<2015年末回顧>小田島久恵の「オペラ」ベスト5

2015.12.30
特集
クラシック

神奈川県民ホールオペラ『金閣寺』より

2015年 私の「オペラ」ベスト5

1位 『金閣寺』黛敏郎 神奈川県民ホールオペラ (12月)
2位 『ドン・ジョヴァンニ』モーツァルト 英国ロイヤル・オペラ (9月)
3位 『マクベス』ヴェルディ 英国ロイヤル・オペラ (9月)
4位 『ダナエの愛』R・シュトラウス 東京二期会 (9月)
5位 『ファルスタッフ』ヴェルディ 新国立劇場 (12月)


2015年、国内オペラはレアでユニークな上演が多く、ここに入りきらなかった名演には東京二期会の『魔笛』(宮本亜門演出)や、藤原歌劇団の『ランスへの旅』(指揮アルベルト・ゼッダ)がある。前者は、サラリーマンの男性が王子タミーノに変身し、ゲームの虚構の世界でオペラの物語が展開される…という斬新な設定で、宮本亜門らしいチャーミングなアイデアが次から次へと飛び出し、オペラ初心者にも大きな人気を得た。“ロッシーニの神様”アルベルト・ゼッダが指揮した『ランスへの旅』は藤原歌劇団の歌手たちの層の厚さ、底力の凄さ(驚異の十六重唱!)を証明する上演となり、日本のオペラ上演史の中でも記念すべきイベントとなった。

そんな「豊作」の中でも、音楽的内容・演劇的な先鋭性がともに際立っていたのは、神奈川県民ホールオペラ『金閣寺』だった。三島由紀夫原作の観念小説を、黛敏郎がベルリン・ドイツ・オペラの委嘱によってオペラ化した作品で、初演は1976年。主人公の「溝口」をダブルキャストで演じたバリトンの小森輝彦と宮本益光、下野竜也と神奈川フィルのハイレベルの演奏も見事であったが、この難解なオペラを、鮮明かつ立体的に舞台化した田尾下哲の演出には、異能の才を見た思いだった。和の美学に通じ、戯曲「近代能楽集」を書き残した三島の美意識が、美術や衣装や照明のそこかしこに息づいていて、「日本的ではなくドイツ的」な観念オペラの骨太さも表していた。たった二日間の上演のために、舞台の上に大きな金閣寺が建てられたのも、大きなインパクトだった。

2位と3位の英国ロイヤル・オペラは、このオペラハウスの「モダンと伝統」の二極を表す対照的なプロダクションで、プロジェクション・マッピングを使用したカスパー・ホルテン演出の『ドン・ジョヴァンニ』と、映画監督でもあるフィリダ・ロイドの演出『マクベス』は、いずれも「人間心理の底なしの怖さ」を感じさせた。英国ロイヤル・オペラの先鋭的な演劇への取り組み、歌手たちのレベルの高さに圧倒され、マクベス役のサイモン・ギンリーサイドは中でも傑出していた。

日本のオペラハウスの上演では、二期会の 『ダナエの愛』の日本舞台初演も大きな話題だった。映画監督の深作健太が手掛けた初のオペラ演出となったが、R・シュトラウスの音楽を視覚化したような美麗な装置、幻想的な照明、人間心理の繊細な描写に、このマイナーなオペラが現代の新作としてよみがえった感があった。『金閣寺』同様、ここでもバリトン小森輝彦の活躍はすごかった。

師走に飛び込んできたオペラの傑作は、新国立劇場の『ファルスタッフ』。再演プロダクションだが、歌手たちの青天井のうまさ、指揮のイヴ・アベルの巧みなタクト、タイトルロールのゲオルグ・ガグニーゼの天才的名演に舌を巻き、さらにガグニーゼはこれがロール・デビューだというので椅子から落っこちそうになった。飯森芸術監督によるワーグナー「リング四部作」に話題が集中した年だったが、こういうチャーミングなプロダクションも新国は傑出している。「二度見たい」と思った傑出したファルスタッフだった。