新派の波乃久里子、喜多村緑郎の朗読劇「リーディング新派 in エンパク『十三夜』」開催~早稲田大学演劇博物館イベントレポート
左から、堅田喜三代(音調)、喜多村緑郎、波乃久里子、柳田豊、伊藤みどり、齋藤雅文、尾瀧一眞(ト書きの語り)。
早稲田大学演劇博物館の企画展『新派 SHIMPA――アヴァンギャルド演劇の水脈』の関連イベントとして、12月15日に、「リーディング新派 in エンパク 『十三夜』」が開催された。朗読に出演したのは、波乃久里子、柳田豊、伊藤みどり、そして喜多村緑郎。アフタートークでは、波乃、喜多村、劇団新派文芸部の齋藤雅文が登壇した。イベントの模様をレポートする。
■日本の演劇の到達点を音で届ける
『十三夜』は、樋口一葉の同名短編小説を戯曲化したもので、新派が上演してきた演目だ。久保田万太郎の脚色により、1947年に新生新派の舞台として三越劇場で初演された。以来、新派のレパートリーとなり、初代水谷八重子の「八重子十種」にも選ばれている。
企画展『新派ーアヴァンギャルド演劇の水脈ー』は1月23日までの開催。
齋藤は、本作について「戦前から戦後にかけて、昭和の時代に先人たちが創り上げた、日本の演劇の到達点の1つ。台詞はト書きすらも詩のよう」と評価。しかし演劇として舞台で上演すると60分弱の静かな会話劇であり、上演のタイミングを選ぶ名作となっている。
格子戸の音を実演する堅田喜三代さん。登場人物のためらいを、開閉の音に込める。
「これほど完成された舞台であるにもかかわらず、皆さんの目や耳に触れる機会が少ないことを大変もったいないと感じていました。作品を通し、美しい言葉、美しい所作が伝わっていくことを願います。それは僕ら新派の使命でもあります」と語る。「“リーディング”は、台詞を覚えなくてもでき、手軽にやれるからと取り組まれることも多い。しかし本日は、『十三夜』を舞台でやるのであれば当代最高のメンバーです。音調には堅田喜三代さんにも参加いただきました。音に特化し、高い水準で。本当に贅沢なことをさせていただきました」と感謝を述べた。
当日の来場者は、事前申し込みの中から抽選で選ばれた130名。感染症対策のため、会場の客席数を50%に制限するなどの対策の中、催された。同館の助教・後藤隆基氏は、本企画はコロナ禍の中で約1年ぶりとなる有観客イベントであり、対面での開催については不安もあったと明かす。その上で「朗読というスタイルに可能性を見い出した」と、手ごたえを語った。
■当代最高のメンバーによる『十三夜』
秋の虫の声が響く夜、音を立てて格子戸が開く。嫁いだ娘・おせきの予期せぬ来訪を、「なんだ、おせきじゃないか」と驚きつつも嬉しそうに迎える父親。おせきは「はい」と一言。おせきは、官吏の原田からの熱烈なアプローチを受けて結婚をした。しかし、長男が生まれると、原田の態度は一転。幸せとはいえない生活を送っていた。ついに仕打ちに耐えかねたおせきは、離縁を覚悟し、子どもの寝顔に別れを告げて家を出てきたのだった。事情を知らない父親と母親は、娘を歓迎するが……。
<この日の朗読「リーディング新派 in エンパク 『十三夜』」は、演劇博物館公式YouTubeでお楽しみいただけます>
主人公のおせきを勤めるのは、波乃。花柳章太郎、初代水谷八重子といった新派の名優が勤めてきた役だ。
「おせきは、私が一番多くやらせていただいていますが、回数ではありませんね。緑郎さんは、初めての録之助。それでいて、すっかり大変すばらしい録之助をなさるのですから」
波乃は、再演のたびに声に出してきた台詞にも、一切の惰性を感じさせなかった。おせきの心の動きは、朗読の瞬間に紡ぎ出されるかのよう。今では馴染みのない言い回しにも、血を通わせる。アフタートークでは、師匠にあたる水谷が樋口一葉を敬愛していたことを明かし、だからこそ原作に忠実に芝居を作るべく、工夫を重ねていたことを振り返っていた。「私は先生に教わった通りにやるだけ」と笑顔で謙遜する波乃だが、水谷への尽きない敬意と、作品への深い愛情が表れていた。
齋藤によれば本作には、「当時も今も変わらない、普遍的なテーマ」があるという。
「古い話のようで、実は現代と変わらない格差社会が描かれています。原田さんという非常に裕福な官僚、結婚、翻弄される家族。今でいう親ガチャの話もあり、運命に逆らえない人たちがいます」
おせきの父親役を勤めたのが、新派最年長の俳優・柳田だ。娘への態度は第一声から温かかった。嫁ぎ先へ戻るよう諭す言葉も、冷血や意地悪からの態度ではなく、当時の良心に根付いたものとしての説得力があった。終演後には、「先輩方のお芝居をずっと観てきましたが、なかなかそこまで到達しません。今日のように、お芝居をやらせていただけることが、僕らにとって一番の勉強。再びこのような機会がありましたらぜひ」とコメント。91歳の俳優の言葉に、自然と拍手が起きた。
おせきの母を勤めたのは、伊藤。抑制の効いた他愛ない会話の中で、娘の状況や時代性を観客に示し、物語の輪郭をたてる。後半には母親としての愛情がドラマを彩っていた。新派への思いを問われた伊藤は、「お月さまにはうさぎさんがいて、お餅つきをしていてほしい。そういった情緒が、新派にはたくさん残っています。今の方々が見てくれた時、今の時代に失われつつある情緒や心情を分かっていただけるよう勤めていきたい」と語っていた。
そして喜多村が、おせきの幼なじみ・録之助を初役で勤めた。おせきが呼び止めた人力車の俥夫が、偶然にも録之助だった。喜多村の録之助は、卑屈さや心の陰にも色気があり、それを超えて発露する切実さがあった。落ちぶれてしまうほどに、思いを寄せていたのだろうと想像させた。かつて思いあっていた2人の間に、いまは裕福な家の奥様と俥夫という身分の溝が横たわる。戯曲を文字で読んだだけだとしたら、読後の感想は、やるせない悲しみばかりだったかもしれない。台詞が、俳優たちの身体を通して声と音になり、やるせなくも静かで美しい余韻となった。振り返ると、お芝居の舞台美術とも、映画のワンシーンとも異なる、その場にいたかのような十三夜の明るい月が思い出された。柝の音でしっとりと終演すると、会場は熱い拍手に包まれた。
■わびさびも、感覚的な面白さも
アフタートークの終盤、波乃は、弟で歌舞伎俳優だった十八世中村勘三郎の言葉を紹介した。「若いお客さまも増やさなくては……とも言われますが、『年を重ねて、わびさびが分かるようにならないと、新派の面白さは分からない。お客様には、30代40代を過ぎた頃から本気で新派を愛してもらいなさい』と弟は言っていました。幸いにも、高齢化社会。来てくださったお客様を、若返らせてお帰りいただくのが、私たちの使命ではないかとも思えます」。喜多村はこれに対し、「たしかに、わびさびが分かるとより楽しめます」と頷きつつ、新派の可能性にさらなる期待を込め、「僕がまだ10代だった頃、知識はないのに歌舞伎に感動できました。感覚で感動できることもあるように思います。日本人の魂というのでしょうか。それが新派にはあると感じます」と力強く結んだ。
2022年1月21日には、小野記念講堂にて朗読劇『黒蜥蜴-演劇博物館特別篇-』が開催される。同館の秋季企画展『新派SHIMPA ——アヴァンギャルド演劇の水脈』は1月23日までの開催。
イベント情報
秋季企画展「新派 SHIMPA ——アヴァンギャルド演劇の水脈」
■会期:2021年10月11日(月)~2022年1月23日(日)
※会期中は展示替えを複数行い、当館所蔵の貴重な資料群をお披露目します。
■開館時間:10:00~17:00(火・金曜日は19:00まで)
■休館日:10月27日(水)、11月5日(金)~7日(日)、17日(水)、23日(火・祝)、12月8日(水)、12月23日(木)~2022年1月5日、10日(月・祝)
■料金:入館無料
■特設サイト https://www.waseda.jp/enpaku/ex/14477/
イベント情報
会場:小野記念講堂
原作:江戸川乱歩
脚色・演出:齋藤雅文
出演:喜多村緑郎、河合雪之丞、河合誠三郎、河合穗積、斉藤沙紀
音楽:新内多賀太夫
定員:80人 ※要事前予約・定員を超えた場合は抽選
参加無料
主催:早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点
※申し込みは終了
公式サイト:https://www.waseda.jp/enpaku/ex/15548/