ヴァイオリン岡本誠司、約4年にわたるリサイタルシリーズが完結~“最後の言葉”に見た艶と洗練美

2024.7.22
レポート
クラシック

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2024年6月14日(金)浜離宮朝日ホールにて、ヴァイオリニスト・岡本誠司のリサイタルシリーズVol.4 ”最後の言葉”が開催された。

本公演は、岡本誠司が2020年よりスタートさせたリサイタルシリーズの最終章。シューマンとブラームスの最晩年の作品、すなわち、シューマンの「おとぎの絵本」、ヴァイオリン・ソナタ第3番、ブラームスのクラリネット・ソナタ第1番、同第2番が取り上げられた。「おとぎの絵本」のオリジナルはヴィオラとピアノのための作品であり、ブラームスのクラリネット・ソナタは作曲者自身の編曲によるヴィオラ版がよく演奏されているが、今回、岡本が取り上げた「おとぎの絵本」もブラームスのクラリネット・ソナタも、作曲者自身によるヴァイオリン版が存在し、岡本はそれを披露した。ピアノ共演は、vol.3に引き続き北村朋幹。ともにベルリンを拠点に演奏活動を行っている。

まず、シューマンの「おとぎの絵本」。第1曲がじっくりとロマンティックに始まる。この曲最後の引き裂かれる思いがシューマンらしい。第2曲は、折り目正しいリズムで、ヴァイオリンが十分に鳴る。「急いで」と記された第3曲は、アグレッシヴで、ヴィオラでは演奏困難なほどの快速テンポ。ヴァイオリンによって作品の新たな側面を見る思いがした。終曲は、ピアノがしっかりと支え、ヴァイオリンは淡くて繊細な弱音表現でそれに乗る。ここでもオリジナルとは異なる味わいを聴いた。

続いて、シューマンのヴァイオリン・ソナタ第3番。1853年のディートリヒとブラームスとシューマンの3人による共作「F.A.E.ソナタ」のディートリヒとブラームスの書いた楽章を外して、それに代わる楽章をシューマン自身が書き加えて、新たなソナタとした作品である。精神を病んでいたシューマンは、1854年2月に投身自殺を図り、命は取り留めたものの、精神療養所に入ることになり、1856年にそこで亡くなる。つまり、ヴァイオリン・ソナタ第3番は、シューマンにとって、まさに最晩年の作品なのである。

第1楽章序奏が神経症的なザラザラと尖がった音で始まる。主部でも音楽は悩ましく、狂おしく奏でられる。「間奏曲」と題された第2楽章もすらすらと歌われることはない。第3、4楽章が集中度の高い演奏。晩年のシューマン独特の刺さるような世界。ピアノの北村もシューマンの内面を激しく描く。

演奏会後半は、ブラームスの2つのクラリネット・ソナタ。晩年のブラームスが作曲の筆を折ろうとしていたときに、クラリネットのリヒャルト・ミュールフェルトと出会い、再び創作意欲を取り戻して、彼のために書いたのがこの2つのクラリネット・ソナタである。クラリネットと音域の近いヴィオラ用にもブラームス自身によって編曲がなされ、それらはヴィオラ奏者にとって必須のレパートリーとなっている。クラリネット・ソナタのブラームス編曲によるヴァイオリン版は滅多に演奏されることなく、岡本は、敢えてこのヴァイオリン版を世に広めようとした。

第1番第1楽章。ヴィオラよりも1オクターヴ上で始まり、ヴィオラでの演奏を聴き慣れている耳には、作品のイメージがかなり違うように感じられた(もしかしたらクラリネットに近いかもしれない)。第1楽章終盤での岡本の弱音表現に込めたロマンが印象的。第2楽章はヴァイオリンがとても洗練された音色で、ピアノも美しい。第3楽章もヴィオラ版より、優美で洗練されたダンスとなっていた。第4楽章はピアノがしっかりと音楽を作る。とりわけ第2楽章と第3楽章がヴァイオリンらしい艶が聴かれ、魅力的に感じられた。

第2番第1楽章冒頭は、ヴィオラで弾くよりもヴァイオリンの方が楽に音が出る分、音楽が伸びやかに聴こえた。ヴィオラと同じ音域を弾いてもヴァイオリンならではの音になっていた。終楽章では二人に合った洗練美が披露された。ヴァイオリンは、ヴィオラよりも音が出やすい分、ブラームスの渋さよりもロマンティックな部分が際立つように感じられた。岡本が、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ以上にクラリネット・ソナタのヴァイオリン版を愛し、その版を広めたい、と語っていたその気持ちがよく理解できる演奏であった。

2020年末から続けてきたリサイタルシリーズにおいて、シューマンとブラームスがヴァイオリンとピアノのために書いた作品、および、作曲者本人がヴァイオリンとピアノのために編曲した作品を網羅してきた岡本は、ここにその演奏を完結することができた。

アンコールには、自殺を図る直前にシューマンが夢で天使が歌うのを聴いたとされる旋律に基づく、ブラームスのピアノ連弾曲「シューマンの主題による変奏曲 作品23」の主題部が、岡本のピアノ(!)と北村の連弾によって演奏された。

そして、最後に、岡本は再びヴァイオリンを手にし、その天使の主題を用いたシューマンのヴァイオリン協奏曲第2楽章を北村のピアノ伴奏で演奏した。それらのアンコールは、4月にエッシェンバッハ指揮NHK交響楽団とシューマン晩年のヴァイオリン協奏曲も演奏した岡本にとって、ずっと取り組んできた自身のシューマン・シリーズをまさに締め括る演奏となった。

取材・文=山田治生 撮影=福岡諒祠

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