ロッシーニの歌劇『泥棒かささぎ』関西初演 ~指揮者 園田隆一郎と出演者に聞く~

2021.4.3
インタビュー
クラシック

ロッシーニ作曲 歌劇「泥棒かささぎ」園田隆一郎指揮、豪華キャストでお届けします!  (C)H.isojima

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第59回大阪国際フェスティバル2021の一環で、ロッシーニの歌劇『泥棒かささぎ』の関西初の全曲上演が決まった。指揮はオペラにシンフォニーに大活躍の園田隆一郎。ロッシーニの作品でも『セヴィリアの理髪師』ほど知られていない『泥棒かささぎ』だが、その序曲は、村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」の冒頭にも登場することで、一時期たいへん注目された。

コンサートのオープニング曲として、単独で取り上げられる機会も多い人気の曲だが、冒頭の小太鼓のドラムロールを効果的に見せるため、上手と下手にそれぞれ小太鼓を配置し、打楽器奏者に叩かせるなど演出も色々。しかし、そのドラムロール、死刑執行の意味があることを知ると、少し違って聞こえるのではないか。

『泥棒かささぎ』の指揮者を務める園田隆一郎と出演者に、あんなコトやこんなコトを聞いた。

―― ロッシーニの『泥棒かささぎ』と言えば序曲は有名ですが、オペラ自体は今回の公演が関西初演だそうですね。素晴らしい出演者が揃いました。

園田隆一郎:所属団体の垣根を越えて、本当に素晴らしい歌手が集結しました。ロッシーニ音楽の特徴の一つ、コロラトゥーラの技術が要求される役には、ロッシーニの歌唱経験の豊富な方を配し、コロラトゥーラというよりはキャラクターが求められる役には、役のイメージから考えて、オペラ全体に深みや彩を与えてくれるプロフェッショナルな方にお願いすることが出来ました。10名のキャスト全員、第一線でご活躍されている人気と実力を併せ持つ皆さまです。昨日初めて稽古で皆様の歌をお聴きしましたが、成功を確信しました(笑)。

指揮者 園田隆一郎     (C)H.isojima

―― 園田さんは日本を代表するロッシーニ指揮者と言われています。ロッシーニの魅力を教えてください。

園田:ロッシーニ(1792年~1868年)はベートーヴェン(1770年~1827年)の少し後の時代の人です。同じイタリア出身のオペラ作曲家で、もう少し先の時代のプッチーニ(1858年~1924年)と比較するとよくわかりますが、プッチーニの方が感情表現がストレートです。例えるならば、「狂言と映画」くらいの違いでしょうか。ロッシーニは嬉しいことを嬉しい!と言うだけだは無く、美しい旋律と軽やかなリズムに乗せて、同じフレーズを繰り返しながら時間をかけて、コロラトゥーラという技術を駆使して表現する。人によってはまどろっこしいと思う人もいるかもしれませんが、リアルな映画にはない美しさと満足感が得られる。それこそがロッシーニの魅力です。

―― 重要なフレーズを何度も繰り返すのが特徴だということですが、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータなどで2回目は装飾音符などを付けて変化を加えますが、あんな感じですか。

園田:そうです。知的な音楽の楽しみと言いますか、2回目に音を変えて、より複雑にそして華やかに歌う。歌手がアイデアを持ち寄り、「これでどうですか」と。「なるほど。でももう少しこうした方が魅力的に聞こえるのではないでしょうか」などとやり取りをしていく楽しみもロッシーニならではです。ただ、この「泥棒かささぎ」は長い曲なので、今回は繰り返しをカットしている部分もありますが、それでも十分楽しんでいただけると思います。

指揮者 園田隆一郎     (C)H.isojima

―― ロッシーニの音楽は特別な技術を習得した歌手しか歌えない難しいイメージがあります。テノールだったら当たり前にハイCが出せたり、ソプラノに限らずバス、バリトンなどの男声の低い声でも普通にコロラトゥーラの技術が求められるなど、特別な音楽教育を受けていないと触れてはいけないと言いますか…。

園田:本当は逆で、歌手を目指す人は、まずロッシーニやベルカントもの、そしてモーツァルトなどから勉強を始めるべきだと思います。音楽大学のカリキュラムは4年間で成熟した歌手を作ろうとし過ぎるのか、卒業試験でヴェルディの重たい曲やブラームスの「4つの厳粛な歌」のような曲をやらせる。その結果、20代の前半で疲れてしまい、成績優秀な人が意外と伸びなかったりする。ロッシーニの音楽は声のしなやかさや柔軟性を考えて作られていて、喉にも良く、とても勉強になるのですが、なかなか大学にロッシーニを教えてくれる先生がいないのが実状だと思います。今回ご出演頂いている小堀勇介さんも、新国立劇場のオペラ研修所に入って初めてロッシーニを勧められて、その素晴らしさに気づいたそうです。皆さん、早いタイミングでロッシーニに出会えれば良いのですが、こればかりは難しいですね。

―― 今回の出演者とその役どころを、園田さんから紹介して頂けますでしょうか。ヒロイン役のニネッタを演じる老田裕子さんは、大阪国際フェスティバル(OIF)のロッシーニ・シリーズでは、第1回目の歌劇『ランスへの旅』にもご出演になられていました。

園田:老田裕子さんは『ランスへの旅』では、吟遊詩人コリンナ役を見事に演じられました。ハープを奏でながら即興で唄を歌う役ですが、メロディを次々に変化を付けながら歌うさまは、神がかった、この世のものではない魅力がありました。今回はガラッと変わって人間的な役どころです。前半の少女らしい喜びに溢れたところから、悲劇に向かってドラマチックに進んで行く難しい役です。昨日の稽古で改めて素晴らしさを実感しました。ご期待ください。

コリンナ 老田裕子:歌劇「ランスへの旅」(2015.4 フェスティバルホール)  写真提供:朝日新聞文化財団 (C)Naoko Nagasawa

恋人役ジャンネットの小堀勇介さんは前回の『チェネレントラ』の王子ラミーロ役が素晴らしかった! テノールは難しいのですが、やっとこういうオペラが歌いこなせるテノールが日本にも出て来てくれたという感じで、心強いです。彼は、ロッシーニと出会ったことをきっかけに、レパートリーもロッシーニ中心に替えられたそうです。素晴らしい歌唱を聞きつけて、色々なオファーも増えると思いますが、レパートリーを絞って頑張ってほしいですね。

ラミーロ 小堀勇介、アンジェリーナ 脇園彩:「チェネレントラ」(2018.5フェスティバルホール) 写真提供:朝日新聞文化財団 (C)森口ミツル

―― ニネッタに言い寄る悪代官ゴッタルドの伊藤貴之さんと、ニネッタのお父さんフェルナンドの青山貴さんは共に低い声。しかしコロラトゥーラの技術が要求されます。

園田:伊藤貴之さんは、今ではロッシーニのオペラを演じる上で不可欠な方です。私の師でもあるアルベルト・ゼッダ先生が指揮する『ランスへの旅』で感じるものがお有りだったのでしょうね。熱心に取り組まれ、今やロッシーニの第一人者です。バスでコロラトゥーラがここまで出来る人はそうはいません。ゴッタルドをやるにはうってつけの方ですので、とことん悪役に徹して、ハナシを盛り上げて頂きたいです。

ドン・プロフォンド 伊藤貴之:歌劇「ランスへの旅」(2015.4 フェスティバルホール)  写真提供:朝日新聞文化財団 (C)Naoko Nagasawa

今回、一番難しい役が青山貴さんの演じるフェルナンドの役です。青山さんは美声であるのはもちろん、音程やリズム感など、音楽家としてのスキルが非常に高い方だと思っています。自分の声を出せる上に、周りの音を聴いてアンサンブルが出来る人。ヴェルディやワーグナーでも実績を挙げられていますが、2016年の日生劇場ロッシーニ『セビリアの理髪師』のフィガロ役も素晴らしかった。声は若々しく、アジリタも美しい。ただ、今回のフェルナンドの役は、娘を愛しながら、制度への怒りを抱え、全ての不幸を一身に背負う役なので、歌唱の技術以上に高い演技力が求められます。青山さんはどちらかというと謙虚で控えめな方だと思いますので、彼をどこまで猛獣に変えられるかが、今回私の最大の使命だと思っています。

ヴォータン 青山貴:びわ湖ホールプロデュースオペラ『ワルキューレ』(2018年3月びわ湖ホール)   写真提供:びわ湖ホール

ヴォータン 青山貴:びわ湖ホールプロデュースオペラ『ワルキューレ』(2018年3月びわこホール)   写真提供:びわ湖ホール

この4役に加え、ズボン役のピッポが、コロラトゥーラの技術が必要な役です。特にピッポは物語のカギを握る大切な役。森季子(ときこ)さんは、びわ湖ホール声楽アンサンブルでも随分共演していて、技術的なことは申し分ありません。ズボン役も経験豊富ですし、役作りから、所作なんかは、本番に向けて研究されるはずなので、安心しています。

ヴェルグンデ 森季子:びわ湖ホールプロデュースオペラ『ラインの黄金』(2017年3月びわ湖ホール)   写真提供:びわ湖ホール

―― お屋敷の主人ファブリツィオ役は晴雅彦さん、その奥様ルチーア役は福原寿美枝さんです。

園田:晴雅彦さんは何度かご一緒していますが、プロ中のプロ。最初のリハーサルから、完璧な形で来られる。厳しい奥さんに遠慮しながらも、息子と、嫁に来る予定のニネッタを可愛がる優しいお父さん。そういう普通の人の役を、音楽を第一に、センス良く明るく表現できるのは晴さんしか思いつかなかったので、お願いしました。何でも出来る方ですが、晴さんの自然なところを引き出せるようにしたいです。

サンブリオッシュ 晴雅彦:喜歌劇「メリー・ウィドウ」(2008.7兵庫県立芸術文化センター)本年7月、晴氏は同会場で、同演目同役を演じる予定   写真提供:兵庫県立芸術文化センター (C)飯島隆

福原寿美枝さんには、ロッシーニ特有の技術的な事というよりは、お屋敷の奥さんの威厳と、時として見える優しさを出すことで、作品を引き締めて頂きたいと思っています。舞台経験が豊富で、他の人とは違った色合いが出せる福原さんに出演していただくことで、ロッシーニ一辺倒な雰囲気に、華やかな彩が加わったと思います。ルチーアが最後に改心するところは、注目してくださいね(笑)。

エーボリ公女 福原寿美枝:関西二期会第81回オペラ公演「ドン・カルロ」(2014.10兵庫県立芸術文化センター)  写真提供:関西二期会

―― 出番はそれほど多くない役で、関西を代表する清原邦仁さん、西尾岳史さん、片桐直樹さんが出演されます。

園田:本当に贅沢なキャストです。皆さま、それぞれの団体、別の作品では主役を張っておられる方たちです。所属の垣根を越えて、ガッチリと脇を固めてくださるのは、ありがたいことです。それぞれに練った役作りをして来られると思います。例えば、片桐直樹さんの裁判官。威厳を持った素敵な声で「黙っていなさい!」。これは、誰にでも出来るものではありません。今回、清原邦仁さんにはイザッコとアントーニオの二役を演じて頂きますが、本当ならイザッコ役は二塚直紀さんにお願いをしていました。昨年惜しくも亡くなられましたが、個人的にも親しくしていましたし、オペラ界にとっても大きな大きな損失です。彼の事を思いながら、良い作品にしたいと思っています。

裁判官 片桐直樹(バス)

イザッコ/アントーニオ 清原邦仁(テノール)

ジョルジョ 西尾岳史(バリトン)

―― 今回は合唱も、関西を中心に活動されているオペラ歌手の皆様による特別編成です。

園田:合唱のメンバーとは、まだお会いしていませんが、関西でオペラのソリストとして活動している人達とお聞きしているので、ご一緒出来るのがとても楽しみです。オペラの合唱は、揃い過ぎているよりも、一人一人の主張が大切だと思っています。イタリアの合唱団のように、ワイルドで個性が強い方が私は好きです。少数精鋭の合唱、役の上では村人や判事ですね。ご期待ください。

指揮者 園田隆一郎     (C)H.isojima

―― 今回は、演奏会形式での上演です。

園田:コロナの問題で制約が多く、オペラを上演するのはとても難しいです。今回はロッシーニの音楽を中心に楽しんで頂こうと思い、演奏会形式の上演となりました。本番は感染防止策を駆使して、何とかマスクなしでお届けできればと考えています。管弦楽を担当する大阪交響楽団はステージ上で演奏し、その前に歌手が並ぶ形です。それぞれの役には動きや振りが付き、音響・照明で演出効果を出せればと考えています。ちょっとした「演出」というか「ステージング」ですが、若手のオペラ演出家の奥村啓吾さんにお願いをしています。何が出来るかまだ未定ですが、銀のスプーンの受け渡しくらいはやりたいですね。

―― それは楽しみです。園田さんがこの先、指揮してみたい曲などを教えてください。

園田:シンフォニーでは、ハイドンやモーツァルトですね。また、ピリオド楽器に特化した小編成のオーケストラで、モーツァルトの「イドメネオ」あたりまでのオペラもやってみたい。他にも宗教曲は全般的にやってみたいですし、マーラーの初期の交響曲は、歌曲との関係においても大変興味があります。

指揮者 園田隆一郎   (C) Fabio Parenzan

―― 園田さん、長時間ありがとうございました。「泥棒かささぎ」の成功を祈っています。

(続いて、老田裕子、小堀勇介、青山貴、伊藤貴之の4名に話を聞いた。)

伊藤貴之、小堀勇介、園田隆一郎、老田裕子、青山貴(左から)     (C)H.isojima

―― ヒロインとその彼氏にお父さん、そして悪代官までも一堂に集まって頂きました。役作りのために、普段は口を聞かないなんてことはありませんか。皆さん一緒の取材で大丈夫でしょうか?

伊藤貴之:問題ありません、大丈夫ですよ。実際の私は、あんなにひどい人間ではありませんので(笑)。

(皆さん、ニコニコ笑って、良い雰囲気が伝わってくる)

―― ありがとうございます。では、ロッシーニ・テノールと言えば小堀勇介さんです。大阪国際フェスティバル(OIF)2018の、ロッシーニ 歌劇『チェネレントラ』のラミーロ王子に続いてのご出演です。小堀さんとロッシーニの出会いを教えてください。

小堀勇介:ロッシーニと出会ったのは、2012年に新国立劇場オペラ研修所に入った時です。それまではヴェルディやドニゼッティの後期オペラや、フランス物を中心にレパートリーを作っていましたが、新国の研修所で出会ったセルジョ・ベルトッキ先生に「あなたの声はロッシーニのブッファを歌う声だから、一から練習をしなさい」と言われました。それがきっかけで、ロッシーニ中心のレパートリーに3年かけて刷新。新たにロッシーニやモーツァルト、ドニゼッティの一部のものに替えました。それは、一つにはブランディングと言いますか、得意なものに焦点を絞って聴いていただきたい。自分と言う歌い手をぼやけないように見せるという意味があります。もう一つは、自分の声を守っていきたいからです。ロッシーニは歌の技術にも優れており、彼のレパートリーを歌うことは勉強になるだけではなく、喉のためにも良いと思います。

ジャンネット 小堀勇介(テノール)     (C)H.isojima

―― 伊藤さんは過去二度のOIFのロッシーニ作品、『ランスへの旅』ではドン・プロフォンド役、『チェネレントラ』ではアリドーロ役でご出演されています。

伊藤:『ランスへの旅』がロッシーニとの初めての出会いでした。それまではヴェルディ、ドニゼッティ、ベッリーニをやっていました。ロッシーニと初めて出会った「ランスへの旅」のドン・プロフォンド役で、ゼッダさんに徹底的にしごかれて、「出来ない!」となったのですが、不思議なことに稽古に行くのは凄く楽しかったんです。「よし、何とか課題を克服してやろう!」という気持ちでドン・プロフォンドをやり切った。その3か月後に、やはりゼッダさんの指揮で藤原歌劇団の「ランスへの旅」があって、今度はシドニー卿という役が回って来たのですが、これが感覚的にも自分にフィットしたのです。レガートを多用して、バスなのにコロラトゥーラでいっぱい転がすのですが、こんな世界が有るのかと、すっかりはまりました。2018年の『チェネレントラ』の時は、ロッシーニ愛が増していて、楽しくてしょうがなかったです。そして、今回が悪代官ゴッタルド役で、主役級に出番が多い役です。ゼッダさんにロッシーニ愛を目覚めさせていただき、前回の『チェネレントラ』で園田さんによりいろいろな事を教えて頂いた感じですね。

ゴッタルド 伊藤貴之(バス)     (C)H.isojima

―― 青山さんは、関西から見ていると、びわ湖ホールのワーグナー『指環』のヴォータンのイメージがあり、あまりロッシーニのイメージは無いのですが、先ほど、園田マエストロは絶賛されていました。

青山貴:ロッシーニは2016年の日生劇場の『セビリアの理髪師』以来ですね。その前に遡ると、学生時代に東京芸大の音楽学部と美術学部の学生が一緒に『チェネレントラ』を、園田さんの指揮でやったのですが、その時は従者ダンディーニ役をやりました。その頃はもう少し軽い声でしたが、ロッシーニ物を全編やったのはその時が初めてです。ただ、皆さんのように、きちんと専門的に勉強したことが無かったので、歌うたびに後ろめたい思いでおりました。しかし、転がすというのは嫌いではないので、機会が有ればチャレンジしたいとは思っていました。

フェルナンド 青山貴(バリトン)     (C)H.isojima

―― お好きな作曲家というか、メインのレパートリーは何になるのでしょうか。

青山:私が留学したのはイタリアですので、イタリアのオペラはどれも惹かれますが、誰か一人ということになるとヴェルディでしょうか。

―― 老田さんは『泥棒かささぎ』にどのような印象をお持ちですか。

老田裕子:『泥棒かささぎ』は今回が関西初演。YouTubeでは日本初演である2008年の藤原歌劇団の「泥棒かささぎ」を見ることができます。「泥棒かささぎ」の音楽は、ピンチの時も悲しい時も、心が極悪真っ黒けの時も、とにかく楽しい!短調の曲は数えるほどで、それが効果的に働いているように思います。歌わせていただくニネッタは、幸せな登場から、どんどんトラブルに巻き込まれてしまい、とうとう死刑を宣告されてしまいます。ソプラノが歌うにしては低い音域も多く、高音や華やかさはジャンネットのほうがあるように思います。2重唱でもジャンネットが上でハモっていることが多い。ですがニネッタは出演者全員と絡んでいくので、なんといっても圧倒的に歌う量が多い!人と人とのつながりがもたらす心のあたたかさを、このオペラから感じていただければと思います。

ニネッタ 老田裕子(ソプラノ)     (C)H.isojima

―― 園田さんは『ランスへの旅』のコリンナ役を絶賛しておられました。

老田:少し前まで日本でロッシーニのオペラというと、『セヴィリアの理髪師』くらいだった印象ですが、ゼッダ先生そして、ゼッダ先生の元で学ばれた園田マエストロ、このお二人が日本のロッシーニの土壌を耕してこられた効果が、近年のロッシーニ作品上演、そしてロッシーニの音楽を勉強しようという流れに結びついているように感じます。ゼッダ先生が、「きれいで立派な声がベルカントなのではない。この音の粒のつながりの中に感情を表現することがベルカントなのだ」とおっしゃったことは、決して立派な声を持っていない私の心の糧になっています。ロッシーニの音の形を正確に表現することは難しいですが、それを超えたところを目指していたいです。園田マエストロには、大阪国際フェスティバルでの『ランスへの旅』コリンナ役稽古中に大変助けていただきました。今回は全く違うキャラクターでご一緒させていただくのをとても楽しみにしています。

アルベルト・ゼッダ「ランスへの旅」リハーサル風景(2015.1ザ・カレッジ・オペラハウス (大阪音楽大学))  写真提供:朝日新聞文化財団 (C)Naoko Nagasawa

―― 小堀さん、今回の公演に向けた抱負をお願いします。

小堀:『泥棒かささぎ』の中でジャンネットは端役と呼んでも差し支えないほどの出番しかない役です(笑)。他のお三方のスパイス的な要素が多いと思います。ニネッタを精神的に支えるジャンネットですが、この男性、凄くニネッタのことを疑うんですね。「それじゃ、やっぱり君が罪を犯した女性だったのか」みたいなことを言う。ショックを隠し切れなく、人を信じきれない弱さを持ち合わせているんですね。信じたいけど彼女が秘密の扉を開けてくれないことに対するもどかしさがあるんでしょうか。ニネッタもお父さんの事があるから言えない事情もあるのですが。そんなキャラクターをリアルに出してみたいです。

―― 伊藤さん、お願いします。

伊藤:悪代官に徹したいと思っています。1幕最後に次々と条件が揃って、イケイケになってニネッタに詰め寄るところは、楽しんで演じたいですね(笑)。1幕と2幕に二つのアリアがあるのですが、どちらも途中で邪魔者が入る。それが象徴しているように、ゴッタルドは悪代官ですがちょっと抜けている所があり、ブッファ的な要素があります。2幕で、ニネッタに許してやるから自分の女になれと言うあたりは、俯瞰して見ると人間の汚い部分が出ていて、少し理解できる部分もあります。しかし、自分には娘がいることもあり、人間的にはフェルナンドの気持ちの方が良くわかります(笑)。音楽的なことですが、後の時代の作品につながるルーツがこの作品には垣間見れます。『チェネレントラ』の時には気付かなかったヴェルディの系譜が、このゴッタルドの勢いやエネルギーに描かれている感じがします。

稽古風景:老田裕子、小堀勇介、伊藤貴之(左より)     (C)H.isojima

―― 青山さんはいかがでしょうか。

青山:フェルナンドは設定からして、いつ死んでしまうかわからない役。性格的にオール・オア・ナッシングですぐに怒る。感情を出し切らずに、節度ある見せ方が出来れば良いですね。あと、娘に対する話し方と、それ以外の人との話し方は、はっきり変えていきたいです。男らしい感じを保ちながら、緊迫感を最後まで持ち続けなければいけないと思います。捕まったら自分も死刑になるのに、娘を助けに行くところは最大の見せ場ですね。悪代官に負けないようにしっかり演じます(笑)。

―― 老田さん、お願いします。

老田:お父さんの真っ直ぐさを受け継いだ性格で、誰に対しても誠実に接するニネッタ。そうしてつながったみんなが、最後は窮地に陥ったニネッタを助けようと、愛をもって奔走してくれるシーン。私はその場には出演していませんが、幸せで大好きなシーンです。その瞬間のために、体力を付けて最後までやり切りたいと思っています。

稽古風景:福原寿美枝、青山貴、老田裕子(左より)     (C)H.isojima

―― 皆さま、稽古前の貴重な時間をありがとうございました。公演の成功を祈っています。

(続いて、ピッポ役の森季子さんにもハナシを聞いた。)

―― 森さん、ピッポはどんな少年ですか。

森季子:冒頭、カササギの鳴き声がピッポと聞こえるよと、皆からからかわれるシーンから幕が開きますが、怒るのではなく、皆がそのことで笑えるのが嬉しいんだというふうに見えればいいなと思っています。ピッポは真っ直ぐな男の子。そして純真、勇敢で、物事を真っ直ぐ見る。そんな彼だから、物語の一番大切な役割を彼が担うのだと思います。この子がいなければニネッタは救われなかった。ハッピーを引き寄せるエンジェル的な存在を、ロッシーニはメゾに書いてくれた。ロッシーニ、ありがとう。しっかり務めます!と言う感じですね。

ピッポ 森季子(メゾソプラノ)

―― 今回の公演に向けての抱負をお願いします。

森:皆さん、凄い方ばかりです。小堀さんは日生オペラ『魔笛』でご一緒しましたが、日本を代表するテノールになられて、まさにピッポがジャンネットを見る感じで、「格好いい!お兄ちゃん頑張れ!」みたいな感じです。ピッポは誰に対しても真っ直ぐな少年で、ニネッタの無実を信じている。そんな正直な少年だから、かささぎを追いかけて銀のスプーンを見つけるのも頷ける。と、皆さんに思っていただけるように、元気いっぱい歌い、演じます。

―― 森さん、ありがとうございました。

(引き続き、晴雅彦さんにもインタビューに答えて頂いた。)

―― 晴さん、ロッシーニに対してはどんな印象をお持ちですか。

晴雅彦:これまで『セヴィリアの理髪師』くらいしか歌った事はありませんが、聴くのは大好きです。とても技巧に秀でた作曲家ですが、演奏するうえで、ただ一生懸命さが出てはだめだと思います。技術を難なくこなしてこそ価値がある。技巧を楽しみながら、ロッシーニの素晴らしい音楽とドラマを届けることが大切だと、自分に言い聞かせています。個人的には「小荘厳ミサ曲」のアニュス・デイのアルトソロが大好きです。

ファブリツィオ 晴雅彦(バリトン)

―― 『泥棒かささぎ』の魅力を教えてください。

晴:とても人間愛に溢れたオペラです。ニネッタに辛くあたるジャンネットの母親も、途中で改心しますし、悪代官も人間誰もが持っている弱さが垣間見れたり、愛情や友情といった人の情をいっぱい描いていて、モーツァルトに取り組む時と同じ幸せを感じます。ハラハラの先にあるハッピーエンド。ブッファでもなくセリアでもないセミセリアと言われるのも頷けます。とにかく出演者が素晴らしいです。日本を代表するロッシーニ指揮者園田マエストロの下、ヒロインの老田さんをはじめ、小堀さん、青山さん、伊藤さんと素敵な声でアジリタを歌う素敵なメンバーが集結しました。私としては、今ロッシーニと向き合えた事が嬉しいです。声の勉強にもなりますし、有難いです。楽譜を勉強していくと和音進行やアンサンブルも素晴らしく、ロッシーニ・クレッシェンドと共に軽さや絶妙なテンポ設定で持っていく高揚感など、他の作曲家にない魅力が詰まっています。純粋に音楽だけでも楽しめますし、その上にドラマチックにストーリーが展開していきます。

ファブリツィオ 晴雅彦(バリトン)     (C)H.isojima

稽古風景:清原邦仁、晴雅彦、西尾岳史、伊藤貴之(左より)     (C)H.isojima

裁判官 片桐直樹(バス)     (C)H.isojima

―― どんなファブリツィオを演じたいですか。

晴:厳しい奥さんの事や愛する息子のことはもちろん、その彼女のニネッタのことも、使用人のことも、全ての登場人物の事を大きな愛で包み込みたいと思っています。園田マエストロとは2003年の日生劇場の『ジャンニ・スキッキ』の副指揮者として参加されている所からご一緒していますが、当時からイタリア人指揮者とイタリア語で渡り合われていたのを見ていて、凄い人が出て来たなと注目していました。この4日間で指示されたことを踏まえて、改めて役を作り直し、暗譜にまで持っていき、本番1か月前から始まる稽古に臨みたいと思っています。どうぞご期待ください。

―― 晴さん、ありがとうございました。

(この日、忙しくて、取材予定の無かったルチーア役の福原さんにも無理を言って簡単なコメントを頂いた。)

福原寿美枝:バタバタしていて取材の時間を取れなくて申し訳ありません。ロッシーニの音楽は大好きですが、歌う機会があまりなく、またコロラトゥーラなどもやってこなかったので、このタイミングで向き合えるのは嬉しい反面、相当プレッシャーがあります。

ルチーア 福原寿美枝(メゾソプラノ)

―― 福原さんは、マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ役の時も、ソプラノの役で声的に無理があると憂鬱そうに仰っていましたが、本番のパフォーマンスがあまりに素晴らしくてぶっ飛びました(笑)。本番にお強いですよね。

福原:ありがとうございます。頑張ります(笑)。

―― ルチーアは相当ニネッタに辛く当たりますね。

福原:最後にちゃんと改心しますので(笑)、その過程をお楽しみください。

―― 福原さん、ありがとうございました。

人気と実力を併せ持った歌手たちが、特別な思いで『泥棒かささぎ』に向き合っているのがお判りいただけたと思う。

このオペラがあまり上演されないのは、高い技術を持った歌手を多く集めるのが困難というのが理由だそうだが、この顔ぶれならクオリティの高い『泥棒かささぎ』公演になることは間違いなさそうだ。

悲しい場面も、楽しく軽快な音楽に乗せて…。ロッシーニ音楽の魅力の一つだが、それならば、難しいフレーズや細かなリズムも、何事も無いような涼しい顔で歌ってこその「ロッシーニ美学」なのかもしれない。

この機会に、ロッシーニの魅惑の世界に触れてみてはいかが⁈ コロナに喘ぐ今こそ、ロッシーニ音楽のチカラが必要だと思うのだが。

皆さまのお越しを、フェスティバルホールでお待ちしています!     (C)H.isojima

取材・文=磯島浩彰

公演情報

第59回大阪国際フェスティバル2021
ロッシーニ作曲 オペラ「泥棒かささぎ」(演奏会形式)

 
■日時:2021年6月5日(土)14:00開演(13:00開場)
■会場:フェスティバルホール

■指揮:園田隆一郎
■管弦楽:大阪交響楽団
■ステージング:奥村啓吾
■出演:晴雅彦(ファブリツィオ)、福原寿美枝(ルチーア)、小堀勇介(ジャンネット)、老田裕子(ニネッタ)、青山貴(フェルナンド)、伊藤貴之(ゴッタルド)、森季子(ピッポ)、清原邦仁(イザッコ/アントーニオ)、西尾岳史(ジョルジョ)、片桐直樹(裁判官)
■合唱:
ソプラノ1/太田尚見、岡本真季、三村浩美、岩本実奈子
ソプラノ2/名島嘉津栄、味岡真紀子、堀口莉絵、安本佳苗
テノール/諏訪部匡司、しまふく羊太、岡成秀樹、近藤勇斗
バス/伊藤友祐、谷本尚隆、山川大樹、神田行雄
■料金:S 8,500円 A 7,500円 B 6,500円 SS 9,500円 BOX 12,500円
バルコニーBOX(2席セット)17,000円 学生席 3,500円
■お問い合わせ:フェスティバルホール 06-6231-2221
■公式サイト:https://www.festivalhall.jp/
 
【あらすじ】
お屋敷で働く少女ニネッタは、その家の息子ジャンネットと恋人同士でした。或る日、兵隊に行っていたジャンネットが帰ってくるということで、村はお祝いムードに包まれます。喜びいっぱいのニネッタに対し、二人の関係を快く思わないのは、お屋敷の奥方にしてジャンネットの母親ルチーア。ジャンネットの父親ファブリツィオは、二人の関係を祝福しながらも、奥さんの事が怖く、遠くから見守るしかありません。ジャンネットの帰還祝いパーティを終え、一人になったニネッタの元へ、出兵しているはずの父親フェルナンドが現れます。軍隊でトラブルを起こして逃げて来たのです。ニネッタは、逃走資金が必要な父親から、銀のスプーンを預かり、小間物商イザッコに売りますが、ちょうど同じタイミングでお屋敷から銀のスプーンが1本なくなったため、盗みの疑いをかけられてしまいます。代官のゴッタルドは、ニネッタに言い寄っても袖にされた腹いせに、彼女を犯人に仕立て上げ、牢屋に入れてしまいます。そして死刑宣告を受けたニネッタを助けようとしたフェルナンドも捕らえられてしまいます。ニネッタは刑場に引き立てられ、あわや死刑が行使される寸前、お屋敷で働く少年ピッポが、かささぎの巣から銀のスプーンを見つけ出し、ニネッタの無罪が確定。最後はどん底から一転、大団円へと向かうのです。