共存する“W”の湯木慧――5年間の集大成ツアーで紡がれたドキュメンタリー
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湯木慧
2022.06.04 湯木慧全国ツアー『Wは誰だ。』ツアーファイナル@横浜・1000CLUB(サウザンド クラブ)
アーティスト・湯木慧の5年ぶりとなる全国ツアー『Wは誰だ。』。1stフルアルバム『W』発売を記念した今回のツアーで、湯木は初日とファイナルのみ“音楽と演劇の融合”をテーマに、新たな表現方法へと挑戦した。この記事では、2022年6月4日に横浜・1000CLUB(サウザンド クラブ)で開催されたファイナル公演の様子をレポートする。
■湯木の表現する『W』の世界観を表現するための特別な演出
東京から始まり、大阪、名古屋、福岡、札幌、そして横浜と全国6箇所を行脚した『Wは誰だ。』ツアー。初日の東京・スターラウンジと、横浜・1000CLUBではアルバムの世界観を表現する、特別な舞台演出が加えられた。
公演の脚本と演出を手がけたのは、演劇作家・日野祥太(Pandemic Design)。通常、湯木はライブ演出を自身で考案するため、他者に演出を委ねること自体が初めてとなる。
湯木の活動を追ってきたリスナーにとっては周知の事実ではあるが、彼女は日野が脚本・演出を手がけた劇作品へ、4度にわたる楽曲提供を行ってきた。そのうち3曲『二酸化炭素』『嘘のあと feat. 実』『十愛のうた』は、アルバム『W』にも収録されている。
湯木慧
ツアーにおけるコラボレーションの経緯について、「演出をお願いするなら日野さんしか思い浮かびませんでした」と過去のインタビューで語る湯木。全国ツアーが始まる前に実施された他メディアの取材では、日野が演出について次のように述べていた。
「とにかく湯木さんの楽曲を一番いい見せ方で表現することが僕の仕事です。今までもいろんなアーティストのライブを観たことがあるのですが、ステージと客席が分かれているのはちょっと悲しかったんですよね。その境界をなくすような演出を考えています。
(中略)湯木さんの楽曲には“物語”や“虚像”という言葉が深く結びついているんです。それらをより繊細に描くことで、魅力を表現していきたいです」
■開演前からすでに仕掛けられていた“W”の世界観
迎えた6月4日、1000CLUB。『Wは誰だ。』ツアーファイナルを見届けるべく、会場には多くの人が集まっていた。ロビーでは湯木がこれまでに手がけた自身のライブ用衣装を纏ったトルソーを設置。訪れた人々が衣装をカメラで撮影したり、間近で観察したりする姿が見受けられた。
会場前方にあるステージには、ドラム、ギターなどの楽器が置かれており、スピーカーからはかすかに雨音のBGMが聞こえる。客席の様子はステージ奥の壁に投影され、徐々に客席が埋まる様子が、俯瞰で観察できる。
音楽ライブが始まる前の、よくある光景。しかし、演出はすでに始まっていた――やけに目深にフードを被ったお客さんが多いのだ。気にも留めなかった他人の存在を、急に意識し始める。それっぽい人は1人、2人、3人……黒い服を纏った彼女・彼らは客席やステージ、ロビーを歩き回りながら時折、懐中電灯の光を1000CLUBの天井に向ける。
不思議な存在に気づいた観客は「何か仕掛けがあるんじゃないか」「客席に座っている人の中にも“登場人物”がいるんじゃないか」と疑心暗鬼になる。近い位置に座る客同士を観察し、物語が始まる瞬間を探ろうとする。
湯木慧
徘徊するフード姿の男女と、それを目で追う客。また、彼らの存在にまだ気づかない客。異様な光景を前に、舞台では淡々とサウンドチェックが行われている。今回バックバンドを務めたのは、西川ノブユキ(Gt. / アノアタリ)、ベントラーカオル(Key.)、楠美月(Cho.)、奥村大爆発(Dr.)、よこやまこうだい(Ba./ とけた電球)。いずれも、昨年2021年の日本橋三井ホールで開催されたワンマンライブ『拍手喝采』に出演したメンバーだ。
サウンドチェックすら、もはや“演技”だったのかもしれない。リズム隊、ギター、キーボード、コーラスが徐々に音を重ね始め、ステージでは緩やかにセッションが始まった。徐々に各々の出音に熱が込もり始め、観客はステージに注目する。「開場」と「開演」の境界が曖昧なまま、舞台は幕を開ける。ファンファーレの音が響くと、客席の中に紛れていた湯木が立ち上がり、ゆっくりとステージへ向かった。
■湯木の過去、現在、未来が共存する舞台
湯木慧
曲の合間で交わされる役者のセリフから察するに、描かれているのは「2022年6月4日」より未来の世界線。「あきら」と呼ばれる未来の湯木……ないし、現実とは異なる世界線を生きる湯木が登場する。彼女は「2022年6月4日」に起きた出来事(もしくはその日に何も起こせなかったこと)を悔やんでいる。
会場内に存在する「Wの湯木」。交わるようで交わらない絶妙な距離を保つ二人。しかしセリフとして紡がれる言葉が楽曲に新たな解釈を与え、『W』の定義をより深く掘り下げていく。
湯木慧
アルバムに収録された『ありがとうございました』に始まり『拍手喝采』を歌い上げていく、現実世界の湯木。『金魚』ではMVにも出演したダンサー・タカダアキコが登場した。当初は演劇のバックバンドとしての役目を全うしているような振る舞いだった湯木も、徐々に表情の変化をみせ始める。
「やっほー、みんな! 楽しんでるかい?」。会場の張り詰めていた空気が一気に和らいだのは、湯木が『二酸化炭素』を歌い終えてから。緊迫した雰囲気でセリフが飛び交っていた会場内に突如、彼女自身の“素”の言葉が放たれたことで、客席からも安堵したかのようなため息が漏れる。湯木は客席を明るくするように照明スタッフにお願いし、多くのファンがライブを訪れたことに、感謝の意を示した。
湯木慧
バンドメンバーがはけ、ステージ上には湯木だけが残る。アコースティックギターを片手に歌い始めたのは『存在証明』、と思いきや彼女はワンフレーズを歌い始めてからすぐに音を止める。
「これだけの多くの人がこういう状況下でここに来てくれるということは、本当に奇跡のようなことで。私がここに立って歌わせてもらっているということに感謝を込めるなら、ちょっと違う曲にします。(笑)ありがとう、来てくれて。ありったけのありがとうを込めて歌います。この五年間を想いながら歌います。」
湯木慧
そう言って、彼女が再び歌い始めたのは『一期一会』。天井の高い1000CLUBに、湯木の歌声が温かく広がっていく。真っ黒な衣装を身にまとっていたバンドメンバーも、真っ白な衣装にチェンジ。緊張感のあった前半とは打って変わり、後半は湯木とメンバー同士がアイコンタクトを取りながら、開放的な雰囲気で音を鳴らしていた。
ライブ本編ラストは湯木自身の大切なヒトに向けて描かれた「XT」が演奏され、今回のステージ様々な物語を添えた役者陣・小川未祐、植田恭平、水原ゆきも登場。
まさにこのライブは、湯木自身が過ごした5年間の過去でもあり、現在でもあり、彼女自身の未来でもある。一人で歌っていた彼女は、気づけば多くの人に囲まれ、自分自身の言葉を外に向け表現できるようになった。きっとこれからも、彼女の視界はどんどん広がり続け、もっと多くの人に囲まれていくのだろう。
湯木慧
「全国を回ってきて全国でしか会えない人に会う中で、薄れていた記憶が濃くなり、上書きされたような気分になりました」
湯木慧
このツアーを振り返り、最後のMCでこう述べた湯木。アンコール2曲を含め、全17曲を歌いあげた彼女の顔は、いつになく晴れ晴れとしていた。
■22年7月には映像作品リリースも予定
公演終了後、湯木に感想を求めると、次のようなコメントが届いた。
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”W“を掲げながら5年ぶりの全国ツアーをこの5年で出逢った大事な人達とまわってきて、
ツアーファイナルは横浜でまさにこの5年の集大成とも言えるライブが出来たと思います。
口で言ってきた事を現実にできたような最高のライブ…総合芸術でした。
終わった直後なのにまたライブしたいもっと歌いたいと思ったのはいつぶりだったか…。
色々自分の気持ちが大きく変わったのだなぁと終わってみて実感しました。
私の創作はドキュメンタリー。この今しかない感情の中で曲また作って早くみんなに届けたい。
それまでWを聴いたり配信される今回のライブを観て待つのはどうだろうか!
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湯木はシンガーソングライターでも歌手でもなく「表現者」として、5年間で自身の可能性を際限なく開拓し続けた。横浜で開催されたツアーファイナルは、自らあらゆる顔をもち、行動し続けた彼女にしかできない表現が凝縮されていた。
湯木慧
2022年7月10日には、ツアーファイナルの様子を記録した映像作品の発表を予定している。緻密に練られた演出、そして「表現者」として大きく羽ばたいていく湯木のこれからに期待できるステージ。ぜひチェックいただきたい。
取材・文=高木望 Photo by小嶋文子
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