「この日を夢見ていた」石井琢磨・髙木竜馬・藤川有樹・宮田森、客席総立ちの熱狂に感無量 まさに “お祭り” な4台ピアノコンサートをレポート
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2023年7月30日(日)、『石井琢磨×髙木竜馬×藤川有樹×宮田森 4台ピアノコンサート』が、東京の浜離宮朝日ホールで昼夜二回にわたって開催された。ピアニストの石井琢磨の声がけで始まったこの “4台ピアノ企画”。一昨年5月オーストリアのヴェルスにあるピアノサロンからYouTube上で初配信されてから約二年。近夏、日本のステージ上で、しかも浜離宮朝日ホールで同企画が実現したことに当の出演者4人が感無量の思いにむせんでいたという前代未聞のコンサートとなった。昼夜ともに満場の客席は初回の配信を視聴した熱心なファンも多く集っていたようで、4人の思いに同調するかのように涙ながらに喜ぶ人々の姿も目にした。夜公演の模様をお伝えしよう。
7月30日(日)の公演は昼夜公演ともに早い段階から完売。そして、急遽決定した8月30日(水)(同ホールにて)の追加公演も早完売となり、最終的に追加公演はライブ配信も決定したという。発起人の石井琢磨、そして石井の声がけに快く集った髙木竜馬、藤川有樹、宮田森の面々は、師匠や学年こそ違えど、ウィーン国立音楽大学で学んだ良き同窓生であり、ウィーンでの苦楽をともにしてきたかけがえのない同志たちだ。メンバーの一人である藤川有樹は作曲・編曲も手がけており、当企画のために2台ピアノ用、そして4台ピアノ用に数々の作品を編曲している。
今回の演奏会では彼らならでは細やかな心づかいや趣向も投影されており、プログラム構成においても、それが顕著に感じられた。まずは一人ひとりの独奏を通しての個性的な自己紹介演奏に始まり、連弾→2台ピアノ→4台ピアノの流れを提案することで、オーディエンスにピアノという楽器の持つ音量的な迫力やその知られざる無限のダイナミズムを、作品を追うごとに段階的に体感し、身体が感じるままに高揚感を高めていって欲しいという思いがあったのだという。
8月30日(水)の追加公演や配信を楽しみにしているファンも多いと察するので、当夜の演奏についての詳細は程々にするとして、熱気あふれる模様を少しだけお伝えしよう。
まずは、演奏者一人ひとりが登場してのソロ演奏。グリンカ=バラキレフ「ひばり」(宮田)、ラヴェル「水の戯れ」(藤川)、クライスラー=ラフマニノフ「愛の悲しみ」(石井)、ラフマニノフ「前奏曲《鐘》」(髙木)とそれぞれに得意とする小作品を通して自らの個性や持ち味をファンに披歴。4人とも高揚感と期待にあふれる客席の熱気に押されたのか、少し緊張気味の面もあったが、さすがは日々修練を重ねている優秀なピアニストたちだけあって3~4分の短い尺ながら、“自らの音楽”を存分にアピールした。超絶技巧あり、透き通るような映像美を思わせるみずみずしい音の世界あり、聴きなれた作品も「編曲者によってこうも違うものになるのか……」、「今日の演奏はいつもとまったく趣向が違う……」など、それぞれに様々な思いを巡らせてくれる印象的な演奏で、このセクションだけでも十分に楽しめた。
続いて、藤川と宮田による連弾 (一台のピアノでの4手による演奏) で ラヴェル「ボレロ」。藤川自身の編曲によるものだが、意図的に設定したという ”手の交差” や面白いところでは ”ペダルの交差” もあり、視覚的にも楽しめる。連弾というと、一般的に「可愛らしい作品」というイメージが付きまとうが、あえて「連弾なのにスリリング!」というところがカッコいい。
前半プログラムを締めくくるのは、石井と髙木の2台ピアノによる ヒナステラ「マランボ」。ヒナステラはアルゼンチン出身の作曲家だが、ラテン気質ならではの感情の起伏の激しい作品が多く、特にピアノ作品では、その華麗な超絶技巧が印象的だ。マランボ はバレエ音楽の一作品だが、ミニマリズムにも近いスタイルやユニゾンを多用した独自の曲想を、「ラヴァルス」(ラ・ヴァルス)などを得意とする二人がどのように料理してくれるかが聴きどころだ。
当日は予想通り、一糸乱れぬ呼吸で最大限にスリリングな、しかし、技巧的には最高に安定した演奏を聴かせてくれた。一か月後の追加公演時には、二人の “手合い” がどのように進化しているかさらなる期待が高まる。
休憩をはさんで、いよいよ4台ピアノの競演、いや “饗宴” が始まる。舞台上にならんだ4台のフルコーンサートグランドを眺めているだけでも興味深い。特に、二階席からの眺めは壮観だ。あまりの珍しい光景に、あちらこちらで写真に収めるファンが続出していた。
一曲目は交響曲の王道作品、ベートーヴェン「交響曲 第7番」第一楽章。弾き振りで指揮者的役割をつとめる石井を中心に、4人の求心力が一つに収斂していく様がまず印象的だ。そして、あの有名なテーマへ。4人の高らかな歓喜の叫びがこの明るく、牧歌的な作品に描きだされており、聴いている方も思わず微笑んでしまった。編曲者の藤川によると、編曲する際に必ず演奏者一人ひとりの強みや音楽性を思い起こし、(オーケストラの) パート分けも、各人にもっともふさわしいと思われる楽器を想像しながら考えているそうだ。
ベートーヴェンに続いて ドヴォルザーク「交響曲 第9番 新世界」第4楽章。ドヴォルザークらしい情感あふれるロマンティックな箇所では一人ひとりが心を込めて紡ぐ歌が心の奥底に響く。恐らく客席の聴き手も、新たに4台ピアノバージョンという斬新なフォーマットを通して「こんなパートのこんなメロディがあったんだ……」というような目から鱗の気づきが必ずあったに違いない。
プログラム最後を飾るのは ガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」。もはや感動で半泣きの4人が、演奏前の挿入トークで「この日を夢見てウィーンで熱く語り合っていた……」という日々を思い出し、さらに感情が高まってしまったようだ。「幸せです」と口々に語る4人の思いがマックスに到達したところで今一度、気合いを入れて演奏へ。
長いトリルが印象的な導入部のフレーズでは一人ひとりが個性的な節回しや音色を際立たせ、一挙に客席をジャジーな世界へと誘う。一人ひとりが互いに気持ちを合わせながらも、伸び伸びと気持ちよさそうにピアノを鳴らしている姿が見ていて快かった。フィナーレは「これぞ4台ピアノ」の醍醐味と言わんばかりに倍音効果もホールいっぱいに効かせ、まさにオーケストラのような大きな音のうねりを生みだしていた。
全曲演奏後、客席全員総立ちでのオベーションに早くも髙木が泣き出してしまい……。8月の追加公演では4人がどんなリアクションを見せてくれるか今から楽しみだ。
そして、もちろんファンの期待に応えてのアンコール。レガートの美しさからダイナミックなフォルティッシモのユニゾンまで、ソロ演奏での超絶技巧も顔負けなヴィルトゥオージティを4人揃って最後まで見せつけてくれた。客席の熱狂ぶりは、まさに “お祭り” というにふさわしい雰囲気。
4台ピアノによって発せられる驚異的な音圧、そして、そこから生みだされる音楽が持つダイナミックな鼓動や波動―――聴衆一人ひとりが日常では体感できない稀有な音空間を共有していることに心から喜びを感じている様子が何よりも印象的で、文字通り “スゴい” 演奏会だった。
取材・文=朝岡久美子 撮影=福岡諒祠