「憐れな人でなく強さ貫いた人として」~市川染五郎が『信康』で悲劇の武将に挑む 『六月大歌舞伎』取材会レポート
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取材会に出席した市川染五郎
市川染五郎が、『六月大歌舞伎』の『信康』に出演する。公演は6月2日~27日まで。会場は歌舞伎座。染五郎は、徳川家康の長男・徳川信康役だ。染五郎は17歳にして、はじめて歌舞伎座で主役を勤める。家康役は松本白鸚。祖父と孫の共演も見どころだ。
公演への意気込み、役への思いが語られた、取材会の模様をレポートする。
■染五郎の信康、白鸚の家康
1974年に初演され、1996年に再演された『信康』。白鸚と染五郎が共演できる演目として候補にあがり、興味をもったという。
「こんなにがっつりとしたセリフ劇は、久しぶりです。大きな挑戦になります。歌舞伎座ではじめて主役をさせていただくことに、プレッシャーもありますが、主役でも脇役でも舞台への心意気は変わりません。良いものが作れるよう全力で勤めたいです」
染五郎だけでなく、今年8月に傘寿を迎える白鸚も、初役での挑戦だ。
「祖父との稽古はこれからですが、“自分のことで精一杯だから、頼らないで”と言われました……どこまで本気か分かりません(笑)。親子の話を、実際に血のつながる祖父と自分で勤めます。そこを重ねて見て、楽しんでくださる方もいると思います。それは歌舞伎の面白さのひとつですが、自分としては舞台では祖父との関係を忘れ、家康として向き合いたいです。父(松本幸四郎)は台本を見て、台詞回しのアドバイスをしてくれました」
■強さを貫く、薄幸の若者
信康は、悲劇の武将とも言われる。織田家と徳川家の同盟のために、信長の娘と結婚しながら、信長から謀反の疑いをかけられ自害を迫られることとなる。染五郎は、信康の「すぐに崩れてしまいそうな危険さを持ちながら芯は強いところ」に魅力を感じるという。
「戦に長けていて、冷静で理知的。それゆえに、信長が脅威に感じ、狙われることになります。でも信康は、徳川家のために自分で考え、受け入れる選択をします。決して憐れでみじめな人ではなく、最後まで自分の強さを貫いた人だと思って演じます」
染五郎は、放送中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に、木曽義高役で出演。話題となった。
「義高も信康も、若くして悲劇的な運命を辿るので、通じるところはあります。ただ、義高と信康では時代も違う別人なので、信康は信康として演じます。これまで、歌舞伎でも『勧進帳』の源義経や『二条城の清正』の豊臣秀頼など、悲劇的な運命の若者を演じることが多くありました。今までの役で経験した気持ちを生かせたら」
「(大河ドラマは)多くの方に見ていただける作品に参加できてうれしかった」と感謝を述べ、「蝉の抜け殻のシーンへの反響の大きさに驚いた」と振り返っていた。
『信康』で特に注目してほしい場面を問われると、劇中は「ずっと出ていますので、一場面を言うのはむずかしい」と伏し目がちに笑い、少し考えてから、岡崎城が舞台となる第一場に言及した。
「第一場の後半から、不穏な空気が流れはじめます。前半で、信康の落ち着いてはいるけれど若々しいところをお見せし、悲劇に向かっていく後半とのギャップを、しっかりと出していきたいです」
『信康』(令和4年6月歌舞伎座)徳川信康=市川染五郎 撮影:永石勝
公演にむけて撮り下ろされた写真は、第一場の拵えなのだそう。新調された着物に袖を通し、「信康の若々しさが出る、よい衣裳だと感じました」。信康が鉄砲をもつ場面は、前回の上演時にはなかったという。今回は「信康の、どこか危険なところを感じさせる」アイテムとして、新たに加わった演出だ。
■新しい信康を作っていきたい
演出は、齋藤雅文。齋藤は新派文芸部に所属し、4月に上演された『荒川の佐吉』など、歌舞伎の演出も手がけている。
「齋藤さんと一緒に、前回、前々回とも違う新しい信康を作っていきたいです。齋藤さんは、信康がどんな人物なのか、台詞一つひとつを細かく分析して教えてくださいます。映画『反逆児』(1961年、信康役は萬屋錦之介)の信康は、激しい性格で乱暴者でした。今回は『そういうところばかりではないと感じていただける、新しい信康を作っていこう』と、齋藤さんはお話しされました。自分もそれを大切に演じたいです」
染五郎は、齋藤とともに岡崎城(愛知県岡崎市)や二俣城跡(静岡県浜松市)など信康ゆかりの地を訪れ、清瀧寺の信康の墓にも手をあわせたことを報告。
清龍寺にて 写真:松竹提供
「知識を得られただけでなく、現地に行かないと分からない、言葉で表せないものを感じることができました。首塚では生々しく命を感じ、本当にいた人なんだ。本当にあった話なのだと、あらためて感じました」
齋藤からは「たくさんのことを教えていただいています」と染五郎。
「技術的なことだけでなく、“空間を味方につけるように”と、よくおっしゃっています。舞台の空間や、相手との距離。もし空を見上げるなら、舞台の実際の広さより、もっと大きな空間をお客様に感じてもらえるお芝居をするように。表現のために大切なことを、教えていただいていると感じます」
二俣城跡を訪れた染五郎と齋藤。周囲に天竜川が流れる。対岸は、かつて武田方の領地だった。 写真:松竹提供
■魂を削るような表現を
台本を読み、ゆかりの地を巡った染五郎。
「信康は21歳で若い命を散らします。自分と変わらない若い人間が、これだけの覚悟で生きていた時代があったんだと感じました。同世代の方にも多く観ていただき、それを感じてもらえたらと思います。台本は、齋藤さんが手を入れてくださり、感情がよりストレートに伝わる作品になっています。歌舞伎をみたことがない方にも、分かりやすいと思います」
「信康は、若くして『何が正しくて、何が正しくないのか』と自分の考えを持っていた人だと思います。大人のやり方に不満を覚えたり、なぜそんなことを……と納得できない人に出会ったり。そういう経験は、現代を生きていて共感できる部分だと思います」
一方で、自身と信康で違うと感じる点を問われると、「(信康は)頭が良いところです」とジョークをまじえ、記者たちの笑いを誘った。最後に、白鸚から染五郎へのメッセージが紹介された。
“平成19年、初お目見得で手を引いて舞台に出てから15年夢の様です。 信康はむつかしい役で勉強になると思います。一日一日魂を込めて勤めてほしく思います”。(松本白鸚)
これを受けて染五郎は、次のように結んだ。
「祖父は歌舞伎でも歌舞伎以外の舞台や映像でも、魂を削り、命を削るような表現をしてこられました。尊敬しています。祖父は『信康』でも、そのような表現で家康をしてくれると思いますので、同じ舞台に立たせていただくことが本当にありがたいです。そして自分も、魂を削るような表現で信康を作りたいです。それが客席のお客様に伝わり、感動して帰っていただけるように勤められたらと思います」
歌舞伎座『六月大歌舞伎』は2022年6月2日(木)から27日(月)まで。『信康』は、午後2時15分開演の第二部で上演される。
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
『六月大歌舞伎』
通辞藤吉:中村福之助
遊女亀遊:河合雪之丞
旦那駿河屋:片岡松之助
遣り手お咲:中村歌女之丞
浪人客佐藤:中村吉之丞
唐人口マリア:伊藤みどり
思誠塾小山:田口守
思誠塾岡田:喜多村緑郎
岩亀楼主人:中村鴈治郎