『ららら♪クラシックコンサート』の魅力、再認識~Vol.11レポート“一期一会のカルテット、響き合う達人たちの個性”とVol.12への期待
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NHK<Eテレ>の音楽番組「ららら♪クラシック」(2012年4月~2021年3月)から誕生した『ららら♪クラシックコンサート』。クラシック音楽初心者にその魅力を多彩な切り口でわかりやすく紹介することをコンセプトに、時代や楽器、作曲家など毎回異なるテーマ(特集)で、大御所から若手のホープまで、多様なゲストを迎えての趣向を凝らしたプログラムが届けられる。豪華出演者たちのその日限りの特別なステージ、加えて、高橋克典がMCを務めるトークも、このイベントならではのお楽しみだ。2018年にスタートし、コロナ禍の影響による延期や中止をも乗り越え、これまで11回の公演を実現させてきた。
次回、『ららら♪クラシックコンサートVol.12』は、2021年12月1日(水)、サントリーホール 大ホールで開催される「祝祭音楽の展覧会 読響×パイプオルガン ー王道曲による至高の饗宴ー」だ。文字通り、オーケストラとオルガンによる祝祭音楽特集、指揮に若手再注目株の川瀬賢太郎、パイプオルガン奏者に冨田一樹を迎え、ホリデームードを盛り上げる「ハレルヤ」(ヘンデル オラトリオ 《メサイア》 より)や「威風堂々」(オルガン付き/エルガー)など、耳馴染みのある名曲ばかりを生演奏で堪能できる。年末に向けて、早くも期待に胸が膨らむばかりだ。
さて、『ららら♪クラシックコンサート』とは実際にどのような演奏会なのか? その魅力を具体的にイメージしていただくためにも、ここでは、去る8月31日(火)に開催された、『ららら♪クラシックコンサートVol.11』の模様を改めて、以下に綴らせていただく。
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その日、緊急事態宣言下、「土壇場での中止」も半ば覚悟しつつ、雨模様のサントリーホールに赴いた。同じような思いをもって訪れた人もいたのだろう。客席には、無事開催されることへの安堵感が広がっているように思われた。
この回(Vo.11)のテーマは「ソリストたちのカルテット」だった。コンサートの出演者紹介で、司会の高橋克典が「この顔ぶれ!」と感極まったように語ったが、眼目はまさに「この顔ぶれ」にある。ソロ・ヴァイオリニストとして名実ともに第一線を走り続ける千住真理子、神奈川フィルのソロ・コンサートマスターにして、アンサンブル「石田組」代表であり、ソリストとしても破竹の快進撃を続ける石田泰尚、日仏で研鑽を積んだ実力者で、N響、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーでもある飛澤浩人、来年デビュー35年を迎える日本を代表するチェリストの一人・長谷川陽子。そして、内外のコンクールで受賞を重ね、作・編曲や室内楽でも活躍するピアニストの佐藤卓史……。それぞれのジャンルでそれぞれの道を切り拓いてきた個性豊かな5人が一堂に会して、一夜限りのカルテットを奏でるという何とも贅沢な企画なのである。
開演5分前のチャイムが鳴り、客席の“温度”が徐々に上がる中、弦の4人がステージに現れた。鮮やかなエメラルドグリーンのドレスに身を包んだ長谷川が上手に陣取り、千住はファースト・ヴァイオリン席へ。明るい黄色系の花模様風のドレスでステージがぱっと華やぐ。そして圧巻はセカンド・ヴァイオリンの石田。彼らしい黒系の緩やかな上下だが、胸元から白いスカーフのような細い布がたなびく。地味派手とでもいうのだろうか。衣装からして個性が炸裂。夢の競演を体現しているようだ。。
短いチューニングを終え、第1曲目のモーツァルト「ディヴェルティメント K.136第1楽章」へ。純粋に耳を喜ばせるための「嬉遊曲」の中でも、最も有名な曲。軽やかに美しく、時に弾むようにささやくように演奏が突き進む。一つひとつの音がピアニシモに至るまでしっかり耳に届き、ハーモニーが心にしみる。主旋律が魅力的に響いていたかと思うと、セカンドやヴィオラが絶妙に絡み、チェロが支える。一つひとつ粒立った音に新鮮な驚きを感じていたら、あっという間に終了。いやが上にも、今後のプログラムへの期待が高まる。まさにコンサートの始まりにふさわしい選曲だった。
続いて司会の高橋と金子奈緒が登場。今回のコンサートが配信でも楽しめることなどを説明した後、カルテットのリーダー・千住へのインタビューとなった。来歴もタイプも異なる奏者ぞろいとあって、「果たしてこの4人がまとまって弾けるのか、というあたりを聴いていただければ」と、千住は冗談まじりのトークで会場を和ませる。そして本当は全楽章をお届けしたいところだが、今回は「一番有名な部分」を取り上げることもポイントになると続けた。
今回のコンサート、テーマは「カルテット」だが、演奏家一人ひとりにもスポットを当てていくという欲張りな企画でもある。そのトップを切って長谷川が登場。取り上げたのは、否応なく真っ向勝負を求められるであろうバッハの「無伴奏チェロ組曲 第1番 BMV 1007(プレリュード)」。この難曲を実にてらいなく、抜群の安定感で弾き切り、ベテランの底力を見せつけた。
再びカルテットに戻り、今度はベートーヴェンの「大フーガ(Op.133より抜粋)」。モーツァルトやバッハの心地よい調和から一転、心臓をわしづかみされるような力強いユニゾンで、表現主義的ともいえる深い世界に引きずり込んでいく。いきなり弦楽四重奏の真打登場といった趣で、各パートが火花を散らし、内なる叫びにも通じる激しい音をぶつけ合う。常に行動をともにしている弦楽四重奏団のそれとは違う、強烈な個性の持ち主同士だからこそ生まれる緊張感。まさに一期一会の真剣勝負を堪能できる曲目となった。
これに続くのが石田をフィーチャーしたピアソラの2曲。司会の2人がまず、佐藤卓史を招き入れ、ソロピアニストとして実績を重ねる彼が「伴奏家」「室内楽奏者」としての活動にも注力していることを紹介。続いて石田が登場し、今年生誕100年を迎えたピアソラの魅力について「いろんな要素が含まれていること」などと語った。演奏はプログラム記載の順番とは違い、「アヴェ・マリア」(ヴァイオリン版)から。ささやくような小さい音で美しい旋律が奏でられ始め、やがて胸をかきむしられるようなクレッシェンドへ。石田の強面イメージとは逆をいく優しさで客席をノックアウトした上で、二曲目の十八番「リベルタンゴ」へ。ピアノ演奏に最初は合いの手風に音を加え、おなじみの名旋律で客席を引き込む。石田の疾走に載せられるようにしてピアノも華麗に踊り、一挙にクライマックス。佐藤によると音合わせは2回だけで、演奏について特に注文はなかったという。恐るべし。
前半の最後は、その佐藤も加わったシューマンの「ピアノ五重奏曲 Op.44 第1楽章」。ピアノが加わったことで弦楽四重奏とはまたひと味違う、重層的な音のハーモニーが楽しめる。このメンバーが集い、カルテットとソロ(ピアノ伴奏付き含む)を聴けるだけでも凄いのに、加えてピアノ五重奏とは。しかもシューマンの室内楽曲の中でも豊かな楽想とコクで知られる人気曲である。はつらつとした喜びに満ちた音楽をヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノがそれぞれに引き立てあいながら奏でていく。支える側に回ることの多いヴィオラ、チェロも主役を担う場面が用意されていて、初演を作曲家の妻・クララが担当したこともあるのだろう、全体をピアノがまとめ上げていく。バランスの取れた美しさを堪能できたという点で、個性豊かなこのアンサンブルの別の魅力を引き出していたように思う。
後半はチャイコフスキーの「弦楽四重奏曲第1番 Op.11 第2楽章」から。「アンダンテ・カンタービレ」の愛称で知られる人気曲である。「歩く速さで、歌うように」というタイトルが示す通り、穏やかで落ち着いた曲想の中に、ロシアの香りと哀愁が漂う。休憩前の室内楽曲がそろって第1楽章だったのに対し、ここに第2楽章をもってきたことで気分が変わる効果も出た。「クラシック音楽の魅力を多彩な切り口で、初心者にわかりやすく伝える」という「ららら♪クラシック」のコンセプトにもふさわしい。付け加えれば、演奏者の衣装も後半でガラリと変わった。千住は赤基調に黒柄のドレス、石田のセットアップはそれに呼応するかのように黒地に赤、緑をちらし、飛澤は金色のシャツ、そして長谷川は大人のかわいらしさが漂うピンク系のドレス。目をも楽しませるサービス精神がうれしい。
ここから再びソロ・コーナー。飛澤による短いヴィオラ講座を挟んで、千住が「24のカプリース Op.1 第24曲」を披露した。パガニーニの中でも、超絶技巧を象徴する有名曲である。高速アルペッジョ、高音と低音の交互演奏、左手のピッツィカートを始めとする曲芸のような技が次々に繰り出され、多彩な変奏が展開していく。千住は高い集中力で、誰にも触れ得ないような絶対的な音世界を構築し、客席を圧倒した。
飛澤によるヴュータンの「無伴奏ヴィオラのためのカプリッチョ」がこれに続く。ヴュータンはパガニーニ同様、超絶技巧で知られた演奏家・作曲家で、「カプリッチョ」はイタリア語で「奇想曲、狂想曲」の意。「カプリース」は同義のフランス語だから、千住と飛澤の選曲は「対」をなすものといっていいだろう。どこまでもきらびやかなヴァイオリンに対し、ヴィオラの深い音は胸を揺さぶる悲しみと包み込むような優しさをたたえる。楽器の特性、演奏者の個性が浮かび上がる、粋なプログラム構成である。
本日最後のカルテット、ショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲 第8番 Op.110 第2楽章」を前に千住と石田が登場、ソリストとコンサート・マスターとしての出会いやお互いの印象を語った。「最初はこわいなあと思ったけれど、さわやかで優しい人」といった千住の石田評に笑いが起こり、「今回カルテットができてすごくうれしい」という石田の言葉に客席がうなずく。そしてそのまま演奏へ。生への不安、恐怖をぶつけたかのような音をこれでもかと重ね、繰り返されるたびに色彩を変え、厚みを増していく。格闘技ではないかと思うほどの真剣勝負。次にどんなハーモニーが生まれるのか、今生まれる音に立ち会っているうちに、違う地平に到達していたとでもいうような興奮。まさに全部を聴きたくなる名演奏だった。
そしてプログラム最後は、井上陽水ほかの「少年時代」ピアノ五重奏曲版(松岡あさひ編)。ここからファースト・ヴァイオリンが石田に替わるという趣向だ。ピアノ独奏から始まり、弦が重なっていく。石田の奏でる宝石のような主旋律が、セカンド・ヴァイオリンに回った千住の、温かみのある大人の音と響き合って別次元の美しさを現出させた。まさか千住のセカンドを聴くとは思っていなかったが、これは予想外の面白さである。この興奮はアンコールのクィーンの名曲、フレディ・マーキュリー作曲「ボーン・トゥ・ラブ・ユー」(同)で最高潮に達した。一流が一流と出会った時、足し算ではなく掛け算、いや予想を超える相乗効果が生まれる。その瞬間に立ち会えた幸福をかみしめた。
前述通り、次回は「祝祭音楽の展覧会 読響×パイプオルガン ー王道曲による至高の饗宴ー」。バッハ、ヘンデルから『スター・ウォーズ』まで、という懐の深さが「ららら♪」ならでは。再びの新たな発見、大いに期待したい。
取材・文=刑部圭