ほろびて『あでな//いある』は「拒絶と否定」をめぐる「今」を書いた作品~作・演出 細川洋平インタビュー
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ほろびて『あでな//いある』 細川洋平
こまばアゴラ劇場にて、ほろびて『あでな//いある』が2023年1月21日(土)に開幕、29日(日)まで上演する。
「ほろびて」は作・演出を手掛ける細川洋平が2009年に立ち上げ、2010年より始動させた演劇カンパニーで、2021年に開催された第11回せんがわ劇場演劇コンクールにおいて『あるこくはく』がグランプリと劇作家賞を受賞するなど、その活動は高い評価を受けている。
新作公演となる今回は、拒絶と否定を巡る思索劇ということで、ほろびてへの出演は初めてとなる6名のキャストと共に早稲田どらま館でのワークインプログレスを経て、じっくりと時間をかけてクリエイションが行われた。本番迫る稽古場を取材し、細川に本作への思いを聞いた。
■言葉にならないやりとりを作ってみたい、と始めた「ほろびて」
――まずは細川さんがなぜ演劇をやろうと思ったのか、そのあたりの動機を教えてください。
大学に入って、なんか目立ちたいな、という本当にしょうもない理由で(笑)、バンドをやるために音楽サークルに入るか、演劇サークルに入るかで悩んだんですね。でも演劇サークルの方がちょっとオフビートというか、居心地がいいなと思って「早稲田大学演劇俱楽部」という演劇サークルに入りました。
ほろびて『あでな//いある』 細川洋平
――脚本を書き始めるきっかけは何かあったのでしょうか。
新人公演用に書いてみたものが、サークル内の投票で選ばれて上演されたのが最初でした。その後、自分が主宰・作・演出を務めた劇団「水性音楽」を結成しましたが、その劇団と、俳優として所属していた劇団「猫ニャー」の両方が20代のときに解散してしまったので、そこでちょっと演劇から離れて、自分がモチベーションを持ってやれる仕事は何があるだろうか、と考えたときに、何でもいいから書きたいなと思って、それでライターとしての勉強を始めました。そうやって書くことは続けてきましたが、ほろびてはまた全然理由が違っていて。20代の頃にやっていた演劇活動について、なんであんなことやっていたんだろう、何の意味があったんだろう、みたいに否定的に思うことが一時期あったんです。
――今作のテーマ「拒絶と否定」にも通じるようなお話しですね。
30歳を過ぎてから「演じるってどういうことだろう」と考えるようになって、映画監督のワークショップにいくつか参加する中で、人と人が普通に会話するだけでものすごく奥が深いな、と感じました。誰かが面白いことをやるとかではなくて、言葉にならない純粋な感情があって、そこからちょっとだけはみ出た言葉が交換されて、でもそこにすれ違いが起きる、といったことが面白く感じて、こういう「言葉にならないやりとり」を作ってみたい、というところから始めたのが「ほろびて」です。
■演出家や劇作家が自分の力を自覚した上でどう接していくのか
――今作のテーマ「拒絶と否定」は、どういったところから着想されたのでしょうか。
これまで、自分が嘘をつかずに書けることを、と思ってどうしても誰かを傷つけてしまう人とか、存在が否定されてしまう人とかが出てくる作品を書いてきました。それで、今公演の企画を立てるにあたっては、まず社会や自分の周囲の状況を鑑みて、拒絶されてしまう人、否定されてしまう人を書こうと考えました。でも、その後に現実でいろいろな事柄が明るみに出たことで、自分がやろうとしていることは本当に我が身を内側に置いているのかな、という疑問がどうしても消えなくて、着想した当時からは大きく変化しています。ですので、今回は否定を否定するというか、抗うような作品にしたい、と思って作ってきました。
――ほろびては最初から台本があるというスタイルではなく、まずは役者さんを集めてみんなで稽古場で作っていく、という感じなのでしょうか。
最初に自分の中で大きいテーマを決めたら、あとは俳優さんとお互いを知る時間を取って、稽古場で立ち上げていきます。あらかじめ書いていくこともあるのですが、だいたい自分の中でうまく行っていないことに我慢できなくなってすべて捨ててしまうことが多くて。事前にもっとしっかり書ける方法を探している最中です。同時に、ほろびてでは活動する中の環境を良くしたいと思っていて、これまでも俳優さんといろいろ話し合いを重ねてきましたが、それでも全然足りないと反省することも多く、今回は特に話し合いに力を入れました。まず僕が言葉を飲み込むことをやめる、そうすることで、俳優さんから言葉が聞けたらいいなと。発言には慣れ不慣れもあって、どうしてもグラデーションが出てしまうので、いいバランスを見つけられたらいいなと思いながら、作品に対する意図やアプローチ方法の確認、情報の共有をできるだけして進めています。みんながしゃべる機会をたくさん作って考えを聞けたらと思っていて。今回はみんなで集まる期間も長く設けられたので作品のテーマになっている「拒絶と否定」についてもいろいろ話を聞いて、創作のヒントにしていきました。
ほろびて『あでな//いある』 細川洋平
――昨年12月に早稲田どらま館で行われた、今作の演出助手でもある渡邊綾人さんの作・演出による「ほろびてスピンオフリーディング公演『きれいな糸』」の終演後に観客と対話する時間が設けられて、細川さんが「じゃあ皆さんで車座になりましょう」と声をかけていたのが新鮮でした。クリエーション側と観客側、と分かれずにその場にいた全員が均等な立場に置かれることで、お互いに意見交換がしやすかった印象を受けました。
ワークインプログレスでどらま館に滞在している間、様々な問題について劇場制作の宮崎晋太朗くんとも話し合いました。渡邊くんは演出助手として稽古場では僕の隣にずっといるので、観客がクリエイターやアーティストと意見交換をすることの難しさとか、自分の力を自覚した上でどう接していったらいいのか、などいろいろな話をしています。僕個人の考えですけど、演出家と劇作家が力を持っていることを認めることから始めるしかないのではないかと思うんです。この問題は、僕よりも下の世代の20代とか30代の人たちは割と日常的に、疑問を感じずにちゃんと立ち振る舞えている気がして、だから僕たち世代が彼らに気づかされることばかりですね。
――どらま館滞在期間中は稽古場の公開もされていました。
稽古場公開は、コロナ対策を含め、場所が許せばどんどんやりたいです。クローズドな空間だと、全体が同じ空気になってしまうから流れが固定されやすいんですよね。風通しを良くすることや他者の存在を意識することはやっぱり大事だなと思います。稽古場公開をしていたときは、ふらりと来てくれる人が結構多かったので他者に向けた言葉を改めて考える機会にもなりました。
■『あでな//いある』というタイトルに込められた意味とは?
ほろびて『あでな//いある』 細川洋平
――タイトルが、一見意味のない文字の並びなのかなと思ってしまうのですが、どういった意図でつけられたのでしょうか。
拒絶・否定を意味する英語の「a denial」をひらがなで「あでないある」とひらいてみて、でもそのままだと面白くないなと思って、言葉そのものをぶった切るという気持ちで、間にスラッシュを入れてみました。それでもまだなにか違う気がしてもう1つスラッシュを足してみたらそこに空間が生まれて、ある種分断の表現にもなるし、その空間が開いていくのか閉じていくのか動的な状態だというふうにも考えられるなとか、そういう感覚でタイトルを考えることが多いです。
――今回は奥田亜紀子さんによるイラストが印象的なフライヤーですが、なぜ奥田さんにお願いしようと思われたのですか。
今回はイラストをメインにしたチラシがいいなと思って、イラストレーターさんを少し探していた時期がありました。僕はもともと奥田さんの漫画は大好きで、『ぷらせぼくらぶ』という作品に描かれている世界観がほろびてにも通じている気がしたので、思い切って依頼してみたんです。ものすごく緊張しましたが、快諾していただけて本当にうれしかったです。
――ほろびてはお稽古で作品を立ち上げていくスタイルなので、作品の形が見える前にフライヤーが完成していると思うのですが、その場合フライヤーに影響を受けることはありますか。
お客さんはこれを手にして来てくれるんだな、と参考にします。でも今回は、お客さんがどういう心で来るのか全然想像がつかないんです。ほろびてにどんなものを期待して見に来てくださるんでしょう……。昨年の芥川賞発表会見で選考委員の川上弘美さんが、記者からの「今の時代にこの作品が選ばれた意味は?」というような質問に対して「受賞作が今を書いているから選ばれたのではなく、どの小説もそれぞれの作家から見た今を書いている」というような主旨の返答をされていたのですが、演劇作品もそれと同じで、ほろびても、「今、どうしてもこれしか言えない、これが言いたい」ということをやっているんだと思います。そういうものでありたいと思います。
ほろびて『あでな//いある』 細川洋平
インタビュー後、稽古場を取材した。
この日はまず、新たに上がってきた台本の読み合わせから始まった。出演者は全部で6名だが、基本的に2、3人の登場人物同士のやり取りが多く続く。
途中、細川脚本の特徴の一つでもある長いモノローグが登場し、静かな稽古場にしばらく鈴木将一朗の声だけが響いていた。鈴木が演じる人物の、心の声が音楽のように流れていく中、時折重たいセリフがズシリと突き刺さる。人の言葉はたとえそれが小さな一言でも武器に変わることがあるのだと、俳優のセリフ回しの巧みさに思い知らされる。
ほろびて『あでな//いある』稽古場写真 鈴木将一朗
モノローグの後には、生越千晴と中澤陽の2人による会話のシーン。読まれた台本からはこの2人の関係性は判然としなかったが、なにやら一筋縄ではいかない関係のようであることは会話の端々から伝わってくる。そして、2人がそれぞれ背負っているものの重たさも垣間見える。しかし2人の会話はかみ合っているようでどこかかみ合っていないような、不安定なざわつきを感じさせる。2人はどのような関係で、このあとどうなっていくのか、気になったまま読み合わせは終わった。
ほろびて『あでな//いある』稽古場写真 中澤陽
ほろびて『あでな//いある』稽古場写真 生越千晴
続いて、冒頭のシーンの立ち稽古が始まった。
ほろびて『あでな//いある』稽古場写真 左から内田健司、伊東沙保
美容師の伊東沙保と、髪を切りに来た内田健司が他愛のない会話を繰り広げ、そこに美容師のアシスタントの吉岡あきこがやってくる。決して長くないシーンだが、冒頭ということもあってか様々な情報が詰め込まれている。「停電」や「塀の中」という、何のことかはわからないが恐らくこの後大きな意味を持つであろうキーワードも繰り返し登場する。ここでも長いモノローグが入り、内田が訥々と語り続ける。彼もまた、様々な背景を抱えていることが明らかになっていく。
ほろびて『あでな//いある』稽古場写真 左から内田健司、伊東沙保、吉岡あきこ
2回ほどそのシーンの稽古を繰り返した後、細川が吉岡に「もっとこうした方がやりやすいとか、ありますか?」と尋ねると、吉岡は自身の感覚的にやりづらい部分を述べ、それを受けた細川が「じゃあ、こうしてみましょうか」と段取りの変更を提案した。そのときの「セリフよりも、状況を優先させましょう」という細川の言葉が、印象に残った。
ほろびて『あでな//いある』稽古場写真 左から渡邊綾人、細川洋平
その後、もう一度同じシーンの稽古を行ったところ、俳優同士のやり取りがいわゆる段取りではなく、生のやり取りのように感じられるようになった。そのときの俳優の状況を見ながら、芝居はこつこつと積み上げられていく。
静かに、しかし確実に紡がれていく物語の一端を、稽古場取材の中で見ることができた。ここから6人の登場人物がどのような人物として、どのような「今」を見せてくれるのか、本番の舞台に期待したい。
ほろびて『あでな//いある』キャスト(提供:ほろびて)
取材・文・撮影=久田絢子
公演情報
ほろびて『あでな//いある』
※日時指定・全席自由
※当日は各席種+500円
■上演スケジュール
28(土)13:00/18:00
※上演時間:約130分(予定)