山本卓卓(脚本)×益山貴司(演出)が語る、二人の出会いとKAATという劇場のこと~KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 音楽劇『愛と正義』がまもなく開幕

2025.2.15
インタビュー
舞台

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山本卓卓の新作戯曲を益山貴司が演出する音楽劇『愛と正義』が2025年2月21日(金)から3月2日(日)まで、KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオで上演される。

2022年に岸田國士戯曲賞を受賞した山本はどんな思いで今回の脚本を書いたのか。その脚本を益山はどう受け取ったのか。音楽劇『愛と正義』が生まれるまでの過程や現在の稽古の様子をはじめ、二人の出会いやKAATに対する思いを聞いた。
 

ーー現在、お稽古中だと思いますが、この企画の始まりから教えてください。山本さんはどんな思いで脚本を書かれたのでしょうか。

山本卓卓(以下、山本) KAATさんからお話があったのが始まりです。新作戯曲を別の演出家が手掛けるシリーズは知っていて、もともと興味を持っていたので、二つ返事で「ぜひやりたいです」とお答えしました。

 テーマ自体は、僕自身が持っているストックがいくつかあったので、そこからいろいろご提案して、決めていったんですけど……僕は今、意識的に、自分が書いてる戯曲のテーマをフェーズで分けているんですね。「SFのフェーズ」、「人情のフェーズ」、で、今回は「愛のフェーズ」と銘打って、この世界を愛というフィルターにかけて見通していった結果、出てくる言葉を戯曲化していこうと思いました。

ーー山本さんの脚本を読んで、益山さんはどう感じられましたか?

益山貴司(以下、益山) まずタイトルに慄きました(笑)。近頃見ない壮大なタイトルだなと思いましたし、やはりタイトルがそのままテーマになっているような、力強い作品なんだろうなと。

 最初は2枚ぐらいの企画書だったと思うんですが、「あ、ヒーローなんだ」と思いましたね。卓卓くんとは近い界隈にいたんですけど、クロスすることはほとんどなくて、彼の作品もそんなに拝見したことがなかった。だから、ぼんやりと、ポストドラマ的な、現代を舞台にした演劇なのかなと思っていたから、ヒーローと。そこにまず面食らいましたね。

 同時に、最初にいただいた企画書は、愛と正義、まさにその名の通りの壮大な物語なんですけど、まだ風呂敷が畳まれていたのでね。これからどういう風にこの風呂敷が広がっていくのかなという期待感がすごくありました。

ーー山本さんからは益山さんにどういう風に演出してほしいといったオーダーはあるのですか?

山本 いや、もう本当に自由にのびのびやってくださったらいいなと思っているんですが、一方で、僕が劇作家としての活動を主軸にやっていくと決めてからは、演出家との密なコミュニケーションを大事にしたいと思っていると伝えていました。

 例えば、益山さんやKAATの制作陣が入っているLINEグループがあるんですけど、そこで「ラジオ」と称して、僕の執筆中の迷いとかつぶやきを共有していきました。

ーー面白いですね。具体的には人物設定などを相談されたんですか?

山本 (スマホを取り出して)直近のやりとりは「スマホには体温が欠けている」と僕がふと思いつきを書いて、それに対して益山さんが「欠けてるねぇ」と返してくれています(笑)。

 まだ全然創作に入ってない段階から、こんな風に連絡をとらせてもらって、こうしたコミュニケーションが行き着く先にどんな作品が生まれるのか、ちょっと期待していたところです。

益山 私も自分で本を書きますが、劇団(※劇団子供鉅人:2022年解散)の作・演出をやることが圧倒的に多かったんですね。だから、ブレヒトとかシェイクスピアとか以外で、人の本を演出するのは、それこそ今生きている人の本をやるのは、初めての経験です。

 ブレヒトやシェイクスピアはもう死んでいるからやりたい放題ですけど、今同時代を生きている人と一緒にクリエーションしていくというのはどういうことなのか。楽しみでもありつつ、不安もありました。でも、卓卓くんが「コミュニケーションをとりたい」と最初に言ってくれたので、私も結構意見を言わせてもらいましたね。

 「風呂敷が畳まれていた」と先ほど言いましたけど、僕のオーダーは「その風呂敷をもっと広げてください」ということでした。卓卓くんはもともと演出も手掛けていたから、最終的な仕上がりだったり、舞台で実現可能なのかということだったりを考えていると思うんですけど、もうそういう制約は取っ払っていいと思って。

 「地球が割れる」とかそのレベルの話でいいので、もう書きたいように書いてください。無限に風呂敷を広げてください。そう伝えました。その結果、今、現場はめちゃくちゃ頑張っています!(笑)

ーー「書きたいように書いて」と言われた山本さん。安心感もあったのでは?

山本 そうですね。「どんとこい」と構えてくれる人と一緒に作っていけることは、本当に安心しました。でも一方で、僕は今回書いていて非常に苦しかったんです。あまりにもキャラクターと同化してしまって。

 これまでは出てくるキャラクターたちが自分から遠い存在だと思っていたし、近づける必要もないと思っていたので、同化するようなことはなかったんですけど、今回ばかりは(登場人物である)コチのように余命宣告を受けたらどうしようとすごく落ち込んでしまったり、過去の自分の恋愛のことを思い出して苦しんだり……。

 そんなときに、益山さんもKAATの制作陣も、相談相手になってくれるというか、おおらかに優しく受け止めてくれました。僕としてはとてもやりやすかったですね。

山本卓卓

ーー今の稽古の様子も教えてください。どんな稽古場ですか。

益山 そうですね、今、ものすごく頑張っています。やはり音楽劇なので、当然歌も歌わなければいけないし、ダンスも踊らなければいけないし、転換も多いし、いろいろなシーンが盛りだくさんなんですよ。それをこの少ない人数でやるわけですから、みんなとにかく頑張っています。

 同時に、すごく仲のいい座組みなんですね。「何か意見ない?」とか「みんなで考えよう!」とか、風通しよくやっていますし、まさに遊ぶようにプレイしながら作品を作っています。

ーー出演者の一色洋平さんが「とんでもないおもちゃ箱を用意してくれた」と本公演のことをお話しされていて、その表現が印象に残っているのですが、どこか通ずるところがありますね。

益山 そうですね。一色くんは僕らが用意したおもちゃを使いこなす能力がむちゃくちゃ高いです。彼は演じてよし、踊ってよし、歌ってよしの三冠王なので、安心しておもちゃを預けられる。「あ、そのおもちゃでこんな遊び方すんの?」とインスパイアされることも多いので、彼がそう話してくれたのは非常に嬉しいです。

 一色くんは体力オバケだから、彼についていくのに、皆必死ですけどね(笑)。今回は「全員野球」どころか、演出部もスタッフもあわせて「総力野球」でやっています。

ーー山本さんはキャストの皆さんをどうご覧になっていますか。

山本 みんな知性が高くて、諦めないでトライしてくれているなと感じています。それぞれが、この戯曲のことで伝えたいことを深い部分で理解しています。

 中でも印象的だったのは、山口(乃々華)さんが「この感情を組み立てていく中で、ここのカーブが曲がりづらいんです」と、芝居をする中で感じたことを率直に教えてくれたこと。僕としてはそれは喜びなんですよね。俳優が意見をくれて、それを僕がラリーしていくということは、みんなでものを作っているという感覚を持てるから。

 スタッフさんの集中力もすごくて、稽古場に入るたびに刺激を受けて、元気になれる気がします。本当にいい現場だなと思います。同時に、僕は演出を退いたので、あまり出しゃばらないようにしようと意識しています。

 稽古場で作り上げられている空気感は、すごく尊いもの。僕は本を提出したことで、基本的な役割は果たしたと思っているので、一歩ひいて見ていこうと思っていますが、非常に楽しい稽古場ですよ。

ーー今回は音楽劇ということですが、その音楽についても教えてください。

益山 イガキアキコさんという、私はもう15年以上いろいろな局面でコンビを組ませてもらっている音楽家が音楽を担当しています。彼女自身はヴァイオリニストで、いろいろなジャンルの音楽を作っているんですけど、ロマ音楽が好きなのもあるのか、ちょっと変拍子なんですよ。

 普通のミュージカルの音楽ではあり得ない拍をとってきて、ワールドミュージックに近いような雰囲気の作曲なので、役者たちはカウントを取るのが難しいかもしれません。でもその分、挑戦しがいがあるし、うまくいけば、あまり聞いたことのない音楽が生み出されてくると思います。

益山貴司

ーー「ミュージカル」ではなく「音楽劇」としたのはなぜですか。

益山 ミュージカルか音楽劇かという議論はしましたが、正直、多くの人が定義を持っていなくて、ミュージカルなのか音楽劇なのか、言ってしまったもん勝ちみたいなところあるじゃないですか。

 その中でなぜ音楽劇にしたのか。今思えばなんですが、私はやっぱり演劇の人間なので、「劇」とついていてほしかったというのがあるかもしれないです。どちらがいい/悪い、偉い/偉くないという話ではないんですが、「ミュージカル」というと、また演劇とは違うジャンルとして捉えられがち。「音楽劇」だと、私たちがやっている演劇と地続きにあるような気がするし、「劇」と「音楽」という言葉が入っているから親しみやすさや手触り感があって、音楽劇とした気がします。

山本 僕も音楽劇とミュージカルの差がよく分かっていなかったというところはあるんですけど、僕の中でミュージカルはセリフも歌で、ずっと歌っているイメージ。一方の音楽劇は音楽のパート、セリフのパートと、いろいろな言葉のバラエティーがあるイメージです。

 僕は言葉のバラエティを意識して書く劇作家だと自認しています。例えば「ここが文語調なら、次は口語体にする」とかなり意識的に書き分けているんですよね。それは言葉のボキャブラリーやバラエティを自分自身が楽しみたいという気持ちがすごく強いから。

 そういうこともあって、音楽劇の方が合っている気がしています。決められた定型に従っていくよりかは、「ここに音楽入れたいな」と自由な感覚で入れられるし、イガキさんと益山さんと僕を並べると、やっぱり「音楽劇」という言葉が一番しっくりきました。

ーーそこに黒田育世さんの振付が加わると、さらに自由度が増すのでは?

益山 そうですね。私は彼女と一緒に作品を作って十数年経ちますが、今回は特にノリノリでやっていますね(笑)。

 歌の中でのダンスももちろんあるんですけども、そこよりも今は転換のステージングをつけている方が多いですね。育さん(※黒田さんのこと)も「私は“バテニスト”だから」と話して、どんどんアイデアを出してくれる。もはや転換というか、世界が変容していく様までを表現してくれているので、すごく面白いです。

ーー改めてお互いの印象をお聞きしたいです。出会う前の印象、そして、ともにクリエイションするようになっての印象を教えてください。

山本 出会う前は、すごく元気な劇団の長というイメージでしたね(笑)。これは後ほど益山さんが訂正されると思いますけど、僕の中で元気な劇団といえば「西の子供鉅人、東のロロ」というイメージがあったんです。

 いつだったか、子供鉅人のメンバーの方が僕のワークショップに参加してくれたこともありました。才能があるというか、面白い方で、すごくワクワクさせてもらったことを覚えています。ただ、作品をじっくり観たことは正直なくて。いつか観てみたいなと思ってたら、解散してしまった。

 そんなときに、生活介護事業所を運営する「NPO法人カプカプ」から、横浜市旭区内の障害福祉施設で実践するワークショップに呼ばれて。その報告会も兼ねたZoomでの座談会で初めてお話ししましたよね?

益山 そうですね。そうだったと思います。

山本 そうこうしているうちに、まつもと市民芸術館で益山さんが演出した野外劇『テンペスト』(2023)がべらぼうによかったという噂を聞いて……!

益山 え、嬉しいな。

山本 そして今回「益山さんとどうですか?」と名前が挙がった。一つ一つの縁がつながった気がして、ぜひやりたいですとお答えしました。で、実際に今ご一緒して、ボスっぽいなと(笑)

益山 あはは、高校時代からあだ名がボスなんです(笑)。

山本 でも僕がボスと呼ぶのはちょっと違う気もして、「益にぃ」と呼びたいなと思っているんですけど、それぐらい頼り甲斐があって、安心できる存在です。同時に、彼の存在が大きいから、一言一言に怯える自分もいるんですけどね。

ーー益山さんはいかがですか?

益山 あ、さっきの話に付け加えておくと、「西の子供鉅人、東の快快(FAIFAI)」ですね。(篠田)千明が82年生まれで、私と同じなので。まぁ、これについてはいろいろな議論があるでしょうけど(笑)。

 もちろん範宙遊泳のことは存じ上げていました。でも界隈が近すぎて、気になりすぎて、観に行かなかった(笑)。私たちは“大阪から殴り込みに来た勢”で、「東京? どんなもんや?」という感じだったし(笑)、演劇界隈と仲良くするよりも、ミュージシャン界隈と交流する方向性のチームだったから。関西弁で言う「シュッとしている」印象がありました。

 で、実際にお話しをしていくと、シュッとはしているんですけど、結構泥臭いところがあるんです。私も作家として脚本を書くので、卓卓くんが一文字一文字紡いでいく感じとか、自分が紡いだ言葉に挟まれて苦しんであがいている様とか、同じ作家としては共感するし、一文字一文字、血を吐きながら書いていることを知って、非常に信頼できる作家なのだなと思いました。

音楽劇『愛と正義』出演者たち

ーーそんなお二人が今ようやく出会うわけですね。お二人にとって、KAAT神奈川芸術劇場はどういう劇場ですか?

山本 KAATは本当に本当にお世話になっている劇場で、その仕事を僕は断りたくない。劇場が若手を見てくれるというのは、すごくありがたいことなんですよね。僕もそうだし、僕の周りの人たちもだいぶ助けられた。すごく辛かった時期とか、「もうこのままではやっていけないのでは」と思ったときに、KAATと仕事ができたことは、とても支えになったと思うんです。

 僕もそろそろ年齢的にもキャリア的にも中堅になってきているんですけど……若い人たちと一緒にやっていく、次の世代を作っていくKAATの姿勢は信頼しています。かといって、若手にフォーカスしすぎることもなく、全方位的に公演を打っていて、そういう懐の広さも好きです。

 KAATとの仕事だったら頑張れる。いや、他の劇場だと頑張れないわけではないんですけどね(笑)。それぐらい、僕にとっては思い入れが強い劇場です。

益山 私はKAATから初めてお声がけいただいたのですが、まずはすごく嬉しかったです。劇団を解散してから、2年ぐらい、芝居を作ってないんですよ。自分の主たる発表の場だった劇団がなくなり、映像の脚本を書いたりしていたんです。意図的に舞台から離れていたわけではなかったんですが、かといってお呼びもかからないから、ちょっと不貞腐れていた。

 そんなときに、さっき卓卓くんが言ってくれた、まつもと市民芸術館が声をかけてくれた。「シェイクスピアでちょっとぶちかますぞ!」と作ったのが『テンペスト』だったんです。私はあの公演に救われた部分が大きくて、私はまだまだ演劇ができるな、演劇が好きだなと思えたんです。

 そして、今回KAATに声をかけてもらって、今すごく自由にさせてもらえています。大袈裟かもしれないけど、KAATという劇場が「あなたは演劇をしなさい」と言ってくれているような気持ち。感謝しかないです。

ーーお二人の思いが伝わってきました。最後に観劇を楽しみにされている皆さまにメッセージをお願いします。

山本 歌あり、踊りあり、セリフあり、言葉のバラエティも身体のバラエティもたくさんある総合芸術ですから、ぜひ観ていただきたいです。僕は再演されることを想定して作品を書いていますが、多分この2025年にしか感じれない感覚はきっとあるはずなので、今こそ観てほしいという思いが強いですね。

 劇の中の仕掛けを存分に楽しんでもらいたいですし、僕自身、すごく元気が出る稽古場で作られている作品なので、きっと元気がない人たちも元気をもらえるのではないかなと思っています。

益山 卓卓くんが言ってくれた通りですが、エンターテインメントとして楽しめる劇を今作り上げているところで、そこを存分に楽しんでいただけたらと思います。その一方で、エンターテイメントの中に、卓卓くんが紡いでくれた、人間の生き方とか哲学とかがきらりきらりと光り輝いているので、そこも拾ってもらえたら、とても嬉しいです。

取材・文:五月女菜穂

公演情報

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
音楽劇『愛と正義』
 
■作:山本卓卓 
■演出:益山貴司

 
■音楽:イガキアキコ
■振付:黒田育世

 
■出演:
一色洋平 山口乃々華 福原冠 入手杏奈 坂口涼太郎 
大江麻美子(BATIK) 岡田玲奈(BATIK)

 
■日程:2025年2月21日(金)~3月2日(日)
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
■料金:一般:6,500円 / 神奈川県民割引(在住・在勤):5,900円 / 24歳以下:3,250円 / 高校生以下:1,000円 / 満65歳以上:6,000円
■問い合わせ:かながわ 0570-015-415(10:00~18:00、年末年始を除く)
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/aitoseigi
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