金属恵比須・高木大地の<青少年のためのプログレ入門> 第27回 プログレ・サウンドを作れるたった一つの“調味料”「嘆きの雫」〜アネクドテンとメロトロン〜
金属恵比須キーボード宮嶋健一所有のメロトロン (写真:飯盛大)
金属恵比須・高木大地の<青少年のためのプログレ入門>
第27回 プログレ・サウンドを作れるたった一つの“調味料”「嘆きの雫」〜アネクドテンとメロトロン〜
一体どんなサウンドがプログレッシヴ・ロックなのだろう。
「プログレッシヴ(前進的・進歩的)」というだけに、音楽性というよりもむしろ前例のないことをやってのけるという姿勢の言葉となってしまったのが仇となり、1970年代後半には衰退の道を辿る。
が、「プログレッシヴ」という言葉から「前進的」という意味を抜き取り、「プログレ」という様式を表す言葉として独り立ちしたことで、逆説的にプログレ・シーンが前進したのはなんとも皮肉だ。その立役者となったのがアネクドテンだと筆者は考える。
アネクドテンは北欧スウェーデンのバンド。1990年、キング・クリムゾンのコピー・バンドとして前身バンドが結成された。1993年にはデビュー、日本での発売は1995年。
当時のプログレ事情といえば、70年代のプログレの開拓者がこぞって再結成をした頃。1991年にイエス、1992年にエマーソン・レイク&パーマー、ピンク・フロイドは1994年にニュー・アルバム『対』を発表。キング・クリムゾンも1991年から復活の情報があったものの1994年に『Vrooom』で復活。重鎮たちが動き出したちょうどその時だった。
では80年代に往年のプログレ・バンドが冬眠していたかといえばがそうでもない。イエスは1983年に『ロンリー・ハート』をヒットさせ、イエスとキング・クリムゾンの黄金メンバーで結成されたエイジアもまたヒットを放っている。彼らは70年代に一花を咲かせたが、さらに前進しようとした結果がポップな音楽でのヒット狙いだった。ジェネシスも然り。これを「進歩」と表現することは可能だ。しかし70年代の様式としての「プログレ」とはかけ離れた進歩だった。
「プログレ」という様式の音楽を聴きたい――90年代初頭のリスナーは潜在的にそう思っていたに違いない。そこに突如現れたのがアネクドテンだ。80年代のきらびやかなデジタルサウンドが皆無で、質実剛健で骨太な音色のみに絞った音作り。当時としては野暮ったいと思われるほどもっさりした音像に度肝を抜かれた。デビュー・アルバム『暗鬱(Vemod)』はプログレ・ファンでたちまち話題となる。特に「嘆きの雫(Sad Rain)」があまりにも直情的なクリムゾン・スタイルであるとして話題沸騰。最も古いオリジナル曲で、日本盤リリースのためだけにレコーディングしたというもので、ボーナス・トラックとして配置された。にもかかわらず世界中に噂が広まり、日本盤が海外で話題となった。筆者は2006年にメキシコのプログレ・フェスに出演したことがあったが、そこの露店で日本版を買ってゆくメキシコ人を発見した。わざわざなぜ日本盤を買うのかと問うと、やはり「『Sad Rain』が入っているからだ」と答えた。海外での反応を直に味わったのだから間違いない。
キング・クリムゾンの幽玄で神秘的な「クリムゾン・キングの宮殿」「エピタフ(墓碑銘)」「ポセイドンのめざめ」などの初期名曲群の作曲方法論を惜しげもなく使用した名曲である。が、このあまりにもあざとい曲が後のプログレ・シーンの運命を決める。「『プログレッシヴ』でなくてもいいのだ」という開き直りの免罪符を発行したのだった。
「クリムゾン・キングの宮殿」
「エピタフ(墓碑銘)」
「ポセイドンのめざめ」
アネクドテンのサウンドを決定づけたのは、ひとつの強力な楽器である。
メロトロン。
金属恵比須キーボード宮嶋健一所有のメロトロン/2018年10月13日、「『武田家滅亡』インストアトーク&ライヴ」HMV record shop 新宿ALTA (写真:飯盛大)
1960年代に開発されたサンプリング・キーボードだ。35個の鍵盤にそれぞれテープがあり、鍵盤を押すとそのテープが再生されるという仕組みのアナログな楽器だ。テープに録音されたものならなんでも演奏することができるので、理論上では無限の音を発することができた。ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のイントロのフルートの和音が最も有名な使用例だ。
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」
先に挙げたキング・クリムゾンの3曲でもイントロに聞こえるバイオリンらしき音がまさにそれである。このようにフルートやバイオリンなどのオーケストラ楽器の音色を指一本で鳴らせるのだからとプログレ・バンドはこぞって使用した。ムーディ・ブルース、ピンク・フロイド、イエス、ジェネシス(ELPはライヴで使用したのみでアルバムには未使用)の名盤には必ず聴き取ることができる。
しかし、白い箱形で大きい、電圧によってチューニングが安定しづらい、故障しやすいなどの理由や、シンセサイザーの技術の発達という時代背景から、70年代後半には使用されなくなった。80年代にはデジタル技術の急激な進歩でメロトロンはいつしか古臭い音の象徴として埃を被ったまま滅びる様相を呈していた。筆者も90年代前半に楽器屋にて中古のメロトロンが二束三文で売られているのを見かけたことがある。キーボードは軽量化と小型化とマルチ化の道を辿っている時期だ。白い箱は無用の長物にしか見られていなかったに違いない。
金属恵比須キーボード宮嶋健一所有のメロトロン/2019年3月23日、「猟奇爛漫FEST Vol.3」高円寺HIGH (写真:飯盛大)
そんな時代背景の中、アネクドテンは恥ずかしげもなく、ここぞとばかりにメロトロンを多用した。野暮ったいあの音がいいんだ――リスナーは気づいた。野暮ったいあの音でいいんだ――ミュージシャンたちもまたそれに気づいた。こうして様式の「プログレ」の時代が始まった。
ミュージシャンとしては時代も追い風となった。92年よりメロトロンの音色を再現できる機材が発表され始め、大きな図体のものを持っていなくても手軽に出せるようになった。
アネクドテンが1993年に「嘆きの雫」によって、初期キング・クリムゾン型の曲が手軽に作れることを証明してみせた。筆者はこれを“調味料の発明”と表現している。さまざまな“食材”を混ぜ込んで作り上げたキング・クリムゾンの音楽の“旨味成分”だけを凝縮して“調理”してみせたのがアネクドテンだったのだ。“調味料<嘆きの雫>”と名づけている。
その後も「クリムゾン・フォロワー」と揶揄をされたりしてメロトロンの使用を最小限に控えた時期もあったが、コンスタントに6枚のアルバムを発表し、“調味料<嘆きの雫>”をふんだんに使い続け、70年代サウンドの好きなリスナーの心を確実に掴んでいる。
2022年1月31日、アネクドテンの公式Facebookでは、「トンネルの終わりに光が見えています。リハーサルスタジオに戻って新しい素材に取り掛かるのがとても楽しみです」(スウェーデン語の自動翻訳より)と発表されている。新たなアルバムに期待したい。“調味料<嘆きの雫>”の匙加減も気になるところだ。なお余談であるが、筆者が主宰する金属恵比須は2004年に発表した『紅葉狩』というアルバムで「日本のアネクドテン」というキャッチ・コピーがつけられていた。タイトル曲「紅葉狩」はメロトロンを使用した、まさに初期キング・クリムゾンを狙った曲だったからに違いない。しかしここで弁解をしておきたいのだが、この曲を作っていた2003年当時、筆者はアネクドテンを聴いたことがなかった。つまり“調味料<嘆きの雫>”は使用しておらず、金属恵比須なりの“調味料”の開発をしていたことになる。便宜上“調味料<紅葉狩>”とでも名づけておこう。
「紅葉狩」
キャッチ・コピーをつけられたからには聴かねばなるまいと思い聴き始めたのが最初である。“調味料<嘆きの雫>”と“調味料<紅葉狩>”の味がそっくりで辟易してしまった。
現在、金属恵比須は聖飢魔IIの創始者・ダミアン浜田陛下のバンドDamian Hamada’s Creaturesとしても活動中である。
2021年11月28日、Zepp横浜でのデビュー・ライヴの模様(筆者は多忙のため欠席し、代役として元VividのギタリストRENO氏が出演)
そのような多忙の中、金属恵比須は2018年以来フル・アルバムを発表していないということで新たな曲作りをしなければならない。料理では、時間がない時に役に立つのが調味料だ。“調味料<嘆きの雫>”の力でも借りようか。
プログレッシヴ・アイドル「xoxo(Kiss&Hug) EXTREME(キスエク)」と金属恵比須が、アネクドテンを公式カバーした「Nucleus」