原作へのリスペクトと丁寧な創作過程を感じる、和製ミュージカル 新作ミュージカル『この世界の片隅に』観劇レポート(昆夏美×海宝直人ver.)
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(C)こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝」)
こうの史代による同名名作漫画を原作とした、ミュージカル『この世界の片隅に』が2024年5月9日(木)から東京・日生劇場にて上演中だ。
『この世界の片隅に』は2007〜09年、「漫画アクション」(双葉社)で連載された漫画で、テレビドラマ化やアニメーション映画化もされている人気作。今回、初のミュージカル化にあたり、『四月は君の嘘』(訳詞・演出)や『ミュージカル のだめカンタービレ』(脚本・演出)などを手掛けてきた上田一豪が脚本・演出を担い、「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」などのヒット曲を生み出したシンガーソングライターのアンジェラ・アキが音楽を担当している。
5月14日(火)昼(12:45開演)の回を観劇した(この日は、浦野すずを昆夏美、北條周作を海宝直人、白木リンを桜井玲香、水原哲を小野塚勇人、すずの幼少期を嶋瀬晴、黒村晴美を大村つばきが演じた)
(C)こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝」)
※以下、ストーリーに触れる内容を含みます。
主人公は、広島市江波(えば)の海苔すきの家で育ち、絵を描くことが好きな浦野すず(昆夏美/大原櫻子のWキャスト)。すずは父・十郎(川口竜也)、母・キセノ(家塚敦子)、兄・要一(加藤潤一)、妹・すみ(小向なる)に囲まれ、祖母・イト(白木美貴子)が暮らす広島市草津と行き来しながら穏やかに育っていたが、昭和19(1944)年2月、故郷から30キロ離れた、呉市の高台に位置する北條家に嫁ぐ。物静かな夫の周作(海宝直人/村井良大のWキャスト)、優しい両親の円太郎(中山昇)とサン(伽藍琳)、亡き夫の実家と離縁した義姉の黒村径子(音月桂)とその娘・晴美(大村つばき/鞆琉那/増田梨沙のトリプルキャスト)も加わり、新たな環境での暮らしが始まった。
さまざまな制約のある戦時下。すずは家族や隣組の人たちと助け合いながら毎日を過ごす。そんな中で、周作と束の間のデート、二葉館の白木リン(平野綾/桜井玲香のWキャスト)との邂逅、水兵になった幼なじみの水原哲(小野塚勇人/小林唯のWキャスト)との再会も。ただ、日本の戦況は悪化し、昭和20(1945)年3月19日、呉は初めての空襲を受け、8月6日には広島市に原子爆弾が投下される――というストーリーだ。
観劇した感想をまず最初に述べるならば、全体として、端々から原作へのリスペクト、そして丁寧に作品作りをしてきたことが感じられ、これぞ和製ミュージカルといった仕上がりになっている。
(C)こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝」)
今回の舞台のプロローグは「この世界のあちこちに」という楽曲から。キャスト全員による歌唱で初っ端から胸を打たれるし、「この小さな紙切れには/どんな場所もどんな人も居場所があるんだ/書き留めたい/確かめたい/温かい思い出/切ない思い出」といった歌詞からも読み取れるように、作品の世界観やテーマ性を示す上でも重要1曲。そこから1幕は昭和20年7月、空襲で大切なものを失い、布団に横たわるすずが、過去の出来事を回想するという構造でテンポ良く芝居が進む。上記で示した時系列通りではなく、「過去」と「現在」が頻繁に行ったり来たりするので、説明がなされているとはいえ、まったくの初見の場合、少々混乱することがあるかもれない(そのため、原作を履修してからの観劇の方がより没入できると思う)。ただ、主人公のすず目線で物語が語られていることにブレはなく、2幕は時系列でストーリーが進むので安心してほしい。
舞台美術は二村周作によるもの。舞台面と舞台奥にそれぞれ、和紙のような藁半紙のような白無地のパネルが敷かれており、すずがスケッチに使っているノート(帳面)をイメージさせる。実際にすずが描いている絵がプロジェクションマッピングのように映し出されまるでノート(帳面)として活きていることもあれば、この話が全体的にすずの視点や記憶によって紡がれているということを示しているようでもあった。舞台全体が八百屋舞台(※舞台奥の床を高くして傾斜をつけた舞台)で、舞台中央にある盆もまた上下に「歪む」仕掛け。オーケストラピットの上や中(!)まで使えるようになっているので、比較的シンプルに見える舞台美術ではあるが、豊かな演出を可能する素晴らしい機構だったと思う。
(C)こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝」)
そしてアンジェラ・アキによる楽曲。おそらく脚本・演出の上田一豪らと綿密なやりとりをしてきたのだろう。ミュージカルにありがち(?)な楽曲と芝居がはっきり分かれている印象はなく、楽曲が芝居を動かす/芝居が楽曲を紡ぐという理想型が自然と体現されていた。優しく包み込むようなメロディが多く、その1曲1曲に涙が出そうになるが、軍歌風やポルカ風の楽曲など、蓋を開ければ曲調もさまざまでミュージカルとして飽きないものになっている。ソロ曲やデュエット曲などと決まりきった型に囚われることなく、合唱や重唱が多用されている印象で、それもまた作品とよく合う気がした。ミュージカル楽曲を「いつか作りたい」と思っていたという彼女。本作は120点の船出になったであろうし、これからの活躍も期待したい。
キャストに関しても言及しておきたい。日本のミュージカル界の第一線で活躍し、歌唱も芝居も実力派揃いの今回のキャスト。特に歌唱についてはとてもレベルが高く、これぞミュージカルであるとすら思った。主人公のすずを演じた昆夏美は、(それが昆自身の性格なのかは分からないが)のほほんとしていて、可愛らしいすずがぴったり。戦争に巻き込まれ、「居場所」を探し続け、ひたむきに生きていくすずの姿も印象的だった。北條周作を演じた海宝直人は、凛としたたたずまいの中に優しさが垣間見える芝居。あまり感情を表に出さない周作だが、それでも彼の生き様はしっかり伝わってきた。白木リン役の桜井玲香は、艶やかでミステリアスな雰囲気を放ちながらも、居場所を求めその時代を生きる姿を好演。黒村径子役の音月桂も非常にいい芝居で作品の中で存在感を放っていた。ほかのWキャストはどんな世界を見せてくれるのか、見比べてみたいと思う。
上演時間は1幕75分、休憩25分、2幕75分(予定)。5月30日(木)まで日生劇場で上演された後、北海道、岩手、新潟、愛知、長野、茨城、大阪、広島へと続く。ぜひお見逃しなく!
『この世界の片隅に』PV【舞台映像Ver.】
取材・文=五月女菜穂
公演情報
原作:こうの史代『この世界の片隅に』(ゼノンコミックス/コアミックス)
音楽:アンジェラ・アキ
脚本・演出:上田一豪
浦野すず:昆夏美/大原櫻子(Wキャスト)
北條周作:海宝直人/村井良大(Wキャスト)
白木リン:平野綾/桜井玲香(Wキャスト)
水原哲:小野塚勇人/小林唯(Wキャスト)
浦野すみ:小向なる
黒村径子:音月桂
飯野めぐみ 家塚敦子 伽藍琳 小林遼介 鈴木結加里 高瀬雄史 丹宗立峰
中山昇 般若愛実 東倫太朗 舩山智香子 古川隼大 麦嶋真帆
桑原広佳 澤田杏菜 嶋瀬晴
大村つばき 鞆琉那 増田梨沙
2024年5月9日(木)初日~5月30日(木)千穐楽 日生劇場
6月 北海道公演札幌文化芸術劇場hitaru
6月 岩手公演トーサイクラシックホール岩手大ホール(岩手県民会館)
6月 新潟公演新潟県民会館大ホール
7月 長野公演まつもと市民芸術館
7月 茨城公演水戸市民会館グロービスホール
7月 大阪公演SkyシアターMBS
7月 広島公演呉信用金庫ホール