『義賢最期』に挑む松本幸四郎、コロナ禍の歌舞伎興行は「まだまだこれから」~『八月花形歌舞伎』取材会レポート

2021.7.6
レポート
舞台

2021年8月、歌舞伎座『八月花形歌舞伎』に出演する松本幸四郎。

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松本幸四郎が、歌舞伎座『八月花形歌舞伎』の第三部で、『義賢最期』に出演する。2021年8月3日(火)より歌舞伎座で上演される。開幕に先駆けて、幸四郎が取材会に出席した。歌舞伎座は、2020年にコロナ禍の影響による5か月間の休場を経て、2020年8月に興行を再開した。取材会で幸四郎は、『義賢最期』への意気込みとともに、現在の状況下での歌舞伎興行について思いを語った。

■初役で挑む『義賢最期』

『義賢最期』は、『源平布引滝』全五段のうち、二段目にあたる物語だ。幸四郎は、初役で木曽先生義賢を勤める。

「『義賢最期』は、2020年4月、幸四郎襲名の披露演目として、香川県琴平町の金丸座でやらせていただく予定でした。披露演目で初役は珍しいことですが、『籠釣瓶花街酔醒』に『廓文章 吉田屋』、そして『義賢最期』と。やらせていただけるありがたさと同時に、自分の勇気にあきれるところもあります(笑)。金丸座の披露興行が中止となったことは、大変残念に思っています。今回、歌舞伎座でやらせていただくこととなり、いつも以上に色々な思いはありますが、再びご縁をいただけたことを嬉しく思います」

役は、片岡仁左衛門に習っている。

「義賢といえば、松嶋屋のおじさま(仁左衛門)の姿、立廻りの格好良さ。強烈に印象に残っています」

義賢は、死闘の末に力尽き、仏像のように直立のまま倒れる“仏倒し”となる。

「仏倒しのやり方を教えていただいた時は、感動しました。コツや技に、なるほど! と興奮しました。ですが、この役で意識するのは、義太夫狂言の力強さです」

義賢の扮装の松本幸四郎。「この拵えに、どれだけ負けない自分でいられるかですね」とも語っていた。 撮影:加藤孝

「音の使い方を徹底しなくては、成立しない演目です。どれだけ思いを、言葉にのせられるか。それによって台詞回しができるものです。思いより先に、台詞回しに気がいってしまっては、言葉に気持ちがのりません。同時に、いくら感情的台詞でも、音としてきれいでなくてはいけません。それが歌舞伎の演技術だと、松嶋屋のおじさまは言われます。どの音が高く、どの音が低いか。強い音、細い音、大きい音、小さい音……と、細かく教えてくださいます。教えていただいた上で、おじさまのお芝居を拝見したのですが、演技の計算がみえてくることは、全くありませんでした。すごい技です」

美しさは、音だけに求められるものではないようだ。別の役を習った時、仁左衛門が「悪い人の役であっても、お客様に嫌いと思われてはいけない」と言っていたと、幸四郎は明かす。

「悪い人だけれど、危険でどこか格好良いと思われるように。美しさは、歌舞伎のひとつのキーワードだと思っています。血だらけになっても、そこに必ず美しさがあるように。義賢も、"滅びゆく美"として、勤めたいです」

■『八月花形歌舞伎』では、染五郎と團子の『三社祭』も

『八月花形歌舞伎』第三部では、『義賢最期』の他に、中村歌昇、中村隼人、坂東新悟が出演する『伊達競曲輪鞘當(だてくらべくるわのさやあて)』、そして幸四郎の長男・市川染五郎、市川中車の長男・市川團子による、『三社祭』も上演される。

「歌舞伎座で『三社祭』をやらせていただく、最年少じゃないでしょうか。昨日も、汗をかいて稽古していました。染五郎がお扇子を破くわ、團子ちゃんが股引を破くわしていましたね(笑)。このようなチャンスをいただいたのですから、身体を痛めつけて稽古して、今後上演回数を重ねていく、その最初の1回になるよう、勤めてほしいです」

「できることなら代わってやりたい。私がやりたいくらい!」と幸四郎。

夏休み期間中とあり、『義賢最期』には、染五郎と團子よりもさらに若い世代も出演する。中村梅枝の長男・小川大晴と、中村歌昇の長男・小川綜真だ。ふたりはWキャストで、太郎吉を勤める。ふたりを見て、自分自身の子どもの頃を思い出すことがあるのでは、と問われると、幸四郎は「それは……ないですね」と答え、「ちょっと違うから」と説明した。

「子どもの頃、僕は成駒屋のおじさま(六代目歌右衛門)に、"変わった子だねえ"と言われた記憶があります。おじさまの舞台稽古中に、それを客席の一番後ろの方から見ようとしたのか、僕は、本舞台から花道を通って客席へ向かったんです。でも『通ってはいけない』と言われ、驚いたんですよね。(歌舞伎の約束事で)黒子の頭巾をちゃんと下ろしているのに……黒は見えないはずなのに! って(一同笑)。そんな子ども時代の自分に比べれば、今は、すごく正しいお子様ばかりです!」

■歌舞伎座の再開から、まもなく1年

コロナ禍の影響で、2020年3月から5か月間、歌舞伎の公演は中止された。

「その時に考えたのは、役者だけでなく、歌舞伎に関わるすべての方々の、手を休めてはいけないということでした。人の体は、2週間寝たきりになると歩くことさえ難しくなりますよね。手を動かさなければ、失われてしまう技術があると思うんです」

そんな危機感から幸四郎は、オンライン配信による映像の歌舞伎『図夢歌舞伎(ずぅむかぶき)』を、立ち上げた。

「人を集めることなく多くの人で創り、人を集めることなく多くの人に観てもらう。そんな歌舞伎ができないか……という思いから、『図夢歌舞伎』に行きつきました。従来の歌舞伎とは異なり、どこでも好きなところから、好きな時間に、好きなところまで観られる歌舞伎です。これからも生で見る歌舞伎とは別のものとして、存在し続けるものだと思っています」

『図夢歌舞伎』は、2020年6月に第一弾『忠臣蔵』がリリースされ、第一回から第五回まで配信した。幸四郎は構成・演出・出演を勤めた。

そして同年8月、歌舞伎座が『八月花形歌舞伎』で興行を再開した。幸四郎は、第四部『与話情浮名横櫛』に出演。ソーシャルディスタンスを意識した、演出の変更などが話題となった。

「劇場の再開には、今も賛否あると思います。それでも、興行を再開すると決めていただいたことで、我々役者は、お芝居ができます。ありがたいことです。待っていたと、言ってくださるお客様がいたことも、ありがたかったです。コロナ禍でなくとも、舞台に立てることは、本当にありがたいこと。明日は舞台がないかもしれない、という一日一日の連続ですから、千穐楽を一座全員で迎えられることへの思いは、いつも以上に強いです」

10月には、国立劇場が再開した。幸四郎は、新作歌舞伎『幸希芝居遊(さちねがうしばいごっこ)』を上演した。歌舞伎の人気キャラクターや名場面が詰め込まれた、遊び心溢れる作品だった。

2020年12月には『図夢歌舞伎』の第二弾『弥次喜多』が、市川猿之助の演出で制作された。幸四郎は主人公の弥次さんを勤めた。

「(九代目澤村)宗十郎のおじさまが上演した『跳後夢吹寄(はねてのちゆめのふきよせ)』をヒントにしました。上演時間に制限がある中で、色々演じることができ、色々見ていただけるお芝居はどうでしょうかと提案したところ、『新作ですか?』と言われました。まあ、そういうことになるのでしょうか……と(笑)。歌舞伎にはたくさんの引き出しがあります。それを生かしたいと思いました」

■白鸚、吉右衛門と「約束したこと」

悔しさを吐露したのは、『四月大歌舞伎』についてのことだった。父の松本白鸚と幸四郎のダブルキャストで、『勧進帳』弁慶が話題となった興行だ。3度目の緊急事態宣言が発令され、白鸚、幸四郎とも、自身の千穐楽を目前にしながら、4月の興行が打ち切られた。

「中止となるその日に、中止と聞きました。泣きましたね。この状況下では、言ってはいけないことかもしれませんが、正直、悔しかったです」

白鸚は、1か月の興行では史上最年長となる78歳での弁慶を勤めていた。

「父は、弁慶を1000回以上勤めてきましたし、僕は何百回とみてきました。しかし、今、弁慶をやると決断した父の思いを考えると、やはり悔しかったです。予定されていた全公演をやってほしかったです」

一瞬目線を落とした幸四郎だが、すぐに明るい顔を見せた。

「父には、次はダブルキャストではなく1か月やってください、とお願いしました。それは約束しましたので!」

病気療養中のおじ、中村吉右衛門の復帰を待つ声には、次のように答えた。

「おじの吉右衛門は、かねてより『80歳で弁慶を』と言っております。これも約束したことですから!」

幸四郎の頼もしいコメントが、場の空気を温めていた。

■半歩でも前へ、常に前進を

歌舞伎座は、公演日程の短縮こそあったものの、12か月連続で、毎月の興行を行ってきた。1年を振り返るコメントを求められると、「たしかに再開から1年ですが、『まだまだ』というのが実感」と幸四郎は切り出した。

「過去の話ではありませんので、まだ振り返る段階ではないように思います。今でも、上演時間や演目の選び方や、限られているところがあります。距離をとるために、古典の演出を変更することもありますし、大向うも再開されていません。何かやり方があるのでは……と思ったり。それでも1年、歌舞伎の興行を開け続けてこられたことが、次のステップになればと思います」

“次のステップ”に、幸四郎は、どんな挑戦を思い描くのだろうか。

「古典の演目に手を入れることも、挑戦と言えます。以前は、昼夜二部制で、一度に3、4演目を観ていただくことができました。現在は、半分程度の公演時間です。では、上演時間が限られるからといって、もともと短いお芝居しかできないのか。そうではありません。上演に一日かかる通し狂言を、2時間にしてみたり。単なるダイジェストではなく、発想の自由さで、2時間のものを1時間にしてみたり。凝縮されることで、伝わりやすくなる演目もあるように思います。古典には、そのような積み重ねで、『よくぞこの一幕だけで成立させた!』という演目がいくつもありますから。演目、そして公演形態を見直すなど。維持ではなく、半歩でも前に。常に前進していくことを、考えたいです」

歌舞伎座『八月花形歌舞伎』は、2021年8月3日(火)~28日(土)の上演。

コロナ後の変化を問われ、「山口(俊投手。読売巨人軍)が戻ってきました」と、真顔で話しはじめる一幕も。

取材・文・撮影=塚田史香

公演情報

『八月花形歌舞伎』
■日程:2021年8月3日(火)~28日(土)【休演】10日(火)、19日(木) 
■会場:歌舞伎座
 
■第一部 午前11時~
 
河竹黙阿弥 作
奈河彰輔 補綴
石川耕士 補綴・演出
市川猿翁 補綴・演出
市川猿之助 演出

三代猿之助四十八撰の内
加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)
岩藤怪異篇
市川猿之助六役早替り相勤め申し候
 
多賀大領
御台梅の方
奴伊達平
望月弾正 市川猿之助(六役)
安田隼人
岩藤の霊
 
鳥居又助 坂東巳之助
安田帯刀 市川男女蔵 
蟹江一角 中村亀鶴
花園姫 市川男寅
蟹江主税 中村鷹之資
局浦風 市川笑三郎
お柳の方 市川笑也
花房求女 市川門之助
二代目中老尾上 中村雀右衛門
 
■第二部 午後2時30分~
 
三遊亭円朝 口演より
一、真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)
豊志賀の死
 
豊志賀 中村七之助
お久 中村児太郎
新吉 中村鶴松
噺家さん蝶 中村勘九郎
伯父勘蔵 中村扇雀
 
北條秀司 作・演出
二、仇ゆめ(あだゆめ)
 
狸 中村勘九郎
深雪太夫 中村七之助
舞の師匠 中村虎之介
揚屋の亭主 中村扇雀
 
■第三部 午後6時~
 
源平布引滝
一、義賢最期(よしかたさいご)
 
木曽先生義賢 松本幸四郎
九郎助娘小万 中村梅枝
下部折平実は多田蔵人 中村隼人
待宵姫 中村米吉
太郎吉 小川大晴(奇数日)、小川綜真(偶数日)
進野次郎 大谷廣太郎
九郎助 松本錦吾
矢走兵内 片岡亀蔵
葵御前 市川高麗蔵
 
  伊達競曲輪鞘當(だてくらべくるわのさやあて)
二、三社祭(さんじゃまつり)
 
〈鞘當〉
不破伴左衛門 中村歌昇
名古屋山三 中村隼人
茶屋女房お新 坂東新悟
 
〈三社祭〉
悪玉 市川染五郎
善玉 市川團子
 
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