イッセー尾形×木村達成×入野自由が胸中を語る ハロルド・ピンターの不条理劇『管理人/THE CARETAKER』インタビュー

2022.9.30
インタビュー
舞台

(左から)木村達成、イッセー尾形、入野自由

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ノーベル文学賞を受賞したイギリスのハロルド・ピンターが1960年に発表した『管理人』は、不条理演劇の最高峰のひとつとして長年上演され続けてきた。このたびの上演は、小川絵梨子が演出を担当、イッセー尾形木村達成入野自由というキャスティング。ロンドンの古ぼけた廃屋に連れて来られた老人と兄弟、3人が交わす会話が行き着く果てとは――。出演者3人が作品について語り合った。

ーーこのたびピンターの『管理人』に挑まれます。

イッセー:デーヴィス役を演じます。ピンターは、20歳くらいのころ『ダム・ウェイター』に出演したことがございまして、わかったようなわからないような、もやもやっとしたものがあって、それから50年ほど経ちました。今回は納得いくように、腑に落ちるように演じたいと思います。

入野:アストン役を演じます。ピンターの不条理劇、しかも3人芝居ということで、膨大なセリフ量と難しい戯曲というところのプレッシャーもありますが、それと同時に、すてきなスタッフ、キャストと共にこの作品に挑めるワクワクが同じくらい大きくて、すごく不思議な感覚です。

木村:ミック役を演じます。ノーベル文学賞まで受賞しているピンターの不条理劇で、ピンタレスクという特徴があったり、よくわからないことだらけなんですが、すごい作者、その作品をやれることの光栄さはすごくあります。それでいてたぶん理解しがたいことの方が多いと思うんですけれど、わからないなりに全力で楽しめたらいいなと思っています。

ーー原作を読まれての感想と、難しい中にも何かおもしろいなと感じたことを教えてください。

イッセー:読んでまず思ったのは、デーヴィスは、ひたすら同じようなことをしゃべっている老人なんですね。相手が話を止めないから、長いんです。アストンが話を止めないからずっとしゃべっている。いい加減止めてくれと思うんだけれども(笑)、延々しゃべる。ということがまずあって、しゃべる人なんだなと。相手が止めるからしゃべらなくなるんだなと、止めないからしゃべるんだということで非常に物語として腑に落ちて解釈していったんです。それと、デーヴィスはすごく差別主義者。やたらと人種をあげつらっているのか、いないのか。それでいて、自分はイングランド人かと言われると、何だか出自が怪しいらしい。自分が差別されたから、差別し返すのかどうなのか、わかりませんが。ともかく、連れて来られた家はきっと居心地がいいんでしょうね。それで、ここにねぐらを決めることになったという。ところが、二人の若者というのが、自分の思ったような相手じゃないですから、どっちにいい顔すればいいのかわからない。人にいい顔して生きてきたんでしょうね、この人は。でも、それが通用しない連中で。というところで、この老人の悩みは深刻なんですが、二人の方には、この老人をどう扱うかという問題がある。兄弟二人で暮らすにはきついと思うんですよね、二人とも(笑)。ただ、老人がいたら何とかなるんじゃないかと、そこで彼を管理人にするという発想が出てくる。管理人というのはひとつ社会的な仕事であって、この浮草のような老人にとって、管理人というのは社会人になれる第一歩になるかもしれないということがあるわけです。だから、考えたらすごくうれしいんだろうと思うんです。そんな風にして、行き場所のない3人の話という気もしているんですが、稽古で、このお二人と格闘して、ピンターと格闘して、小川さんの演出があって、どういう風に変化していくのか。稽古の日々が、一番重要なピンターとの付き合い方だと思っています。

入野:3人芝居ですが、二人のシーンが多いんです。何故かはわからないですが、ある種の緊張感というものがずっとあって、その緊張感が、自分が台本を読んでいてすごく引きつけられる部分だったんです。緊張感がいろんなうねりを経て変化していって、ラストに至るまで3人の関係値がいろいろと変わっていくのが、読んでいておもしろかったですね。全体を通してみると、いろいろな読み方ができて、まだわからないところだらけなんですが、なぜこの作品が長い間上演されているのか、そして今回なぜ上演することになったのか、小川さんと一緒に稽古で読み解いていく中でわかるものが何なのか、どんなところにたどり着くのかとても楽しみです。

木村:難しいなりに、たぶん、各々が各々の解釈をもってきて稽古場でぶつかると思うんですが、その発見も楽しみですね。今はまだ自分の役でしか読めていないから、作品全体を把握するというのはなかなか難しいなと。でも、各々がもってきた解釈がぶつかり合えば、もちろん、もっとわからなくなる瞬間もあると思いますし、それでいて、この3人で描くピンターの『管理人』はこういうところに向かうべきなんだなっていう終着点も見出だせてくるのかなと思いながら稽古に励みたいです。ミックとしては、デーヴィスに対して何回も名前を尋ね返すくだりで、すごく怪しんでいるのか、それでいてなぜ彼を管理人に指名したのか、理解しがたい部分ももちろんあるけれど、人間ってそういうところがあると思うんですよ。今言っている発言も明日には変わっているようなことがたくさんあるし、考え方だってそのときのコンディションによって変わりますし。そんな人間性みたいなものがこの不条理劇の中にたくさん詰められているんだなと思うと演じ甲斐がもちろんあります。僕たちはロボットでも何でもない、ただ今を生きている人間だと思うし、それでいて舞台上で生きることができる、そんな役者にとってうってつけの作品なんじゃないかなと感じています。

(左から)木村達成、イッセー尾形、入野自由

ーーデーヴィスには、アストン、ミックの兄弟はどう映っているとお考えですか?

イッセー:デーヴィスとしては力関係を見ていますね。どっちが実力者か。というのは、自分がここをねぐらにしていく上で、どっちにすり寄ればいいのかということがある。そんなイントロがあるんですが、どうも暖簾に腕押しで(笑)。ミックという凶暴なやつが出てきて、いたぶられるんです。それがアストンの兄弟ということがわかって、その後、ミックがちょっと優しくなったりする。で、そっちにすり寄ろうかなと思ったりもする。デーヴィスとしては、思惑がどんどんずれていくんです。

ーーアストン、ミックの兄弟はお互いをどう見ているのでしょうか。

入野:アストンは、もともとどういう人物なのか、すごく不明瞭で、わかりそうでわからないというところがあるんです。小川さん含めて、稽古場で作っていきたい部分ですが、ミックとの兄弟関係も非常に不確かなところだと思うんですよね。どれが本当でどれが嘘かわからないところがある。でも、ミックが何かの事情があってアストンをあそこに住まわせているのだとすれば、もともとはいい兄弟関係だったのかもしれないし、でも、もしかしたらずっと疎ましい関係でお前はそこにいろと言われてそこにいるのか。現時点では、このキャラクターはこういう人でこういうことなんですと言えないというところが正直なところです。演劇を観て、あそこおもしろかったよねとか話し合う楽しみってあると思うんですが、『管理人』に関して言えば、一緒に観に行った人と話し合ったとき、全然解釈が違ったりとか、かみ合わなくて混乱に陥るかもしれない、そんな作品だと思います。なので、質問の答えとしては、シンプルに言ってわかりません(笑)。

木村:『管理人』についての取材が、完全に不条理劇みたいな、よくわからないことになってますよね(笑)。ピンターの術中に完全にはまっている証拠だと思います。わからないことを声を大にしてわからないと言うつもりもないですけれど、わからないことに誇りをもって堂々と演じていきたいという気持ちもあるんです。だって、人間の解釈が追いつかない人って絶対いると思うし、でも、できるだけそこに近づきたいとも思うし。だから、兄弟の関係性も、それはもう、役者個人の関係、木村達成と入野さんとの関係でつないでいくことも可能だと思いますし。それでいて、デーヴィスという役に対するフォーカスの当て方みたいなものは、割と戯曲の中に鮮明に書かれていると思うんです。強く責め立てたり、それでいてマウントを取りに行ったり。そういったところで3人の関係性を小川さんと一緒に稽古場で新たに作ることができたらすごく幸せですし、すごく楽しみなことでもありますね。

ーー不条理劇って難しいかも……と思っている観客に向けてメッセージをお願いします。

木村:SNSでも、「これがわからなかった」という感想をよく見かけたりします。でも、わからなくていいと思うんです。僕らはもちろん、すべてを伝えようとして演じますが、人間ってわからないことの方が多いし。でも、ときどき、ホントに考えた? と思うこともあって。自分の理解が追いついていないだけでわからないって批判するのもおかしいなって思いますね。わかりやすいお芝居を観た方が理解できて、作品に没入できるのかもしれないし、でも、この『管理人』は、お客さんをおいてけぼりにしながらも作品に引き込むところがすごく魔力をもっている戯曲だと思いますので、そこらへんに巻き込まれるのも観劇のスタイルとしてはありなのかなと思うので。「わからないことでこの舞台を避けようとしているのはだめだよ!」って言いたいです。今、いいこと言ったんじゃないでしょうか。イッセーさん、どうでした?

イッセー:(頷いて)「これを観ると、あなたも不条理劇がわかります」。そういう芝居ですよ。長年上演されてきた『管理人』を今、どう伝えるか。現代と『管理人』との関係性があるんだと思います。

入野:3人の会話を楽しむというところが、作品のおもしろさとしてあると思います。内容がわからなかったとしても、テンポだったり、わからない、それって何だろうという興味にフォーカスを当てていったりとか、そういうところで楽しめる舞台になるんじゃないかなと思います。緊張感だったり、この空間そのものを楽しんだり、そんなことができるんじゃないかなと。きっと異様な空間になると思うんです。戯曲のト書きに書いてあるセットの内容や3人の関係性、そういう違和感、日常と違うところもひとつの楽しみになってくるんじゃないかと思います。

ーー“ピンター・ポーズ”と言われるピンター独特の間が多くみられる作品でもあります。

イッセー:私も一人芝居で間を多用しています。間とは、自分自身が考えたり、お客様が想像したりする時間、そういう風にとらえてやっています。階段でいう踊り場ですね。踊り場に、自分もお客様もいる。今まで昇ってきて、ちょっとここで止まるよ、まだまだ昇るよ、ちょっとここで頭を整理しようというような時間。そういう風にピンターの間も解釈しています。自分が考える時間は相手が考える時間でもある。自分が考える時間があって、自分がしゃべる。相手が考える時間があって、相手がしゃべる。間というのは空白じゃないんですね。言葉にならないものも言葉だとすれば、言葉が充満している時間なんだと思います。

入野:間って、難しいですよね。芝居をやる上では、セリフよりも大事というか、何もない間というものを大事にはしているんですけれど、毎回間に苦戦しているというのが正直なところで。ちゃんと自分の中で埋められていないとすごく長く感じてしまうし、感じすぎてしまうと相手にとってすごく長くなってしまうこともある。自分自身だけのことじゃなく、この空間で、お客様と役者同士、共有している一番気持ちいい瞬間というものをしっかり逃さないようにキャッチしなくてはと思っています。

木村:間っていうものは、戯曲に書いてあっても、あってないようなものとしてとらえたいです、僕は。やっぱり、文字だけ見てしまうと、ある種、何も生まれていない、止まっている時間のように見える。でも、人間ってたぶん、しゃべっていない、止まっている時間でも頭の中はすごく動いているし、頭の中には常にいろいろな言葉が飛び交っている、それが間だと思うので。だから、気持ちとか心とか、頭の中に出てくる会話、言葉が常にめぐっている時間と思えるような気がしていて。本当に、わからなかった瞬間に止まることも、一応、理解しようとしている時間だと思うので、間を本当に止まっている時間としてとらえたくはないですね、この作品に限らず。

(左から)木村達成、イッセー尾形、入野自由

ーーこの作品にあるような、かみ合っていないようでかみ合っている会話は、日常にも意外とあるような。

イッセー:それは日常茶飯事ですよね。言葉を意識して考えながらしゃべっているんですけれど、かみ合わないことってある。この戯曲でいうと、デーヴィスが延々としゃべる。虐げられてきたじいさんだからしゃべりたいんだろうと思うんですが。全体としてかみ合ってない会話になってしまっているところがあるわけです。お互いを理解しようとしていないからこうなってしまうのかなという。

入野:かみ合ってそうでかみ合っていない、その逆も然りで、日常によくあることですよね。そういうとらえ方をすると、この戯曲の中に流れている時間だったり会話というものは、さして変なことではなく、彼らの中ではもしかしたら通っている会話なのかもしれない。舞台の稽古のときとかもよくあるんですけれど、自分はこうしたい、相手はこうしたい、演出家はこうしてほしい、これはこうじゃない方がいいということの会話とかがあって、それをどう整理していくかというところで、最終的には落ち着くところに落ち着くんですが、自分の主張というものをどう出すかという。……難しい質問ですね。

木村:僕は、はじめましての人と会話するとき、かみ合っているようでかみ合わないなという瞬間がよくありますね。誰かが相手に合わせることで、かみ合っているようでかみ合わないような、かみ合わないようでかみ合っているような。ただ、初対面でどこまで話を深掘りするかというところにもよると思うんですけれど。僕は割と初対面でも胸の内をすぐ明かしてしまうというか、自分のお腹の内を見せることが割と早いので、攻めた質問をしたりとか、攻めた会話になりがちなんですが、でも、相手のペースももちろんあるわけで、そういう会話をしているときはかみ合っているようでかみ合わないし、それを傍から見ている第三者はやはりおもしろいわけです。やっぱりそういう瞬間は、第三者である僕のマネージャーはすごく感じているんじゃないでしょうか。

入野:確かに、遠慮とか、そういうものが曖昧さを生んで、かみ合わないところにつながるのかなということは、今聞いていて思いましたね。さすが弟、すごいなと思いました(笑)。

木村:(笑)。「切れ者のミック」って書いてありますからね。

入野:アストンは何となく、ぼやっとしている感じだから。

ーーイッセーさんは『ART』で小川さんの演出を経験されています。

イッセー:ただただ小川さんの喜ぶ顔が見たくてですね、この話をお受けしたようなもので。『ART』でも明確な演出をされていたので、この『管理人』でも僕たち3人に明確な課題を出してくれると思います。それを私がクリアしたその先に何かがある。この戯曲もそうですし、『ART』でも感じたことですが、長いんです。実際に声を出して読むんじゃなく、言葉を追って読むだけでも長いです。それだけお客さんも長いと感じると思うと思うので、大切なのは持続力ですね。最初の入り口があって、いろいろな旅をして出口にたどり着く。そのためにはどうしたらいいか、僕自身、僕たち自身、旅をするんだと思うし、お客さんたちも旅をするんだろうと思うし、そのためにもかなり辛抱強く、時間をかけて作っていく。もちろん飽きさせないようにしなくてもいけないし。時間がカギだと思います。

ーー入野さん、木村さんは小川さんの演出は初めてになります。

入野:小川さんが演出助手で入られていた『ETERNAL CHIKAMATSU』でご一緒しました。演出されている作品もいろいろ観ています。小川さんの演出を受けた方に話を聞くと、みんな刺激をうけて、自分が変わっていったという自覚もあるみたいで、そういった役者としての発見も楽しみですし、今回はそこにプラスアルファ、『管理人』という戯曲をどう読み解いていくのか、どうしてこの戯曲をやろうと考えたのか、それをわかっていくのが楽しみです。

木村:僕ははじめましてです。演出作品も観ていなくて、どういう方なんだろう、どういう演出をつける方なんだろうと、まだまだ未知なので。人は出会いですごくいろいろな変わり方をしていくと思いますし、僕が小川さんの演出を受けたらどう変わっていくのか、すごく楽しみで。それぞれの出会いを大切にしながら、ピンターのこの作品に挑めるのは素敵なことですよね。演出家の言うことを理解できなくてもやってみることってあると思うんです。そんな瞬間もたくさん訪れると思いますし、一つひとつの瞬間を無駄にせず、大切にしていきたいなと思っています。

(左から)木村達成、イッセー尾形、入野自由

■イッセー尾形
ヘアメイク:久保マリ子
スタイリスト:宮本茉莉
衣裳クレジット:DUELLUM(デュエラム)

■木村達成
ヘアメイク:齊藤沙織
スタイリスト:部坂尚吾(江東衣裳)
衣裳クレジット:ジャケット¥75,900、ニット¥68,200、パンツ¥45,100(すべてBARENA / 三喜商事 03-3470-8232)

■入野自由
ヘアメイク:齊藤沙織
スタイリスト:村田友哉(SMB International.)


取材・文=藤本真由(舞台評論家)

公演情報

『管理人/THE CARETAKER』
 
作:ハロルド・ピンター
翻訳:小田島創志
演出:小川絵梨子
 
出演:イッセー尾形、木村達成、入野自由

<東京公演>
日程:2022年11月18日(金)~11月29日(火)
会場:紀伊國屋ホール
料金:9,300円(全席指定)
一般発売:2022年10月1日(土)10:00am~
お問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日12:00~15:00)

<兵庫公演>
日程:2022年12月3日(土)~12月4日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
料金:A席:8,500円(全席指定)、B席:5,500円(全席指定)
一般発売:2022年9月25日(土)10:00am~
お問い合わせ:芸術文化センターオフィス 0798-68-0255(10:00~17:00/月曜休※祝日の場合翌日)
 
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