煌びやかに、エモーショナルに――ピアニスト・ニュウニュウ、日本初となる『Lifetime』全曲演奏公演が2日間にわたり開催【レポート】
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中国出身のピアニスト、ニュウニュウによるリサイタルが2日間にわたって浜離宮朝日ホールで開催された(2024年10月13日(日)14日(月祝)開催)。プログラムは、2023年リリースのCD『Lifetime』に収録された全作品。15人の作曲家による小品と、ニュウニュウ自身の作品が披露された。
プログラムの1曲ごとに、感情を表わす言葉をニュウニュウ自身は書き記した。以前のインタビューで、「このプログラムを通して、私たちの人生における16種類の異なる感情や旅路を表現したいと思います」と述べている。
リサイタル冒頭を飾るのは、ロッシーニ/リスト《「ウィリアム・テル」序曲》S.552より「フィナーレ」。ニュウニュウは、切れ味鋭いタッチを通してきらびやかな高音を生み出していく。音楽の強い推進力とあいまって、華やかな雰囲気が醸し出された。
曲を弾き終えると、ニュウニュウはマイクを手に取り、「良い笑顔ですね」と客席に語り掛ける。このリサイタルで、彼は演奏にとどまらず、MCも担当。日本語を本格的に学び始めて2年目だが、流暢な日本語を使いこなす。その語学力にも驚かされた。
ニュウニュウは、ベートーヴェン《ロンド・ア・カプリッチョ「失われた小銭への怒り」》に「怒り」の感情を書き記している。その曲に、彼は、ベートーヴェン特有のユーモアも織り交ぜる。
ニュウニュウ作曲の《即興曲 第2番「Miss」》は、日本初演。この曲を作ったきっかけは、彼のことを気にかけていた年長者がこの世を去ったことだという。バラードのような曲調で、囁くような表現が心に残る。
曲は途切れることなく、そのままガーシュウィン/ワイルド《エチュード 第4番「君を抱いて」》へ入っていく。なめらかなタッチで綴り上げた、ニュウニュウらしい優しさがにじみ出た演奏だった。
「母のぬくもりを思い出す」と舞台上で話したショパン《子守歌》。静かに揺れ動く低音は、聴く者をまどろみの世界へといざなう。そして、ショパン特有の繊細な装飾音を美しく織りなし、その演奏に客席からはため息が漏れた。
「老い」と書き記されたJ.S.バッハ/ジロティ《前奏曲 第10番》BWV855a。ニュウニュウは、淡々とメロディを歌い上げ、作品の内奥へと静かに分け入っていく。
第一部のラストには、ゲストが登場した。
13日(日)には、フルート奏者のCocomi。
ふたりの共演で、まずは坂本龍一《Energy Flow》。この日のために、ニュウニュウは作品を編み直した。こまやかな息遣いと透明感あふれるフルートの調べに寄り添うように、彼は繊細な音色のピアノを重ね、美しい二重奏を紡ぎ上げた。
今年の6月、ふたりは香港で共演した。トークでは、その時のことが紹介された。Cocomiは、ニュウニュウについて「私の先生のような存在」と言うと、ニュウニュウは「私はまだ若いです」とユーモアで返し、客席から笑いを誘う。
ラヴランド/ニュウニュウ《ソング・フロム・ア・シークレット・ガーデン》は、昨年に録音。表情豊かなフルートに、ピアノが積極的に絡み、音楽を盛り上げる。アンコールは、《アメージング・グレイス》が演奏された。
そして14日(月祝)には、サクソフォンの上野耕平と共演した。まずは、ラフマニノフ/ニュウニュウ《パガニーニの主題による狂詩曲》より第18変奏(※13日(日)にはピアノ独奏で披露)。
上野の鮮やかなメロディの表現に、感動を覚えた。ピアノはおおらかに包み込むような響きを醸し出す。音の空間は徐々に広がりを増し、オーケストラを凌駕するような豊饒な音色彩は圧巻だ。
そして、チェン・ガン&へ・チャンハオ《バタフライ・ラヴァーズ・コンチェルト》より第1楽章を、サクソフォンとピアノ独奏で共演。メロディの歌い方や音色のセンスが素晴らしく、精彩に富んだサクソフォンに、ニュウニュウは中国風のフレーズを絡めていく。ふたりの親密な対話は、初共演とは思えないほどだ。上野のアンコールは、ミヨー《スカラムーシュ》から「ブラジリア」が演奏された。
プログラムは、休憩をはさんで後半へと移った。「愛」を表わしたチェン・ガン&へ・チャンハオ《バタフライ・ラヴァーズ・コンチェルト》より第1楽章。言葉をしゃべるようなメロディの表現とその自然な息遣いが印象的だ。
この後、クラシック音楽の作品が続く。スクリャービン《12のエチュード》作品8より第12番では、振幅の大きな音の跳躍も楽々と弾きこなす卓越した演奏技巧を披露。感情を吐露するかのような演奏に心を揺さぶられた。
ニュウニュウの持ち味が冴えわたったプロコフィエフ《4つの小品》作品4より第4曲「悪魔的暗示」。この作品に彼は「敵意」と銘打っている。アイロニカルな側面に鋭くアプローチし、内面からほとばしるパッションを披瀝した。
ニュウニュウは、事前インタビューで「リストのようになりたい」と語っていた。そのリストが編曲したシューベルトの歌曲集《白鳥の歌》S.560から第7番「セレナーデ」では、悲しみに暮れるのではなく、逆巻く感情をドラマティックに表現した。
「セレナーデ」の悲しみを「この曲で楽しくなりましょう」と演奏したのが、サティ《ピカデリー》。即興的な表現もさりげなく織り込み、明るく軽快に曲をまとめ上げる。
ニュウニュウの父は、クラシック音楽の歌手で、声楽にも親しんで育ったそうだ。ここでも2曲のオペラを選曲。1曲目は、グルックの《歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」》より有名な「精霊の踊り」をズガンバーディがピアノソロのために編み直した曲。テンポを微細に変えながら、内面の憂いを静かに浮かび上がらせる。
それに対して、プッチーニ《歌劇「トゥーランドット」》より「誰も寝てはならぬ」(シャープ編曲)では、メロディをたっぷりと歌わせる。また、ホールの壁や床からも音圧が伝わるほどダイナミックにピアノを鳴り響かせ、昂る感情をいとわず表わした。
プログラムの最後を飾る2曲は、前のアルバム『フェイト&ホープ~ベートーヴェン「運命・悲愴・月光」』に収められている。ニュウニュウにとって、「Lifetime」と結びつく作品たちだ。彼の自作《即興曲 第1番“Hope”》は、パンデミックのさなかの創作で、彼にとって作曲家としてのデビュー作でもある。色合いの豊かな陰影は、ファンタジーに満ちた音楽を生み出す。優しい明るさを感じさせる作品であった。
そして、ベートーヴェン/リスト《交響曲 第5番「運命」》より第1楽章。2つの主題を鮮やかに対比させ、同時に主題を形作るモティーフを緻密に積み重ねていき、音楽を立体的に築き上げる。そして、圧倒的な迫力で曲を結んだ。
アンコールは、《バラ色の人生》。そして、8曲の有名なクラシック音楽をニュウニュウがアレンジした《花火メドレー》も披露された。
作品と真摯に向き合い、それぞれの曲に自身の感情を重ね合わせる。普段は優しく誠実なニュウニュウであるが、このリサイタルでは、音楽を通して彼のさまざまなエモーションに触れることができた。少年時代のニュウニュウの演奏を知る私は、彼の音楽的な成長を感じ、同時に彼の音楽人生に立ち会うことができ、嬉しく思った。
なお、本『Lifetime』コンサートは、今回の二日間にわたる東京公演の好評をうけ、来年2025年4月に再び横浜、千葉、名古屋、東京の4公演が開催されることが発表された。東京・千葉公演は11月15日(金)よりイープラス先行販売がスタート。他公演も順次販売開始となる。
取材・文=道下京子 撮影=池上夢貢
※14日公演は主催者記録用映像で鑑賞
公演情報
[会場]J:COM浦安音楽ホール
[料金]全席指定:5,000円
主催:イープラス
[会場]フィリアホール
[料金]全席指定:5,000円
主催:イープラス 共催:フィリアホール(横浜市青葉区民文化センター)
[会場]電気文化会館 ザ・コンサートホール
[料金]全席指定:5,800円/U25 2,000円
主催:東海テレビ 共催:電気文化会館(中電不動産株式会社)
[会場]浜離宮朝日ホール
[料金]全席指定:5,000円
主催:イープラス/朝日新聞社/浜離宮朝日ホール