラノだけが国際都市という面白さもありますね。スイスもドイツも近いですし、英語が通じるにはミラノだけですからね。あと、何と言っても、ミラノは、ファッションとデザインの街。80代のおばあちゃんたちもピンヒール履いてますし、外から見ると古い建物なのに、中を見ると完璧なモダンスタイルだったりと、本当に刺激的です。私はそういうのが好きで、今や、日本からミラノに戻ってくると、むしろホッとしますね。
――今回は、イタリアにちなんだ曲ということで、黒田さんはロッシーニの作品を演奏されるということですが。どのような作品でしょうか?
黒田:ロッシーニの晩年の曲で、実は、列車事故の話なんです。それを喜劇に仕立てにして、幽霊が踊る、みたいな曲で。途中で葬送行進曲になっちゃうので、そこらへんは、うまくアレンジしないといけないと思っているのですが、そういうブラックジョークも許されるのが、イタリア的ギャグセンスですね(笑)。
イタリアはクレメンティなどの作曲家も輩出していて、結構、ピアノも盛んなんです。イタリアの人々は、バッハもロシアのピアノメソッドもイタリアから生まれたと思っているくらいに自分たちのピアノのルーツを誇りに思っているんです。
クラスノヤルスクではコンチェルトを披露した
――黒田さんは演奏家として世界中を旅していらっしゃいますが、どのような地域、国、あるいは、都市が印象に残っていますか?
黒田:気候や、その他、さまざまな面で大丈夫かな……と心配しつつ、実は行ってみたら一番面白かったのが、ロシア(シベリア)のクラスノヤルスクです。失礼ながら、練習環境に不安があって、携帯用のキーボードを持って行ったんですよ。ところが、実際、行ってみたら、ホールはピカピカ、楽屋もキレイで、オーケストラもとても上手で、「失礼しました!」という感じでした。恥ずかしいことに、その日、「携帯キーボードとiPadで練習している日本のアキ・クロダはスゴイ!」というのがニュースにでちゃいましたよ(笑)。
あとは、イランのテヘランも面白かったですね。演奏中に、スマホで録画して、その場で相手に電話しているんですよ。「こんなのやってるから、今からおいでよ」って。もう、やっちゃいけないこととか、イイとかの価値観が国によって違うんですよね。やはり、そういうのが衝突とか戦争とかの原因になってしまうんですよ。それこそ、日本ではカッコいい、お蕎麦“ズルッ”を、イタリアにいてパスタでやったら怒られちゃいますからね。
テヘランでの演奏の様子
テヘランではヘジャブを着用し演奏した
――須藤さんは、旅人としての思い出はいかがでしょうか?
須藤:利島に行った際、島にある唯一の学校で、10名もいない生徒の前で演奏したのですが、演奏前は、表情も変えずに、じっと黙っていた子どもたちも、演奏後、とても明るく元気になり、自発的に自己紹介したりと、とても積極的になった姿を目のあたりにして音楽の力というものを感じました。これからも、そのような子供たちに向けて、何か伝えていけたらと思っています。
――最後に、黒田さんにお伺いします。今回1月にイベントが開催されるということは、今後も、毎年、レギュラー的に開催されるのではと思ったりもするのですが、企画の将来性についても期待されますね?
黒田:ビデオ形式での企画ですから、年一回とは言わず、好きな時に新しいものを収録した時にアップデートできるのではないかと思っています。そんなかたちで今後も輪を広げていけたらいいですね。
そもそも、この企画のタイトル自体、『ピアノDE トラベル』としたのも、「みんなで力を合わせれば!」という、そんな意味を込めてのネーミングでもあるんです。なので、今後は、女性だけではなく、男性も、さまざまな世代の、さまざまな国に在住するいろいろなアーティストが関わっていってくれればと思っています。
取材・文:朝岡久美子
公演情報
オンラインライブ視聴券(Streaming+)1500円(税込)
自由席(会場観覧
オンラインライブ視聴券(Streaming+):https://eplus.jp/sf/detail/3354500001-P0030001
黒田亜樹 ミラノ
須藤千晴 東京
小塩真愛 ザルツブルグ
池田慈 モスクワ・愛媛
鴇田恵利花 和歌山
小林侑奈 山梨
大貫夏奈 横浜
三上結衣 北海道
保屋野美和 ベルリン
越加奈恵 ニューヨーク
楽しい汽車の小旅行のおかしな描写(ロッシーニ)
からたちの花 (山田耕作)
『四季』より(チャイコフスキー)
アイ ガット リズム(ガーシュイン)
Camellia(須藤千晴)