100歳の現役染色家『柚木沙弥郎と仲間たち』が現代の暮らしにつなぐ、日常生活に溶け込む美しさ、つくる楽しみと喜び
-
ポスト -
シェア - 送る
柚木沙弥郎と仲間たち
8月23日(水)、大阪高島屋7階グランドホールにて『柚木沙弥郎(ゆのき さみろう)と仲間たち』がスタートした。1925年に日本民藝館の創設者で民藝運動の父・柳宗悦が「用の美」を唱え、1950年代後半〜70年代に注目を浴びた「民藝」。それから私たちの暮らしに溶け込み、2021年の柳の没後60年を機にブームが再燃。陶磁器、織物、染物、木漆工、硝子など、様々な民藝品の中でも、今回は洋服などに使われる実用的な「布」に着目してキュレーションされた。本展では、柚木ら作家のものづくりへの情熱を感じられるとともに、柚木と彼を取り巻く人間関係にも触れることができる。一般公開前に行われたプレス内覧会では、本展を手がけた日本民藝館学芸員の古屋真弓による解説をもとに、本展の内容と見どころをレポートする。さらに柚木の孫であり、柚木の活動をサポートする丸山祐子氏にも話を聞いた。
題字は柚木によるもの
日本民藝館の存在
柚木沙弥郎は1922年生まれの染色家。100歳を迎えて今なお現役で活動を続け、幅広い世代から愛されている。本展では柚木の染色作品を中心に、ともに同時代を切磋琢磨した陶芸家の武内晴二郎(1921~1979年)と舩木研兒(1927~2015年)、柚木に民藝の本義を伝えた工芸家の鈴木繁男(1914~2003年)の作品を展示。さらに柚木の師匠・芹沢銈介(1895~1984年)を中心に結成された染色家団体「萌木会」と所属作家の作品についても紹介。日本民藝館の所蔵品を中心に、柚木本人が提供した資料を含めた計120点が一堂に会している。
本展のほとんど全ての展示物を所蔵するのは、東京・目黒にある日本民藝館だ。1936年に民藝運動の主唱者・柳宗悦が創設した美術館で、それまで美の対象として見られてこなかった民藝(=無名の職人たちが作った民衆的工芸品)を「生活の中で使う日用品にこそ真の美がある」と提唱。その具体的な「美」を人々に示すために建てられ、陶磁器や染織品、木工・金工品など約1万7,000点が所蔵されている。柚木は日本民藝館を心の糧として活動した作家で、2018年には濱田庄司、河井寛次郎ら第一世代以来の存命作家として、日本民藝館で展覧会が開催された。
日本民藝館学芸員 古屋真弓
柚木は本展の企画が走り出した時、「自分はたまたま長生きをしただけで評価されている。同時代を歩んできて、先に亡くなった取り上げられるべき作家もいるし、そういう人たちと切磋琢磨してきたから今の自分がある」としきりに話していたそうだ。柚木にとって、日本民藝館を通して出会った仲間の存在は非常に大きなものだった。
第1章 出会いとはじまり
柚木が一目惚れした芹沢銈介作の「型染カレンダー」
本展は柚木と民藝の出会いから始まる。そのキッカケは、出兵から戻った柚木が働いていた岡山県倉敷市の大原美術館の売店で出会った、のちに師匠となる芹沢銈介の「型染カレンダー」。ひと目見てその美しさに魅了された柚木は染色について勉強を始め、やがて仕事にするまでになる。
第1章内の「民藝との出会い」では、件の「型染カレンダー」をはじめ、柳宗悦が中心になって発行した雑誌『工藝』、芹沢自身も型染めの世界に入るキッカケとなった沖縄の紅型衣裳、三河万歳衣裳裂といった柚木が影響を受けたもの、鳥の器やアフリカの染めといった、柚木自身が気に入っている作品も展示されている。
盟友と言える3人の作品が同時に並ぶのは初めて
第1章の後半「ひびきあう仲間たち」のセクションでは、柚木の親友とも言える2人の陶芸家、武内晴二郎と舩木研兒、そして柚木の作品が並べて展示されている。このような形の展示は初の試みという。
武内晴二郎「呉須地丸文鉄流文字入鉢」1957年 日本民藝館蔵
武内晴二郎は大原美術館館長・武内潔真の次男で、柚木とは武内が陶芸家を志す以前からの友人で、会った瞬間に意気投合したという。武内は戦争で左腕をなくすが、57歳で生涯を閉じるまで倉敷で作品を作り続ける。古屋は「悩み多き時代を柚木先生との手紙のやり取りやお話で励まされた」と2人の関係性を述べた。
舩木研兒とは日本民藝館を通して出会う。島根県の宍道湖のそばにある舩木の自宅に武内と泊まり、夜な夜な民藝談義をしたという。イギリスのスリップウェアにならったスポイト技法で描かれたユーモラスな動物の姿は、見ているだけで楽しい気持ちになる。
柚木作品としては、芹沢に弟子入り後、静岡での修行を終えた柚木の処女作や、伝統的な注染の技法を広巾に応用した作品などが展示されている。
同時代を生きた3人は同じ場所で制作をしていたわけではないが、どこか波長が似ているように感じる。古屋も「(3人の作品が)ハーモニーを奏でているような気がします」と話していた。
そして、柚木に熱心に民藝の本義を教えた工芸家・鈴木繁男の作品も併せて展示されている。彼は仲間というよりも「親分」的な存在。柳宗悦の唯一の内弟子で、民藝館で暮らしながら作品制作を行っていたという。
第2章 生活を彩る色・かたち・もよう
柚木沙弥郎の作品たち
本章では、1950~1990年代までの柚木の染色作品から、特に生活に根ざした作品群を展示。古屋は最近の若者の間で起こっている民藝ブームに触れ、「陶磁器や木工や籠は生活に取り入れられているが、布というものが暮らしに到達していない感覚がある。皆さんの目が衣服の布にも向けられると良いなと思い、生活に使われる布を中心に展示しています」と本展への想いを述べた。
着物や帯としてだけでなく、カーテンやタペストリーなど、様々な用途で用いられた柚木作品。当時は布を自分で購入して服を仕立てるのが当たり前だった時代。
柚木の布を使って仕立てられた洋服たち
5体のトルソーが着た洋服は、柚木の娘婿の母が仕立てたもの。彼女は柚木が家族になる前から柚木の大ファンだったそうで、自分で仕立てた洋服をよく着ていたそうだ。古屋はこれらの洋服を見て「心が躍ってしまって。これを展示したいとの想いがずっと心にあった」と顔をほころばせていた。
柚木の孫で、広報や仕事のサポートを行う丸山祐子氏
また、柚木の孫であり、柚木の広報および仕事のサポートをしている丸山祐子氏も会場に訪れていた。丸山氏に話を聞いてみると、柚木の制作にかける情熱について「その時代時代で必要とされるものを作っている。自分でも考えるが、世の中がどういうものを欲しがっているかを受け取って作っている。それは今も変わらない」と話す。さらに「今はファストファッションが旺盛で移り変わりが激しく、新しいものが次から次へと求められる世の中になってしまった。でも戦後、何もない時代から、自分で自分の欲しい形のものを作る。それはとても豊かな感じがしますよね。工芸は使ってなんぼ。その例として初めて展示していただいたので嬉しいです」と笑顔を見せていた。
会場展示風景
本章のもうひとつの見どころが、柚木家の食卓だ。武内家で食事をする機会のあった柚木は、暮らしの中で民藝の品々が使われている暮らしに感銘を受けた。
手前の盃が舩木夫妻の結婚式の引き出物
今回は特別に、実際に柚木家の食卓に上がっている食器類を展示のために借りてきたという。使い込まれた武内晴二郎作の土鍋、柚木の父が気に入り購入した朝鮮の膳、舩木研兒・玲子夫婦が日本民藝館で結婚披露宴を執り行った際の引き出物の盃。そして、柚木自身が一目惚れして購入した、舩木の父・道忠作の角鉢。この角鉢はもともと本展の出品リストには入っていなかったそうだが、柚木の思い入れの強さから急遽展示することになったそうだ。第2章は柚木家の空気の一端を感じつつ、こんな暮らしができたら素敵だろうなと自分の生活に思いを馳せることのできる内容となっている。
第3章 ひろめる ひろげるー萌木会の活動
最終章は、柚木の師匠であり、のちに人間国宝にもなった芹沢銈介が主宰した染色家の団体「萌木会」を紹介。戦後すぐの日本は、布を入手するのが困難だった。そのため萌木会は協同組合として材料を調達する役割を持っていたほか、染めの仕事の研究活動や萌木会として数多くの展覧会も行なっていた。
師匠である芹沢銈介の作品
「それぞれの特性、やり方を活かす」という芹沢の指導方針のもと、各々の場所で制作した作品を展覧会で出品・販売したり、各家持ち回りで研究会や食事をしたりと楽しい時を過ごしたそうだ。柚木も1990年代に会が消滅するまで、中核メンバーとして精力的に活動に携わった。
立花長子の作品
本章では萌木会メンバーの芹沢、柚木、岡村吉右衛門(1916〜2002年)、小島悳次郎(1912〜1996年)、三代澤本寿(1909〜2002年)、四本貴資(1926〜2007年)、長沼孝一(1922〜1985年)、立花長子(1913〜2007年)の作品を紹介。
三代澤本寿「型絵染六曲屏風」 1961年 日本民藝館蔵
岡村吉右衛門「三浦結縁抄和綴本」「沖縄諸道具」 1959年 日本民藝館蔵
柚木と同い歳の長沼孝一、4歳違いの四本貴資は、武内・舩木との関係性とはまた異なる良き仲間で、3人での展覧会を行うこともあった。手捺染を取り入れた長沼、ブロックプリントを使用した四本、注染を極めた柚木。古屋は「技法や染め方はそれぞれ違うけれども、生活をより良くしたい、美しいものを取り入れたい、布を使ってほしいとの強い想いは共通していた」と萌木会の方針について語った。
柚木のエッセンスを自宅に持ち帰る。グッズも多数販売
柚木沙弥郎のグッズも販売
会場出口にあるショップでは、柚木の関連グッズが多数販売されている。
独特の表情と線がかわいい
作品集やポストカード、マグカップ、ポスター、ピンバッジなどなど。
雑誌『民藝』やイイダ傘店とコラボレーションした傘、丸山氏が2004年から運営する焼き菓子店hanaの柚木デザインのクッキー、不定期刊行冊子『hana』も販売されている。素敵なグッズたちに胸踊ること間違いなしだ。
本展覧会『柚木沙弥郎と仲間たち』は9月3日(日)まで大阪髙島屋7階グランドホールで開催中。9月6日(水)~9月25日(月)には東京の日本橋髙島屋S.C.本館8階ホールにも巡回する。同時に、大阪髙島屋7階特設会場で『用の美とこころ 民藝展』も8月28日(月)まで開催。会期が短いため、どちらも見逃さないようにしよう。
取材・文・撮影=久保田瑛理
イベント情報
[特設サイト]
※安全のため、小学生以下のお子様は必ず保護者の方のご同伴でご入場ください。
※都合により、催し内容・会期等が変更または中止になる場合がございます。
[主催] NHK財団、日本民藝館
[協力] 日本民藝協会
[出品作家] 柚木沙弥郎(染色家)、武内晴二郎(陶芸家)、舩木研兒(陶芸家)、鈴木繁男(工芸家)、芹沢銈介(染色家)、萌木会所属染色家(岡村吉右衛門、小島悳次郎、三代澤本寿、柚木沙弥郎ら)