『フィン・ユールとデンマークの椅子』を鑑賞 “デザインの国”が生み出した130以上の名作チェアが東京都美術館に大集結!

2022.8.4
レポート
アート

『フィン・ユールとデンマークの椅子』

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日本にもファンが多い北欧デザインの家具。その中でも特に人気の高いデンマークの椅子の世界にどっぷり浸かれる展覧会が東京で開催されている。7月23日(土)に東京都美術館で開幕した『フィン・ユールとデンマークの椅子』では、20世紀中盤に最盛期を迎えたデンマークの家具デザインのはじまりと発展を130点以上のチェアとともに紹介。その上で、名だたる著名デザイナーの中でも異色の存在だったフィン・ユールの活躍を特集した展示が行われている。デンマークデザインの名作チェアに座れる体験型展示も魅力的な本展の見どころを実際の会場の様子とともに伝えていこう。

デンマーク近代家具の源流と発展の背景を知る

全3章で構成されている展示のうち、第1章の「デンマークの椅子 ―― そのデザインがはぐくまれた背景」では、1924年のデンマーク王立芸術アカデミー創設などをきっかけとしたデンマークデザインの萌芽とその発展の背景にある価値観、そしてマイスター制度に代表される職人育成システムを5つのセクションに分けて紹介している。

会場入り口

「デンマーク近代家具の父」と呼ばれるコーア・クリントを初代責任者においた同アカデミーの家具科は、過去の優れた家具を徹底的に研究し、それを新たな形に作り直す「リデザイン」という手法を確立した。このセクションに展示されている《レッドチェア》は18世紀にイギリスで流行したチッペンデールチェアをもとにした椅子。《サファリチェア》も19世紀イギリス軍の椅子をもとにした椅子であり、リデザインの取り組みから生まれた作品である。さらにクリントは《コーア・クリント作成の「人体測定図」》に見られるように人体と家具の相関関係も研究し、2つの研究からシンプルでありつつ重厚なデンマークの家具デザインの礎を築いていった。展示されているクリントの椅子は主に1930年代にデザインされたものだが、今の我々から見てもスタイリッシュで錆びない魅力を放っている。

手前:コーア・クリント《デッキチェア(モデルNo.4699)》1933年 織田コレクション(東川町)蔵

順路に沿っていくと、次のセクションにはクリントに影響された世代が制作したデンマークチェアの代表作が一堂に展示されている。きっと北欧デザインファンであれば目を輝かせる空間だ。その中にはアルネ・ヤコブセンの《アリンコチェア》(アントチェア)や《スワンチェア》、ハンス J .ヴェグナーの《アームチェア》など、決して北欧デザインに詳しくなくても「お、この椅子知ってる!」となりそうな不朽の名作も混じっている。形や謂れなどから、それぞれの椅子には個々に特徴的な名前が付けられており、ヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンセンの《ラケットチェア》やヨルゲン・ホヴェルスコフの《ハープチェア》など、「これってちゃんと座れるのだろうか?」と疑問を抱くような奇抜なデザインもあって面白い。

第1章の展示風景

ヨルゲン・ホヴェルスコフ《ハープチェア》 1968年 織田コレクション(東川町)蔵

同じ空間に一斉に並べられた椅子だが、一脚一脚が確かな個性を放っており、ライバルたちの一歩先を行こうとしたこの時代のデザイナーたちのチャレンジングスピリットのようなものを感じる。一方でユーザー視点に立ってみると、居心地のいい空間を指す「ヒュッゲ」の精神を大切にするデンマークの人々の椅子ひとつに対するこだわりも伝わってくるかのようだ。

“主流派”とは別の道を進んだ孤高の天才デザイナー、フィン・ユール

ひとつ下の階へ移動し、展示は第2章の「フィン・ユールの世界」へ。

名だたるデンマークの家具デザイナーの中にあって彼は異端の存在といわれるフィン・ユール。その理由はまず彼の経歴にある。

手前:フィン・ユール《イージーチェア No.53》1953年 織田コレクション(東川町)蔵

1912年にデンマークの首都・コペンハーゲン近郊のフレデリクスベアに生まれたフィン・ユールは、幼い頃には美術史家を夢見る少年だった。しかし父親の強い反対を受けて、その夢を断念し、18歳でデンマーク王立芸術アカデミーに入学する。ただし彼が門戸を叩いたのは、家具デザイナーの登竜門だった家具科ではなく建築科であった。しかも学内で教鞭をとっていた建築家、ヴィルヘルム・ラウリッツェンに才能を認められ、卒業を迎えることなく彼の建築事務所に就職。建築の世界でキャリアをスタートさせている。11年務めたここで首都・コペンハーゲンのカストラップ空港やラジオハウスの設計に携わり、さまざまな設備のデザインを経験。その中で空間とインテリアの調和について知識を深め、家具デザイナーとしても頭角を表すことになる。

フィン・ユール《イージーチェア No.45》 1945年 織田コレクション(東川町)蔵

本章の序盤にはさっそく彼の代表作である《イージーチェア No.45》が展示されている。曲線を多用したフォルム、そして斜めに通した貫(脚に付けられた補強用の横棒)、優れた色彩感覚が、フィン・ユールのチェアの主な特徴である。元来より芸術に興味を持ち、クリント派の薫陶を受けていない彼は、抽象彫刻に触発された独自のアプローチで家具をデザインした。それはクリントの薫陶を受けた“主流派”とはまったく異なる手法であったが、その発想から生み出された彼の作品は、いつしか「彫刻のような椅子」と称されるようになった。

手前:フィン・ユール《ダイニングチェア》1953年 織田コレクション(東川町)蔵

デンマークで家具職人として活動するにはマイスターである必要があったが、建築畑で育った彼は、その資格を持っていなかった。なおかつ流線が多く構造的にも難易度が高い彼のデザインは普通の木工職人であれば敬遠するものであったが、ニールス・ヴォッダーという優れた職人との出逢いが、運命を大きく変えることになる。彼の出会いとほぼ同時期の25歳を迎えた年に、家具職人展示会に初出展して家具デザイナーとしてデビュー。強力な相棒も得て、ここから次々と斬新なチェアを生み出していく。会場にはユールが描いた図面も展示されている。アーム部分や座面などに見られる流線的なデザイン、丸みを帯びた脚など、細部までユールの揺るぎなきこだわりを感じる。そして図面と実際の椅子を合わせてみることで、ユールとヴォッダー、二人の共同作業の足跡を感じ取ることができる。

フィン・ユールの自邸を再現した空間

続くセクションでは、ユールが30歳の時に立てた自邸に関する展示が見られる。コペンハーゲン北部のオードロップに建てられた邸宅は、空間、芸術、そしてインテリアの調和を大切にしたユールのこだわりが凝縮された空間といえる。会場にもアート作品とともに《チーフテンチェア》や《ポエトチェア》《コーヒーテーブル》、そして彼の愛した玩具や日用品を集めた自邸の空間を再現。映像とともに、彼が暮らした空間を感じられる工夫がなされている。

第2章の展示風景

後半のセクションでは1950年代以降のアメリカでの活躍、大量生産時代を迎えた後の各メーカーとの協働、建築や椅子以外のインテリアデザインの活躍などが紹介されており、彼の全キャリアを通覧できる内容になっている。

手前:フィン・ユール《スペードチェア(アナザータイプ)》1954年 織田コレクション(東川町)蔵

なお、第1章と第2章に展示されている椅子は、学術協力者として本展に携わる椅子研究家の織田憲嗣氏が収集した織田コレクションから出展されている。デザインに優れた20世紀の家具や日用品を網羅する同コレクションは世界的な知名度を誇る。本展をきっかけに、日本にこうした貴重なコレクションがあることを記憶に留めておきたい。

見た後は座ってみよう!

さて、これだけいろんな椅子を見てくると、見るだけじゃなくて実際に座ってみたくなるのが当然の反応だろう。そんな人の欲望を満たしてくれるのが、第3章の「デンマーク・デザインを体験する」だ。ここはデンマークデザインの名作チェアを体験できるコーナーになっている。フィン・ユールがデザインした《ペリカンチェア》や《45チェア》をはじめ、その数はなんと30脚以上。実際に腰かけてみると、確かなデザインの心地よさや自分との相性がよくわかる。良いものに触れると今度は座るだけではなく欲しくなってしまうのも人の性というものだが、せっかくの機会なので時間に余裕を持って訪れ、肌の感触でもデンマークデザインの素晴らしさを感じてみてほしい。

第3章の展示風景

なお、本展は2012年の東京都美術館リニューアル時、再オープンに併せて館内に新設された「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」にデンマークデザインの椅子が採用されたことをきっかけに企画された。こちらでも数々の椅子に親しめるので、鑑賞後のひと休みに訪れてみてはいかがだろう。

『フィン・ユールとデンマークの椅子』は10月9日(日)まで東京都美術館で開催中。


文・撮影=Sho Suzuki

イベント情報

フィン・ユールとデンマークの椅子
会場:東京都美術館(台東区上野公園8-36)
会期:2022年7月23日(土)~10月9日(日)
開室時間:9:30~17:30、 金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、9月20日(火)※ただし8月22日(月)、 8月29日(月)、 9月12日(月)、
9月19日(月・祝)、 9月26日(月)は開室
観覧料:一般¥1,100、 大学生・専門学校生¥700、 65歳以上¥800
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