銭湯みたいな、いい時間。うらじぬののひとり芝居『押忍、わたしたち』稽古場レポート
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撮影=中島花子
俳優・うらじぬのの初挑戦となるひとり芝居『押忍、わたしたち』が2023年4月13日(木)に開幕する。その稽古場を取材した。
うらじは、青年団無隣館2期生として平田オリザの元で学んだのち、劇団子供鉅人(2022年に解散)に入団、以降、劇団公演に加え、維新派、ままごと、財団江本純子、夏の日の本谷有希子、二兎社など幅広い演劇作品に出演する俳優。また映像でも『ブラッシュアップライフ』や『病室で念仏を唱えないでください』など数々のテレビドラマに出演し、映画では8月に主演作『炎上する君』(ふくだももこ監督)が公開予定と、いま注目の存在だ。
撮影=中島花子
その初めてのひとり芝居『押忍、わたしたち』は、都内の古びた銭湯でアルバイト中の宇野千世子(うらじと同じ33歳)によるいくつかの妄想を描く作品で、脚本・演出を手がけるのは演劇ユニット ピンク・リバティ主宰の山西竜矢。監督作の映画『彼女来来』では国内外の映画祭で多くの賞を受賞し、ドラマ『今夜すきやきだよ』の脚本などでも注目を集める人物で、うらじとは劇団子供鉅人にて活動を共にした仲でもある。
撮影=中島花子
どんな空気で稽古が行われているのだろうと少し緊張しながら稽古場に入ると、うらじと山西が衣装について打ち合わせをしていた。舞台上でどんな手順で着替えるのがいいか、頭を振ったときに眼鏡が飛ばないかなど、うらじが試してみては山西が笑い、より良くするためのアイデアを出し合う。真剣だが和やかで楽しそうな雰囲気だ。
撮影=中島花子
芝居の稽古は、冒頭の千世子が銭湯にいるシーンから始まった。ここは千世子の自己紹介と、これから始まる妄想に観客を誘う場面なので、脚本で見るとかなりの長台詞であれこれ解説をしている。だが、うらじのフレンドリーな芝居によってスルンと壁を取り払われ、気付けばその世界に連れていかれていた。本当にあっという間の出来事だったので少し驚いた。
撮影=中島花子
稽古を見ていると、うらじの芝居にはどれだけ引き出しがあるのだろうと思わされる。本作は、転職を考える千世子の「自分がこの職業に就いたらどうなる?」という妄想のもと、そこで巻き起こる事件(多くは笑えるもの)を再現していくという展開なのだが、そこで生まれる不条理を、嫉妬を、残酷さを、うらじは次々と全身で見せていく。
撮影=中島花子
なにげないような場面でも、うらじの仕草や表情、小道具使いなどがいちいちおかしかったり、実はすごいテクニックだったりして楽しい。「これをそんなふうに演じるんだ!」というような驚きが何度もあり、このフルコースぶりはひとり芝居でしか味わえないだろう。
撮影=中島花子
山西は、うらじとは7年ほどの付き合いだそうだが、うらじをよく理解し、脚本でも演出でもその魅力を引き出そうとしているのが伝わってくる。と同時に山西自身がうらじの芝居を楽しんでいて、稽古中はとにかく笑っていた。これまで何度も稽古してきたシーンだろうに、初めて観た筆者と同じように新鮮に笑う姿は印象的であった。取材の段階ではある程度芝居も固まっていたため、うらじが演じては山西がさまざまな面から調整を入れていく場面が多く見られたが、その調整も、うらじから出てくるものを活かしながら、よりおもしろくするために、本当に細かい部分を削り取っていくような印象。言葉のテンポや押さえどころ、リズム、音などについて細かく話し、少しずつ、でも着実に芝居を詰めていた。逆にまだ固まっていないシーンでは、「これどう?」「いいかも、いいかも」とあれこれ試していくのが素早いキャッチボールのようで、見ているだけでおもしろい。最終決定をするのは山西だが、同じ劇団の仲間だったこともあってか関係は対等で、アイデアを出しやすい空気だと感じた。
撮影=中島花子
取材後、どんな作品にしたいと思っているかを問うと、うらじは「銭湯でひとっぷろ浴びて『明日もがんばるか~』みたいな感じの、ちょっとだけ元気になるような作品になれたらいいなと思います」、山西は「うらじはおもしろい女優さんなので、その魅力を詰められるだけ詰めたらおもしろいことになるはず。それをぜひ観に来ていただけたら」と話してくれた。“ひとり芝居”というと、重くて濃厚で観るにはちょっと覚悟がいるようなイメージもあるが、この作品はうらじの言うとおり、肩の力を抜いて観に行き、元気になって帰るようなものになるはずだ。
撮影=中島花子
ちなみに劇場は北千住の「BUoY」という、もともと銭湯とボーリング場だった建物をそのまま生かした場所。本作が上演されるのは剥き出しの銭湯跡地で、お風呂や壁はそのままになっている。そんな中で繰り広げられる千世子の妄想は、一体どんな世界になるのだろう。うらじぬのの芝居をガッツリ堪能できる演劇体験はもちろん、ちょっと変わった劇場空間もぜひ楽しみに足を運んでほしい。
取材・文=中川實穗
撮影=中島花子