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映画『ブータン 山の教室』で主人公はどんな幸せを模索するのかーーアカデミー賞受賞『ノマドランド』との共通点は「ドキュメンタリー性」

2021.5.1
インタビュー
映画

映画『ブータン 山の教室』 (C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

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2021年を代表する傑作のひとつ、と言いたい。第93回アカデミー賞国際長編映画賞でブータン代表に選ばれ、第16回大阪アジアン映画祭でも好評を博すなど、世界各国で絶賛を受ける映画『ブータン 山の教室』。4月3日(土)より全国の劇場にて公開中の同作は、「幸せの国」と呼ばれるブータンを舞台に、オーストラリアで音楽活動を夢見る若者・ウゲンが、秘境の村・ルナナで教師に着任する物語。ただ彼は覇気のない生活を送り、他人とコミュニケーションをとろうとせず、ヘッドフォンで音楽ばかり聴き、ルナナに着いても都会とは違う暮らしに文句を垂れるばかり。果たして彼は自分を変えることができるのか。今回はそんな同作について、メガホンをとったブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ監督に話を訊いた。

パオ・チョニン・ドルジ監督 (C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

――今作は2021年のアカデミー賞で国際長編映画賞ブータン代表に選出されましたね。そのアカデミー賞で作品賞に輝いたのが『ノマドランド』。あと『ミナリ』も候補に挙がっていました。どちらも自分のルーツ、居場所について考えさせられる話でしたが、そういったテーマはこの『ブータン 山の教室』にも通じるものがあります。

『ノマドランド』はすでに鑑賞しました。監督賞も受賞したクロエ・ジャオと自分を比べるのはおこがましいのですが、しかし『ノマドランド』と『ブータン 山の教室』はフィクションでありながら、ドキュメンタリー的な要素を持つ部分が似ていると感じました。両作ともに実話に基づいていますし、私やクロエ・ジャオなどのフィルムメイカーは、なるべくリアルに、なるべく人間的に物語を描きたいのだと思います。時には役者にも、自分自身の話をしてもらうことが大切だと考えています。

――主人公・ウゲンが1週間以上かけて赴任先の村・ルナナへ向かいますが、あの険しい山道移動も監督が実際に経験したことなんですよね。

そうです。私が旅をしているとき、映画と同じようにガイドが「あの場所まで行けば後は平らになるから」と言って、ずっと過酷な登り道を歩かされたんです。だけど、どんどん標高は高くなるんですよね。「どうして平らになると言ったんだ?」と尋ねたら、「そんなことを言ったら、あなたのやる気がなくなるでしょ」と。その経験をもとにあのシーンを撮りました。

映画『ブータン 山の教室』 (C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

――個人的嗜好ですけど、往路の山道移動のシーンが観ていてたまらないんですよね。私は世界中の「過酷な通学・通勤路」みたいな臨場感あふれるエクストリーム系動画が大好きなんですけど、それらを彷彿とさせました。あと、道中で滞在する場所の標高と人口の数字を表記する演出も良いですよね。監督はかなり地理が好きなんだなと。

私は写真も撮っているのですが、厳しい道、厳しい旅をたくさん経験しました。中国北西部の新疆ウイグル自治区、アフガニスタン、パキスタンにも行きました。自分自身、そういう旅が好きなので「この映画はルナナへ向かう道のりだけの話でも良いかな」と思ったほど。ただ、せっかくの映画なのにすべての理想をそこに使ってしまうのもどうかなって。いずれ『ルナナへの道』という移動だけの映画も作ってみたいです。

――そんなルナナで主人公・ウゲンが教職に就き、生活と仕事のなかで、幸せに対する価値観が変化していきます。ブータンは「幸せの国」と呼ばれていますが、そもそも誰もが幸せを実感できているわけではありませんよね。

ブータンの人にとっての幸せの概念は、もともと仏教的な考えに基づいています。満足する、受け入れるということであり、物質的なものではないんです。しかし一方で他の国に追いつこうと躍起になり、もっとモダンになりたい、都会化したいと願っているのも事実です。

――なるほど。

特に西洋的な文化はブータンにとって光のようなもの。つまり、ふたつの対立する考えが衝突している現象が起きています。そういった状況下で自分を見失っている人も多く、この映画ではそれがウゲンなんです。彼は現代のブータンの若者を代表する存在。ブータンに住んでいるけど幸せではなく鬱になったり、何を求めているか分からなくなったりしている人も多くいます。だからこそこの映画で、ブータンのもともとの幸せについて伝えたかったんです。

映画『ブータン 山の教室』 (C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

――ウゲンが、ルナナへ行く前に防水・透湿性の高いゴアテックス製のブーツを買う場面があります。店員は「レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピットもこのブーツを使っている」と勧めてきますね。まさに西洋のカルチャーへの憧れを表す内容です。

ブータンに限らず東アジアの国々の多くは、自国の文化を古臭いと思いがちなので、ディカプリオ、ブラッド・ピットなどスターへの憧れはありますよね。でも私の経験からいうと、どの国でもそれぞれの国の文化には美しさと知恵がある。グローバリゼーションと言いながら、それだけを目指しているとどの国も似てきてしまいます。

――ウゲンもそのことに少しずつ気づいていきます。

私自身、世俗的なものではなく、自分の国の文化の豊かさに重きを置いています。ブータンという国の出身であることに誇りに感じています。この映画ではあらためて自国の文化を大切にする重要さをメッセージにしました。ぜひその点に注目して、ご覧いただきたいです。

映画『ブータン 山の教室』 (C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

取材・文=田辺ユウキ

上映情報

『ブータン 山の教室』
監督・脚本 : パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、
ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム 他

2019年/ブータン/ゾンカ語、英語/110分/シネスコ
英題:Lunana A YAK IN THE CLASSROOM
日本語字幕:横井和子 字幕監修:西田文信
後援:在東京ブータン王国名誉総領事館 協力:日本ブータン友好協会
配給:ドマ