ヒグチアイ、ニューアルバム『未成線上』の核となった「自分を出し切っている」楽曲「大航海」とは
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ヒグチアイ 撮影=ハヤシマコ
2021年から映画、ドラマ、CMのタイアップ楽曲が一気に増えて、2022年のアニメ『進撃の巨人』エンディングテーマ「悪魔の子」によって瞬く間にその存在を世の中に知らしめたヒグチアイ。ニューアルバム『未成線上』は収録曲の半分以上がタイアップ曲である。自身がゼロから作るオリジナル楽曲ではなくて、オファーがあってから作るタイアップ楽曲が多いことで、誠にバラエティー豊かなアルバムへと仕上がった。
ただ、アルバムの核となる曲はゼロから作るオリジナル楽曲でなければならぬという矜持があったからこそ、このニューアルバムは素晴らしい。その核となる曲は、力強い演奏、強い言葉で歌われるオープニングナンバー「大航海」。この楽曲を最初に聴いただけで、このアルバムは勝ったと確信できたほど。とにかく今のヒグチアイの想いを読んでいただきたい。
ヒグチアイ
ーー1月24日(水)にニューアルバム『未成線上』がリリースされましたが、去年ギリギリまで作業されていましたよね?
11月末までボーカルを録っていましたね。でも録るだけで、11月頭には全曲は出揃っていました。そこからアレンジを投げて11月末にはマスタリングの予定でしたが、間に合わなかったのでドタバタでした。私はそこまで焦ってはいなかったのですが宣伝の方は焦っていたと思います……(苦笑)。
ーーそんな状況で1曲目の「大航海」という言葉もメロディーも訴えかけてくる凄い曲ができたことに驚いていますし、本当に嬉しいです。
一番最後にできた曲ですね。アルバムはすでにタイアップで出している曲だけでも作れましたが、新しい曲でアルバムの核になる曲を作らないと駄目だと思って。曲を書く時は自分のことを一番見ているので、色々なことを思っていました。自分の衝動が、感動が無くなっている今、それでも続けないといけなくて。シンガーソングライターを始めた頃、こういうところにいたくないなと思った場所があったり、呑みの場でみんなが愚痴を言っている場所が嫌いで、誰とも仲良くしたくなかったけどそういう仲間と一緒にいようとしているのも嫌だったし、安定を見つけようとしているのも嫌だったし……。この曲を書いたことで、そういう感情が無くなるのではとも思うし、そういう感情を思い出せるから曲を書けるわけで。もしかすると、こういう曲はこれで最後になるかもしれないけど、それでもまたやりたい気持ちがあるから、ずっと書いてきたような気がします。最近だと「わたしはわたしのためのわたしでありたい」(2018年)、「前線」(2019年)、「やめるなら今」(2021年)を書いてきて、そういう気持ちはいつもすぐに消えそうな気がするのに意外と持っている気もするし、今回こそ最後かもとも思っています。
ヒグチアイ
ーーアニメ『進撃の巨人』のエンディングテーマ「悪魔の子」(2022年)がヒットしていても、まだ、そういう悶々とした鬱屈とした気持ちを持っているから、ヒグチさんを信用信頼ができるんですよ。
結局、一発売れた人と思われたくなくて。例えば、私が子供の時に一発売れたと思っていた人にも、その前後の人生があったわけで。それで言えば私は今、後の人生を歩んでいる感じですね。自分のことを考えると、あんまりすっきりしていない人間でグズグズしているし、答えが出ていなくて悩んでいるのが自分らしくて。そういう曲に「大航海」もなると思っていました。自分を出し切っているし、結局、1年に1回こういう曲ができるんだなという感覚で、たくさんタイアップ曲を担当したことで助けてもらったからそういう気持ちが溜まっていたんでしょうね。まさしく自分の言葉だとも思うし、でも、こういう曲だけでアルバム全曲揃えるのは無理だから。2023年のヒグチアイはこれだという総まとめみたいな曲ですね。
ーーそりゃアルバム全11曲が「大航海」みたいな曲というのは無理ですよね。
無理!(「大航海」は)昔よく書いていたような自分の気持ちだけを呼び起こして書いたから、たくさんは書けないなと。1月に入って半月何もしなかったら、自分から出すものを出したくなって、最近は歌詞をいっぱい書いています。こないだボイトレの先生に、「この後、特に何もスケジュールが決まっていなくて、どうしよう」と話をしたんですよ。「アルバム出すこととライブくらいしかやることが無い」と言ったら、「それがあなたの仕事なんじゃない」と言われて。タイアップ云々じゃなくて、自分の曲と自分のライブが仕事だったなって……。今は、あの頃みたいに歌詞を書いています。
ーーヒグチさんは曲先、詞先でいうと詞先ですもんね。
そうですね。基本は詞を集めて、制作が始まれば一気に曲にしていきますね。詞の方が瞬間で思い浮かばないので、基本は詞を集めていくんです。昔はね、生きていることだけで色々なものが溜まったんですよ。今は生きているだけでは手に入らないから、自分で求めて吸収しないといけなくて。昔はタンクに外からなんでも入ってきてたとしたら、今はタンクを湧き水みたいに内側から満たしていく感じというか。
ヒグチアイ
ーー「大航海」の悶々と鬱屈しながらも前へ進もうという力強い決意表明は、「青春の日々」(2015年)を想い出したんです。
そうかも! 久しぶりに聴いてみたい(笑)。確かに晴れ渡っていない青春というか、濁っている青春、酸いも甘いもある青春というか。でも、ずっとピュアではいられないから。あの時はピュアという体で書いていたけど、今は嘘でも書けない。だから、あの時にしか合わない曲だけど、年相応みたいなものもあると思っていて。やっぱり夢ばかり見ている夢見がちな人間ではいたくないから。現実に同い年で生きている人と感覚が離れたくないんです。昔は、もっと20代でも大きな夢を語っていた人がいるけど、今は夢を叶えるために道筋を立てる人が多いというか……。だけど私はそうではなくて、目の前にあることを一生懸命やるのが最短距離だと思っている。夢を叶えるために道筋を立てる人は夢が叶っている人が多いように見えるけど、私には合わないので。
ーー今、ライブのMCで夢を大きく僕らに語り、訴えかける人が特に多いと思うんですけど、ヒグチさんのライブMCは僕らに自然に語りかけて対話をしてくれる感じで、だから落ち着くし温かいし大好きなんです。
気付いたら、ああなってましたね。小っちゃいライブハウスでもアリーナみたいなMCをする人が最近は多くて、「何で?」とは思うけど、夢を見せてくれている感じがあって。私は、その場にいる人に話を聴いてもらうというか。音楽は音楽のままで止めて大丈夫なのかなと思うというか。最高という気持ちが音楽までしかないのでは無くて、その先を探しているというか……。音楽をやっている人ほど、ちゃんと人生に寄っていかないといけない。だからMCが大切だったりするし、まぁ大人になったというか。音楽だけで自分の人生が終わってほしくないから。だから、今は色々な人と関われる仕事がしたい。
ヒグチアイ
ーーアルバム全体としてもバラエティ豊かなものになりましたよね。
タイアップ曲が多いので、色々なタイプが入っているというのもあるし、明るいですよね。明るいというか今ならではの感じというか。私は後世に残していくとかという感覚は無くて、でも20代の時よりは人のためになることを考えるし、誰かのために歌える曲が今ある気がして。それはそれで驕っている感じはするけど。決して誰かを救いたいとかは言いたくないし。だから、「すくう」と言っても、手助けの「救う」では無くて、スプーンで「掬う」感じ、「ちゃんと見ているよ」という意味。結局、自分に責任があって、自分のために作っているけど、誰かのためという気持ちはあるから。歌詞もストレートになっているし、伝わって欲しいという気持ちも強くなっている。それでも、変わらずひねくれてはいるんで。自分で書くアルバム曲は全てひねくれていて、ただあなたが好きですとか、ただ片思いの曲とかは書かない。結局は、自分がめっちゃ出ているアルバムではありますけどね。
ーー凄いヒグチさんが出ているアルバムだし、「大航海」はTHEヒグチさんな楽曲なのに、映画やドラマの主題歌やCMに合いそうな曲でもあって。それが凄いなって。
ヒグチアイ
タイアップいっぱい書いてきたから、そういう感じが自然に出るようになったのかも。今までやってきたひねくれがあって、「悪魔の子」があって、どうしてもやりたくなかった真っ直ぐさが自然にできるようになって、それをやっても説得力があると思えているのかも。「大航海」からライブが始まったら最高だなと(ツアーバンド)メンバーがつぶやいていて。まぁ、始まらないですけど(笑)。
ーー(笑)。この曲は「待ってました!」感があるから、ヒグチさんはしないと思うけど、これからツアー始まったら最高だなって思いますよ! でも、どの順番できても、この曲の「待ってました!」感は凄いですよ 。
イントロでザワザワする「この曲きた!」感はありますよね。一発で掴まれる曲になったとは思います。
取材・文=鈴木淳史 撮影=ハヤシマコ
ライブ情報
リリース情報
初回限定版
【初回限定盤】CD(全13曲)
2022.3.11 EX THEATER ROPPONGI(全9曲)
2022.12.24 品川 Club eX(全6曲)
2023.6.11 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール(全9曲)