猿之助と中車の小鍛冶から、白鸚と幸四郎の勧進帳、仁左衛門と玉三郎の桜姫まで 『四月大歌舞伎』観劇レポート
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『四月大歌舞伎』
2021年4月3日(土)に、東京・歌舞伎座で『四月大歌舞伎』が開幕した。千穐楽28日(水)まで、1日三部制で上演される。第一部では松本白鸚が本興行としては史上最年長となる78歳で『勧進帳』の弁慶を勤め、刀剣ファンにお馴染みの名刀にまつわる舞踊劇『小鍛冶』を、市川猿之助と市川中車が踊る。第二部では、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』で注目された明智光秀が題材の名作『絵本太功記』に中村芝翫、尾上菊之助らが出演し、梅玉と孝太郎による『団子売』。第三部は、片岡仁左衛門と坂東玉三郎が『桜姫東文章』で36年ぶりに共演するとあり、公演情報が解禁されるや話題となった。本稿では、第一部と第三部をレポートする。
※第二部のレポートは先行公開! 『芝翫×菊之助らの名作義太夫狂言に、梅玉×孝太郎の多幸感溢れる舞踊劇『四月大歌舞伎』第二部観劇レポート(https://spice.eplus.jp/articles/285367)』
■猿之助と中車が刀を打つ『小鍛冶(こかじ)』
第一部の序幕は、猿翁十種の内『小鍛冶』。二世市川猿之助が、能の『小鍛冶』を題材とした先行作品を参考にしながら、さらに能の要素を加えて再構成し、1939年に初演した。二世猿之助と多くの新作舞踊を創り出した劇作家・木村富子の作。登場するのは、中車が勤める刀工・小鍛冶宗近(むねちか)と、猿之助が勤める童子(実は稲荷明神)。
紅葉した山並みが広がる稲荷明神。そこにやってきた宗近は、緊張感を漂わせている。一条天皇の勅命で、刀を打つことになったものの、ふさわしい相槌(一緒に刀を打つ助手的な存在)のあてがなく悩んでいるのだ。稲荷明神の加護に頼ろうとやって来ると、ふと赤い葉がはらりと舞い、どこからともなく童子が姿を現した。童子は不思議と、宗近の事情を察しているのだった……。
中車は、能の要素を含んだ舞踊を厳粛に舞い、宗近の心情を明瞭に描き出す。猿之助は愛らしく、妖しく、そして気高く童子を勤め、舞台を神秘的な空気で包む。稲荷明神でのエピソードは前半と後半に分けることができ、その間を巫女(中村壱太郎)と、宗近の弟子たち(市川猿弥、市川笑也、市川笑三郎、市川猿三郎)の場面がつなぐ。一人ひとりの個性が光る、賑やかで明るい舞踊で楽しませた。クライマックスは宗近と(先ほどは童子姿だった)明神様が向き合い、テンポよく音を鳴らして刀を鍛える。実際に猿之助と中車により打ち鳴らされ、場内に響いた音の清らかさが耳に残っている。
■白鸚と幸四郎の『勧進帳』
続く『勧進帳』は、A日程では、武蔵坊弁慶を白鸚が勤め、関所で弁慶を詮議する富樫左衛門を幸四郎が勤める。B日程では弁慶を幸四郎が、富樫を尾上松也が勤める。
安宅の関では、鎌倉幕府の命令により富樫が警備にあたっている。そこへ、強力の姿に身をやつした義経(中村雀右衛門)と、山伏の姿の弁慶、四天王(亀井六郎/大谷友右衛門、片岡八郎/市川高麗蔵、駿河次郎/大谷廣太郎、常陸坊海尊/松本錦吾)がやってきて、通行許可を願う。富樫は一行の正体を疑う。そこで、勧進を行う山伏だと言うなら勧進帳を読み上げるよう命じる。弁慶はとっさの判断で、何も書かれていない巻物を広げ、本物の勧進帳のように読み上げるのだった……。
幸四郎の弁慶は、みなぎる力を知性と忠義の心で何とか内へとどめているかのような、エネルギッシュな印象だった。松也は声の良さを存分に生かし富樫を勤める。前半の一触即発のエキサイティングな心理戦から、後半に幸四郎が見せる舞踊、飛び六方での引っ込みまで、華やかさと疾走感のある『勧進帳』だった。
白鸚は、深くから湧き上がるような台詞回しで、1150回以上も勤めた弁慶の言葉を客席に行き渡らせる。幸四郎の富樫は、負けない大きさで、弁慶と対峙し、心理戦にリアリティを与える。飛び六方で引っ込む直前の花道の七三では、肩で息をすることを隠さない白鸚。息遣いに客席が静まる中、義経一行が無事出立したことに、一瞬の安堵を見せる。これが無言のうちに観る者に伝わり、拍手が起こった。そして六方を踏みはじめると、今度は大喝采が場内を揺らした。思えばドラマはスリリングでありながら、拍手や笑い、固唾をのむタイミングまで、白鸚の掌で自在に転がされる心地よい一体感があった。白鸚の弁慶が30年後の幸四郎の弁慶を、幸四郎の弁慶が30年前の白鸚の弁慶を想像させる。受け継がれる高麗屋の『勧進帳』を目に焼き付けたい。
■仁左衛門と玉三郎の『桜姫東文章』
若い僧侶の清玄(仁左衛門)と少年・白菊丸(玉三郎)は許されない関係にある。来世で一緒になろうと誓い、小さな香箱の身と蓋のそれぞれの名前を書き、白菊丸が蓋を、清玄が身を握る。そして白菊丸は夜の海へ身を投げる。清玄も続いて……のはずが一歩出遅れ、心中し損ねて生き延びる。
時は流れて、17年後の鎌倉・新清水長谷寺。17歳の桜姫(玉三郎)は出家を望んでいる。立派な僧に成長した清玄が、桜姫の出家の願いを聞き入れ十念を授けると、生まれつき開かなかった桜姫の左手が開き、そこから香箱の蓋が転がり落ちる。清玄は、桜姫が白菊丸の生まれ変わりだと密かに悟るのだった。
桜姫の出家への気持ちは変わらなかったが、ガラの悪い男・釣鐘権助(仁左衛門)が現れると、桜姫は動揺する。桜姫は過去に権助に襲われ、子を身ごもったあげく、権助を好きになっていたのだ。出家モードから一転、恥じらいながらも権助に迫る桜姫。まんざらでもない権助。お互いの帯に手をかけ……。
『桜姫東文章』は、四世鶴屋南北の代表作のひとつ。開演まもなく、花道で白菊丸が転んだ瞬間から、そこはかとなくエロかった。濡れ場はとんでもなくエロかった。艶っぽい、官能的、煽情的、嬌艶、ふしだら、エロティック等の言い回しでは掬いきれない空気を、稀代の人気コンビ、仁左衛門と玉三郎がこの上なく美しく文化的に成立させる。随所には、モラルを嘲笑うようなブラックなユーモアも加わる。
玉三郎の桜姫は現実離れした美しさと大胆な行動で、観る者を驚かせつつ、「でもこの子ならありえる」と思わせる品と幼さを体現していた。仁左衛門は、権助でぞくっとさせ、清玄では、桜姫の子を抱き、桜姫を探して彷徨い、涙を誘う。現代の感覚で冷静に考えたら、びっくりするような行動をする登場人物たちに、仁左衛門と玉三郎は血を通わせていた。そもそも冷静になる暇もない、濃密な舞台だった。愛憎渦巻くエキセントリックな因果の物語は、6月の「下の巻」へ続く。
東京・歌舞伎座『四月大歌舞伎』は、4月3日~千穐楽28日(水)までの上演。
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。
公演情報
■会場:歌舞伎座
木村富子 作
一、猿翁十種の内 小鍛冶(こかじ)
三條小鍛冶宗近:市川中車
巫女:中村壱太郎
弟子:市川笑三郎
弟子:市川笑也
弟子:市川猿弥
勅使橘道成:市川左團次
二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
富樫左衛門:松本幸四郎
亀井六郎:大谷友右衛門
片岡八郎:市川高麗蔵
駿河次郎:大谷廣太郎
常陸坊海尊:松本錦吾
源義経:中村雀右衛門
富樫左衛門:尾上松也
亀井六郎:大谷友右衛門
片岡八郎:市川高麗蔵
駿河次郎:大谷廣太郎
常陸坊海尊:松本錦吾
源義経:中村雀右衛門
【第二部】午後2時45分~
武智十次郎:尾上菊之助
初菊:中村梅枝
佐藤正清:坂東彌十郎
真柴久吉:中村扇雀
皐月:中村東蔵
操:中村魁春
二、団子売(だんごうり)
お臼:片岡孝太郎
【第三部】午後6時~ ※4/17より午後5時45分開演
桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)
上の巻
入間悪五郎:中村鴈治郎
粟津七郎:中村錦之助
奴軍助:中村福之助
吉田松若:片岡千之助
松井源吾:片岡松之助
局長浦:上村吉弥
役僧残月:中村歌六
白菊丸/桜姫:坂東玉三郎