バブル期を背景とした女達の日常や葛藤──時代を経ても変わらぬ、妙齢女性達の“揺れる想い”を描いた、故・瀬辺千尋作品を名古屋で上演
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『Sheet』出演者一同と演出家。前列左から・早川綾子、みなみりな 後列左から・演出の加藤智宏、今枝千恵子、大野ナツコ、尾國裕子
演出家で演劇プロデューサーの加藤智宏が主宰する、名古屋の演劇ユニット〈perky pat presents〉。当初は劇作家・北村想の戯曲『ロストゲーム』(1994年)を上演するために一回だけのつもりで2011年に立ち上げたユニットだったが、その後もほぼ年に一度のペースで公演を企画。これまで既成の戯曲や小説を用いて加藤が演出を務め、作品に合わせて出演者を集めるプロデュース形式で公演を行ってきた。
新型コロナウイルスが蔓延し始めた一昨年、2020年の春以降も二人芝居や一人芝居など少人数の作品を上演することで感染リスクを軽減し、オンライン公演も行うなど、感染対策を講じながら積極的に舞台表現活動を継続。このたび、久しぶりに複数人が出演する作品を上演するという。
〈perky pat presents〉第23弾となる今回の作品は、8年前に他界した劇作家・演出家・女優で妻の瀬辺千尋(1963-2014)による戯曲『Sheet(シーツ)』で、当初は彼女の七回忌にあたる2020年の6月に上演予定だったが、コロナ感染拡大の影響により延期となっていたもの。それを、加藤が運営する名古屋市西区の小劇場「円頓寺Les Piliers」にて、1月14日(金)~23日(日)の9日間に渡り上演する(18日(火)は休演)。
瀬辺の生前から、「戯曲を全作品上演する」と約束していたという加藤。2013年には、瀬辺主宰の演劇ユニット〈SOAP Works〉と〈perky pat presents〉の合同企画として、『その壁と』など短編戯曲3本を上演。そして瀬辺が亡くなった翌年の2015年には、【瀬辺千尋短編戯曲集】と題して『たみちゃんの西瓜』など3本を上演。2018年にも『うみべのいきもの』など3本を【短編戯曲集第2弾】として上演し、その約3週間後の彼女の誕生日には、処女戯曲『みかん』など2作のリーディング公演も1日限りで行っている。
今回上演する『Sheet』は、1992年10月に瀬辺自身の演出により、現在は映画館となった名古屋の「名演小劇場」で初演された作品だ。奇しくも当時、この公演の制作を担当していたのが加藤で、「チラシのイメージ画像はビーカーに綿棒が入っている写真にしたい」という瀬辺の意向のもと、加藤が撮影。今回のチラシは、当時のチラシを再現してリデザインしたものになっている。
perky pat presents『Sheet』チラシ表
瀬辺にとって処女長編だというこの戯曲は、日本中が好景気に浮かれていたバブル期(1986年~1991年頃)の20代OL達が感じていた、会社での人間関係や社会における女性の立場についての葛藤、日々の暮らしの中で湧き上がるモヤモヤとした感情の発露を描いた作品である。20代前半から後半にバブル期を迎えた瀬辺はこの時期、演劇活動と並行して昼間の会社勤めや夜のスナックなどで接客業にも従事。会社の上司や店を訪れた客らを通して、いわば当時の日本社会の栄枯盛衰をリアルに肌で感じてきた世代といえる。この作品では、自身の体験を元に描かれたであろう当時の若い女性達の視点やさまざまな思いが、5人の登場人物に投影されている。
「たぶん、30歳になるかならないかぐらいで書いていると思うんだけど、芝居をやりながら、水商売やりながら、OLの経験もあって、そんな中で女性一人として、ここから先の人生どうする?っていう不安もありながら。でもこの社会で生きていくのよね私たちは、みたいな。なんかそういう思いがものすごく詰め込まれているなっていうのが今、稽古をしていて感じているところです」と、加藤。
稽古風景より
当時のリアルな心情が伝わってくる一方、長編戯曲としては処女作だけに、演出面からみた戯曲としての構造には粗さもあるようで、「たぶん初めて長編を書いたから、まだ書き方がよくわからないんですよね。書き方はよくわかっていないんだけど、彼女が当時こんなことを考えていたんだな、というのがすごくよく出ている。ストーリーとしてはOLさん達の日常なんだけれども、場面がいろいろ飛ぶんですよ。要するにパラレルワールドみたいな感じで、慰安旅行に行ったり、彼女達がスナックであるとか水商売で夜バイトしてたりっていう世界があるんだけども、急にそれぞれの世界がクルンって回り込んだり。思いつきで書いてる感じはあるんだけど、それはそれで面白い。ただ、そこをどうわかりやすく演出するのか、というところを考えています。」と。
演出するにあたって、他にも大事にしている点については、「俳優の人達がいかに楽しく演じられるか、ということですね。このところずっと一人芝居ばかり創ってきて、稽古中はほとんどマンツーマンっていう芝居が多かったけど、今回は役者が5人いて、音響さんも稽古にずっと付いてくれている。そうすると頭が幾つかあるのでいろんなアイデアがボンボン出てきて、それを拾い上げながら創っている感じです。あと、初演の時は「レピリエ」の2.5倍くらい広い劇場だったのを、狭いところにグッと押し込んでやるわけなので悪戦苦闘しています。場面が多いし、台本には「長い机がある」と書いてあるけど、ここに長い机を置いたらもうそれで身動きが取れなくなるので、そういったところはすいません、ちょっとト書きを無視させていただきますっていう感じでやってます(笑)」とのこと。
稽古風景より
活発に意見が飛び出すという今回のキャスティングについては、「僕の場合、台本ありきなので、このホンでこの役だったらこの人がいいね、っていうことでいつもオファーしているので今回もそういう感じで。台本には女1、女2、女3…と書いてあって、どうしようかなと思ったけど、じゃああなたが女1、あなたが女2…と最初に決めていった通り、すんなり役が決まりました(笑)」
ちなみに今作の出演者はいずれも、バブル期にはまだ子どもだった世代。当時の大人社会の雰囲気を知らない面々ながら、意外に馴染んで演じているとのこと。「当時のネタがコントとか漫才とかでも出てきて、そうしたものを見て、たぶんイメージは作られているような気はするんですよね。ファッションとか小道具とかはそれっぽいものを出そうかなとは思ってはいるんだけども、今となっては30年前のことをリアルに思い出せる人ってそうそういないと思うので、あぁこんな感じ、というぐらいの方がリアルかなと。そのものを突き詰めると、かえって作り物に見えるんじゃないかな」
稽古風景より
当時はあたり前だった原色使いやボディコンシャスなラインのファッション、派手な大ぶりのアクセサリーに濃い色味のメイクなどは、確かにリアルに再現しすぎると奇抜さばかりが際立って、描かれている内容の本質がぼやけてしまう恐れも。いま上演するにあたって、当時の時代背景をビジュアル的にどう表現するかという匙加減も難しいところだが、加藤は登場人物の年齢設定にも少し工夫を加えたという。
「台本上の設定は20代前半~20代後半なんですけど、その設定はちょっと壊しています。例えば、当時はクリスマスケーキになぞらえて女性の結婚適齢期が語られていて(24歳(24日)は売れ時、25歳(25日)がリミット、26歳(26日)以降は売れ残り、と言われていた)、20代後半になるとほとんど会社を辞めて家庭に入っていく人が多かったけど、今はそういうことはないから、僕の中では20代前半~30代中盤ぐらいまでの設定にしています。年齢は少し引き上げましたけど、その年頃の女性達の悩みや葛藤、考えていることは、今もそんなに変わってないんじゃないかな」
稽古風景より
一人暮しをしているくせに
外泊すると、何かうしろめたい。
自分のいない部屋のなかで
その夜 使われない蛍光灯や鏡や
シャワーなんかが、
あるじの不在を不満に思っている
気がするのだ。
自分の部屋に帰って来るというのは、
清潔なシーツにくるまるように
安心する。
そのいごこちのよさは、
他の何にも代えがたく、
しかも誰かと共有することもできる。
こんどのは、そんな感じのお話です。
上記は、初演当時のチラシに寄せられた瀬辺の一文だ。上司への不満や同僚との人間関係、結婚や仕事、この先の人生とは…。悩みや問題、考えることもいろいろあるけれど、今を楽しんで、美味しいものを食べて、素敵な生活を送りたい──。戯曲が書かれてから30年余が過ぎ、時代背景は変化しても、妙齢の女性達に共通する普遍的な想い。登場人物達が抱く心の葛藤や当時を生きたリアルな日常が、いま再び劇場で立ち上がる。
公演情報
perky pat presents 23『Sheet』
■演出:加藤智宏
■出演:大野ナツコ、尾國裕子(無所属・新人)、早川綾子、今枝千恵子、みなみりな(劇団翔航群)
■会場:円頓寺Les Piliers(名古屋市西区那古野1-18-2)
■料金:一般3,000円(予約・当日共に) 学生以下2,000円(予約・当日共に)
■アクセス:名古屋駅から地下街ユニモールを抜け、「国際センター」駅2番出口へ。地下鉄桜通線「国際センター」駅2番出口から北東へ徒歩5分
■問い合わせ:office Perky pat 加藤 090-1620-4591
■公式サイト:http://officeperkypat.web.fc2.com/indexperkypatpresents.html