映画『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』が放つ、ポジティブなエネルギー~バレエの殿堂がパンデミック禍で活動再開するまで
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
映画『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』が2022年8月19日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー公開され好評を博している。これはパンデミック禍に置かれた世界最高峰の名門パリ・オペラ座バレエ団のダンサーらの葛藤を切実に捉えたドキュメンタリーで、困難の中でも前へと向かって進んでいくポジティブなエネルギーが感じられる。バレエ・ファンでなくとも見逃してほしくない「特別な」作品だ。
■劇場閉鎖からの活動再開は喜びに満ちて
2022年3月16日、フランス全土の劇場が封鎖された。世界最古のバレエ団で「バレエの殿堂」と称されるパリ・オペラ座バレエ団(以下、オペラ座)も例外ではなかった。バレエダンサーは日々のレッスンとリハーサルが命だ。この時期、世界中のバレエダンサーたちが自宅待機を余儀なくされ、自宅の一角の限られたスペースでバーレッスンをするなど苦心していた。本作品はオペラ座の劇場封鎖から約3か月が経った6月15日、劇場でのレッスン再開時から始まる。
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
ダンサーたちはマスクを付け、ソーシャルディスタンスに留意しなければいけなかったとはいえ、広々としたリハーサル室で踊ることのできる喜びに満ちあふれている。マチュー・ガニオ、ユーゴ・マルシャン、ジェルマン・ルーヴェ、アマンディーヌ・アルビッソンといったエトワール(最高位ダンサー)の姿が次々に写し出されるのは壮観だ。芸術監督のオレリー・デュポンと教師もダンサーたちに対してジャンプ(跳躍)には気を付けるようにと注意するが、指導する側も久しぶりのレッスン再開に喜びを隠せない様子。
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
■待望の公演開幕を前に再びピンチが……
やがて本格的な公演再開へと動き出す。その記念すべき演目はルドルフ・ヌレエフ振付『ラ・バヤデール』。同作はフランス生まれの振付家マリウス・プティパがロシアで初演した古典バレエの名作で、オペラ座の芸術監督を務めたヌレエフが最晩年に改訂した大作だ。映画でもダンサーや指導者が次々にその難しさを語るように、目いっぱい振りが詰まった巧緻なヌレエフ振付は巨峰である。芸術監督や振付指導者そしてダンサーたちがハードルの高い作品に対し団結して向き合う姿をカメラは間近から写し出していく。数々の文学やダンスをテーマにしたドキュメンタリーを制作し高評を得ているプリシラ・ピザート監督だからこそ撮影できたのだろう。
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
観客はもとより劇場関係者も待ちに待った『ラ・バヤデール』の初日。だが、感染症が再び広がったため無観客での配信公演に切り替わり、その初日をもって公演は終了となった。それまで重ねたリハーサルの努力が水泡と化し、大事なレパートリーを踊る機会が減ってしまうのは痛恨の極みだろう。定年が42歳というオペラ座のダンサーにとって、年を重ねるほどにダンサー生命は少なくなっていく時間との闘いでもあるのだから。無観客配信公演は客席からの拍手もなく、踊り演じる側にとって寂しいものだったに違いない。
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
だが、カーテンコールでサプライズがあった。ブロンズ・アイドル(黄金の仏像)を踊ったプルミエ・ダンスールのポール・マルクがエトワール昇格を告げられたのである。舞台上でも、幕が降りた後もダンサーたちは沸きに沸く。マルクの昇進は皆の希望なのである。
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
■「バレエの殿堂」は不滅 使命を果たし前へと進む
そこから少し時間は過ぎた2021年6月、プルミエ・ダンスーズのパク・セウンが『ロミオとジュリエット』(ヌレエフ振付)のジュリエットを踊ってエトワールに昇進する。相次ぐ昇進劇は、パンデミックで歩みを止めることなく前進していくというオペラ座の意思を象徴しているかのようにも感じられる。バレエの魅力は多様で、若さだけが全てではないが、新たな世代の躍進は次代の発展を約束する。オペラ座は、そしてバレエは不滅だと思わせる。
(C) Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
なお映画の後日談というか余談がある。日本公開を控えた今年(2022年)6月、デュポン芸術監督が7月31日をもって退任することが発表された。次期芸術監督が発表されるのはこれからだが、2022年秋からの1年間のラインナップ(デュポンが策定)は公表され、新シーズンの開幕は迫っている。オペラ座は、この映画でも描かれたようにパンデミックの危機とも戦いながら、今後も「バレエの殿堂」としての使命を果たしていくだろう。オペラ座に幸あれ、と願っている。
ポール・マルク、エトワール任命の瞬間/『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』本編映像公開!
文=高橋森彦
上映情報
Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開
アマンディーヌ・アルビッソン、レオノール・ボラック、ヴァランティーヌ・コラサント、ドロテ・ジルベール、リュドミラ・パリエロ、パク・セウン、マチュー・ガニオ、マチアス・エイマン、ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、ポール・マルク
アレクサンダー・ネーフ(パリ・オペラ座総裁)、オレリー・デュポン(バレエ団芸術監督)
監督:プリシラ・ピザート
Twitter:Twitter@new_parisopera