野村萬斎・裕基に聞く“狂言三代”「お客さまと共犯関係を結びながら、どこかで絶対に裏切っていく」

2023.7.22
インタビュー
舞台

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『第四回古典芸能を未来へ ~至高の芸と継承者~』「狂言三代 野村万作・萬斎・裕基」が国立劇場大劇場にて上演。野村万作一門三代の芸と継承がテーマの本公演では、人間国宝で日本芸術院会員でもある野村万作(92)をはじめ、その人気と実力でいま最も勢いのある狂言師・野村萬斎(57)、次世代のスターとして期待を集める野村裕基(23)の三代を中心に至高の芸が披露される。本公演に出演の萬斎と裕基に見どころや狂言ならではの楽しみ方、家族としての関係性などを語ってもらった。
 

◆さまざまな”時分の花“を愉しんでほしい

野村萬斎さん・裕基さん

――今回の企画は“狂言三代”と銘打たれています。

野村萬斎(以下、萬斎) ひとつのグループにおいて三代の狂言師が同じ舞台に立つことは、そのグループの充実を示していますし、芸の厚みを感じていただけると考えています。能狂言には芸の魅力を花にたとえる“時分の花”という言葉もありますが、いわば若木の桜から、朝霧の中で幽玄に咲く老木の花まで、さまざまな“時分の花”をお見せできればと思います。

野村裕基(以下、裕基) 今回は「鮒」「通円」「住吉」という小舞からプログラムがスタートします。僕は「鮒」を舞わせていただきますが、20代である自分の身体が宿すダイナミックさが「鮒」の肝になると思いますし、祖父が舞う「住吉」は狂言の独特な謡い方である小歌(こうた)に特徴があります。三代の狂言師がともに舞台に立ち、それぞれの“花”をお客さまに感じていただくことで、ご自身の世代や状況を踏まえた想いも重ねてご覧いただけるのではないでしょうか。

野村萬斎さん

萬斎 まあ、アイドル歌手から演歌歌手まで世代によっていろいろな表現があるようなものと捉えていただいてもいいと思いますよ(笑)。小舞では私たちが紋付袴姿というもっとも“素”に近い姿で舞うわけですから、年代による芸の変遷もよくわかると思います。「鮒」はかつて父も僕も得意としたアクロバティックな動きが特徴の小舞ですが、「通円」になると小道具が出てきて自らはさほど動かない。「住吉」はほぼ動かずして舞うというある種究極の形で、まさに“静中動(せいちゅうどう)あり”だと思います。これは踊り手がアスリートにもなりうる西洋の舞踊とはまったく異なる表現のスタイルですね。
 

◆92歳と23歳の共演が見どころのひとつ「「舟渡聟(ふなわたしむこ)」

――裕基さんは祖父である万作さんから舞と謡(うたい)、萬斎さんから狂言の指導を受けていると伺っています。おふたりの指導法に違いはあるのでしょうか。

裕基 もとは父も祖父から習ったわけですから大きな違いはないのですが、父の指導はより現代の技術や状況を意識してのものだと感じます。たとえば、舞台上で自分の姿がお客さまからどう見えているか、カメラワークを例にして教えてくれたりもしますね。祖父はベーシックというか、ルールに則った基礎をしっかり伝えてくれていると感じます。

――狂言の舞台でカメラワークを意識するって考え方、とても面白いです。

萬斎 狂言であっても演出的効果を意識して「こうすればこの効果が得られる」と体系的に教えることは多いです。世阿弥は“離見の見(りけんのけん)”と言いましたが、私たちの世界には演出家がおりませんから、何もない空間でも必要な時にお客さまの視線を自分に集められるよう、自らが工夫しなければいけません。舞台に立つ自分の姿を客観的に見つめる力が必要なんです。逆に古典芸術の舞台に立つ俳優が映像の世界に行くとなんだか過剰に見えちゃうこともあるでしょう(笑)? その理由のひとつが、つねに場を支配することを意識して舞台に立っているからだと思いますよ。

――今回、92歳の万作さんと23歳の裕基さんが共演なさる「舟渡聟(ふなわたしむこ)」は古典の名作ですが、裕基さんご自身が考える見せどころはどこでしょう?

野村裕基さん

裕基 「舟渡聟」は妻の実家にあいさつに行く聟(むこ)が酒を持って船に乗り、その船頭に酒をゆすられてしまうのですが、じつはその船頭こそが妻の父である舅であったというお話です。何もない舞台上で船頭の棹1本で渡し船の様子を表現しますが、船頭と聟とのコンビネーションで左右に揺れ傾く船を表すダイナミックな動きもあって楽しいと思いますし、船を“揺する”のと、酒を“強請る”というふたつの言葉の音が同じなのも面白いと感じています。

萬斎 この演目のテーマのひとつが赦し、なんですね。船の上に始まり、最終的には聟と舅は和解するわけです。その最後の場面では、台詞がだんだんとミュージカルのようなハーモニーを奏でて、やがて謡になっていくという音曲的な演出にも注目していただくと良いと思います。
 

◆新作が古典として受け継がれるにはアップデートも必要

――萬斎さんが主役の小吉を演じる「鮎」は池澤夏樹さんの小説をもとに2017年より上演されている新作狂言ですが、原作小説とラストが少し異なる点が大変興味深かったです。

野村萬斎さん

萬斎 僕は古典にはないテーマにフォーカスすることが新作を作る大きな意味だと思っています。「鮎」のラストを原作小説と少し変えたのも、この新作狂言を現代社会にリンクさせたいと考えたからですね。新作狂言「鮎」ならではのテーマが、夢を持ち都会で一旗揚げたいエネルギッシュな若者と、リタイアする時を迎えて静かに暮らそうとする老人の世代間ギャップ。また、ラストの若者の叫びで現代社会に対するある種の問題提起ができればとも思いました。この作品を劇場でやる時はその若者の叫びに呼応するように一気に時空が飛ぶ現代劇的アプローチを行います。そうすることで狂言がただ過去の古い出来事を見せるものではなく、今を生きる我々を描くものでもあると提示できるのではないかと考えたからです。

裕基 「鮎」はまさに僕ら世代の若者に重なる演目だと感じます。最初にこの作品を観た時に、ラストシーンで信号機の音が聞こえてきて、渋谷のスクランブル交差点のイメージがふっと浮かびました。スクランブル交差点を行きかうような多種多様な人々、老若男女がいるうちの1人が「小吉」なのかな、と思ったんです。

――ご自身でも「鮎」の小吉を演じてみたいと思いますか?

野村裕基さん

裕基 それは難しいですね(笑)。というのも、若者の役を20代の僕がやるのがこの作品において果たして良いことなのかという問いが自分の中にもありますから。

萬斎 より生々しさが出るからね(笑)。「鮎」の小吉は10代から大体60代くらいまでを夢の中で生きるわけですが、いつかは僕以外の演者にやってもらうことはあると思いますよ。型が同じでも演じ手が変わることでさまざまな個性が表に出て、作品のアップデートにも繋がりますし。新作が時を経て古典になっていく上で、複数の演じ手が演じ、作品が洗練されていくことは必要な道のりだと思っています。

――作中で青い衣の鮎たちが登場するのもとてもチャーミングでした。

萬斎 本来、鮎は群れない魚ですが、古典にはない新しい試みとして魚の群れを登場させることにぜひトライしたいと考えていました。この作品では小吉が供された鮎を食べている間に出世する夢を見ますが、その夢の世界で相手役としてお付き合いくださるのが食べられている鮎という趣向です。ただ、“邯鄲の夢”のようにラストを既存の夢オチにしてもつまらないし、地に足を付け生きなさいとお説教っぽくなるのも嫌でしたから(笑)、最後に現代に繋げる構成にしたわけです。

――裕基さんもいつか新作狂言をお作りになりたい?

野村裕基さん

裕基 祖父がシェイクスピアを題材に新作狂言を作り、父がその挑戦を受け継いで新作を発表してきたスピリッツを僕も継承し、いつかは新しい創作に挑む日が来るとは思っています。まだ今はまだ型の習得に励む日々ですが。

萬斎 ゼロから新作を作ることは、すでにある演目を覚えて演じることとはまた違う苦しみですから。この人(裕基)がゼロから作る苦悩に立ち向かう日も来ると思ってはいますが、僕はなるべくそれに関わりたくないですね(笑)。

――いえいえ、その時はぜひおふたりの共演でお願いします。

萬斎 さあ、どうかなあ(笑)。
 

◆ラヴェルの「ボレロ」と狂言「「三番叟」との意外な共通項

――今回は萬斎さんのお名前がついた「MANSAIボレロ」の独舞もありますが、「ボレロ」といえばギエムの印象も強かったので、最初に拝見した時は衝撃的でした。

野村萬斎さん

萬斎 ラヴェル作曲の「ボレロ」をコンテンポラリーとして振付けたベジャールは日本に大きく影響を受けた芸術家です。さらにこれだけ同じ旋律のリピートが多いところは狂言の「三番叟(さんばそう)」とそっくりですし、振りとしてポンピングを重ね、上へのジャンプでなく下への着地に意識を持って表現する点もじつは狂言と似ています。なので、逆輸入ではないですが、ベジャールが意識したであろう「三番叟」を使い森羅万象や喜怒哀楽、人間の一生を体現するのが「MANSAIボレロ」の特徴とも言えます。これは海外に持っていくのにも適しているんですよ、演奏者がいれば僕ひとりでやれますしね。

――裕基さんは萬斎さんの演出で『ハムレット』に主演なさいましたが、その挑戦が狂言への向き合い方に影響を与えたとの実感はありますか?

裕基 ハムレットを演じたことが今の自分の狂言に影響を与えているとの実感はまだないのですが、子どものころから狂言の稽古を重ねてきて、シェイクスピアの長いモノローグを表現する呼吸法や朗誦法のスキルは自然と身についていたのだと感じました。シェイクスピア劇への出演でその実感を得られたことが、今後、自分が狂言を続ける中で良い影響を与えると思っています。

――おふたりが狂言や演劇の舞台を離れた時、ご家族としての雰囲気など伺ってもよろしいでしょうか。

野村萬斎さん・裕基さん

裕基 僕はもう実家を出て暮らしていますので、父と会うのはおもに稽古場と舞台です。ですので、親子というよりは師匠と弟子としての意識が先に立つことが多い気もします。もちろん、家族として一緒に食事をとることもありますが。

萬斎 それは僕と親父もそうでしたね。師弟関係になるとどうしてもそちらが優先されるところはあります。ただ、娘たち(長女はTBSアナウンサーの野村彩也子さん)が入ると少し家族の空気に戻るかな。だから大変ですよ(笑)、家よりつねに舞台を優先するわけですから。それはもう家業として狂言を続けていく我々の使命みたいなところもあります。

――萬斎さんが以前「狂言は最高にブっとんだ演劇だ」とおっしゃっていたのがずっと印象に残っています。

野村萬斎さん

萬斎 狂言もそうですが、日本の古典芸術が西洋のものと圧倒的に違うのは“行間を読む”点だと思います。海外の戯曲だとそこに書かれたせりふの感情を表現するのが基本ですが、狂言では文字に書かれていない行間を読み取り、そこで飛躍し、作品世界を一気に変えます。理詰めで説明できない芸術なんですよ。今、ここの舞台を見ても松の絵が描かれているだけで何もないでしょう?何もないから……リアルでなく抽象表現を使うからこそ、ブっ飛べるということです。

僕は舞台芸術において共犯関係というものがとても好きなんです。お客さまとは共犯関係を結びつつ、どこかで絶対に裏切っていく。そういうことをこれからもやっていきたいですね。

野村萬斎さん・裕基さん


取材・文・構成 上村由紀子(演劇ライター)
撮影 田口真佐美

 

公演情報

第四回 古典芸能を未来へ~至高の芸と継承者~ 狂言三代 野村万作・萬斎・裕基

■日時:2023年8月2日(水) 17:00開場 / 17:30開演
■会場:国立劇場 大劇場 (東京メトロ 永田町駅/半蔵門駅 下車)
■料金:SS席 10,000円 S席 8,000円 A席 6,000円 B席 4,500円 二等席 3,000円(税込) ※未就学児入場不可
※SS席、S席は売り切れです。

 
■出演:野村万作/野村萬斎/野村裕基/石田幸雄/深田博治/高野和憲/月崎晴夫/野村太一郎/中村修一/内藤連/飯田豪/他
 
■予定演目
一、狂言小舞・三代
「鮒」 野村裕基
    地謡:高野和憲・野村太一郎・中村修一・内藤連・飯田豪
「通円」野村萬斎
    地謡:高野和憲・野村太一郎・中村修一・内藤連・飯田豪
「住吉」野村万作
    地謡:野村萬斎・高野和憲・中村修一・内藤連
 
二、「舟渡聟(ふなわたしむこ)」
 船頭・舅 : 野村万作
    聟 : 野村裕基
    姑 : 高野和憲
 
三、「鮎」 
 作:池澤夏樹
 演出・補綴:野村萬斎
 国立能楽堂委嘱作品
 
 小吉 : 野村萬斎
 才助 : 石田幸雄
 大鮎 : 深田博治
 小鮎 : 月崎晴夫・高野和憲・内藤連・中村修一・飯田豪
 笛 : 竹市 学
 小鼓 : 大倉源次郎
 
四、「MANSAI ボレロ」 野村萬斎
 
■一般発売日:2023年6月5日(月)10:00
■プレイガイド:
・いがぐみ 03-6909-4101 igagumi.co.jp
・イープラス eplus.jp
ぴあ、セブンイレブン店頭
・国立劇場売り場(窓口販売のみ)
についての問合せ:いがぐみ 03-6909-4101
 
■主催:NHKエンタープライズ/「古典芸能を未来へ」実行委員会
■制作協力:万作の会
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