ジャグラーと作曲家、原点に立ち返る作品、SePT独舞vol.24 ながめくらしつ『ライフワーク』目黒陽介(ジャグラー、演出家)× イーガル(現代音楽作曲家、ピアニスト)
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(左から)目黒陽介、イーガル 撮影=加藤春日(対談)
一人のジャグラーと一人のミュージシャンが、一つの舞台美術で演じる
2001年以来、長きにわたって注目の振付家・ダンサーのソロ作品をセレクトしている「SePT独舞」。世田谷パブリックシアターが気鋭のアーティストにスポットをあてる同シリーズに、「ながめくらしつ」の目黒陽介が登場する。確かなテクニックと、独自の詩的空間が広がるシンプルかつ豊かな世界――今回上演される『ライフワーク』は、2022年に東京で初演され、松本、豊岡公演を経て、進化&更新し続けている作品だ。「一人のジャグラーと一人のミュージシャンが、一つの舞台美術のみで演じる」というユニークなコンセプトを持つ挑戦的な舞台について、目黒と音楽監督を務めるイーガルに聞く。公演期間は2025年3月7日(金)〜9日(日)、会場はシアタートラム。
(左から)イーガル、目黒陽介
■ジャグリングと作曲、「表現」に目覚めたきっかけ
――国内外の大道芸フェスティバルやライブ、そして舞台公演で活躍されてきたジャグラー目黒さんと、現代音楽作曲家兼プレイヤーとしてマルチに活躍するイーガルさん、「ながめくらしつ」のお二人に、今作『ライフワーク』について聞いて参ります。まずは自己紹介がてら、お二人の才能がクロスする“前夜”までを伺えれば。それぞれ「表現すること」に興味を持ったきっかけを教えていただけますか?
目黒 つまりは人生の話ってことですよね。コンパクトにまとめられるかな……。
イーガル 僕はね、意外と短く説明できますよ(笑)。
目黒 本当に!? じゃあ長くなりそうな自分から(笑)。僕は80年代生まれなんですが、中学時代にハイパーヨーヨーが大ブームだったんです。そこから「スキルトイ」、いわゆる物を使って技術を習得するようなおもちゃにハマっていったのが最初のきっかけですね。その流れでジャグリングを始めたのが15歳。この3月で40歳になりますし、かれこれ25年以上続けてきたことになります。
目黒陽介
――「これを仕事にして生きていきたい」と思ったのはいつ頃ですか?
目黒 気づけばいつの間にか人前でやっていた、というのが正直なところですが、初めてお客さんを前にしたのは近所の夏祭りでした。
イーガル それは地元の人に呼ばれたの?
目黒 親の知り合いの紹介で、スーパーの前で披露した(笑)。具体的にプロを意識したのはおそらく、「ヘブンアーティスト」(東京都公認の大道芸パフォーマーライセンス制度)に合格した18歳じゃないかな。その流れで大道芸の世界に入り、次第に「野外ではできない表現もしてみたい」と劇場で作品を発表するようになって現在に至る……ざっくり説明するとこんな感じでしょうか。イーガルの親は、音楽家なんだよね?
イーガル そう。だから、音楽の道に進むことはわりと身近な選択でした。でも小学生の時、自分でつくった曲を親に聴かせたら「1曲書いたくらいで調子に乗るな! 重要なのは2曲目以降。常にある一定のクオリティの曲をつくれなかったら、作曲家を目指すな」と叱られたんですよ。すっかり高校生まで「自分は作曲をしてはいけない」と思い込んでいたので、親に進路相談をした際、あっさり「作曲は?」と言われて驚いちゃって(笑)。まあそんな感じで音楽大学に入り、作曲家を生業にする気持ちが固まっていった。でも現代音楽って不協和音ばっかり聴かせるジャンルですから、結局少数の人しか喜ばないじゃないですか。
目黒 不協和音ばっかり、ではないでしょ(笑)。
イーガル でも若い時は「こんな母数が少ないところにアプローチするのが、本当にいい音楽なんだろうか?」なんて思い悩みましたよ。そんな時に、深夜にお酒を飲みながら楽しむライブイベントのレギュラーがスタートして、いろいろなパフォーマーと共演する機会が増えていくうち、目黒くんにも出会いました。
目黒 そうそう。約10年前に「ながめくらしつ」に参加してもらう以前から顔見知りで、思えば長い付き合いになります。
イーガル
■ジャグリングとピアノ、現代サーカスならではの息の合わせ方
――実際に新作のクリエイションがスタートする時は、どんな相談をしながら、音楽とパフォーマンスの関係を考えていくのでしょう?
イーガル 組み始めた当初は僕の中で「音楽は背景/パフォーマンスに寄り添うもの」という意識が強かったけれど、今は音楽にも主張があるというか、「パフォーマンスと音楽が対等になる関係がいい」と思っているんです。彼は「こういうシーンがあるから、こういう曲調がほしい」みたいなリクエストも言わないし。
目黒 確かに。そういったことは音楽家だけではなく、美術家にも照明家にも、あるいは他の参加パフォーマーに対しても言いません。もちろん自分の中にあるコンセプトは伝えますよ。でもなるべくみんなから出たものを取り込みながら「なるほど、そういう捉え方があるのか」という発見をしていきたい。そうすればクリエイションがより深まっていくし、自分の想定外に期待する気持ちはいつも持っていますね。
イーガル 目黒くんがこういったスタンスなので、こちら側もコンセプトに対してダイレクトな曲は作らないし……。
目黒 「それはちょっとひねくれすぎじゃない?」なんてこともある(笑)。
イーガル そうしたら「じゃあ少し音を丸くしてみようか」と、少しずつすり合わせしていきます。いずれにしても、お互い最初の案でいくつもりがないですしね。
(左から)イーガル、目黒陽介
――生演奏のピアノに合わせ、その時その時で、お互いの息を合わせていくことになります。
目黒 決め事はいろいろあるけれど、ダンスとはまた違うカウント感覚があるんです。音にピタッとはまる気持ちよさはありますが、そこにお互いが合わせにいくと、無理が出てつまらなくなるし……ジャグリングは命の危険はありませんが、1回の演目に盛り込む動きの数が他の演目に比べても膨大で、道具を落とすなどリスクも高い。不確定要素が入る余地という意味でも、シンクロさせすぎないようにしていますかね。
イーガル リスク対応できる余白を作曲自体に織り込んでおくのは、現代サーカスならではの工夫かもね。失敗した時に繰り返すのか、諦めるのか、あたかも失敗しなかったようにさりげなく動くのか……パフォーマーの個性によって判断も違いますし。
目黒 あと「ながめくらしつ」独自の感覚で言えば……僕は「タイムライン」と呼んでいるのですが、動きが強い時に音楽まで強くなってしまうと溢れすぎる気がして、様々な要素をバランス良く組み合わせて、場のエネルギーがトータルで100になるように調整していますね。
(左から)イーガル、目黒陽介
■お互いの“ライフワーク”になるクリエイションを
ながめくらしつ「ライフワーク」(2022年初演/現代座ホール) 撮影=川並京介
――今回上演される『ライフワーク』は、70分間ジャグリングだけを見せていくソロ作品。発想の原点を教えてください。
目黒 大きな契機となったのは、『フィアース5』(2021年初演、世田谷パブリックシアター)への出演です。僕はそれまで自分の作品を演出しながら出演することがほとんどだったので、純粋にプレイヤーとして求められる経験は衝撃的でした。
――『フィアース5』はフランスの現代サーカス界を牽引する演出家ラファエル・ボワテルと日本のサーカスアーティストによる共同制作作品。ダンス、エアリアル、アクロバット、ジャグリング、綱渡りなどのテクニックが融合した作品でした。
目黒 演出家のラファエルは猛烈にエネルギッシュな作品をつくる人で、「自分でも全力でやるような作品をつくらないと、パフォーマンス人生を終われない」と思わされました。ジャグリングって見た目以上にハードなパフォーマンスなので、体力的に動けるうちにつくりたい、という思いにも駆られましたし。あと、コロナ禍で一緒に活動していた仲間がどんどん移住し、「誰もいなくなったら、演出家の自分には何も残らないのでは」という不安を乗り越えた創作にもしたかった。ロシアンボール(ボールの中に砂や液体等が入ったボール)やビーンバッグ(中に穀物等が詰まったやわらかいボール)など、自分が一生続けていきたい道具/演目を5つ選び、優劣をつけず全部をやり抜くソロ作品がこの『ライフワーク』です。
目黒陽介
――まさにタイトル通り“ライフワーク”なコンセプトを受けて音楽はどう考えていったのでしょう。
イーガル 目黒くんからコンセプトを聞き、僕自身もライフワークとして「自分が一生弾いていくとしたらどんな曲がいいか?」について考えていきました。好きな作曲家に対するオマージュも込められていますし、コンサートで弾いたとしても成立するような作品にしたかったんです。
目黒 彼の本質は作曲家だと考えていて、ずっと、この人が作った曲を他の人が演奏するのを聴いてみたいと考えていたんです。そんなこともあって今回は、7日に八坂公洋さん、8日に菊池智恵子さん、9日はイーガル本人と、3人のピアニストに日替わりで演奏してもらうことになりました。今それぞれの演奏に合わせてリハーサルしていても、同じ曲とは思えないぐらい違いますね。なるべく動きは変えないようにつくってありますが、振り付けの印象も自分の演技の状態も、日によって大きく変化すると思います。
イーガル 楽譜を解釈するのがピアニストの仕事ですし、人によって読み解き方も、感覚も全く違いますからね。最後の曲は同じモチーフを使いながら毎日異なり、3日分を繋げると1つの曲になる仕掛けになっています。
イーガル
――3日間足を運んだ方は、脳内でつなげれば1曲を聴けるわけですね。面白い趣向です!
イーガル それにしても、なんで最終日に自分で弾くなんてことにしてしまったんだろう……プレッシャーでしかない!(一同笑) まあ、自分でつくった曲の落とし前は自分でつけるってことで。でも「ながめくらしつ」に僕が書いた曲で動く目黒くんを、客席から見るなんて初めての経験。純粋にすごく楽しみです。
目黒 客観的に聴いたら「意外といい曲じゃん」って思うんじゃない?(笑)
イーガル そう思わなかったら「やめちまえ」ですから(笑)。
イーガル
――本日は楽しいお話をありがとうございました。では最後に目黒さんから、お客さまへのメッセージをいただけますか?
目黒 会場となるシアタートラムは、10年前に初めて公演をした特別な劇場。自分にとって一番の挑戦になる予感がします。これだけジャグリングをやり続ける作品って、日本にはそうないんです。「全ての人に観てほしい」なんて言うとウソくさく響くかもしれませんが、現代サーカスに限らず、幅広くパフォーマンスをしている方に観てもらいたい気持ちもあります。常に僕の中では「特別な意味は何もない、なんでもないジャグリング」が目標なのですが、承認欲求とか自己顕示欲ではなく、この作品は特に「一生懸命ジャグリングしましたけど、どうですか?」という問いのような作品。ぜひ多くの方に、劇場に足を運んでいただければと思います。
目黒陽介
取材・文=川添史子 撮影=加藤春日(対談)
目黒陽介(ジャグラー・演出家):1985年生まれ。17歳よりジャグラーとして活動を始め、国内外の大道芸・フェスティバル・舞台等への出演を通してジャグリングを軸にした様々な表現を模索。2008年に「ながめくらしつ」を結成、ほぼ全公演の演出・構成を務める。外部出演作品に、串田和美演出『十二夜』『空中キャバレー』、世田谷パブリックシアター『フィアース5』(2021/2023)など。また、国内では稀有な現代サーカス演出家として活躍し、音楽劇『空中ブランコのりのキキ』サーカス演出監修(2024)、「SLOW CIRCUS ACADEMY 第3期」ゲストディレクター(2024)、座・高円寺『ひとり・ひとり』演出・出演(2021)、世田谷パブリックシアター「FOCA『悟空〜冒険の幕開け〜』関連パフォーマンス」演出(2021)、彩の国さいたま芸術劇場のシアターグループ「カンパニー・グランデ」スタジオ・ワーク講師等の多様な作品・プロジェクトに携わる。2013年よりエアリアルアーティスト・長谷川愛実とのユニット「うつしおみ」としても活動。
目黒陽介 撮影=加藤春日
イーガル(現代音楽作曲家・ピアニスト):コンサートや舞台作品、現代サーカス、バレエ、映画等に楽曲を提供し、国内外問わず活動を行っている。現代サーカスカンパニー「ながめくらしつ」では作曲と演奏、大道芸ユニット「AYACHYGAL」「マカロニと世界」ではピアノを担当、ソロでもピアノ芸を開拓し活動するなどと、ジャンルを飛び越えてゆく活動の幅が評価され、チラシ、ラジオ、テレビ、雑誌でも取りあげられている。シリアスな芸術作品から宴会芸まで軽々と飛び越えてゆく音楽が魅力である。ソニーオーディオ大賞優秀賞、JSCM作曲賞入選など。
イーガル 撮影=加藤春日
公演情報
ながめくらしつ 目黒陽介 独演『ライフワーク』
ながめくらしつ 「ライフワーク」(2022年初演/現代座ホール) 撮影=川並京介
■日時:
2025年3月7日(金)19:30開演 演奏:八坂 公洋
2025年3月8日(土)15:00開演 演奏:菊池 智恵子
2025年3月9日(日)15:00開演 演奏:イーガル
*各回終演後に20分程度のアフタートーク開催(開催回の
■料金:(日時指定・全席整理番号付自由)
前売:一般4,000円 U25 3,000円*1 高校生以下 1,000円*2
当日:一般4,500円 U25 4,000円*1 高校生以下 1,500円*2
*1:25歳以下、当日要証明書提示/劇場の会員制度(U24)とは異なります
*2:当日要証明書提示
■演出/出演:目黒陽介
■音楽監督:イーガル
■演奏:八坂公洋(3月7日) 菊池智恵子(3月8日)イーガル(3月9日)
舞台監督:守山真利恵 照明:横原由祐 舞台美術:照井旅詩(Rapport.llc)
記録映像:濱口恒太 記録写真:加藤春日
宣伝美術:あかばね 広報協力:和久井 彩 制作:奥村優子
■提携:公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアター
■後援:世田谷区
■協力:Circus Laboratory CouCou
info@nagamekurasitsu.com
■公式HP:http://nagamekurasitsu.com/