ミュージカル『next to normal』再々演ゲネプロレポート~今日をサバイブする全ての人へ

2024.12.6
レポート
舞台

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

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ミュージカル『next to normal』が、2024年12月6日(金)、日比谷 シアタークリエで幕を開ける。この作品は2013年9月に同劇場で日本初演がおこなわれ、約9年後の2022年3月に新演出版で本格的な再演がなされた。そこでの圧倒的好評が、このたびの再々演へとつながった。ここでは初日前日におこなわれたゲネプロ(総通し稽古)の様子を写真付きでレポートする。
 

■『next to normal』とは

『next to normal』(音楽:トム・キット、脚本・歌詞:ブライアン・ヨーキー)は、2008年オフ・ブロードウェイで初演、2009年にブロードウェイに進出したミュージカルだ。同年のトニー賞では11部門にノミネートされ、主演女優賞・楽曲賞・編曲賞の3部門を受賞。2010年にはピューリッツァー賞(ドラマ部門)を受賞し、1996年の『RENT』以来、ミュージカル作品としては史上2番目の快挙を成し遂げた。

日本初演ではオリジナル版と同じ演出・デザインで上演された(演出:マイケル・グライフ)。一方、2022年の再演および今回の再々演では、日本独自の演出・デザインが採用されている。その演出を手掛けたのが上田一豪だ。上田は2018年1月、シアタークリエ10周年記念コンサート『TENTH』でも本作のダイジェスト版を演出し、その後の再演へと繋がる足がかりを築いた。『next to normal』では、登場人物の状態は赤・青・紫の衣裳や照明の使われ方で比喩的に表現される。そこに時々、白や黄色の光も入りこむ。赤と青が混ざれば紫、赤と青と黄色が混ざれば真っ黒……。もちろん日本独自のデザイン・演出でも、そこは効果的に踏襲されていた。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)


 

■キャスト&あらすじ

今回のキャストは次のとおり。(カッコ内は過去公演データ)

【ダイアナ】《ダンの妻・子たちの母親》望海風斗([初演] 安蘭けい/シルビア・グラブ [TENTH版] 安蘭けい [再演] 安蘭けい/望海風斗)
【ゲイブ】《ダイアナとダンの息子》甲斐翔真([初演] 小西遼生/辛源 [TENTH版] 海宝直人 [再演] 海宝直人/甲斐翔真)
【ダン】《ダイアナの夫・子たちの父親》渡辺大輔([初演] 岸祐二 [TENTH版] 岡田浩暉 [再演] 岡田浩暉/渡辺大輔  )
【ナタリー】《ダイアナとダンの娘》小向なる ([初演] 村川絵梨 [TENTH版] 村川絵梨 [再演] 昆夏美/屋比久知奈)
【ヘンリー】《ナタリーのクラスメート》吉高志音 ([初演] 松下洸平 [TENTH版] 村井良大 [再演] 橋本良亮/大久保祥太郎)
【ドクター・マッデン/ドクター・ファイン】《ダイアナの主治医》中河内雅貴 ([初演] 新納慎也 [TENTH版] 新納慎也 [再演] 新納慎也/藤田玲)

【あらすじ】
『next to normal』とは、直訳すると“普通の隣”。母・息子・娘・父親、表面的には“普通”に見える4人家族だが、母ダイアナが長年患う双極性障害、家族が抱える葛藤と痛みが次第に明らかになる。苦しみながらも“普通”を求める姿、暗闇の先にある光を見つけるためにどう進んでいくのか。現代のリアルな人間ドラマが描かれる。



■ゲネプロ(総通し稽古)レポート

初日公演に先立ち、ゲネプロ(総通し稽古)が、シアタークリエでおこなわれた(本文中、曲タイトルは全てオリジナル英語名で表記)。本作品の上演時間は2時間35分(第一幕:70分・休憩:25分・第二幕:60分)。演出・演技とも過剰さをおさえ、自然体で演じられることにより、“普通”に見える家族や人間でも、内面や本心が複雑であるという核心に迫っていた。

2022年から続投の3名、望海風斗のダイアナは、すべての演技が「実在する人間」そのものであったし、甲斐翔真のゲイブはのびやかで軽やか、渡辺大輔のダンは優しいようで本質から目を背ける姿が、無言の時にいっそう伝わってきた。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

今回初役の3名のうち、小向なるのナタリー、吉高志音のヘンリーは、どんな未来であろうと楽しめそうな2人になっている。「Everything Else」でヘンリーからの一方通行で始まった2人が、「Perfect for You」「A Promise」「Hey #3 / Perfect for You (Reprise)」と関係を築いてゆき、最後の「Light」ではナタリーが気の利いた言葉(詳しくは舞台を観てのお楽しみ)でヘンリーを受け容れるまでに至るのだ。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

同じく今回初役の中河内雅貴のドクター・マッデン/ドクター・ファインは、それぞれ異なるキャラクターながら、このミュージカルで一番笑わせてくれるインパクトをもたらしていた。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (写真提供:東宝株式会社演劇部宣伝室)

物語は暗転の中、「Prelude(Night)」のピアノの響きで幕を開ける(この独特の反復するフレーズは、こののちも劇中に、時に転調しながら、何度も登場する)。と、そこへ深い闇に突き落とされるような強音が鳴り響く。その音で私たちは、『next to normal』の世界へ落ちてゆく。

最初の楽曲は「Just Another Day」。主人公ダイアナ(望海風斗)、その夫ダン(渡辺大輔)、息子ゲイブ(甲斐翔真)、娘ナタリー(小向なる)が、家族(グッドマン家)としての日常を歌い上げ、それぞれの今日が映し出される。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (写真提供:東宝株式会社演劇部宣伝室)

ダイアナは、誰から見ても「完璧で理想の家族」であると歌い上げる。しかしダイアナの不可解な言動に、当のダイアナをはじめ家族の全員が、またやってきた今日という一日(Just Another Day)を何とか乗り切ろうとしていることがうかがえる。時計回りに回転するセットは、この光景がダイアナの眩暈でもあり、毎日の繰り返しでもあることを強調するかのようだ。ダイアナが床に広げた食パンを黙々と後始末をするダンの姿も、きっと彼らの日常なのだろう。

現実と幻想の区別を曖昧に生きるダイアナによる奇妙な行動は、娘ナタリーの心理にも影響を及ぼす。「Everything Else」では、ナタリーが学校の練習室でピアノを奏でながら、規律のはっきりしたクラシック音楽こそが自分の居場所であると歌う。このとき、彼女の前にクラスメートのヘンリー(吉高志音)が現れる。初対面から距離感を詰めて接してくるヘンリーに、ナタリーは少しだけ母の話をする。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

ダイアナは、精神科医ドクター・ファイン(中河内雅貴)の診察を受ける。この時に歌われる「Who's Crazy / My Psychopharmacologist and I」という三拍子のナンバーでは、多様な処方薬の説明を早口言葉のようにまくしたてるドクターや、『サウンド・オブ・ミュージック』の「私のお気に入り」のパロディで大量の薬の名前を歌う出演者たちの生霊のようなダンスによって、ダイアナの症状が悪化していることが暗示される。オリジナル版では色とりどりのピルケースが効果的な小道具として使われていたが、上田の演出では、大量に連なる薬包がダイアナをがんじがらめにしている。ダイアナが何も感じないことを「安定」と捉えるドクター・ファインのひらたい声も、無感情なロボットのようで不気味な可笑しさがある。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

家族の問題を抱えるナタリーに対し、ヘンリーが歌いかけて始まる「Perfect for You」は、クレイジーであってもお互いを求め、ありのままを受け容れる気持ちをあらわしたデュエットだ。「お互いを傷つけない存在になる」……そこで印象的に使われる色は赤と青。赤と青が混ざり合えば紫、「クレイジーはパーフェクト」になる。狂っていてもパーフェクトなのだ。『next to normal』は紫がテーマカラーとなっているが、グッドマン家を縁取るネオン管の色も紫だ。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

紫の家の中に囲われたダイアナは、そんなナタリーとヘンリーの姿を目撃することによって、失われた過去の自分を思い出す(「I Miss the Mountains」)。ダイアナが失った“Mountains”とは、若い頃に駆けめぐった山々、感情のアップダウン(今は薬によって感情の起伏が抑えられてしまったが、かつてはハイな気持ちも谷底に落ちる気持ちも、全部感じられたあの頃)である。山の天気はすぐに変わる。自分の気持ちも同じく、不安定であっても生きている証だった。だが皮肉にも今、ダイアナの前にあるのは、ドクター・ファインから処方された「沢山の薬(mountains of drug)」なのだった。薬で抑え込まれていても溢れる思いが観客に突き刺さる。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

ダイアナは、今ある薬の山を捨ててしまい、スカッとした様子だ。一方、薬を捨てたことなど気づかない夫のダンは、ダイアナの症状が良くなっていると思い込み、ハイになっている(「It's Gonna Be Good」)。ダンはナタリーと一緒にいたヘンリーを、家の夕食に招くが、その後、あることをきっかけに、楽しい空気が一変してしまう。赤い照明が視覚にも訴えかける激烈なナンバー「You Don’t Know」「I Am the One」で、ダイアナ・ダン・ゲイブの感情が爆発的にぶつかり合う。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

母に愛されるゲイブとは対照的に、家族の中でひとり自身の存在感を見つけられないナタリーは、自らを透明な少女だと歌う(「Superboy and the Invisible Girl」)。そんなナタリーに当てられる照明は真っ白だ。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

物語が進むにつれ、血のように痛々しいダイアナの苦悩と家族の葛藤はより深まる。

さて、ダイアナが主治医を変え、ドクター・マッデン(中河内雅貴)に会う瞬間がやってきた。彼はロックスターなみに人気があるという(「Doctor Rock」)。色という色がドクター・マッデンに降り注ぐ。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

しかしダイアナにとって息子のゲイブこそが、永遠のスターなのだ。「I'm Alive」で無数の煌めくスターを従えるゲイブは、ダイアナにとってスターの輝きに違いない。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

ドクター・マッデンの治療で底なしの闇に向かうダイアナは、ナタリーのピアノ発表会に現れない。自分の存在を見てくれない母に苛立ち、クラシック音楽の規律を重んじていたナタリーの感情が真っ赤に爆発し、インプロ(即興)で歌う(「Make Up Your Mind / Catch Me I'm Falling」)。

ダイアナもナタリーも、縛られずに生きようとする。しかし「I Dreamed a Dance」でゲイブと星空の下で踊るダイアナは、その後ゲイブが歌う「There's a world」に飲み込まれてしまう。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

ダイアナを支えるために自己を殺してきたダン。そのやるせない気持ちが、ダンの歌う「I've Been」から伝わり、胸が締め付けられる。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

症状が悪化したダイアナは、ドクター・マッデンから電気けいれん療法(ECT:Electro Convulsive Therapy)を提案される。だがECTは、「映画『カッコーの巣の上を(One Flew Over The Cuckoo's Nest)』における、電気ショックの処刑ではないのか」と拒否するダイアナ。ダイアナが歌う「Didn't I See This Movie?」の「カッコーの巣(cuckoo's nest)」とは精神病院の蔑称(Cockooは、カッコー以外に「クレイジー」という意味がある)で、映画内の精神病院でおこなわれる懲罰こそがECTなのだ。「(自分は)シルヴィア・プラスじゃない」とも歌うが、それは鬱病で自殺した米国の著名な作家の名前である。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

そしてこの『next to normal』が、実は「カッコーの巣(cuckoo's nest)」から羽ばたく、という裏テーマがあることに気づかされる。物語の中には、「旅立つ」「飛び立つ」「手放す」という言葉が繰り返し出てくる。

ECTに対する拒絶を歌い上げるダイアナとは対照的に、ダンは、闇へ向かおうとするダイアナとの未来に光を灯そうと、ECTを選ぶ(「A Light in the Dark」)。

第一幕の終わりは、夜明けを信じる曲「A Light in the Dark」だった。続く第二幕、物語のラストを飾る曲は「Light」である。

ナタリーがダンに寄り添うように歌い始め、そこに家族全員とドクター・マッデンの声が重なり合う。暗闇を灯すケーキの光とともに、長い夜が明ける。一番希望を象徴する部分を歌い上げるのはゲイブだ。

闇の中にただ沈んでいくような絶望を感じるとき、誰かが言う“普通”が達成できないとき……そんな最も暗い瞬間に、光が見える。生きることは決して平坦ではないが、困難の山を越えた先にしか見えない景色があるかもしれない。もっと言えば、解決しない痛みとともに生きてもいいのだ。“普通”の家族のようにふるまって、誰かが思う“幸せ”を演じる必要はない。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (写真提供:東宝株式会社演劇部宣伝室)

そしてタイトルである『next to normal』は、ナタリーがダイアナに歌いかけるフレーズの中にある(「Maybe(Next to Normal)」)。そこに至るまでの母娘のやり取り、“普通の隣”でいい、と、“普通”を手放すまでの過程は、ナタリーが母にとって透明な少女ではなくなってゆく過程でもある。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

『next to normal』は、一見すると重いテーマを扱っているように見えるが、生きる痛みと隣り合う、誰にとっても身近な物語だ。“普通”とは?“幸せ”とは?そんな固定概念に縛られている人が楽になるよう、今日一日をサバイブする全ての人に、この物語の「光」が届くことを願っている。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

東京公演は2024年12月6日(金)~12月30日(月)。2025年1月には福岡公演、兵庫公演あり(詳細は下記公演情報欄参照)。色彩、セット、音楽、演出、俳優のすべてが見事に結実されたこの舞台。特に音楽の素晴らしさは格別だ。生バンドによる後奏の余韻まで、ぜひ劇場で体感してほしい。

ミュージカル『next to normal』ゲネプロより (撮影:安藤光夫)

取材・文=ヨコウチ会長

公演情報

ミュージカル『next to normal』

東京公演
■会場:シアタークリエ
公演期間:2024年12月6日(金)~12月30日(月)
料金:13,500円(全席指定・税込)

キャスト
ダイアナ:望海風斗
ゲイブ:甲斐翔真
ダン:渡辺大輔
ナタリー:小向なる
ヘンリー:吉高志音
ドクター・マッデン/ドクター・ファイン:中河内雅貴


スタッフ
音楽:トム・キット
脚本・歌詞:ブライアン・ヨーキー
訳詞:小林 香
演出:上田一豪
音楽監督:小澤時史
振付:小㞍健太
美術:池宮城直美
照明:吉枝康幸
衣裳:大東万里子
音響:高橋秀雄
ヘアメイク:宮内宏明
音楽監督補・歌唱指導:亜久里夏代
歌唱指導:高城奈月子
稽古ピアノ:森本夏生
演出助手:斎藤 歩
舞台監督:本田和男
アシスタントプロデューサー:中曽根さやか
プロデューサー:小嶋麻倫子 柴原 愛


問合わせ先:東宝テレザーブ 03-3201-7777
公式サイト:https://www.tohostage.com/ntn/
<ツアー>

福岡公演
公演会場:博多座
公演期間:2025年1月5日(日)~1月7日(火)
問合わせ先:博多座電話予約センター 092ー263ー5555

兵庫公演
■公演会場:兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール
公演期間:2025年1月11日(土)~1月13日(月・祝)
問合わせ先:芸術文化センター 0798-68-0255
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