びわ湖ホール「オペラへの招待」でプッチーニの隠れた名作『つばめ』を上演~指揮者 園田隆一郎に聞いた
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指揮者 園田隆一郎 (c)Fabio Parenzan
「オペラをこれから見てみたい」という方におすすめの入門編となるオペラを提案している、びわ湖ホールの「オペラへの招待」シリーズ。10月の「オペラへの招待」では、プッチーニのオペラの中でも上演機会は少ないが、知る人ぞ知る、通受けするオペラ『つばめ』を取り上げる。
指揮は園田隆一郎、演奏は大阪交響楽団。イタリアオペラ、とりわけロッシーニのオペラを得意とする園田は、このプッチーニの隠れた名作オペラの魅力をどのように分析しているのか。音楽稽古を終えたばかりの園田に、あんなコトやこんなコトを聞いた。
「オペラへの招待」モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』オーケストラ合わせの模様。オーケストラは大阪交響楽団(2018.びわ湖ホール)
―― びわ湖ホールの「オペラへの招待」シリーズは、かなりの頻度で園田さんが指揮されているイメージがあるのですが。
園田 初めてびわ湖ホールで仕事をさせて頂いたのが、2009年のオペラ『魔笛〜まほうのふえ』でした。芸術監督の沼尻竜典さんから、青少年向けに『魔笛』の日本語上演をやってくれないかと声をかけて頂きました。2011年以降は「オペラへの招待」シリーズのオペラを、随分振らせて頂きました。モーツァルトの『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』、マスネ『ドン・キホーテ』、ドニゼッティ『連隊の娘』や、クルト・ワイル『三文オペラ』、サリヴァンの『ミカド』といった珍しいものまで勉強させていただき、まだデビューして間もない若い頃から、びわ湖ホールに育ててもらったと思っています。
「オペラへの招待」モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』(2018.09 びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
「オペラへの招待」サリヴァン作曲コミック・オペラ『ミカド』(2017.8 びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― 「オペラへの招待」シリーズは、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーを中心としたオペラです。若き音楽家たちが入団して卒業していく歴史を、ずっと見て来られたのですね。
園田 初めて指揮をさせていただいた2009年当時は、テノールの二塚直紀君をはじめ、同世代の人が数人、あとは全員先輩でしたが、いつの間にか自分より一回り下の人達が主役をやるようになって来ていて、長きに渡って関わらせていただいているんだなぁと、感慨深いものがありますね。
びわ湖ホール声楽アンサンブルソロ登録メンバーと。 山本康寛、指揮者 園田隆一郎、竹内直紀、二塚直紀(左より)「スタンウェイ”ピノ”シリーズ」より(2019年びわ湖ホール小ホール)
―― その間も、ずっとイタリアにお住まいで、仕事が入ると日本に帰って来る生活だったと聞いています。イタリアオペラがやりたくてイタリアに留学されたのでしょうか。
園田 そうです。イタリアに長く住んでイタリア語を話せるようになって来ると、イタリア語そのものが音楽だと気付きます。楽譜に書かれていることを話すように表現出来てこそオペラ。イタリアの作曲家の作品はもちろん、モーツァルトの作品にもイタリア語のオペラは沢山あります。モーツァルトはスタイルや様式感のようなものがあるので『魔笛』はドイツ語ですが、違和感なくやれます。私自身すっかりイタリアオペラのイメージが定着しているのか、ドイツオペラのオファーは、なかなか来ないですね(笑)。
「イタリア語そのものが音楽です。」 (C)H.isojima
―― 一方で、園田さんは管弦楽曲の指揮者としてもご活躍です。少し前、関西フィルを指揮されたシューマンの交響曲第1番「春」は、本当に素晴らしかったです。
園田 ありがとうございます。私が以前から尊敬する指揮者にクラウディオ・アバドとリッカルド・ムーティがいます。共にイタリア人ですが、アバドは既に亡くなっています。世界的な歌劇場で指揮する機会も多い(多かった)お二人ですが、イタリアオペラを大切にされていました。しかし、管弦楽曲では、ブラームスやベートーヴェン、モーツァルトといったドイツ・オーストリアの音楽を中心に、幅広く取り上げられています。彼らのように、オペラと管弦楽曲の両立が出来れば良いですね。
「尊敬するアバドやムーティのように、オペラと管弦楽曲の両方が出来ると良いのですが。」 (c)Fabio Parenzan
―― 一口にイタリアオペラと言ってもロッシーニ(1792〜1868)、ヴェルディ(1813〜1901)、プッチーニ(1858〜1924)と、全く違う音楽に聴こえます。どのように音楽は変遷してきたのでしょうか。素人でもわかるように教えていただけると有難いです(笑)。
園田 これは難しい質問ですね。ロッシーニからヴェルディ初期までは、ナンバーオペラの時代でした。楽曲という意味のナンバーですね。序曲が有って、1曲目に誰々のアリアがあり、レチタティーヴォで繋がって、2曲目誰々と誰々の二重唱といった具合です。もちろん、モーツァルト(1756〜1791)のオペラもそうですし、それが伝統だったのですが、ドラマを遮ることになるので、ヴェルディは途中からスタイルを変えてきました。1幕が40分だとすれば、それ全体が一つの音楽という捉え方です。この流れがプッチーニにも伝わっている。
例えば、ロッシーニのオペラでよく使われている技法でコロラトゥーラがあります。細かい音符の連続やトリルなどの装飾音型を用い、軽快で華やかに動く技巧的旋律の事ですが、プッチーニでは全く使いません。勿論プッチーニはロッシーニやヴェルディの音楽を知っていて、彼らとは違う自分の音楽を書こうとしたわけです。歌手も同じで、ロッシーニの技術や様式感を持っている人が、プッチーニをやるべきだと思っています。ロッシーニを知らずに、プッチーニを歌う歌手も出て来ていますが、私はそれには否定的です。例えば高い音を出すときに、パンと真っ直ぐ出すだけでなく、弱い音から丁寧に広げてクレッシェンドしていくといった技術、そういった音の膨らませ方や、フレーズの作り方を知っている人がプッチーニを歌うと、より感動的になると思うのです。
イタリア トリエステのヴェルディ歌劇場にて(2015年)
イタリア トリエステのヴェルディ歌劇場 ドニゼッティ作曲『愛の妙薬』を指揮(2015年)
ローマ歌劇場でジェルメッティのアシスタント時代。プッチーニ『西部の娘』ソプラノ ダニエラ・デッシと。
―― やはり、園田さんと言えばイタリアオペラの中でも、とりわけロッシーニのイメージが強いですね。ロッシーニ・アカデミーでアルベルト・ゼッダに師事された時のハナシは、『泥棒かささぎ』の取材の時に色々と伺いましたが、イタリアに渡って最初に師事されたのは、日本でもロッシーニ音楽の権威として有名な、ジャンルイジ・ジェルメッティだったそうですね。
園田 そうです。イタリアに渡って最初に教わったジェルメッティ先生は、ロッシーニの権威でしたがプッチーニも沢山やられていました。『トスカ』『ラ・ボエーム』と並んで好んで取り上げられていたのが演奏機会の少ない『つばめ』でした。ローマ歌劇場の監督をされている時には、シーズンのオープニング・プログラムとしても取り上げられたほど。私が先生に就いてすぐの2003年、日本フィルで『つばめ』の演奏会形式をやるからという事で、アシスタントして先生と一緒に日本に戻って、コレペティートルをやったり、色々な事を教わりました。そういう意味でも『つばめ』には大変思い入れはありましたが、まあ自分で指揮する事は無いだろうなと思っていたところ、今回、このような機会を得て本当に幸せです。
園田隆一郎の師、ジャンルイジ・ジェルメッティ
シエナ キジアーナ音楽院指揮コース 師ジャンルイジ・ジェルメッティと一緒の記念写真。
―― そのジェルメッティが、今年8月に亡くなったとネットで大きく取り上げられていました。
園田 そうなんです。イタリアから連絡が入って、先生の調子が良くないんだと友達と話していたのですが、その翌日に亡くなられたと連絡がありました。コロナのこのような時期なので、お葬式に行く訳にもいかずで…。このタイミングで『つばめ』を指揮している事が、偶然にしても凄い巡り合わせを感じます。先生に教わったことは全て私のスコアに書いています。一つ一つをしっかり噛み締めながら、見事に務めたいですね。
「オペラへの招待」サリヴァン作曲 コミック・オペラ『ミカド』(2017.8 びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― 演出家の伊香修吾さんとは、演出プランなどは話されていますか。
園田 今年、日生劇場の『ラ・ボエーム』でご一緒していましたし、その公演を持って全国を廻るので、色々と話す機会は多いです。『つばめ』に関して具体的なハナシはこれからですが、どの版を選ぶかを最初に話し合った時に、初演版で行こうというのは、共通の認識でしたね。第三版も興味深いのですが、主役のマグダが一番輝き、凛とした誇り高き女性として見せることが出来るのは初演版だと思います。私の印象ですが、伊香さんはとても真面目な方で、その場の勢いで演出する方ではありません。楽譜と台本に忠実で、全てに意味合いを持たせた、嘘が無い演出をされます。そして、無駄なものが嫌いな方なので、演技の癖を極力排除される。びわ湖ホール声楽アンサンブルのような若い音楽家には、演技の基礎をキチンと勉強できるので、理想的だと思います。
演出家 伊香修吾
―― それでは、オペラ『つばめ』の見どころを教えてください。
園田 『トスカ』や『蝶々夫人』は、はっきりとした色が有ってわかりやすい。それに比べて『つばめ』はパステルカラー。でも、そこが私は好きなんです。プッチーニのオペラでも、『ラ・ボエーム』、『蝶々夫人』、『トスカ』に比べて演奏機会が少ないのは、内面的なドラマで、判りやすく無いところかもしれません。誰も死なないし、ラストの別れのシーンも、劇的なものではなく、静かな別れ。『トスカ』なんて、刺されて撃たれて、飛び降りて(笑)。それとは全く反対の、静かに終わる魅力を味わって欲しいですね。音楽も、第三幕まで全ての幕が、照明を絞って消えて行くように静かに終わる。プッチーニが、この時代、繊細な音楽を書きたかったのだと思います。なので、その辺りは大事にしたいですね。
「『つばめ』を色に例えるとパステルカラー。そこが魅力です。」 (c)Fabio Parenzan
―― 主役のマグダは、この時代の女性としてはあまり描かれない形だと思うのですが、自分で生き方を選んでいますね。
園田 仰る通りです。このオペラは、プリマドンナオペラ。マグダのオペラです。自分自身で選んだ、何不自由のない愛人生活を捨てて、純真な青年ルッジェーロと意気投合し、この恋に生きて行く事を決意したマグダを偶然見かけたパトロンが、一緒に帰ろうと言うのを、新しい恋を見つけたので帰らないとキッパリと言うマグダ。修羅場になると思いきや、「後悔しないように」と大人な対応をするパトロンとのやり取りの音楽は、全編通していちばんドラマチックで魅力的な音楽です。マグダの強い意志を感じる第二幕です。
第三幕では、マグダとルッジェーロは幸せに暮らしています。普通の結婚生活を望むルッジェーロは、母親に結婚を許可して欲しいと手紙を書きますが、送られて来た承諾の手紙をマグダは読んで、これ以上自分の身の上を偽り、清らかな乙女を装う事は出来ない。真実を話して別れよう。ここでもう一度、マグダ自身が全てを投げうって掴んだ愛の巣から再び飛び立つ決断をするのです。バックの激しい音楽も、最後は静かに終わります。
「『つばめ』はプリマドンナオペラです。」 (C)H.isojima
―― 『つばめ』と云うタイトルは、第一幕で、詩人のリゼットがマグダの手相を見て「つばめのように海を渡って行くが、再び元の巣に戻って来るだろう」と予言するところから付いたタイトルですね。
園田 そうだと思います。ただ、マグダがルッジェーロと別れて、元のパトロンであるランバルドとの暮らしに戻るのか、パリの社交界に戻るという意味なのかは書かれていないのでわかりません。
―― パリの高級サロン、パトロンと愛人、グリゼット(お針子)、と言えば、『椿姫』や『ラ・ボエーム』を思い出します。
園田 19世紀のパリの裏社会に生きる貧しい女性たちが、パリの社交界に出入りするほどに成功する道と言いますか、方程式ですね。このオペラが素敵なのは、魅力的な登場人物たちによるところも大きいと思います。マグダのパトロン銀行家のランバルドもマグダの3人の友達もそうですし、マグダの小間使いリゼットとサロンに出入りしている詩人プルニエなど、みんな、愛すべきキャラクターとして描かれています。
特にプルニエとリゼットは、サロンの客である詩人と、サロンの小間使いという関係ですが、対等に言いたい事を言い合い、どこでもケンカを始めるカップルで、イタリアンコメディの流れを汲んだ役として描かれています。私が、全てのオペラの中で、いちばん好きなカップルかもしれません(笑)。『ラ・ボエーム』のロドルフォとミミに対する、マルチェロとムゼッタ的なカップルとも言えますし、マグダの3人の女友達イヴェット、ビアンカ、スージィは、『トゥーランドット』のピン・ポン・パンの3大臣的な役割です。
彼らをイキイキ見せることが出来るかどうかで、このオペラは大きく印象を変えます。主役は何を考えているのかを表現するのは簡単ですが、脇役の皆さんが、例えばサロンで言う皮肉や嘘、思ってもいない言葉などは、よほど丁寧にやらないと、お客様にはなかなか伝わらない。この辺りはしっかり作り込んでいきたいと思っています。
マグダの3人の女友達イヴェット、ビアンカ、スージィに向けた音楽稽古 (C)H.isojima
指揮者 園田隆一郎の、粘り強く熱意溢れる指導は続く (C)H.isojima
―― 先ほど、園田さんは『つばめ』をプリマドンナオペラと仰いましたが、主役のマグダ役のお二人については、どんな印象をお持ちでしょうか。
園田 世界で活躍されている中村恵理さんの事は、皆さま良くご存知だと思います。圧倒的な声量と卓越したテクニックは本当に素晴らしいですし、彼女はプッチーニより前の時代のモノも得意とされていて、音作りがとても丁寧です。
ソプラノ 中村恵理
ソプラノ 中村恵理 (近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019) 写真提供:びわ湖ホール
園田 一方、びわ湖ホール声楽アンサンブルの山田知加さんは、日本人離れした立派な声をお持ちです。主役で歌われるのは初めてという事で、完璧な準備で臨まれています。彼女とは、繊細な表現を目指そうと話しています。お二人とも、素晴らしいマグダを演じられると思います。どうぞご期待ください。
ソプラノ 山田千加 写真提供:びわ湖ホール
ソプラノ山田知加(中央青いドレス)オペラへの招待「こうもり」(2020.1びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― 取材に立ち会って頂いていた、びわ湖ホール広報の井上さん、最後に何かありますか。
びわ湖ホール広報 井上美佳子 今回、オペラ『つばめ』に合わせて、ツバメノートにオペラ『つばめ』のチラシデザインをプリントしました。このツバメノートと特製クリアファイルをセットで販売します。
「私達もお勧めします!」ルッジェーロ 谷口耕平、マグダ 山田知加 写真提供:びわ湖ホール
ツバメノート(300円)とクリアファイル(250円)、セットでお得な500円。 写真提供:びわ湖ホール
―― おお、これこそ「ツバメノート」ですね。「ツバメノート」は学生時代から愛用しています。金箔の記号みたいのが高級感を醸し出していて好きなんです。見事にオペラ『つばめ』とのコラボレーションの成功じゃないですか。せっかくなので、後で園田さんにチラシと一緒に持って頂きましょう。園田さん、ツバメノートはご存知ですか?
園田 いや、知りませんでした。大学ノートはよく使っていましたので、ツバメノートとは知らずに使っていたのだと思います。これ、可愛いので、ぜひ使わせて頂きます。
―― では、最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。
園田 『つばめ』は、なかなか上演されない名作オペラで、関西では10年振りだそうです。時間にして2時間ちょっとと程良い長さの中に、プッチーニの素晴らしい音楽が詰まっています。イタリア語による上演ですので、プルニエとリゼットが丁々発止でやり合う場面のイタリア語の響きもお楽しみ頂けます。もちろん字幕があるので、どうぞご安心ください。コロナによるこんな時だからこそ、ナマの歌声とオーケストラによるオペラを劇場でお楽しみいただけたら嬉しいです。劇場でご来場をお待ちしています。
「劇場で皆さまをお待ちしています!」 (C)H.isojima
―― 園田さん、長時間ありがとうございました。オペラ『つばめ』の成功を祈っております。
取材・文=磯島浩彰
公演情報
■会場:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホール
■料金:一般5,000円 青少年(25歳未満):2,000円
■指揮:園田隆一郎
■演出:伊香修吾
■管弦楽:大阪交響楽団
■出演:びわ湖ホール声楽アンサンブル
マグダ(10/8・10/10)中村恵理、(10/9・10/11)山田知加
リゼット(10/8・10/10)熊谷綾乃、(10/9・10/11)脇阪法子
ルッジェーロ(両日)谷口耕平
プルニエ(10/8・10/10)宮城朝陽、(10/9・10/11)古屋彰久
ランバルド(10/8・10/10)平欣史、(10/9・10/11)市川敏雅
ペリショー(10/8・10/10)市川敏雅、(10/9・10/11)平欣史
ゴバン(両日)有本康人
クレビヨン(両日)美代開太
イヴェット(10/8・10/10)山岸裕梨、(10/9・10/11)飯嶋幸子
ビアンカ(10/8・10/10)阿部奈緒、(10/9・10/11)坂田日生
スージィ(10/8・10/10)上木愛李、(10/9・10/11)藤居知佳子
■問い合わせ:びわ湖ホール
(10:00~19:00/火曜日休館、休日の場合は翌日)
■公式サイト:https://www.biwako-hall.or.jp/performance/rondine2021