KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2『花と龍』「やさしい鑑賞回」<2/19(水)14時開演>観劇レポート

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レポート
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誰もが安心して観劇できるように。「やさしい鑑賞回」で感じた可能性

KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2『花と龍』が2025年2月8日(土)から2月22日(土)までKAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉にて上演された。中でも2月19日(水)14時開演回は、同劇場として初めて、より多くの方が安心して観劇を楽しめるような配慮がされた「やさしい鑑賞回」が行われた。「やさしい鑑賞回」とはどんなものなのか、実際に演者や観客は何を感じたのか、レポートしたい。

近年、欧米では定着しつつある「リラックスパフォーマンス」。自閉症スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動性障害(ADHD)などの発達障害のある人など、従来の劇場空間では芸術鑑賞に不安がある人たちも、安心して鑑賞できるように配慮された公演形態のことをいい、たとえば、照明や音響の刺激を弱めたり、会場の出入りを自由にしたりする配慮がなされている。

KAAT神奈川芸術劇場はこれまでも、神奈川芸術文化財団 社会連携ポータル課という専門部署を中心に、誰もが舞台芸術を楽しめるものにするための取り組みとして「鑑賞サポート」を進めてきたが、リラックスパフォーマンスと鑑賞サポートを掛け合わせた「やさしい鑑賞回」の開催は今回が初めて。カンパニーとの協力はもちろんだが、外部の専門家にも協力を仰ぎ、神奈川芸術文化財団全体で取り組んだ。

まず会場につくと、A4紙6枚分の「やさしい鑑賞回ガイド」が配られた。『花と龍』に出演する俳優の顔写真とその関係性が図になっていたり、あらすじが書かれていたりするほか、お芝居を楽しむための工夫として「客席の出入りが自由であること」や「イヤーマフなどの鑑賞グッズの貸し出しがあること」が書かれていたり、舞台上のしかけや時間の流れが詳細に書かれていたりした。そして、「ケンカをする場面があります/刀で戦う場面があります/病気で人が死ぬ場面があります/銃の音が出る場面があります」という注意書きも。初めて演劇を観る人の不安を少しでも解消しようという狙いが感じられた。

今回の『花と龍』の公演は、開場中に舞台上に出ている屋台で、焼きそばやパン、珈琲やビール(!)などを購入し、舞台上や客席で飲んだり食べたりすることができる。

これは本作の演出を務め、同劇場の芸術監督でもある長塚圭史の発案。この特別な演出の意図について、長塚は以前のインタビューで「劇場でお芝居を観るときに、背筋を伸ばして姿勢良く観るのではなくて、リラックスしながら観られるような、新しい劇場形態に挑戦しています。こういう劇場で飲食OKとするのは、それなりに大変なことなんですけど、ちょっとやってみようよ、と」と話し、「元町の商店街の皆さんに出店してもらうというのは、また新しい出会いですよね。図書館などの施設と同様に、公共劇場は社会のインフラとして、街に必要なものとして活用されるべき場所で、もっと街とのつながりや人との出会いがあっていいはずなんです」とも語っていた。

実際に、開演前の舞台上および客席は非常に活気に溢れていた。知り合い同士で話し込んだり、これから行われる舞台装置を丹念に見たり。開演まで思い思いの時間を過ごすことができ、長塚の狙い通り、客席の雰囲気も和らいだと思う。

そしていよいよ開幕ーという段階で、出演する長塚と山内圭哉が舞台上に登場し、この観劇回が「やさしい観賞回」であることや、途中退場も可能であること、困ったら黄色いビブスを着ているスタッフに声をかけて欲しいことなどを改めて伝えた。

本作は、芥川賞受賞作家・火野葦平が自身の両親をモデルに描いた躍動感あふれる同名長編小説が原作。作品の舞台は、明治時代の終わり、「黒いダイヤ」とまで呼ばれる石炭産業で活況に沸く北九州の若松港。港から船へ石炭を積み込み、積み下ろす荷役労働者「ゴンゾ」を生業とする男・玉井金五郎(演:福田転球)と、女・マン(演:安藤玉恵)。互いに惹かれあい、夫婦となった2人は、大いなる夢を胸に日々命懸けで働く。金五郎は腕と度胸、正義感で港の抗争を切り抜けゴンゾを束ねていき、マンの器量と愛の深さがそれを支えていた。しかし、のし上がっていく者の陰には必ずそれを妬む者がいて......。欲望と希望渦巻く北九州と、そこから飛び立つ夢を抱く男と女の、たぎる生命力の物語となっている。

1幕約1時間15分、休憩15分を挟み、2幕約1時間40分で、計3時間10分。「やさしい鑑賞回」では、客席の照明が完全に落ちずに薄暗い状態で、場面場面で照明効果や音響効果が通常回よりも控えめになっていたり、血糊を使った演出をしなかったりと、テクニカルな配慮がなされたほか、役者の芝居も怒鳴る場面などはややトーンダウンをしたという。とはいえ、筆者も客席で観客として観劇したが、演出面が「やさしい」からこそ不満や物足りなさを感じることは全くなかった。また、上演中に客席から物音や声が聞こえてもーいつもの劇場空間ならば視線を浴びてしまうかもしれないけれどーこの場では「そういうものだ」と寛容に受け入れる雰囲気が感じられた。

「やさしい鑑賞回」を観劇した観客たちからは「障害を持った娘を持つ身として、こんなに手厚いサポートのもとで、観劇するのは初めてでした!安心して観劇できました!鑑賞ガイドや黄色いビブスを付けたスタッフさん、音や光、グッズの貸し出しなどなど、とても素晴らしい試みであり、今後もこうした機会が増えていってくだされば、またぜひ鑑賞したいと思いました。本当に感謝いたします」といった声や、「障害のある子との観劇は周囲に迷惑を掛けるのが気掛かりで、特に子どもの成人後は控えるようになっていました。でも今回の『やさしい鑑賞回』では照明や音響など細やかなご配慮と皆様の優しいお心遣いのお陰で子どもも親の私も気疲れすることなく観劇できました。楽しいひとときをありがとうございました!」といった感想が寄せられた。

そのほか、「家族が同伴者の場合は、平日昼間の観劇が難しいのではないかなと感じました。逆に施設職員さんが同伴者になる場合や高齢者の方は、平日昼間の方が都合が良いのかと思いました。ただ、やはりこういった取り組みは続けていくことが1番大切だと思うので、ぜひ続けて欲しいです。すごく時間と労力が要することですが、公共機関でしか出来ないことだと思いました」という意見もあった。

実際の演者たちは何を感じたのだろう。

谷口林助などを演じた山内は「基本的に通常回と何ら変わらなかったです。多少出入りはあっても、皆さん、一生懸命見てくださっていて、演者としては違和感も何にもなかった」と感想を話す。事前にテクニカルな調整がなされ、それに合わせたリハーサルを前日に行ったというが、山内は「実際に始まってみないと分からなかったからね」とも。「例えば喧嘩するシーンを弱くやってしまうと、お芝居的に役としての気持ちが繋がらない。本番が始まって、『やさしい鑑賞回』をご覧のお客さんたちの反応を見つつ、怒鳴るところをやや控えめにしたぐらい。基本的に芝居はそんなに変わっていないと思う」。

その上で、今後の「やさしい鑑賞回」について思うことを尋ねると「正解なんてないじゃないですか。毎回毎回探り探りだろうし、難しいことだと思います」と話しつつ、「本番中も出たり入ったりしていた自閉症の女の子が、カーテンコールで立って拍手してくれたと聞きました。こういうことが多々あるからこそ、リラックスパフォーマンスというものが存在するんだなと思います。『やさしい鑑賞回』というものがもっとポピュラーになって、観劇をためらっている人たちを取り込んでいけるソフトになればいいですよね」。

一方、劇中での“語り”と、ネコ役ほかを担った大堀こういちは「開幕するまでドキドキしました。例えば本番中にお客様が声を出したとしたら、どれぐらいそれに反応していいのか迷ったんです。ものすごい大きな声が出たら、ちょっと手を振るぐらいでいいのではと言われていましたが、実際何があるか分からなかったので」と胸の内を明かす。ただ、「やさしい鑑賞回」については「昔は閉ざされたというか、限られた人しか観られなかった演劇を、もっといろんな人に観てもらおうぜということで......演劇の捉え方が変わってきた、時代が変わったと感じます。僕自身、障害をお持ちの方に対してお芝居をするのは初めての経験。気持ちも表現も何も変えたわけではないですけど、そういう人たちにも観ていただけるお芝居があるというのは、これからちょっとした希望になるんじゃないかな」と期待を寄せた。

本番はさることながら「準備の時間がいい時間だった」と話すのは、マン役を演じた安藤玉恵。「事前に勉強会もありましたが、特に前日のリハーサルでは、どこまで声を落としてやるべきか?いや、普通でいいのか?という議論が活発になされて、すごくいい時間でしたね。このような試みで、公演に関わるみんなの意識が変わると思いました」と話す。

また、自身が子育て中に、子ども連れOKの映画鑑賞サービスに助けられたといい、「客席はちょっと明るくて、子どもが泣いても出ていかなくてよくて。『やさしい鑑賞回』も、小さな子連れの親御さんも来ても大丈夫ですよともっと宣伝したら良かったのかも。ケアをする側の人にとっても、楽しい時間は大切だと思うので。calm down のスペースやモニターの設置、看護師さんの配置など、大変だと思うんですけど、これからもっともっと広がっていくといいですね」と安藤は話した。

そして、長塚も「客席ではいろいろなことが起きていたと思うんですが、それもほぼ気にならなくなる。そういうことだとみんなが認識し合うと寛容になるし、今日はそういう空間が生まれたんじゃないかな」と手応えを話した上で、「今回は劇場も働きかけて、障害を持っているご本人だけでなく、そのご家族やサポートをされている方々も大勢いらっしゃいました。『意外と安心できた』とか『意外と楽しく観られた』とか、そういう声が演劇を観ることに不安を感じる人の耳に届けば、もっと大きな一歩になると思います。今回の取り組みをどう表現していくのかが1つの課題だと考えています」と語っていた。

これからのKAAT神奈川芸術劇場の取り組みに期待したい。

取材・文:五月女菜穂

公演情報

KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2
『花と龍』

 
【原作】火野葦平 【脚本】齋藤雅文
【演出】長塚圭史 【音楽】山内圭哉
【出演】
福田転球 安藤玉恵
松田凌 村岡希美 稲荷卓央 北村優衣
山内圭哉 長塚圭史 大堀こういち ほか
 
【神奈川公演】(公演終了)
■日時:2025年2月8日(土)~2月22日(土)
■会場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
■一般発売:2024年12月1日(日)
■問い合わせ:かながわ 0570-015-415(10:00~18:00、年末年始を除く)
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/hanatoryu

【福岡公演】
■日時:2025年3月15日(土)15時・3月16日(日)13時
■会場:J:COM北九州芸術劇場 中劇場
*やさしい鑑賞回ではなく、通常回です。

公演の詳細は、こちらでご確認ください。
https://q-geki.jp/events/2025/hanatoryu/