写真家・石井麻木がスライド写真展ライブツアー『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』で示した音楽への思い
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『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』 撮影=ハヤシマコ
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』2020.12.16(WED)神戸・music zoo KOBE太陽と虎
10月から始まった全国13か所のライブハウスを巡る、とあるツアーが12月16日に神戸・music zoo KOBE太陽と虎でファイナルを迎えた。新型コロナウイルス感染拡大の影響は今なお終息の気配が見えず、ライブハウスをはじめ、音楽や演劇などのエンタメ業界が大打撃を受けているのはご存知の通り。ひとつの公演を行うにも感染拡大防止のためのガイドラインを作成したり、換気の徹底やディスタンスを保つための施設管理、観客動員の制限など様々な対策を取らなければならない。たとえ13か所とはいえ、全国のライブハウスを巡る公演を行うことは容易ではなかったはず。それでも大半のスケジュールは
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
大好きなミュージシャンのバンドTシャツを着て、バンド名が描かれたラババンをカバンいっぱいにぶら下げ、大好きなライブハウスに足を運ぶ。開演前のBGMにも気持ちよさそうに体を揺らし、音楽が大好きだという気持ちが全身から溢れている、そんな観客らが目にしたかったもの。それは写真家・石井麻木による、『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』だ。
石井は2011年3月の東日本大震災直後から、今もなお東北に通い続け、現地の状況を写真に収め続けている写真家だ。2014年には写真と現地で集めた言葉で構成された写真本『3.11からの手紙/音の声』を出版し、全国各地で写真展を開催。今なお新しく撮影した写真を増やしつつ全国を巡り、大きな反響を集めている。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
また、数ある活動の中でも欠かせないのがミュージシャンのライブ写真やアーティスト写真を手掛けることだ。BRAHMAN、MONOEYES、ROTTENGRAFFTY、MAN WITH A MISSION、Ken Yokoyama、Dragon Ash、怒髪天、片平里菜、ELLEGARDEN、the LOW-ATUS……。アーティスト名を挙げればキリがないが、音楽雑誌や音楽情報サイト、アーティスト公式のSNSなどのスタッフクレジットで彼女の名前を見かけることはとても多い。
「ライブカメラマン」として、ライブハウスのステージと客席の間にある狭い場所でライブ撮影を行っている、そんな彼女が、全国のライブハウスでスライド写真展のツアーを行う理由。それは、新型コロナウイルス感染拡大によって今なお苦境に立たされているライブハウスに想いを届けるため。「音楽に生かされているから」「ライブハウスが必要だから」。
音楽が鳴り響くライブハウスの存在、それが生きる糧として欠かすことができない人が全国にたくさんいる。彼女もそのうちの一人だ。「ライブハウスが「悪」と思われるのが悔しい」と、すでに今年4月には、ライブハウス支援プロジェクトとして「SAVE THE LIVEHOUSE」を発足。そして、ミュージシャンの多くが今も満足に音楽活動ができない状況にいることを受け、自分なら1人でも動きやすい、ライブハウスを巡って想いを伝えたい、感染症対策を徹底しているライブハウスはどこよりも安全な場所であることを証明するために本イベントを企画。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
コロナ禍を迎える前には例年通り、大きな会場で無料での写真展を予定していたが、今回はライブハウスの応援を目的とするため有料での開催とし、その収益を全額ライブハウスに寄付することに。イベントは10月31日(土)宮城県・石巻BLUE RESISTANCEを皮切りに、東北、九州、関西を中心に展開。来年で活動20周年を迎える彼女がこれまで撮影してきた数多くの作品の一部、東日本大震災直後から写してきたもの。そして全国のライブハウスで撮影したライブ写真などをスライド形式でスクリーンに投影。その時々に写した写真への思いを語りつつ、終盤には各ライブハウスの店長との対談を実施。いくつかの公演ではスペシャルゲストとして片平里菜、u-tan(GOOD4NTOHING)、NOBUYA&侑威地(ROTTENGRAFFTY)が。サプライズゲストにTOSHI-LOW&細美武士が登場するなど各地で大きな反響を呼んだが、ファイナル公演となった神戸・music zoo KOBE太陽と虎では「ひとりで始めたこと、最後はひとりで締めくくります」と、単独でのステージに。
「ライブハウスでアーティストがライブできる日までの、繋ぎの一日になりたい。2020年の今この時期に出来る精一杯がこの形でした」と、イベントの主旨を伝えると、一枚ずつ写真が映し出される。スライド写真は3つのテーマで構成され、20年前に彼女がフィルムカメラで撮影した旅先での写真にはじまり、映画のスチール写真、音楽のアーティスト写真やジャケット写真。そして彼女のライフワークとなっている、東日本大震災直後から撮り続けている10年分の写真。最後はたくさんのミュージシャンのライブ写真。20年間で撮り続けてきた数万枚の中から選ばれた、数百枚の写真がゆっくりとスクリーンに映し出されていく。一枚一枚の写真に込められた想いや当時のエピソードを話しながら、「写真は写心。心を写すもの」だと、写真に懸ける想いを語る彼女。その口調はとても穏やかでおっとりとしている。「喋るのが苦手だから写真を写してきた」というのが、少し納得できる。
人の姿が映らない影を写す風景写真からはじまり、少しずつ人物写真が増えていく。視線が外された写真からどんどん被写体に近づき、表情にぐっと迫った写真が増えていく。「ここ10年で人と向きあって写真を写せるようになったし、そう向き合わせてくれたのが写真。体の一部のようなもの」と話していたのがよく分かる。ファインダーを覗き、被写体と一対一で目を合わせ、対峙し、心を通わせ、呼吸を合わせて写真を写していく。ミュージシャンや俳優らの写真が次々に映されていく。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
華やかな写真から一転、カンボジアの地雷原のある村を訪れた写真が映し出される。NPO法人を立ち上げ、有機農法の綿花を収穫し、手紡ぎ糸から製品を作って日本に輸出する活動を行ってきた彼女。スクリーンには対人間用の地雷によって足を失くした青年、現地の子供らが無邪気に笑う姿などが写る。そして、「この10年を忘れないために、まだ終わっていないことを届けさせてください」と、東日本大震災以降に現地で撮り続けている写真へと流れていく。現地で直接自身の目で見て、感じて撮った写真の数々。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
写真の内容については彼女の写真本『3.11からの手紙/音の声』や、これからも続いていくだろう写真展で確かめてほしいのだが、彼女の写真にはひとつも嘘がなくて、とにかく優しさで溢れていた。現場を訪れた人間だからではなく、彼女だからこそ切り取れた写真ばかり。特に人物写真が特徴的で、微笑んで、くしゃくしゃの笑顔で、じっと前を見据え、遠くを見つめている人たち。その姿を捉えるとき、きっと彼女も同じ表情をしていたのだろうと思わせてくれる。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
「見えない場所でも日々悲しみも喜びも生まれている。そこを素通りせずに生きていきたい。どんなに近づいても当事者にはなれない。想像では追いつけない悲しみや痛みを少しでもわかりたいと思うのは罪ではない。できる形で通い続けたい。そしてそれを精一杯の形で伝えていきたい」と、今後の活動についての思いを語る。どうしてこんなにも優しさに溢れていて、こんなにも大きな行動力があるのか。それについて彼女は「支援やボランティアをしているつもりはない。もっと自然に。階段で転びそうなおばあちゃんに手をさしのべる感覚。カンボジアでも東北でも、ライブハウスでも同じ。全部が繋がっている。それが積み重なって、今日のステージにいさせてもらっているだけ。今この瞬間が過去になっていくように、今この瞬間からこれからを作れる。いつもそれを胸において動いています」と語ってくれた。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
そしてイベント後半は「music zoo KOBE 太陽と虎」(以下、「太陽と虎」)の風次店長(園長)との対談へ。同ライブハウスでは過去に写真展についてのトークイベントや、今年開催された10周年のお祝いライブイベントで撮影を担当するなど、「(太陽と虎は)もうないと思ってた!」「まだあるわい!」と冗談を言い合えるほどの仲。ライブハウスラバーなら、前社長の故・松原裕氏との交流を思い出す人もいるだろう。コロナ禍の影響を受け、最後に予定していた撮影が「太陽と虎」だったこともあり、写真展をライブハウスで開催すると決めたとき「とても大切な場所。ここに来たくてツアーを開催した」と言い切るほど、思い入れのある会場だと語る彼女。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
それでもイベント中のトークについては打ち合わせも台本もなし、良い意味で緩いトークで盛り上がる2人。「太陽と虎」もコロナ禍で公演予定のほとんどがなくなったライブハウスのひとつ。それでも何か面白いこと、今しか出来ないことをやってやろうとステージ上にテントを張って生活してみたり、ライブハウス留学中のメキシコ人が「太陽と虎 メキシコ2号店」を作るべく奮闘していたり(!?)と、興味深い話が続く。そして、「太陽と虎」といえば、毎年4月または5月に開催しているチャリティ音楽イベント『COMING‘KOBE』。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
今年は故・松原氏が関わらない初めての開催を予定していたが、これもまた開催が中止に。それでも風次店長は「またやったらえぇやん」「気持ちがあれば大丈夫。また安心して、遊べる場所を作って待ってます」「ちゃんとやったら、ちゃんとできる」と、期待の募る発言も。最後は故・松原氏の息子で、現社長の松原佑吏氏もステージに登場し、石井にチャンピオンベルトを贈呈。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
実はこれ、彼女が過去に闘病に打ち勝つようにと、横山健とともに松原氏にチャンピオンベルトを贈呈していたのだが、今回のツアー完走を祝うため新たなベルトを作ってお返しするサプライズだった。また、前日に京都で開催された同イベントにゲストで出演していたROTTENGRAFFTYからは、集まった観客にドリンクサービスのプレゼントも。ライブハウスに遊びに来てくれるお客さんに恩返しと、トークイベントのギャラを全額ドリンク代に代えてしまう、漢気あふれる心意気はさすがだ。その後も3人の和気あいあいとしたトークは続き、スクリーンにはいくつものライブ写真が映しだされ、ライブと同じように、2時間近いイベントはあっという間に終幕へ。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
イベントの最後に締めくくられた言葉は「ライブハウスはライブをするところ。またライブハウスで会いましょう」。その言葉が早く実現することを願ってやまない。
『石井麻木スライド写真展ライブハウスツアー2020』
取材・文=黒田奈保子 撮影=ハヤシマコ