NBAバレエ団『ドラキュラ』でタイトルロールを演じるWゲスト、平野亮一&厚地康雄にインタビュー
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厚地康雄(左)、平野亮一(右)
2023年8月5日(土)から、NBAバレエ団『ドラキュラ』がいよいよ開幕する。ブラム・ストーカーのホラー小説『吸血鬼ドラキュラ』を原作としたバレエで、1996年に現ミルウォーキー・バレエ団の芸術監督であるマイケル・ピンクがバレエ化。妖艶な魅力のドラキュラ伯爵を中心とした、エンタテインメント性の高いダークホラー・バレエとして人気を博したこの作品を、NBAバレエ団では2014年に初演。普段バレエにあまり縁のない客層にも訴えかけ、「夏のホラー作品として定番化を」「ハロウィンの時期に仮装をして楽しみたい」という声も上がるNBAの看板作品の一つとなった。さらに2021年、英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルの平野亮一をゲストに迎えて再演し、2023年の今年は現在日本に活動の拠点を移してその存在感を発揮する厚地康雄(元バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)プリンシパル)も加わるという、ダブルゲストでの公演が実現した。今回はその平野&厚地の両名にインタビュー。役作りや公演への思いなどを聞いた。(文章中敬称略)
【動画】NBAバレエ団「ドラキュラ」PV
■初回時からさらにブラッシュアップを目指す平野。厚地は本領発揮の全幕舞台に挑む
――まず平野さん、2021年の公演に続き今回が2回目になりますが、今回再びドラキュラに挑むことになったそのお気持ちからうかがえますか。
平野 うれしかったですね。2回目があれば前回と違った発見があるだろうし、前回得たものが絶対にあると思うので、それを生かせる機会にもつながる。前回いろいろ自分で考え、またその考える時間を楽しみながら作ってきたので、2回目のお誘いは本当にありがたかったです。
――厚地さんが今回ドラキュラ役を踊るきっかけになったのは2021年の平野さんの公演を見たことがきっかけだったと聞きました。
厚地 はい、亮一君の公演を見に行ったとき、このドラキュラ役はいいなと思い、久保監督に客席でお会いしたときに「僕もやってみたくなりました」とお話したんです。そのときに久保監督が「あ、合うかもしれないね」って仰っていたんですが、まさか本当にやることになるとは思っていませんでした。
――厚地さんは日本に拠点を移してから非常にお忙しい日々を送られていますが、今回こうして全幕の主演をやることになりそのお気持ちは。
厚地 日本ではガラ公演のお話をいただくことが多いのですが、僕はテクニックがすごいというタイプではないので、今回全幕公演の主演をいただけたのが非常にありがたかったし、うれしいです。やはり全幕の役どころを踊るのは楽しいし、キャラクターの成長、心情の動きなど表現できるのはうれしいし、それが全幕の醍醐味です。
実はドラキュラはあまり踊らない。目線ひとつで魅せるっていう、亮一君の得意分野が生きるキャラなのですが、そういう役どころは僕も好きで演じ甲斐がある。古典のようなグラン・パ・ド・ドゥがあるわけじゃないのに、すごく見せ場が多い。こういう「ドラキュラ」のようなキャラクターは初めてですが、だからこそ、こういう役をやりたいと思っていたので、本当に楽しみです。
■ドラキュラの存在意義と行動の動機は「生き抜くこと」、そして「再びの愛」
――お二方はそれぞれ、このドラキュラの存在意義、行動の動機はどういうところにあると考えているのでしょうか。
平野 僕はサバイバル――どう生き抜くか、ということだと思うんです。例えば彼自身は常に人の血を吸わないと生きていけない。だから命をつなぐために血を吸うのは、彼にとって必要不可欠なのです。そうして一人孤独に生きてきたのに、昔恋した女性に似たミーナを見つけてしまって面影を求め、彼女を手に入れたいと思ってしまう。
だからもし、ミーナとの出会いがなかったら、この「ドラキュラ」のドラマもなく、城でただ、粛々と生きているだけだった。でも恋を蘇らせてしまったことで「ドラキュラ」の存在が世間の明るみに出てしまう。だからこそのサバイバルなのかなと思うんです。
厚地 亮一君に大体全部言われてしまったけど(笑)、このバレエの元になっている映画を見たときに「もう一度人を愛せるのか」というようなフレーズがあり、それが心に残っています。それまで血を吸っていた人間は彼にとって、いわば「食事」だったけれど、最後の一人――ミーナは意味合いが違うのではないかなと。
ただ、バレエマスターやマイケル(・ピンク)さんそれぞれにも「ミーナも食事だ」「いや、そうではない」などいろいろ解釈があるようなので、今、その辺りをどう表現していこうかなと考えながらリハーサルをしています。
「もう一度人を愛せるのか」という、どこか諦めていたはずの、自分で封印していた感情が蘇ってきたというのはきっとあると思うので、そういうところは生かしたいです。
――久保監督からのアドバイスなどで印象に残っていることは。
平野 結構いろいろあります。やはり現役時代にハーカー役を何十回と踊られているので、特にハーカーとのパ・ド・ドゥなどは、かなり細かい指導が入ります。
厚地 うん、監督はこの作品を知り尽くしているところもある。男性とのパ・ド・ドゥは重さの面など慣れないと結構大変で、危うく腰を痛めそうになる。
平野 うん、技術的な面も含めて、この作品は1幕の男性とのパ・ド・ドゥが結構ネックになる。普段パ・ド・ドゥを組む女性より体重が重いので、それをどうやって軽く見せるかがドラキュラの人間離れした力強さにもつながるし、重要になってくると思うし、見せ場の一つになる。重そうに持ち上げてはそれが伝わらない。そこが本当に気にしているところの一つで、どうすれば手のひらの上で球を転がすように弄ぶ感じが出るのかなと考えています。
■平野と厚地、似ているようで似ていないが、やはりどこか似ている2人
――平野さんは『フランケンシュタイン』などクリーチャーから王子役まで、厚地さんは『美女と野獣』のビーストから王子役までと、それぞれにとても役の幅が広く、経験も豊富です。今回のドラキュラ役のように、新しい役に挑む時、過去の経験やエッセンスなどはどういう形でプラスになっているのでしょうか。
平野 さまざまな経験を積んだ中で、次の公演に対して一番プラスになるのは、舞台での見せ方を知っているということですね。言葉がないのがバレエなので、身体で表現するボディランゲージが重要になってくるわけですが、それを幅広い言語に変換する要素が経験だと思うんです。そうした経験の蓄積があるからこそ、どうしたら伝えられるかということに深みが増し、また思いなどをより伝えやすくなっていくのだと思うのです。そして、いろいろな役を経験するからこそ、ボディランゲージのボキャブラリーが増えるし、またお客さまから今、自分は今こう見えているという、自分を客観視することもできるようにもなる。
平野亮一
厚地 亮一君のいうことにはすごく納得します。僕らはキャリアの中でコールドの役もとてもたくさん踊ってきている。例えば『ロミオとジュリエット』にしても、コールドを経験して、階段を一段ずつ上がってきたからこそ、プリンシパルロールをやったときにそういう経験が生きてくる。あとは想像力ですね。想像力は本当に駆使します。
例えば今回の「ドラキュラ」の場合、1幕は老人の姿になっているわけですが、ハーカーと出会い彼の血を吸うことで力を取り戻していく。この役を踊ることになった時、最初にミルウォーキーの初演時の映像を見たのですが、ドラキュラ役の方はかなり体格が立派で力強さもある。僕は最初、それを念頭に置きながらリハーサルをしたのですが、でもどうにもしっくりこなかった。それで僕なりに弱々しい細身の老人の姿を想像してリハーサルをしたら、すごくしっくりきたんです。
ですから、そうやって自分自身に合った解釈で、さらに外からはどう見えているかを常に感じながら演技をすることを通して、自分にしっくりくるようにイメージを変えていった方が自分には合っているかなと。亮一君は体格がしっかりしているので、僕は僕なりの路線で行こうかなと思っています。映画やミルウォーキーの映像などを一通り見て振りを覚えたらあとは封印し、僕なりのドラキュラを作り上げていこうかなと。
厚地康雄
――平野さんは、先ほど2回目だからこそのアプローチがあるというお話をされていましたが、具体的には今回どういった点を変えて見たり、生かしていったりしようかと考えてらっしゃるのでしょう。
平野 一番研究して行きたいなと思っているのは、クライマックスの、ミーナとのパ・ド・ドゥのあとの彼女とのやり取りです。最後に暗がりの中でドラキュラの顔だけがライトで照らされるシーンがあるのですが、改めて映像を見返してみると初演時はすごい形相だったんですよ、野獣のように。でもそうじゃなくてもいいのではないかと。一種の薄笑いというのでしょうか。「勝利宣言」のような表情でいいのかなと。
――ネタバレは避けますが、そのクライマックスの表情が、今回の平野ドラキュラの見どころの一つになりそうですね。
■NBAの和気あいあいの雰囲気の中でアウェイ感を維持。3人のドラキュラが紡ぐ「全9幕」の物語を
――NBAバレエ団にゲストとして入り、リハーサルをして感じたことは。
厚地 NBAは僕が昔いたBRBの雰囲気に似たところがあります。BRBではクラスレッスンが終わったらみんな動けないってくらいがんばってやるんですが、それでもクラスが終わるとピアニストにお願いして、今度はそれぞれに好きな動きで踊ったり動いたりということをやる。僕はそういった空気の中でずっと育ってきたわけですが、NBAもそれに似た感じがあり、和気あいあいとしていて懐かしいです。
でも役柄的に考えてみると、ドラキュラは1人だけ怪物なんです。異質な存在でなければならないので、もちろんみんなと仲良くやっていますが、ゲストというアドバンテージというのか、いい意味でのアウェイ感を、うまく生かしていければと思います。
――平野さんは2020年公演ではミーナ役がゲストの平田桃子さん(BRBプリンシパル)でしたが、今回はNBAの野久保奈央さんです。
平野 前回奈央ちゃんはコールドだったと思うんです。上手な子がいるなという印象で、時々話をしたりアドバイスをしたりということもあったのですが、今回はプリンシパルで組むことになって、とても楽しみです。
――最後にお客様に対して、このバレエの見どころを。
平野 まずは全3幕各幕のドラキュラとのパ・ド・ドゥが見どころだと思います。ハーカー、ルーシー、ミーナとドラキュラとの絡みというそれぞれの流れがあり、さらにコールドバレエも物語を作り出している。しっかりした物語のある作品なので、その流れを1から10までエンジョイしてほしいです。
また今回は僕と康雄君、NBAの(刑部)星矢君のトリプルキャストで、きっと三者三様の味が出てくると思う。全3幕ではなく、全9幕の物語という、そこが多分今回の見どころになると思います。
厚地 ドラキュラの変化も見ていただきたいところです。1幕、2幕、3幕と、それぞれ変わってきているので、そこに加わった心情も含めて楽しんでください。
――ありがとうございました。
この日インタビュー前では厚地主演キャストの通し稽古が行われ、ダンサーらは衣装を着けてリハーサルに臨んでいた。とくにハーカー(大森康正)、ハーカーの妻ミーナ(山田佳歩)、ルーシー(須谷まきこ)をはじめとする登場人物一人ひとりが表情豊かに生き生きとした場を作り上げているのが印象的。バレエ団の看板作品の一つだけあってか、団員のモチベーションの高さがうかがえた。
なお、8月5日(土)13時公演のあとに、平野と厚地のトークショーも開催予定だ。こちらもぜひ、楽しみにしていただきたい。
取材・文=西原朋未