宮田大『チェロ・リサイタル2022 with ジュリアン・ジェルネ』ライブレポートが到着

2022.12.14
レポート
クラシック

宮田大 photo by Takafumi Ueno

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日本を代表するチェリストとして国際的に活躍する宮田大が、2022年11月25日に東京の紀尾井ホールでリサイタルを行った。

今年の2月には東京オペラシティ コンサートホールで、ピアニストの山中惇史、バンドネオン奏者の三浦一馬、ウェールズ弦楽四重奏団とともにピアソラをテーマにしたリサイタルを行い、1600人の聴衆を熱狂させた宮田が、次なるテーマに選んだのはラフマニノフ。ピアノには盟友ジュリアン・ジェルネを迎えた。

ジェルネとは10年以上にわたりデュオを組んできたが、コロナ禍でジェルネの来日が叶わず、3年もの間共演することができなかった。2022年4月に約3年ぶりの再会を果たした宮田とジュルネは、香川県でラフマニノフとカプースチンの作品をレコーディングし、リサイタルのプログラムもアルバムの収録作品を中心に組まれた。は宮田のリサイタルがいつもそうであるように、発売後すぐにソールドアウトとなった。

リサイタルの冒頭を飾ったのは、ラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲》の第18変奏である。これはラフマニノフが書いた音楽のなかでも最も美しいもののひとつだ。原曲はピアノとオーケストラだが、宮田とジェルネがチェロとピアノのためにアレンジした。ジェルネの繊細なピアノでラフマニノフの世界の扉が開くと、宮田の芳醇な美音が堰を切ったように歌い始める。宮田はいつもリサイタルの最初の1音目から聴き手の心をがっしりと掴む。宮田の音がホールを満たした瞬間に、聴き手は日常から切り離されるのだ。それは優れたシェフによるアミューズブーシュを思い起こさせる。

ラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲》に続いて演奏されたのは、カプースチンの《ニアリー・ワルツ》と《エレジー》。ここまでの3曲は全てアルバムに収録された作品である。

カプースチンは現在戦禍にあるウクライナのドネツク出身の作曲家で、ジャズに影響を受けた作品を数多く残した。スウィングやグルーヴも全て譜面に書き起こし、楽譜を忠実に演奏するとまるでジャズの即興にように聴こえるユニークな作風で知られる。演奏の細部に至るまで、楽譜に指示が書き込まれている分、奏者のオリジナリティを発揮するのは容易ではないが、宮田とジェルネはアンサンブルが崩壊しないぎりぎりまで大いに遊ぶ。宮田がアイデアを投げ掛ければ、すぐにジェルネが応じる、そんな高度な対話が繰り広げられた。

photo by Takafumi Ueno

カプースチンが終わると、宮田とジェルネのソロの時間となる。ジェルネは自ら編曲したハチャトゥリアンの《仮面舞踏会》の〈ロマンス〉と〈ギャロップ〉を披露した。とりわけ〈ギャロップ〉ではジェルネの高度なテクニックだけでなく、エンタテイナーとしての才能も大いに発揮され、会場は大いに沸いた。

続いて宮田が演奏したのは黛敏郎の《BUNRAKU》。三味線や義太夫節など人形浄瑠璃文楽のさまざまな要素をチェロ1本で表現した作品だ。宮田はデビュー以来この作品を大切に弾き続けてきた。宮田は2月のリサイタルでファジル・サイのチェロ・ソナタ《4つの街》を演奏し、トルコの民族楽器の響きをチェロで見事に表現してみせたが、《BUNRAKU》の演奏はそれをさらに上回る説得力あるものだった。

三味線を模した冒頭のピッチカートが鳴り響いた瞬間、紀尾井ホールは文楽劇場へと姿を変えた。《BUNRAKU》は、音色や表現のひきだしを豊富に持つ宮田だからこそ十八番にできる作品なのだ。この《BUNRAKU》の演奏は間違いなく前半のハイライトであった。

photo by Takafumi Ueno

photo by Takafumi Ueno

前半の最後は再びデュオで村松崇継の《Earth》が演奏された。元々は日本を代表するフルート奏者、高木綾子のために書かれた作品だが、今ではさまざまな楽器で演奏される人気曲となった。果てしなく続く大地を思わせる、息の長い旋律は、混沌のなかにある世界への祈りのようにも聴こえる。前半の幕を閉じるのにふさわしい音楽である。

photo by Takafumi Ueno

後半はいよいよメインディッシュ、ラフマニノフのチェロ・ソナタである。宮田は若い頃から、この作品を人生の節目で演奏してきた。一方録音には慎重で、人生のいろいろな経験を経てからレコーディングしたいと、機が熟すのをじっと待っていたという。今年、ジェルネとの約3年ぶりの共演が実現したタイミングで、宮田は満を持してラフマニノフのチェロ・ソナタを録音した。

美しい旋律に満たされたラフマニノフの音楽は、甘すぎる演奏になってしまうことも少なくないが、宮田とジェルネの演奏は抒情的でありながら硬派という絶妙なバランスを実現していた。そうしたアプローチが最も活きていたのは第3楽章であった。宮田とジェルネは音楽に差し込む光量を巧みにコントロールして、ロマンティックな音楽に陰影を与えていく。中間部のチェロの低音が力強く歌う箇所で、宮田はチェロだけでなく、自らの肉体、ジェルネのピアノ、そしてホールの空間の全てを鳴らして、圧倒的なクライマックスを形作った。

photo by Takafumi Ueno

宮田とジェルネの渾身のパフォーマンスに800人の聴衆は熱狂的な拍手を贈った。鳴り止まない拍手に応えて、カプースチンの《ブルレスケ》など2曲がアンコールとして演奏され、リサイタルの余韻は長く続いた。ピアソラからラフマニノフと充実した1年を駆け抜けた宮田大。2023年はどんな作品で私たちを高揚させてくれるのだろうか。来年も宮田の活動から目が離せない。

photo by Takafumi Ueno

text by Hiroyuki Yagi
photo by Takafumi Ueno

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